最後の恋は神様とでした

明智 颯茄

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男はナンパでミラクル

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 三ヶ月近くあった夏休みもようやく開けて、今日は十月三日――焉貴これたかの教師デビューの日だった。

 彼はもともと緊張するようなタイプではなく、一クラス六十人の一年生とその保護者の前でも、ナルシスト的に微笑んで、山吹色のボブ髪を頭を後ろへ倒す要領で、落ちてきた前髪をよけた。

「本日、算数の担当教師になりました、神羅万象むげん 焉貴です。よろしくお願いします」
「お願いします!」

 教育がきちんと行き届いている子供たちは元気に返事を返した。焉貴は生徒たちを見渡して、右手を斜め上へ向かって勢いよく上げる。

「よい返事です。花丸差し上げます!」

 いつもの通り、パパ友たちは教室の後ろで肩を並べていた。今日のメンバーは、ガタイのいいウェスタンスタイルで決めている明引呼あきひこ

「ったくよ、またふざけた苗字つけやがって」

 半袖のポロシャツを着て、風で乱れたカーキ色の髪を手で整えている貴増参たかふみ

「とても丁寧な物腰の方みたいです」

 その隣には独健どっけん――ではなく、深緑の短髪と無感情、無動の瞳を持つ夕霧命ゆうぎりのみことは、黒板に文字を書き出した、焉貴の彫りの深い顔をじっと見つめていた。

「どこかで見たことがある……」
「夕霧、君もですか?」

 あごに手を添えていた貴増参は、シャープな頬のラインを見せる夕霧命をじっと見つめた。明引呼は一人挟んで向こうにいる男の顔をのぞき込む。

「てめぇもってか?」

 まったく別の宇宙にいたのだから、会ったことはないはず。それなのに、男三人が似ていると思っているどころか、他の保護者からも同じような話が上がり、教室はざわざわしていた。

「はい、次はこちらを解いてください」
「は~い!」

 焉貴は気にせず、仕事は仕事と割り切って、普通に働いていた。

「僕たちは古い口説き文句を言っているみたいです」

 貴増参が言うと、握りしめた拳を唇に当てて、夕霧命なりの大爆笑を始めた。

「くくく……」

 噛みしめるように笑い声を上げている男を端に見て、真ん中に立っている貴増参の腕を、明引呼の節々のはっきりした手の甲でトントンと叩いた。

「てめぇ、今は真面目に話してんだろ」

 誰かに似ている焉貴先生の授業は平和に元気に続いてゆく。ただの教師と保護者として男たち四人の関係はどこまでも変わらないはずだった。

    *

 紅葉が枯れ葉に変わり、生徒たちは冬休みとなった。一ヶ月近くもある休みで、学校の敷地や校庭に雪が白い綿帽子をかぶせる。しかし、首都にある姫ノ館では、翌日は必ず晴れて、雪だるまは氷の世界へ帰ってゆくのだった。

 そうして、今年――神界では三百六十五日を一期と数える。今季も四月がやって来て、休みの間に五歳になった新入生の入学式が始業式に行われた。

 休み明けは新しい友達が爆発的に増える時で、学校中がざわざわと落ち着きがなくなる日でもあった。

 校舎のあちこちで、新しい友達にみんなが話しかけたり、誕生日パーティーに行くと約束している声が聞こえてくる。

 休み時間。焉貴は中庭のベンチへ瞬間移動をして、昼寝をする要領で寝転がった。美しい曲線を見せる校舎の屋根を下から眺める。

「学校もすごいね、芸術センス抜群。才能のあるやつが世の中にはたくさんいるね」

 階段も教室もただの四角く角ばったものではなく、まさしく神がかりなデザインのものばかりだった。

 両腕を枕にして、黄緑色の瞳に春の日差しを招き入れる。

「俺、家出て思ったけどさ。子供好きなんだね。楽しいよ、仕事」

 生徒のざわめきが心地よいさざ波のように耳に押し寄せては引いてゆくを繰り返す。

「あいつらがさ、学んで行く姿見んの好き」

 太陽もないのに青い空をバックに遠くの宇宙へ行く宇宙船が銀の線を引いて、空港から飛び立ってゆく。

「やっぱ都会に出てきてよかったわ」

 そっと目を閉じると、春風が頬をなでて、新緑の季節のはずなのに、実りを迎える稲の乾いた匂いがする故郷ふるさとのようだった。

「長い間、親のそばで生きてきたけど、いい転機がきたね。陛下のお陰で」

 焉貴の綺麗な唇が止まると、子供たちの声がこっちへ向かってやって来た。

「先生って結婚するの?」
「ううん、今のところはしないわよ」

 聞いたこともない声は、とても優しげで、どんな子供の心でも大きく包み込んでしまうような女のものだった。

 焉貴は目を開けて、あたりのベンチを見渡す。ここはラブラブ天国と言っても過言ではない、カップルだらけの中庭だった。

「彼氏は?」
「いないわよ」

 小学校一年生でも運命の人に出会ってしまうような神界。生徒たちに囲まれながら、女性教師が焉貴の頭から足へ向かってベンチを通り過ぎてゆく。

「じゃあ、これからいい人に出会うね!」
「そうだね、そうだ!」
「ありがとう」

 優しく微笑んで、生徒たちの間にしゃがみ込み、女はみんなの頭をなでた。焉貴はさっと上半身を起こして、

「……いい女」

 デッキシューズで少し近づいて、会ったこともな女性教師に気軽に声をかけた。

「ねぇ? そこの彼女?」

 小学校の中庭で堂々とナンパが行われたのだった。

    *

 算数の教科書を小脇に抱える左手には結婚指輪が光っていた。また実りの秋を迎え、イチョウの葉が宙を舞う。

 廊下の十字路に差し掛かろうとすると、茶色のロングブーツが顔をのぞかせて、凛とした澄んだ男性の声がかけられた。

「焉貴先生?」

 呼ばれた算数教師が立ち止まると、マゼンダ色の長い髪を水色のリボンで結び、それをピンと横へ引っ張り、ニコニコの笑顔をした歴史教師が佇んでいた。

「あぁ、月主るなす先生。お疲れ様です」

 川の水が合流するように、職員室へ向かって先生ふたりは廊下を歩き出した。

「一期経ちましたが、お仕事のほうはいかがですか?」
「みなさんのおかげで、順調にいっています」
「そうですか」

 丁寧な物腰が似ているふたりに向かって、生徒たちが挨拶をして通り過ぎてゆく。

「月主先生は、姫ノ館にはいつごろからいらっしゃるのですか?」
「私は創立してすぐに赴任しましたよ」
「そうですか」

 開け放たれた窓からは秋風が心地よく吹いていて、同僚という距離感で、話も歩みも進んでゆく。

「焉貴先生は他の宇宙からいらっしゃったとうかがいましたが、以前も教師だったんですか?」
「いいえ、私は家が農家なものですから、両親の仕事を手伝っていましたよ」
「そうですか。温泉などは近くにございますか?」

 月主命のヴァイオレットの瞳は隙を逃さないというように、片目だけ密かにご開帳した。焉貴はそれを見逃してはいないが、知らない素振りをして、「えぇ」と短くうなずき、

「先生は温泉グラブの顧問をなさっていると、生徒から聞きましたが、もともと温泉がお好きだったのですか?」

 ヴァイオレットの瞳はまたニコニコのまぶたに隠され、見られていることは百も承知だが、こっちも知らない素振りをして、「えぇ」と、月主命はうなずき、

「私は放浪のたびに以前出ていましたので、ある土地で素晴らしい湯に出会ったんです。それからです」
「そうですか」
「焉貴先生はご実家の近くにある温泉に入ったりしたんですか?」
「えぇ。秘湯でしたから、村の方々との交流の場として、よく浸かりに行っていましたよ」
「いいですね。私もいつか行ってみたいです」

 月主命は思う。妻と子供を連れて、遠くの宇宙へ行って温泉に浸かる。そんな旅も乙なものだと。

「今はまだ宇宙船もほとんど出ておりませんし、電話も通じません。近くに宿泊施設もありませんので、長期休みの時に参られるのがよいかと思います」

 焉貴は思う。実家から離れて一度も帰っていないと。携帯電話は未だに通じることもなく、連絡は一切していなかった。

 窓から空を仰ぐたびに、空港から旅立つ宇宙船の銀色の線は本数を増やしてゆくのだ。月主命と焉貴が見上げた秋空に、またひとつ線ができた。

「そうかもしれませんが、宇宙船の運行時間はまさしく光の速さの如く、短縮されていますから、すぐに近くなるかもしれませんよ?」
「十年も待てば変わるでしょうか?」

 三百億年も生きているふたり――焉貴と月主命の声が重なった。

「私たちにとってはほんの一瞬ですが……」

 こんな話が意外な形で実現するとは、ただの同僚である男ふたりは夢にも思っていなかった。

    *

 立食式のパーティ会場は縁も竹縄で、聡明な瑠璃紺色の瞳を持つ大先生に、最後のご挨拶をと次から次へとひっきりなしに、立派な服を着た大人たちがやって来ては、社交辞令が少し入った言葉を置いてゆく。

 頭を下げるたびに、漆黒の長い髪は白い着物の肩からサラサラと落ちて、エキゾチックな香をまき散らす。

 孔明は人々の名前を、話している言葉を全て記憶しながら、まったく違うことを考えていた。

(陛下が統治する世界はますます広がってる……)

 同じ次元はもうどこも帝国となっていた。上の次元から、この世界へ降りてくる人もいれば、生まれ変わっているという噂も聞く。

 新しい土地が開拓されれば、私塾を開いている孔明にとってはビジネスチャンスの到来だった。

 なぜなら、悪というものはこの世界にしかないのだから。それを、個性として存分に利用し、負けない戦術を人々に広める。

 それは勝算がきちんと見込まれていたが、大先生――恋する天才軍師は他のところでチャンスを見出せずにいた。

(それでも、同性愛は見当たらない。やっぱり神様は男性と女性で好きになるのかな? 運命はそういうふうに決まってるのかな?)

 長い挨拶の列も終わり、城の隣にある高級ホテルから、孔明は荷物や花束を主催者側の人に持たせて、いつもと同じように手配されたリムジンへ乗り込もうとする。

「先生、お車こちらに用意してありますので……」
「ありがとうございます」

 頭を下げて乗り込もうとすると、横から男の声がふとかけられた。

「ねぇ? そこの彼?」

 その声色は、皇帝で天使で大人で子供で純真で猥褻わいせつで、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様のものだった。

 知り合いにこんな男はいない。名が知れ渡っているからこそ、ズケズケとプライベートへ入り込もうとする人間がこの世界にもいるのだ。

「…………」

 孔明は聞こえない振りをして、リムジンに乗りこもうとしたが、白い着物の腕をつかまれた。

「ちょっ、ちょちょっ! 待って」
「私に何かご用ですか?」

 振り向くと、光沢のあるワインレッドのスーツに、白いフリフリのシャツ。まるでホストだったが、顔半分を覆うような黄色いサングラスが夜なのに、やけに異様な雰囲気を醸し出していた。

 そうして、男はナルシスト的に微笑み、こんなことを言ってきた。

「お茶しない?」

 高級ホテルのロータリーで、二百三十センチもある背丈の男に、二百一センチの男が誘うという、ミラクルな展開に、さすがの孔明も顔色は変えなかったが、心の中でため息をついた。

(男からナンパされた……)

 助手の紅朱凛あしゅりゃんは後片付けなどをしていて、まだやって来ない。こんな男に構っている暇はなく、孔明は丁寧な口調でどこからどう見ても好青年だった。

「お断りしますよ」
「どうして?」

 大先生は身構えた。それは疑問形――情報収集の基本を相手がしてきたからだ。だから、孔明はこう返す。

「なぜ、そのように聞くのですか?」

 だが相手も負けていなかった。山吹色のボブ髪を片手で気だるくかき上げる。

「それ聞いちゃいたい?」
「どのような内容ですか?」

 宝石のように異様にキラキラと輝く黄緑色の瞳は、黄色いサングラスがかけられているが、一度見たら忘れられないほど強烈な印象だった。

「お前、頭いいね。さっきから質問ばっかしてさ。情報漏洩しない。でしょ?」
「そうかもしませんね」

 ナルシスト的な笑みは消え去って、あたりの空気が激変した。

「でもさ、俺、真面目に話してる、今」

 ビリビリと刺すような、教会で感じるような畏敬としか言いようがなかった。しかしこんなことで引き下がる孔明でもない。何百メーターもある龍族と交渉することなどよくあることなのだから。

「私も真面目に話しています」

 聡明な瑠璃紺色の瞳は猛吹雪を感じさせるほど冷たかったが、男の黄緑色の瞳は感情がどこにもない無機質なものだった。それなのに口調は、ケーキにハチミツをかけたような甘さダラダラ。

「そう。だからさ、お茶しようよ~? 立ち話も何だからさ」

 下手したてに出ていれば何とやらで、孔明はまわりの人たちに聞こえないようにかがみ込んだが、デジタルに口調が切り替わっていた。

お前・・さ、に何の用? 仕事のことならお断りなんだけど……」

 孔明は直感した。この男の前では、どんな人物も無力になる。どんな武器を持ってしても、この男の前では震え上がると。

 その通り男は気にした様子もなく、またナルシスト的に微笑んだ。

「そう。お前も言葉変えてしゃべるんだ。俺もそう。仕事とプレイベート分けてる。気が合うじゃん?」

 それならば、無駄な足掻きをしても仕方がない。孔明は普段使いになった。

ボク・・キミ・・の会話は合ってないかも?」

 男はサングラスをはずして、大いに感心した。

「お前、マジで頭いいね。不確定でしかも疑問形。情報漏洩しないじゃん? それって」
「ボクのこと知らない……?」

 帝国一の頭脳を持つ有名な大先生を頭がいいと言う。孔明にとって、男は稀有けうな存在でありながら拍子抜けした。

「お前が綺麗・・だからさ、話したいんだけど……」

 男の香りが思いっきりする顔で、男に言われて、孔明は肩の力が抜けきった。

「やっぱりナンパ……」
「そうね。ナンパ」

 世界の法則さえも、戦車か何かで強引に押し倒していきそうな男は、はっきりと男に興味があると言ってのけた。

 ここは国の首都で、城のすぐ近くにある高級ホテル。洗練された人はたくさんいて、ワインレッドのスーツを着た、スラッと背の高い男だってなかなかのルックスだ。

 孔明は落ちてきてしまった漆黒の髪を、赤く細い縄のような髪飾りと一緒に背中へ払いのけた。

「どうして、女性じゃなくて、ボクなの?」
「どうして、綺麗なやつに性別関係すんの――?」

 男の顔からナルシストの笑みはすっと消え去った。ふざけているわけでもなく、道理のわからない子供でもなく、当たり前のように質問が返ってきてしまった。

 孔明はこんな価値観の人間に初めて出会った。神界ではわからないが、そもそも地上では隠したがる話だ。男色家だなんて。

「キミ、どこから来たの?」
「東に十個行った宇宙から来たけど?」

 男はすぐそこを差すように、親指を頬の横で後ろへ引く仕草をした。言っていることはあっている。東西南北で場所を表すのが総合宇宙の決まりだ。

「そう……」

 孔明はうなずき返しながら、あまり資料のない、その宇宙についての人から聞いた話や文献などを全て思い出してみたが、決め手となる情報はなかった。それならばと、彼は思う。

(だから、ボクと価値観が違う? それなら、情報を手に入れるにはいい機会かも。じゃあ……)

 荷物を持ったまま立っていた人たちに視線で合図をすると、運転手が外へ出てきて、花束などをトランクに詰め始めた。

 孔明はさっきとは打って変わって、春風でも吹いたように穏やかに微笑む。

「お茶いいよ」
「そう。じゃあ……」

 男は言うが早いか、シルバーの細いブレスレットをした孔明の手首をさっとつかんで、半歩進もうとすると、大先生が突然驚き声を上げ、

「うわっ!」

 次の瞬間にはふたりともいなくなっていた――。荷物を詰め終えたところに、綺麗な水色のロングドレスを着た女がやって来て、

「先生、どこ行っちゃったの?」

 助手の紅朱凛が仕事を終えて、ホテルの出口へ現れたが、約束を破ったこともない大先生がいない。しかし、彼女は慌てるわけでもなく、携帯電話を取り出して、意識下でダイヤルし始めた。

    *

「――瞬間移動かけるなんて、エチケット違反……」
「言うより早いじゃん?」

 人を移動させることはもちろんできるが、相手にして見れば、人権が侵害されたのも同然で、基本的には仲がかなりよくならないと、してはいけない行為だった。

 男は気にした様子もなく、椅子に座った状態から、時間が再び動き出したまわりを、宝石のようにキラキラと輝く瞳で見渡す。

 聡明な瑠璃紺色の瞳も同じようにするが、窓の外は街明かりと人混みが昼間よりも少なく流れていた。

 店内はパステルカラーの緑やピンク、黄色が基調となって、果物の絵があちこちに、細い筆で描いたようにデザインされていた。

「ここ場所どこ?」

 強制的に座らされた椅子の上で、着物の裾が幾重にも重なってしまい、居心地がよくなくて、孔明は腰を少し浮かせて直し始めた。

「センター駅の近くのフルーツパーラー」

 大通り三本も違う場所。孔明は珍しくため息をついて、携帯電話をポケットから取り出そうとする。

「はぁ~。連絡しないと。ボクのこと探してる」

 客が瞬間移動で店に勝手に入ってくるなど、よくある話で、ゾウの女性がテーブルまでやって来て、丁寧に頭を下げた。

「ご注文はいかがにしますか?」
「マスカット大盛りで」

 主導権を握っている男は簡単に答えたが、孔明も負けずに平然とオーダーした。

「ボクはチョコレートパフェ」
「かしこまりました」

 店員が頭を下げて去ってゆくと、鳴り続けていた携帯電話を、孔明は意識化で通話にして、

「あぁ、もしもし? ボク、急に人と話すことになったから、先に家に戻っててくれるかな? そう。よろしく~」

 携帯電話がポケットへしまわれると、男は椅子の上で寂しがりやの子供がするように両膝を抱えた。

「何? 彼女?」
「そう」
「つれてくればいいじゃん」

 孔明は頭の中で想像する。夜もだいぶ更けた都会。まわりにいる客はカップルがほどんとで、いたとしても上品な大人のふたりづれ。静かな空間。そこへ、あの水色のドレスを着た紅朱凛がやって来て、この男について説明をして……。どうにもそぐわない。

「三人で話すの?」

 男ふたりに女ひとり。しかも、目の前にいる男は自分を綺麗だと言う。そんな男はさらにもっとエキセントリックを披露した。

「俺も奥さんと子供三人呼んじゃうからさ」

 妻帯者だった。孔明はギョッとするまではしないが、男の黄緑色の瞳をまじまじと見つめた。

「キミ、結婚してるのに、ボクに声をかけたの?」
「そう」

 素晴らしく手際のよいパーラーで、店員が品物を持ってテーブルへ瞬間移動して来た。

「お待たせしました」
「ありがとう」

 孔明と男の声が重なる。白い氷山にチョコレートの琥珀色がなだらかな線を描くパフェを、孔明は自分へ引き寄せながら、倫理が崩壊している男に身を乗り出した。

「どういうこと? 家庭があるのに」
「結婚したら、他の誰かを愛しちゃいけない――って、誰が言ったの?」

 どこまでもフリーダムな男の前で、孔明の価値観という見えない壁は崩れ去る予感が漂い始めるが、あくまでも冷静に聞き出した。

「奥さんと子供への愛はどこへ行ったの?」

 マスカットをポンと口の中に入れて、男はテーブルに両肘を乗せ、孔明の瑠璃紺色の瞳を真っ直ぐ見つめ返した。

「お前さ、どこから来たの? そんなこと聞くなんてさ」
「どういう意味?」

 パーティーでたくさん食べたのに平気なフリで、孔明は長いスプーンを口にどんどん運び始めた。

 質問したのに仕返してきた、漆黒の長い髪を持つ男。その真正面でボブ髪を器用さが目立つ手で気だるくかき上げる。

「いいから答えちゃってください」
「ボクはもともとこの宇宙にいたよ」

 話とパフェに夢中の孔明は、口の端についたチョコレートを指先で拭って、白い着物の袖口になすりつけた。

「そう」

 男はナプキンをかたわらから取り上げて、孔明と自分へそれぞれ置く。そうして、まわりにいるカップルたちを見渡した。

「この宇宙がそういう価値観ってこと?」

 少しあきれたように、男は顔を元へ戻して、平たいグラスに盛られた翡翠ひすい色の実をひとつ取り上げた。自分の愛の価値観を語り出す。

「愛ってさ、出会ったら永遠だよね? だから、奥さんと子供も愛したまま、他のやつがそこに加わるってこともあるよね?」

 複数でありながら、同性愛を普通に話している男が目の前にいる。孔明にとっては願ってないチャンスだった。

「加わる……」

 ぼうっとした瞳をして、チョコレートパフェの長いスプーンでアイスの山を崩してゆく。

「だって、そうじゃん?」

 男は少し振り返って、ライトアップされている、地球五個分の広さがある城を、黄緑色の瞳に映した。

「女王陛下って最初一人だったんでしょ? それって、あとから加わったんだよね? だから、全然ありじゃん?」

 陛下のお宅はハーレム。しかも、全員一緒に結婚したのではない。そうなると、陛下と女王陛下が不倫ということになってしまう。

 そんなことをする人たちについていく人などいないだろう。帝国が成長し続けているのは、そこにみんなが敬意を示しているからだ。

 雲の上の人みたいな、あの謁見の間で見た堂々たる態度の皇帝を、孔明は思い浮かべた。

「でもそれは、陛下だからでしょ?」

 男の雰囲気が激変した。ビリビリと感じさせるような畏れ。まるで皇帝のようだった。あたりで話していた他の客たちから話し声は途切れ、所在なさげに視線をあちこちさまよわせる。

「人を好きになんのに、身分って関係すんの――?」

 当たり前の質問をされて、孔明は考える振りをして、男の異変を探ろうとするが、

「ん~……?」

 うまくいかないかった。また普通の空気に戻って、男はマスカットを挟んだ指先を見せつけるように、何度も縦に振り続ける。

「世の中さ、いつ何があるがわかんないよね? だから、何が起きてもありなわけ。そうじゃないと、時代に乗り遅れちゃうでしょ?」

 今まであり得もしなかったことが、次の日には当たり前にしている人がいる。翌日目を覚ますと、世界の法則が変わっている。

 若い頃はずいぶん驚いたものだが、それが何億回も続くと、価値観を変えざるを得ないし、何が次に来たって納得してゆくしかないのだと、どんなことでも大した変化でもなくなるのだ。たとえ、世界が消滅したとしても、男にとっては、

 そういうこともあるよね――。

 で、済まされてしまうのだ。

 渡されたナプキンで口の端を拭いて、孔明は軽く足を組み替えた。

「キミは何年生きてるの?」
「俺? そうね? ざっと三百億歳弱ってとこ」
「そう」

 孔明は想像がつかなかった。たかだか千八百年で、邪神界という法則の中で生きてきた自分と、この男は物の見方が宇宙人よりも違うのかもしれなかった。しかし、逆にそこに興味がもてた。

 男は片肘で頬杖をついたまま、マスカットをポイッと天井へ投げて、山形やまなりを描いて落ちてきたのを、口の中でキャッチする。

「お前、いくつ?」
「ボクは千八百年ぐらい」

 シャクっと果実を噛み砕くと、甘酸っぱい爽やかな香りが口の中で広がった。

「ぐらい? お前さ、本当にこの世界にいたの?」
「地球っていう場所に最初はいたよ」

 男はマスカットをまた指先につまんで、見せつけるように縦に何度も振る。微妙というような声を上げた。

「あぁ~、それね。学校の授業で教わるやつね。肉体とかっていうもの持って、厳しい修業して、死んで?」

 三百億年も生きてきたが、昔少しだけ体験した記憶が残っているだけで、男にとってはは非現実的だった。

 子供が学校で習ってきたのを得意げに話されるのを、パパとして聞いたような間接的な言い方だった。

「こっちに戻ってくるってやつだよね? ここに来て、そんな世界があるって初めて知ったよ」

 別の宇宙にいた男。肉体が物質化をしているという場所は本当に皆無に等しいのだ。

 孔明は何気なく話し出したが、マダラ模様の声で途中でさえぎられた。

「最初は悪――」
「アクって何?」
「邪神界のこと……」

 男は「あぁ、あれね」とナルシスト的な笑みを浮かべて、軽い感じで話していたが、途中からビリビリと緊迫した空気に変わり、皇帝陛下でも現れたように、店にいる他の客がいたたまれない気持ちになった。

「陛下が倒したとかいう、いらない人間がいた世界ね。どうでもいいよね? 自分のことだけ考えてて、人の邪魔するやつなんてさ。その話初めて聞いた時、全員消滅――させたかったよ」

 マイナス要素を知らない男の意見は、どんな気持ちからくるのだろうと思うと、孔明は思わず身を乗り出してしまうのだった。

「嫌いってこと?」
「キライって何?」
「好きの反対」
「それって、普通・・でしょ?」

 それが神様全員の見解だった。誰もがそう答えた。無関心・・・だと言うマイナス精神の神は一人もいなかった。憎しみや恨みもなかった。人の存在を無視することもない。みんなが幸せになるために手を下す必要があるのならする。ただそれだけ。

 人間から神世へ上がった自身は、まだまだ心に磨くところが残っているのだと、孔明は思い知らされる日々だ。

「そうだね……」

 だからこそ、この男の前に立っていることが、恥ずかしいことに思えるのだ。

「どうして、ボクが綺麗なの?」
(悪を知ってるボクが……)

 核心に迫ったつもりだったが、マスカットに視線を落としたままの男は、

「人好きになんのに、理由がいんの?」

 長い間直接会っていない張飛を、孔明はふと思い出し、

「ん~? いらないね」

 細いシルバーのブレスレットを指先でつまみ、くるくると回し弄ぶと、あの豪快な男がすぐそばにいるようで、孔明は冷たい金属が触れる感触がひどく愛おしかった。しかし、真正面に座っているスラッとした綺麗な男にはきちんと断りを入れた。

「でも、ボクはキミのこと好きじゃない」
「そう? 俺のこと好きになるよ」

 可愛く小首を傾げ、男は当たり前というように言った。生クリームをグラスの奥からスプーンですくい出して、孔明は抗議するように尋ねた。

「どうして、そう言えるの?」

 男は人差し指を突き立て、斜め上へ向かって勢いよく持ち上げる。

「だってそうじゃん? 自分が好きだと思ったやつって、必ず自分のこと好きだよね?」

 出会えば、永遠に続く愛になってしまう。つまりはそう言うことだ。しかし、張飛と結婚をするという敵の大将へたどり着くこともできない、恋愛戦争の真っ只中で、恋する天才軍師――孔明が首を傾げると、エキゾチックな香がほのかに漂った。

「そう?」

 ふたりの間に置いてある観葉植物の小さな枝が、興味津々というように右に左に顔をやっているようだった。

「この世界での話だけ、思い出しちゃって」
「ん~~?」
「片想いで終わったなんて聞かないでしょ?」
「そうだね」

 携帯電話でネットを見ることが大好きな孔明だったが、そんな単語はヒットしなかった。

「別れたって話も聞かないでしょ? 大体、出会って一年弱でみんな結婚しちゃって、子供産まれちゃうじゃん?」

 今頃ひとりで、あの綺麗なススキが風になびく庭を見渡せる家に、紅朱凛は荷物を入れて、整理整頓をしてくれているのだろう。

 彼女は結婚したいという素振りも見せないし、そんな言葉もお首にも出さない。孔明はグラスの縁を、長いスプーンでなぞった。

「ボクは違うけど……」
「そう?」
「ボクは彼女と付き合って、五年になるけど……」
「そう。何で結婚しないの?」

 チクッと心が痛んだ、自分の気持ちに半分だけ嘘をつくから。

「仕事が楽しいから――」

 張飛との結婚が遠のく可能性が上がってしまうから、結婚しないのもある。そしてもうひとつは誠実でありたいと願うから。孔明の隙を突いたように、男は当然の質問を向けてきた。

「結婚しても、仕事できるよね?」

 男女平等が当たり前の世界で、五歳児が爆発的に増えているご時世で、男性でも育児休暇を取ることを考慮をしていない企業などとこにもなかった。いやそんな価値観は存在すらしなかった。しかも、孔明は自営業だ。

「ボクの仕事はちょっと難しいかも?」

 あんなに山盛りだったマスカットはあっという間に半分の高さになっていた。

「何やってんの?」
「ビジネス戦略を始めたとした塾の講師」
「そう。それが地球にいた時の仕事だったの?」
「違うよ。ボクは軍師だった」

 人が争うなんて、夢のまた夢ではなく、知りもしない男は漢字変換が間に合わなくて聞き返した。

「ぐんし? 何それ?」
「だから、戦い――」
「たたかいって何?」

 孔明は自分が当たり前だと思っている言葉を片っ端から聞き返されて、少々イラッときた。

「あぁ~、もう! ボクの仕事はいいから、キミは何してるの?」
「俺? 小学校の算数の教師」

 光沢のあるワインレッドのスーツを着て、フリフリの白いシャツに、今はつけていない黄色のサングラス。どこからどう見ても、ホストに見える小学校教諭は、マスカットをまたシャクッとかじった。

「小学校の教師は需要があるからね」

 孔明は思う。歩けば棒に当たるほど、小学校の先生は大勢いると。男は指を斜めに持ち上げて、軽薄的な笑みをした。

「でしょ? こっちに来て一日で見つかったよ、仕事」

 孔明は長いスプーンをくるくると回しながら、もうひとつの手で漆黒の髪をつうっと伸ばしてゆく。

「奥さんとはどこで知り合ったの?」
「小学校」
「職場結婚だ」
「そう、それ。いい女でさ」

 そう言う男の顔は喜んでいるわけでも、嬉しがっているわけでもなく、どこまでも無機質だった。しかし、やったことはぶっ飛んでいた。

「お前にさっきしたみたいに声かけたら、『放課後にして』って言われちゃってさ。叱られちゃったよ」

 つまんでいた漆黒の髪を、孔明はサラサラと落として、男の彫刻像のような整った顔出しをじっと見つめた。

「学校でナンパしたの?」
「職場なんだから、そうなるじゃん?」

 まったく悪気のない、算数教師を前にして、孔明は春風みたいに穏やかに微笑んだ。

「キミは破天荒だね」
「そう? 真実の愛があるならいいよね?」

 純真無垢なハレンチ――。そんな矛盾している表現がぴったりだと、孔明は思った。

「次元が違う……」
「気づいたら声かけてたんだよね。俺、自分のことがわかってない時あるからさ」

 リムジンに乗り込もうとした時の会話を棚に上げて、何かの罠かと孔明は疑ってかかった。

「キミはボクと同じで理論でしょ?」

 質問に質問を仕返してきた挙句、孔明の思考回路を褒めるには、自身がそれを理解していないとできないことだ。それなのに、男の話はどんどんおかしくなってゆく。

「そう、基本は理論。だから、はずれることがある直感は使わないの。でもね、無意識じゃ、避けられないじゃん? だから、神様のお導きってことで、勘もどんどん使ちゃってオッケーじゃん?」

 どこまでも明るくて、神世で長い年月暮らしているだけあって、否定的なことがどこにもない。そんな男を前にして、孔明は「ふふっ」と柔らかい笑い声を思わずもらして、

「キミは面白い」

 男はナルシスト的に微笑んで、生徒を褒めるように言った。

「いいじゃん。お前の笑顔。俺、好きだよ」

 素直にものを言うところなど、まさしく長年神やってきているだけあると、孔明は思った。しかし、何ともくすぐったいもので……。それでも男の価値観に一歩歩み寄った。

「でも、ボクはキミのこと普通・・なんだけど……」
「そう? まだ好きになんない?」

 聞いてみたかった。この男ならなんて答えるのか。孔明は春風が吹くように穏やかに微笑み、誰もが好青年だと太鼓判を押す声で嘘をついた。

「ボクは、男性に性的な興味はない――」
「そう」

 残念がるわけでもなく、悲しむわけでもなく、無機質な短い返事だった。孔明は男の綺麗な唇が動くのを待つ。その時間は一秒にも満たないのに、何年にも思えた。

 そうして、大人で子供で皇帝で天使で純心で猥褻とあらゆる矛盾を含む、マダラ模様の声が、孔明の待ち望んだ意見を告げる。

「俺も今までなかったけど……。お前に会って変わった。だから、お前も変わるってこともあるかもよ?」

 人々をひれ伏せさせるような強さがあるのに、柔軟性を持っている男。彼が自分をどれくらい愛しているのか、孔明は知りたがった。

「とにかく、今はない」

 あきらめるならそれまで、違うのなら、有益な情報も入り、その中には新たな恋愛が待っているのかもしれない。

「そう」

 男の返事も表情も無機質で、山吹色のボブ髪は綺麗な手で気だるくかき上げられ、襟に挿していた黄色のサングラスをこれで帰ると言うように顔にかけた。

「じゃあ、次はなしね」

 最後の一粒のマスカットが唇に運ばれたら、この男は代金をテーブルに置いて、瞬間移動でこの広い都会の海に消えていってしまうのだろう。だから、孔明は平常心を装って引き止める。

「ううん、キミの話は面白いから、次もある」

 あくまでも人として、性的な対象ではなく、違う価値観を持っている人として興味がある。

 恋する天才軍師は自分に言い聞かせる。この男とは今はまだ恋愛戦争は始まってもいないのだ。だから、冷静であれと。

 男はワインレッドの上着のポケットから、すっかり操作も慣れた携帯電話を取り出した。

「そう。じゃあ、連絡先教えて?」
「うん」
「名前何?」

 それを最初に聞いてきた男の前で、孔明は小さくため息をついた。

「やっぱり知らないんだね」

 まわりの客たちがさっきから、大先生をちらちらとうかがっていたが、男はそんなことは消滅させてしまうほど、気にかけてもいなかった。

「どういうこと?」

 いや違う。疑問形を投げかけて、情報収集の罠を仕掛けた。

「ボクが有名人だから、キミは声をかけてきたんじゃないってこと」

 その可能性が非常に高かった。だから、リムジンに乗る前に断ったのだ。仕事はもう終わりにして、今日は家に帰って、プライベートを満喫する。外行きの自分しか知らない人たちに邪魔されないように。

 宝石のように異様にキラキラ輝く黄緑色の瞳は孔明を真っ直ぐ見つめて、純真無垢で平然と言ってのける。

「お前が綺麗だから、声かけたんでしょ?」

 孔明は嬉しかった。単純に嬉しかった。色眼鏡で見られることなく、本当の自身に興味を持ってくれた人物と出会えたのだから。少しだけ心の距離を縮めて、

諸葛しょかつ 孔明」

 そうして、男も今初めて自分の名前を口にした――情報を開示した。

「そう。俺は森羅万象むげん 焉貴これたか

 意識下で操作できる携帯電話を、焉貴は見つめたまま珍しく感心した顔をする。

「本当だ、お前マジで有名だね。『帝国一の頭脳の持ち主、大先生』だって。神様からの贈り物だね、その頭の良さ」

 溶けてしまったアイスをスプーンで何度かすくいながら、孔明は少しだけ表情を曇らせた。

「でも、地球で生きてる時は失敗した」

 いや実は罠だった。この男だったら、自分と同じ理論で考え、可能性を導き出して、成功する高いものを選び取って、言動を起こすということに、どんな方法を見出すのか、孔明は知りたかった。

「そう。どうしちゃったの?」

 焉貴は警戒心もなく、というより、彼はそんなものがなくても、勝てる自信があった。いや人生は勝ち負けではないと知っていた。

 三百億年も生きている教師から見れば、大先生は小さな子供と一緒なのだ。それを居心地よく感じ始めている孔明が、可愛く小首を傾げると、漆黒の長い髪が白い着物の肩からさらっと落ちた。

「神様たちと邪神界は、人間の心の中は聞こえてるでしょ? だから、ボクみたいな考え方したら、作戦が相手にバレちゃうでしょ?」
「そうね。俺みたいに無意識の直感だったら、相手が考える前に動けるかもしれないけどね」

 焉貴なりの方法が出てきたが、直感というものは普通、ひらめいてから使うもので意識化の勘だ。それとはどうやら違うようだった。

 孔明はチョコレートソースと溶けたアイスを一緒にすくい取って、口の中へ入れると甘さが優しく体の内ににじんだ。

「具体的にどんな直感?」
「例えばさ」
「うん」

 焉貴は最後のマスカットを口の中へポンと投げ入れ、シャクっとかじった。

「先の道が右と左に分かれてるわけ」
「うん」
「で、俺は右に行きたいんだよね?」
「うん」

 焉貴の頭の中は『右』という単語でいっぱいに満たされるが、彼の綺麗な唇から、話のオチがやって来た。

「でもね、気づくと、歩いてんの。しかもそっちが正解――近道なんだよね?」

 心の中がのぞけても、何をしでかすかわからない、ミラクル風雲児が焉貴なのだった。孔明はスプーンをあきれたようにテーブルに投げ置いて、疑いの眼差しを向ける。

「嘘~!」
「嘘じゃないよ! マジマジ!」

 焉貴はナルシスト的に微笑み、マダラ模様の声で必死に言ってのけたが、チャラさが半端なかった。

 孔明はスプーンを手に取り、パフェに突き刺して、無意識の直感の弱点を言う。

「でもそれじゃ、邪神界から勘を受けたら、相手の思う壺だよね?」
「だから、邪神界より上にいる神様から直感受け取れるくらい、霊層上げちゃえばよかったんじゃないの?」

 長年、神様をやってきた男の言うことは、超ハイレベルな話だった。地上で生きていた孔明からすれば、二段階上の神と交信するということだ。陛下レベルの話である。

「そうかも?」

 孔明は新しい可能性を見出した。陛下は直感と理論の両方を使っていらっしゃるのではないかと。混合型。邪神界も大層手を焼いただろう。というか、最後は消滅させられてしまった、それが結果だ。

 焉貴は街ゆく人の向こうで、ライトアップされた城壁を眺めて、孔明の聡明な瑠璃紺色の瞳にまた戻した。

「何? 他のやつなんて言ったの?」

 ナプキンで手を拭いて、焉貴は手のひらをねじり合わせるようにして、細長い棒にしてしまった。

 まるでデートでもしているような孔明は、夜の街にそびえる城を見上げて、謁見の間で、同じ質問をした時のことを思い出した。

「他のやつじゃなくて、陛下」
「そう。何て?」

 敬意を深く示して、孔明は言葉を紡いだ。

「これがあれで、それがああなるから、そうする?」
「そうね。それが一番シンプルな対策ね。指示語にしたら情報漏洩しないね。いいね、それ」

 焉貴はそう言うと、背もたれにもたれかかり伸びをして、腕枕をするように両腕を頭に回した。

 あと少しで、チョコレートパフェがなくなる。食べ終わったら、お互い仕事で忙しい自分たちはなかなか会えない。いや会う口実が、孔明からは作りづらい。

 焉貴のことは普通・・だけれども、結婚という戦に勝利をしたい気持ちは山々。男である自分を好きだと言う男から、情報は欲しい。

 しかし、あの澄んだ黄緑の瞳を見ると、孔明には利用するという気持ちがえてしまうのだった。
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