最後の恋は神様とでした

明智 颯茄

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宇宙船がやって来ただす

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 居場所のない家を抜け出して、えるは市立図書館へやって来ていた。児童向けの小説を背の低い椅子に座って呼んでいる。

 他の人から見ればそうだったが、彼女のすぐ隣には、コウがふわふわと浮かんでいた。

「知ってるか? 宇宙に果て・・があるって」

 魔法ファンタジーの本なのに、話している内容はSFだった。文字の羅列から視線を上げて、江は首を傾げる。

「ん? 広がり続けてるとか言われてる、果て・・のこと?」

 コウは本棚の上にちょこんと乗って短い足を組み、ため息まじりにダメ出しした。

「お前、本当にバカだな。それは人間の間違った研究だろう? 違う。宇宙の果て・・はきちんと決まってて、そこにあるんだ」
「なるほど」

 さすが神様だと、江は思った。霊感を使って、遠くへ遠くへ意識を飛ばしてゆく。すると、ある場所で無限の星々が広がる宇宙のはずなのに、透明な壁みたいなものにぶつかった。

 心の世界は、肉体で行けないところまで、鍛錬の仕方で簡単にたどり着いてしまう。しかし、人間である江はそれ以上は進めなかった。そこから先は完全に神の領域なのだ。

「その外って何かあるの?」
「ある。同じような宇宙がある」

 人間はそこへたどり着くこともできないのに、まだ同じ広さの空間が他にもある。江は眼からうろこが落ちた。

「ずいぶん広いんだね、世界って」

 だが、コウは江の頭をぴしゃんと叩いた。

「まだ話半分だろう。いいか? 宇宙の果てまでがひとつの宇宙。それが東西南北に四つ集まって、さらに中央にもうひとつ宇宙があるのを、総合宇宙って呼ぶ」

 平日の昼間で、小さな子供と母親がガラス張りの向こうを歩いてゆくのが見える。

「五個で一セット……」
「そうだ。それが、同じ次元に九十九個ある」
「えぇっ!?」

 思わず声を上げそうになったが、言葉を飲み込んで、少しだけ椅子から腰を上げまた座り直した。

「九十九かける五……いくつ?」

 あれだけ光命ひかりのみことで理論を学んだが、やはり数字に弱かった。

「あとで、計算機で数えろ。だから、神様が隣の宇宙から来たっていう話はほとんど、別の宇宙から来たってことだ。銀河が隣じゃないから、そこのところはよく気をつけろ」
「ありがとう、教えてくれて」

 素晴らしい話を聞いたと思って、江は指を挟んでいた本を再び開こうとした。

「あと、価値観もずいぶん違うぞ」
「価値観?」

 神様もずいぶん人間とはそれが違うと思っていたが、さらに違うとはどういうことか。コウの赤と青のクリッとした瞳は、江の顔をのぞき込んだ。

「そうだろう? 悪があったのは、この宇宙だけなんだから、それを知らない神様のほうが数が多いってことだ。というか、ほとんど知らない。それを踏まえて、神様とは話をしろよ。そうじゃないと、首傾げられるぞ」

 宇宙人襲来とかの規模ではなく、もっと別の出来事として、江は頭の中にしまい、

「オッケー! 覚えておこう」

 コウが消え去ると、また魔法ファンタジーの世界へ入り込んだ。

    *

 その人の視界はこんなふうになっていた。頭の上に田んぼの緑が広がり、足元に青空が落ちている。世界の全てが逆さまだった。

「そうね?」

 太陽がなくても光り輝くような空に、人が逆立ちしたみたいに立っていた。山吹色の髪は重力に逆らえず、静電気を帯びた下敷きを近づけたみたいにもたげている。

 腕にスケッチブックを抱え、右手で絵具のついた筆を動かし、何の支障もなく今度は左手で動かす。

「これが……」

 男の声は独特の響きで、螺旋階段を突き落としたみたいなぐるぐると目が回るようなものだった。

 水が入っているはずのバケツも逆さまなのに、中身がこぼれ落ちることもない。そこへ筆をポイッと入れる。

 一度見たら忘れられないほど強烈な印象の黄緑色をした瞳は、どこかいってしまっているように破天荒さを表していた。その前で、スケッチブックは遠くに離され、じっと眺められる。

 やがてさわやかな春風が男の頬をなでて、

「いいね」

 何の感情もないというよりはひどく無機質な言い方だった。彼はいつもそんな感じで、いい意味で人に流される情がなく、今のように空で逆立ちするようで、エキセントリックに過ごしている性格なのだ。

 空気が煙ることもなく、どこまでも広がる田園地帯。緑と青の円が地平線を引く。そこへ神々の芸術ともいえる山肌が綺麗な曲線を描いていた。

 のどかな景色に、ヒュルルーっとコンドルの鳴く声が遠くで響いた。逆さまで宙に浮いている男にとっては、それはいつものことで瞳を向けることはなかった。

 しかし、彼は地面に立っているカカシを気にかけた。太陽がないのに斜めに伸びている影を注意深く見つめると、その角度が若干違っているのわかり、

「何? 今日、いつもより早くない?」

 男はコンドルがまっすぐこっちへ近づいてくるのを真正面で迎えた。鳥は猛スピードでこちらへ向かってくる。どこかいってしまっている黄緑色の瞳は、コンドルの鋭い視線を怖がることもなく捉えたまま、すうっと上下が逆さになった。

 まっすぐ空に浮いている男にぶつかるような速度でコンドルは飛んできたが、それでもどかなかった。

 そうして、そのコンドルが、

「こんにちは。お父さんいます?」

 と聞いてきたが、やけになまっていた。神界に住んでいる男にとっては、お隣のコンドルさんなのだ。挨拶をするのに失礼のないよう、上下逆さまを直して待っただけ。

 年の頃は二十代前半ぐらいの男は彫刻像のように彫りの深い顔で、ナルシスト的に微笑んで、丁寧な物腰になる。

「こんにちは、家の中にいますよ」

 彼が普通のイントネーションで答えると、

「どうも」

 コンドルはそう言って、近くにあった民家に急降下していき、地面につくと二本足で歩いて、縁側に向かって大声で呼び掛けた。

森羅万象むげんさん? いい話があるん『だ』すよ」

 中から男の父親がすぐに出てきたが、息子と歳も変わらず若々しかったが、年輪という言葉では足りないほど、はるかに長い時を生きた風格を持っていた。

 お使いものの自分の畑で採れた野菜を渡し、人とコンドルで縁側に座ってふたりで天気の話から始めているようだった。

「だから、早く来た?」

 男の視線は再びスケッチブックに戻って、遠くに見える山肌を深緑ではなく、肌色で塗ってゆく。

「今日も夕飯の話題がそれ? そうね」

 近くに家などなく、お隣さんが何キロ先のど田舎。何事もなく平和に日々が終わることが多く、家族の誰もが学校などの団体に所属していない家々では、新しい話と言えば、他の家族が持ってくる、たわいもない話ばかりだった。

 それが退屈ではなく幸せで居心地がよく、もうかなりの年数をここでこうやって家族だけで暮らしている。浮遊の力をパレットにかけている男の隣で、筆が絵具を混ぜてゆく。

「できない色って、どうすればいいんだろうね?」

 最近の男の悩み。自分はそうそう立ち止まることはないのだが、限られた資源の中で、最善を尽くそうと試みる。山吹色をしたボブ髪の中にある脳裏で。しかし、

「……ないね」

 どれとどれの色を混ぜれば、どの色になるのか全て覚えている。男が今求めている色と合致するものはなかった。

「宇宙の端まで行って探しても見つからないとなると、そうね?」

 自分は人間。神様がいるのは知っている。遠い昔に行ったことのある街を思い出した。そこは確かに今も存在しているのだが、人々はその次元へ降りることをやめて、あれからたくさんの時が流れた。

 この世界で探そうとして、瞬間移動を駆使して可能な限りあちこちへ行った。そこで買い集めてきたり、譲ってもらったのが今手元にある絵具たちだ。

 手詰まりになりそうだったが、どこかの皇帝が戦車を馬ででも引いていくように、無機質に的確に問題を片付けた。

 願い――できないをできる色に叶える可能性が出てくるまで、あきめることもなく放置することもなく、ただ待ち続ける。それだけ。そこに感情はいらない。

 忘れることなど、生まれてこの方ない男は、肌色をした山肌を絵の中で見て、建設的に今度は別の問題に立ち向かう。

 菜の花が咲き乱れ、黄色の絨毯が広がる。遠くで桜の大木が淡いピンクに染め、鳥たちのさえずりがくるくるとダンスを踊るように響き渡る。

 空はどんな聖水よりも綺麗な青で、どこまでも透き通っていて、穏やかで平和な田園地帯。

 そこへ男の、大人で子供で皇帝で天使で純粋で猥褻わいせつな、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声がひしめいた。

「山を女の裸にしたけど、真横からじゃ入れられないじゃん、ペニス――」

 スケッチブックを逆さまにすると、田んぼの緑がシーツで、連なっている山肌が女性が背中を横たわらせているところで、青い空から棒が一本差していた。

 すうっと浮遊して、今度は地面と平行に飛んでみる。

「真上からじゃ、構図がありきたりすぎじゃん?」

 川の字のように横たわる男女――。

 宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳はどこまでも純真で、不浄という言葉がないこの世界では、彼の描いている絵は芸術作品でしかなかった。

 浮遊を取り入れた体位を絵で表現したい。それが男の望みであるのだが、女の綺麗な曲線と一緒に描こうとすると、どうにもうまくいかなかった。それでも、実現できる構図を考えようとしたが、

「空間を歪め――」
「お兄ちゃん!」

 幼い声が真下の地面から響いた。

「何?」

 聞き返す声色は何の感情もなく、無機質という言葉が一番合っていた。

焉貴これたかお兄ちゃん、いつものやって!」

 今度は違う弟が声を張り上げた。今書いていた絵をスケッチブックから破いて、地面へ放り投げる。大人の絵を――。

「やんない。絵描いてるから」

 小さな兄弟たちが紙を拾いに行こうとするが、焉貴は止めるどころか、気にした様子もない。

「何描いたの?」
「何に見えんの?」

 兄は十歳にもならない弟たちに聞いてみた。しかし、彼の心は至って清く正しい大人のものだった。弟や妹たちは感嘆の吐息をもらす。

「ウサギさんがお餅ついてる~!」
「可愛い!」
「おいしそう!」

 反応がおかしかったが、それはいつものことで、焉貴はただ短くうなづいた。

「そう」

 神様はランダムなのかと、彼は思った。法則性がないのだ。まぶしい青空を見上げ、問いかける。

「今日はウサギに見せて、明日何にすんの?」

 大人の話は子供にはどうやっても漏洩しない。今みたいに別のものに変えられてしまう。話をしていても、別の話になる。行為を目の前でしたとしても、なかったことになっているのだ。

 これがこの世界の常識。大人も子供もそれほど気を使わず、生きてゆけるのだ。芸術作品も規制を受けることなく、自由に表現できる。

 今日はウサギの餅つきだったというデータにして、焉貴は山吹色をしたボブ髪の中にある頭脳にしまった。

 ブラウザのタブを切り替えるようにデジタルに、兄は次へと進もうとしたが、抗議の声が下からたくさん上がった。

「お兄ちゃ~ん!」
「自分で飛んでください」

 時々丁寧語になる兄とは長い付き合いで、子供たちは地面の上でぴょんぴょん飛び跳ね出した。

「えぇ~~!」
「登れないから、お願いしてるんでしょ!」
「そうそう。僕たちじゃ小さいから、そこまで高く飛べないの!」

 浮遊の能力は案外、小さいうちに手に入れられるものだが、神様にも霊層がある。心が澄んでいるほど、経験を多く積んでいるほど、高い場所へと登れる。長く生きている兄には弟たちは叶わないのだ。

「お前たち、手離しちゃうじゃん?」

 高い場所へ連れていってもらって、手を離す弟たち。重力が十五分の一。しかも、ケガをしない死なない世界。

 だが、多少の痛みはある。兄の意見はもっともだった。

「…………」

 兄一人に言い負かされてしまった弟たちだったが、人数がいれば知恵は出てくるもので、一人が大きい声で言い返した。

「離してないけど、離れちゃうんだもん!」
「そうだ、そうだ!」

 鉛筆でデッサンをしていた両手を止め、焉貴は動じることなく、いつも通り問題を出した。

「その力何て言うの?」

 弟たちは顔を見合わせて、嬉しそうに微笑み、

「せ~の!」

 一人の掛け声に合わせて、綺麗な青空に子供たちの大きな声が飛び出した。

「遠心力!」
「はい、正解です! 願いを叶えて差し上げます!」

 焉貴は右手をサッと斜めに上げて、そのまま降りてくるのではなく、パレットやバケツと一緒に地面へ瞬間移動した。

 白のはだけたシャツとピンクの細身のズボン。一年中裸足というラフな格好の、兄に子供たちが走り寄る。

「やった~!」

 その数ざっと五十人ほど。縁側でコンドルと話している父とお茶菓子を持って出てきた母を、焉貴は眺める。

(ほんと、うちの両親仲良いよね)

 弟と妹たちが次から次へと生まれてきて、夫婦円満だと大きな息子にはよくわかった。穏やかな農家で、焉貴の長い腕は伸ばされる。

「ほら、つかまって」

 小さな手が、白いシャツをしっかりと握る。

「は~い!」
「次、僕!」
「私!」

 次々に数珠つながりになってゆく弟と妹たち。焉貴は黙ってしばらく見ていたが、

「ちょちょちょちょっ!」

 一緒に空に連れていってもらおうと、遠慮なしに手をつないでゆく子供たちに、兄は待ったをかけた。

「それ以上は無理。重くて落ちるでしょ?」
「じゃあ、次にする~!」

 聞き分けよく、片手をまっすぐ上へ上げて、定員オーバーを言い渡された子供たちは大人しく地上に待機する。

 焉貴のすらっとした長身を真ん中に挟んで、横一列に並んだ兄弟たち。

「行くよ?」
「は~い!」

 嬉しそうな声が春なのに柿が木になる庭で乱れ飛ぶと、白のはだけたシャツと細身のピンクのズボンは、大人の浮遊の力で登り出した。

「うわ~!」

 地面から離れてゆくたび、小さな兄弟たちが歓喜の声を上げる。

「きゃあ~!」

 地面にいる子供たちが上を見ながら手を振り、真下へ集まってくる。遠くに山が見える青空に、人でできた矢印みたいなタコが真っ直ぐ上がってゆくように見えた。

「高~い!」
「すご~い!」

 ぐんぐん登り、山脈の向こうの景色が見え始めたころ、銀色に光る大きな楕円形のものが姿を現した。

「何? あれ」

 いつもないものがある。お隣さんがいつもより早く来た。焉貴は答えにたどり着きそうになったが、弟たちの声が割って入った。

「お兄ちゃん! 回って」
「ぐるぐるして!」

 はちゃめちゃパーティの始まりだった(決して真似をしないでください)。遠心力と正解させた以上、出題者の兄としては要望に応えるしかなかった。

「泣かないって約束よ?」
「うん、する~!」

 子供たちが足を嬉しそうにバタバタさせると、焉貴の両腕がゆらゆらと揺れた。

「じゃあ、行くよ?」

 兄はそう言うと、その場でアイススケートのスピンでもするように猛スピードで回り出した。

「きゃあ~!」
「あはははっ!」

 そうして、遠心力がかかり出して、子供の力では握っていられなくなり、兄から離れ出した。コマが火花を散らして回るように、子供たちが遠くへ飛び、最初は納屋の中に、

 ドガン!

 と、轟音を立てて落ちた。土煙が上がり、地面で見ていた子供たちは高らかに笑い出す。

「あははははっ!」
「落ちた!」

 煙が消え去ると、顔を真っ黒にした兄弟がふたり顔を表して、さらに笑い声は大きくなった。

「あははははっ!」
「真っ黒だ。おかしい!」

 今度は家の窓に向かって、小さな兄弟がふたり一緒に飛ばされた。猛スピードでガラスが迫ってきて、

 ガシャーン!

 派手な音を出して、家の廊下に兄弟は投げ出された。先に地面に落ちた子供たちは何のダメージもなくピンピンで、家の窓に駆け寄り、ガラスだらけになっている兄弟を見て、ゲラゲラ笑い出した。

「あははははっ!」
「ガラス割れた!」

 そう言う子たちの前で、逆再生する映像のように、ガラスは元どおりにあっという間に戻ってゆく。壊れるという法則がない神界。怪我もしないし、重力が低い分、落ちても痛みがほとんどない。

 そうやって、次々に遠心力に負けて、弟たちは田んぼに中に落ちて泥だらけになったり、木の枝に引っ掛かったりと、大忙しになった。

 はちゃめちゃパーティを眺めていた、遊びにきていたコンドルはにこやかな笑みを、子供たちに向ける。

「楽しいがい?」

 葉っぱや埃だらけの子供たちは誰一人として泣くどころか、満面の笑みで走り寄ってきた。

「うん!」
「おじちゃんの気持ちがちょっとわかる!」
「そうそう!」
「鳥さんの気持ちわかる!」

 空を飛びたかったのだ。高い空を飛びたかった。人間の子供は。

 兄弟全員を空へ引っ張り上げて、ぐるぐると旋回してを五回も繰り返した兄は、どさっと玄関の床に倒れ込んだ。

「マジで疲れたんだけど……」

 ガッチリとした体型ではなく、最低限の筋肉しかついていない、運動には決して向かない体躯。焉貴は天井を見つめて、入り込んでくる春風に白いシャツをなびかせた。

 穏やかな日常に、さっき山の向こうで見た銀色をした楕円形の正体について――非日常が混じり出した。

 突然、大人たちの笑い声が上がり、一気ににぎやかになる。

「あははははっ! 都会・・という言葉があるんだすね?」

 焉貴は腕枕を両手でしながら、土間に落としていた片足を上げ、膝の上で直角に組んだ。

「トカイ? 何それ」

 組んだ足をふらふらと揺らしながら、疲れで目を閉じて、話の続きを待つ。イントネーションのおかしい声が聞こえてきた。

「いや~、長年生ぎてますが、知らないことがあるとは、まだまだ世界は広いだすな」
「今聞いてよかっだです。陛下がいらっしゃる城を含めのことだったんだすね」
「首都の話……?」

 長く生きている焉貴にとっては、つい先日――たった五年前のことだ。新しい統治者が宇宙を統合して、世界が大きく変わったと、その部下の集団が突然やって来て、人々に触れ回っていた。

「山二つ向こう行っだところに、宇宙船ってやつが空から降りてきだらしいです。それに乗っていだ人が、都会人っていうらしいです」

 さっき見た銀色の光を放つ楕円形のものは、どうやら宇宙船という乗り物らしい。焉貴は指先で前髪をつまみ、宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳で焦点が合わないながらも眺める。

「ビルでしたがな? 高い建物がたくさんあると」
「ビル? だっただすよ。確かそんな名前でしだ」
「人もたくさんいで、車もたくさんあるどかで?」
「えぇえぇ、とにかく、いろいろな宇宙から人が集まってきでで、にぎやかなところらしいだす」

 作れない色を表す絵具があるかもしれない。人がたくさん集まる都会なら、物もたくさんある。焉貴はそう思った。

「そうね……?」

 とにかく静かな民家で、人の話し声は普通よりも大きく聞こえる。父とコンドルが話している内容は耳を傾けなくても入ってくる。

「その宇宙船っていうのは、今回きりだすか?」
「十キロ先のミヌさんの話だと、飛行場とがいうものを作って、定期的に来るようになるらしいだすよ」

 見渡す限り田園と山しかないこの宇宙では、革命と言ってもいいほどの出来事だった。

「そりゃ~、陛下にお会いできる、ありがたい話だ」
「ここははずれの宇宙ですがらね。瞬間移動ではいけないから、宇宙船という便利なものができるのはいい話だす」

 宇宙の果てで一区切りという造りの世界。そこまでは行けても、その先へ行くには壁を乗り越えて、さらに果てへと瞬間移動をしてということを何度も続けなくてはいけない。

 陛下がいらっしゃる首都は中央の宇宙にあり、この世界には九十九個も宇宙はあるのだから、人の力ではどうにも骨が折れる話だった。

 湯呑み茶碗がかちゃかちゃと鳴る音がして、大人たちは最高潮に盛り上がった。

「できた時には、ひとまず都会を見物して、土産手も買ってぎますか!」
「あははははっ! そりゃいい」

 終わりのこない世界。野良仕事は毎日あれど、何千年先になるかわからないが、いつかは綺麗な服を着て、ハイカラな都会へ行く。という新しい夢ができて、一番はじにある宇宙の人々は大いに活気づいていた。

 焉貴は足を組み替えて、ぽつりつぶやく。

「宇宙船ね……」

 大きな兄弟たちは結婚して、家には今一緒に住んでいない。甥や姪を連れて、時々遊びにはくる。

 自分はずいぶん長いこと生きているし、他の土地を知らないわけでもない。首都がどれほど栄えているかは知らないが、ビルがある場所にも行ったことはある。

 それでも、結婚しようとは思わなかった。種の繁栄が目的で子供を産む人は誰もいない。死ぬことはないのだから。老後の心配をする必要もない。自分は永遠に二十代なのだから。

 欲求不満だから、大人の絵を描いていたわけでもない。焉貴はどこまでもニュートラルに生きていた。

 恋愛をしない主義でもない。結婚をしない主義でもない。ただ毎日の生活の中にそれが必要なかったのと、興味がなかっただけの話。 

 誰かに自分を理解して欲しいなどという傲慢さも彼にはない。まわりが結婚しろと指図してくる家族でもご近所さんでもない。だから独り身なだけ。

 宇宙船に乗って首都へゆく。これが焉貴の転機になることは確かだったが、彼の人生――いや価値観を大きく変え、村で一番の有名人になるとは、本人がまだ知る由もなかった。
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