最後の恋は神様とでした

明智 颯茄

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翻弄される結婚と守護

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 外国産の瓶ビールを飲みながら、ヘッドフォーンをしていた倫礼は、モニター画面を満足げに眺めていた。

「よしよし、テレビゲームから蓮の性格を把握した」

 二回目のプレイだったが、最初と印象は違っていた。澄藍すらんでプレイした一回目はほとんど記憶に残らないほどのキャラクターだったが、今回の彼女――倫礼は違っていた。

 彼女は得意げに微笑み、魔法をかけるように人差し指を、頬の横で突き立てる。

「その一、口数が少ない。その二、男女を分けて人を見てない。つまり、女だから受け入れる入れないとか、そういうことではない!」

 こんなところは、父――光秀に似ていて、彼女の好みをひどく満たした。唐揚げをもぐもぐを噛み砕き、続きを語る。

「その三、性格は真っ直ぐで自分に正直・・! だからこそ、何でもずばずばものを言ってくる!」

 普通は人というのは自分の思っていることを、十割言わないものだが、百パーセント言ってくる正直者が蓮ということである。

「あとこれは、私が蓮と過ごして気づいたこと! 素直・・ではない。つまり、俺様ひねくれである!」

 本人がそばにいないことをいいことに、人間の女は神に対して物申すを大いにして、最後を綺麗にしめくくった。

「だから、カチンとくるのである!」

 ただ彼女はここからが他の人と解釈が違っていた。

「でも、嘘は言ってないんだよね?」

 ただ正直なだけで、彼に悪意などないと知っている。人間ではなく神様なのだから。そうなると、偽りはそこにないのだ。

「よしよし、ちょっとはわかってきた。まだまだ研究をするぞ!」

 ぐびぐびとビールを勢いよく飲んで、意気込んだ倫礼は、ちょうど背後に立った気配を感じ取って、呼び捨てにしていたばかりに重大なミスを犯していたと気づくことになるのであった。

「蓮? 苗字って、月水でよかっ――」
「明智だ」
「え……?」

 ビールの瓶を力なく膝に落とし、振り返ると、針のようなさらさらとした銀色の前髪から、左目のスミレ色が鋭利に差し込まれいた。

 子供みたいに可愛らしい顔なのに、超不機嫌で台無しになっている神の前で、倫礼は自分の苗字を思い浮かべる。

 明智――。
 今、この目の前にいる神が言った苗字も、
 明智――。

 倫礼は膝の上に突っ伏して、世界中に響くような濁った悲鳴を上げた。

「あ゛ぁぁぁ~~っっ!!!!」
「なぜ騒ぐ必要がある?」

 蓮が不思議そうに首を傾げると、両眼があらわになった。リアクションの少ない彼に対して、倫礼は両腕を羽ばたくようにジタバタさせる。

「騒ぐでしょ。婿養子に来たなんて! っていうか、勝手に結婚してる!」

 存在が赦されていないというのは、何とも滑稽なもので、倫礼は泣きそうな顔でため息をついた。

「もう~~!」

 神世では、蓮の小さい頃のやり直しもあり、同じ家で育ってきた本体の倫礼と彼は、いわば許婚いいなずけみたいなものだった。

 しかし、ここにいる人間の女にはそんな記憶もないし、恋心もなかった。沈んだリングからよろよろと立ち上がるように、彼女は上体を起こした。

「はぁ~。神様の波動を受けてるおまけの私は、翻弄ほんろうされ続ける――いや、究極のパラハラだ!」

 文句を神にぶつけたみたが、蓮は鼻で笑う。

「ふん……」

 そうして、いつもと違って不機嫌はどこかへ消え去っていて、可愛らしい笑顔で不意に倫礼に近づいて、

「っ!」

 世界――人間と神の境界線を超えて、蓮の綺麗な唇はおまけの倫礼のそれにそっと触れた。目を閉じる暇どころではなく、見開いたまま固まった彼女に、蓮は無邪気な笑みで声をかけ、

「幸運に思え。チャオ!」

 神の力を存分に使って、その場から消え去った。手に持ったままだった瓶を、倫礼は乱暴に机の上に置く。

「もう! 勝手に出てきて、勝手にキスして、勝手に消えて――」

 物理的にはぶつかっていないが、感触は心に深く響く。指先で唇をなぞりながら、今日始めた見た蓮の笑顔を思い返した。

「っていうか、ずいぶん嬉しそうだったのは気のせい? いや違う。新婚だからだ」

 いつでもリアクションがなくて、驚くことを予想して言っても、

「ふーん」

 だけで済まされてしまう。おまけの倫礼は床に落ちていたバナナの皮を踏んでしまったみたいに、ツルッと滑ったような、笑いの前振りを失敗する毎日だった。

 それなのに、運命の出会いをして、結婚しただけで、あんな笑顔になって、スキップしているようなテンションの高さ。

 生まれてまだ三年にも満たない新婚の男――神を前にして、来年で四十歳になる倫礼は珍しく笑い声を上げた。

「ふふっ。何だか子供みたいで可愛んだ」

 まるで自身まで、新婚生活を送っているみたいになって、心が春色に染まった。しかし、ふと真顔に戻って、おまけの倫礼は首を傾げる。

「ん? どうして自分も嬉しいんだろう? おかしいな」

 一番似ている神様を探してきたと言う意味が、好きになる人も同じだということだと彼女はまったく理解していなかった。

    *

 結婚してからというもの、蓮との距離感は一気に縮まり、何かにつけて口出されるようになった。その度に、

 カチンと来る!

 倫礼は怒りで表情を歪めたが、神と人間である以上、大人しく言うことを聞いていた。しかし、ある日、いつも通りに、蓮の俺様攻撃が倫礼に降り注いだ。

「神のおまけのお前に、拒否権も賛成権もない。黙って従っていればいいんだ!」

 そうして、とうとう倫礼は限界がきて、言い返してしまったのである。

「守護神じゃないのに、あれこれ指図しないで。したかったら、守護神の資格取ってからにしてよね!」

 守護をする神様というものは、肉体を持って、いつか来る死の恐怖と戦いながら生きてゆくことを体験している。

 しかし、この目の前にいる神は、魂だけの世界で生きて数年しか経っていない。無理のあることを言ってくるのが、人間の倫礼でも手に取るようにわかった。

 蓮は何か言い返してくるかと思ったが、

「っ……」

 銀の長い前髪を不機嫌に揺らし、瞬間移動ですうっと消え去った。

「行っちゃった……」

 言い過ぎたのか。倫礼は反省する。自分を想って言ってくれているのはわかっていたが、他にどんな言い方があったのだろう。

 耳を澄まして待つ。絹のような滑らかな弦の音が聞こえてくるのを。しかし、いつまで経ったも、あの不機嫌なスピード感のある三拍子の曲は流れてこなかった。

「おかしいな。いつもだったら、怒ってヴァイオリン弾くのに、音が聞こえない」

 その日は、蓮とは一緒に眠らず、倫礼は一人きりの部屋で、心の中のモヤモヤを残したまま眠りについた。

 そして、翌日――。
 パソコンで作業をしていると、五歳の弟たちが心配そうな面持ちで話しかけてきた。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんいいの?」
「え? 蓮がどうしたの?」

 慌てて手を止めて、玄関まで心の目でゆくと、靴を履き終えて、銀の長い前髪を揺らし、ちょうど振り返った蓮がいた。

「ちょっと出かけてくる」
「どこに……!」

 倫礼の話も聞かずに、すらっとした長身は前を向いて、彼女は蓮が手にした旅行鞄みたいなものを見つけた。

「それって、ちょっとって荷物の量じゃ――」

 ちょっとではなく、どう考えても数日泊まりがけの用意だった。五歳の弟たちは寂しがるわけでもなく、ただただ不思議そうな顔で見合わせた。

「ドア閉まっちゃった」
「お兄ちゃん行っちゃった」

 なす術がなく、呆然と立ち尽くしていた倫礼だったが、頭の中で電球がピカンとついたようにひらめいた。

「守護神の資格取りに行った! それだ。それがぴったり来る」

 自分は怒ってしまって勢いあまり言ってしまったが、落ち着きのあるあの神は理論で動いていて、人間の女が言うのもなんだが、感情的に決してならない、いい男なのだった。

「昨日の話聞いてたんだ」

 倫礼の視界は涙でにじむ。本当の気持ちを受け止める存在がいる。たとえそれが、住む世界や身分が違っても、あの男はそれを超えて――いや気にしていないのだ。神である蓮は、魂も入っていない人間を差別をしないのだ。

 倫礼は両手を胸の前で握りしめて、幸せのスコールの中に立ち尽くすように、蓮が消えていった玄関ドアを見つめる。

「そうか。蓮は、俺様ひねくれだけど、自分が間違ってたらすぐに直すんだ。それから、私の話がきちんと心に届く人。うん、いいね。とっても居心地がいい。す――それは言わないでおこう。何だか恥ずかしいから……」

 こうして、おまけの倫礼もあっという間に恋に落ち、知らぬ間に結婚していた事件も、何の問題もなく彼女の人生の中に取り入れられた。

    *

 守護神の資格は、物質界で生きたことがあるか。もしくは、それと同等の資格を取る研修を受けに行って、経験を積むかの二択しかない。

 期間は二週間。それぞれの時間を、それぞれで過ごして、蓮は再び地球にある倫礼の部屋へ戻ってきた。

 彼は腰の低い位置で腕組みをし、鋭利なスミレ色の瞳で刺殺しそうに、おまけの倫礼を見下ろす。

「黙って、俺の言うこと聞け!」

 倫礼は唇をきつく噛みしめ、神に聞こえないようにぶつぶつと文句を言った。

「く~~! 守護神の資格を持ってるから、っていうか、守護神が交代しちゃったから、従うしかない~~!」

 夫婦二人三脚で、おまけの倫礼の人生は進み出した。しかし、彼女の性格が災いをもたらした。

 人生は選択の連続。迷う人間の娘。部屋にあるふたりがけのソファーには、守護神の蓮が座っているが、彼女の霊感からは蚊帳の外となっていて、

「これ、どっちにすればいいかな? 父上?」

 前の守護神を思わず呼び、アドバイスを受ける。そうして、また迷い、蓮がいるのに、あの長い黒髪を持ち、思慮深い光秀を探す。

「どうしようかな? 父上?」

 彼女は今までの癖で、光秀に助言を求めるようになったままだった。

「父上?」

 いや、おまけの倫礼はファザコンだったのである。

「父上?」

 父を探している娘を前にして、光秀とその妻は顔を見合わせた。そうして、ある日、光秀からおまけの倫礼も含めて、本体の倫礼と蓮に家長の命令が下ったのだった。

「この家から出て行って、ふたりで暮らしなさい」
「はい……」

 おまけの倫礼はショックを受けたが、この世界の父親とは違って、感情でモノを言わない神でもある父の言うことだ。子供たちを想っての発言なのだ。

 何度も何度もうなずきながら、自分に言い聞かせるように、前向きに解釈してゆく。

「そうだよね……。結婚してるのに、父上ばっかりじゃ、吸収されていなくなっても、せっかくの修業の意味がなくなっちゃうもんね。もっと仲良くなるためにも、これは意味があるんだよね……」

 そうして、光秀は滅多なことがない限り、守護神として地上へ降りることはなくなった。

 おまけの倫礼が振り返ると、そこにはいつも、銀の長い前髪と鋭利なスミレ色の瞳が超不機嫌に揺れていた。

「蓮に似た人がいいな、結婚するなら」

 魂――心を大切にする彼女は、肉体――ルックスで人を見ることはとうの昔にやめていた。

 いや、いつだって世界は、神様の世界が最初に物事が起きて、次は霊界。そうして、最後は地上へと影響が現れてくるのだ。全てつながっていると、霊感のある彼女は誰よりも知っていた。

「この世界でも蓮と結婚しないと、誠実じゃないよね? 私みたいに、蓮の波動を受けられるような人とめぐり会いたい」

 そんな調子で、おまけの倫礼は人と違った恋人探しを始めた。あくまでも、自分の勝手な思い込みの恋ではなく、森羅万象と言える心からつながっている運命の人とめぐり会うことを、初めての失恋から四年も続けてゆく。

 四十を迎えようが、彼女には関係のないことだった。なぜなら、神様には年齢はあってないようなものだ。

 それよりも、長く生きているほうが価値があるのだとさえ思っていた。きちんとした学ぶ姿勢をなくさなければ、輝きは増すのだと。
 
    *

 恋人がいなくても、おまけの倫礼には寂しさも焦りもなく、とても平穏だった。どんな時でもすぐそばに、心からつながっている蓮がそばにいたからだ。何があっても永遠に別れないパートナーがいた。

 そんな日々の中で、兄弟も増えて、おまけの倫礼のそばには、小さな子供たちもよく来るようになった。

 彼女持ち前の空想癖が爆発して、パソコンへ文字を打ち込むスピードは、晴れ渡る草原を全力で駆け抜けてゆくように快速だった。

「ん~? そうだなぁ~。考古学を学ばないと、この小説は書けないから、よし、これをあとであろう」

 未来を読み取れる守護神――蓮は背後にあるソファーに座り、鋭利なスミレ色の瞳で射殺すように、おまけの倫礼の背中を見ていた。

「あとでやる必要はない。それを書くことはこの先ないからな。まぁ、精神的には今は普通だから言うことはないが……!」

 いつもなら華麗に足を組むはずだったが、蓮はなぜかできないでいた。活火山が密かに地底深くでぐつぐつと煮えたぎるような怒りを覚える。

 口数の少ない神だからこそ、話しかけないと、いるのかいないのかさえわからない。おまけの倫礼は物事に集中しやすく、なおさら蓮という存在を忘れがちだった。

 鋭利なスミレ色の瞳には、人間の女の後ろ姿がしばらく映っていたが、振り返ることはなかった。

 ふと手を止めて、倫礼はキーボードから身を引いた。

「あれ? そういえば、蓮の姿を見て――!」

 前を向いたまま、霊感の視界だけを背後へ回す。そこで見た光景に、倫礼は驚愕して悲鳴を上げた。

「きゃあああぁぁっ!?!?」

 本を広げているイケメンの、綺麗な眉が怒りでピクついていた。倫礼は大きく開けた口に両手を当てる。

「二歳の三つ子の菖蒲あやめあざみ華灯かがりが……蓮に乗ってる~~!」

 先日生まれたばかりの弟たちが、婿養子を占領していた。蓮の持っている本は、怒りでプルプルと震えている。

(俺は本が読みたいんだがな……。くそっ! ガキはなぜ俺に寄ってくる?)

 倫礼は驚きすぎて、あたふたしながら見当違いなことを考えていた。

「頭に乗ってるのは誰? 肩に乗ってるのは誰? もたれかかって寝てるのは誰?」

 しかし、三つ子の弟など、やっと大人の神様が見えるようになった、弱い霊感では見分けることなどできるはずもなく、火山噴火をかろうじて抑えている蓮を見つけて、人間である女は、神である男に手を自然と差し伸べた。

 ソファーから立ち上がって、蓮から弟たちを抱き上げて、小さな頭を優しくなでてゆく。

「みんなおいで、お兄ちゃん本読みたいからね。お姉ちゃんが一緒に遊ぶよ」

 弟たちはくりっとした瞳で姉を見て、嬉しそうに微笑んだ。

「んん~っ♪」
「よしよし」

 可愛いと、おまけの倫礼は素直に思う。自分の膝に乗せて、パソコンの作業をまた再開し始めた。

 自分のように、人の心の声が聞こえるわけでもないのに、本を読めるようにして、願いを叶えていった、人間の女の後ろ姿を、蓮は不思議そうな顔で見つめた。

「なぜ、おまけのくせに俺の気持ちがわかった?」

 おまけとは違って、勘など持っていない蓮は自分なりの答えをすぐに見つけ、無理やり納得しようとする。

「偶然、そうだ。それしかない」

 超不機嫌は無邪気な笑みに変わってゆき、

(だがしかし、気分がいい。なぜだかわからないが……)

 神の心は羽が生えたみたいに軽くなり、本を小脇に抱えて部屋から出ていった。蓮が完全にいなくなったのを待って、倫礼も笑顔に変わる。

「怒ったから、ヴァイオリン弾きに行ったんだね。子供だな、小さい子に左右されてるなんて、まぁ、そこが可愛いと思うけど……」

 ピンと張り詰めた空気を漂わせながら、水の糸のような繊細でいて、荘厳なヴァイオリンの音が聞こえてきた。しかし、おまけの倫礼は首を傾げる。

「あれ? いつもの超不機嫌な三拍子の早い曲じゃない。スキップするような曲だ。何かいいことあったのかな?」

 伝染するように、倫礼は右に左に揺れて、美しい旋律に身を任せる。

「まぁ、いいか。幸せだ、自分は。好きな人がいて、その人と結婚してて、兄弟がこうして生まれてくる」

 隣の部屋の物音にビクッと驚くようなボロアパートの住まいで、独り身の暮らし。それでも、彼女は自然と笑みをこぼれる。

「現実は違っても……。ううん、私には見えない世界が現実だ。だから、とても幸せなんだ。一人じゃない」

 何かで寂しさを紛らわすでもなく、誰かに頼るでもなく、おまけの倫礼は目の前に起きることを前向きに解釈して乗り切ってゆく。

 泣かない日がないと言ったら嘘になるが、彼女は必ず一人で壁を乗り越えて、前向きに進んでゆく。

 かっこよく最初からはできないないが、踏まれても踏まれても元気に生え続ける雑草のようにあきらめることは何もなかった。

    *

 そうして、知らないところで、蓮と倫礼の子供が生まれ、

「ママ」

 と呼ばれるようになると、おまけの倫礼の幸せはなおさら鮮やかさを増して、かけがえのないものを次々に生み出してゆくのだった。

 そんなある日、小学校へ上がる前の我が子がいるところへ、五歳の弟たちがやってきた。

 帝河ひゅーががノリノリで声をかけて、

「おう!」
「こんにちは」

 蓮の肩に乗っていた菖蒲も今は五歳となって、みやびな雰囲気をかもし出して、我が子――隆醒りゅうせいに声をかけたが、表情ひとつ動かさず、最低限の言葉だけ発した。

「誰?」

 甥と叔父の関係でありながら、いずれは同じ五歳児となって、姫ノ館へ通うこととなる。しかし、子供たちの間で、立場の違いによるズレが生じた。

「姉ちゃんの弟だよ」
「僕もそう」

 蓮と倫礼の最初の子供である、四歳の隆醒は、そこにどんな人間関係が展開されているのかわからず、ノーリアクションだった。

「…………」

 はてなマークもなかったが、四百年生きている五歳の帝河はきちんと説明した。

「お前のママの弟だよ」
「ふーん」

 ノリノリの弟たちとは打って変わって、我が子は気のない返事。そばで聞いていたおまけの倫礼は、冷や汗をかいた。

「あ、隆醒、蓮に似ちゃったのかな? リアクション薄いな」

 それでも、悪意のない世界――神世の住人だ。だからこそ、前向きに解釈をすることが要求される。おまけの倫礼は表情の変わらない我が子を前にして、うんうんと何度も大きくうなずく。

「まわりのペースの流されない性格! それはいいことだ!」

 隆醒は時折、おまけの倫礼のそばに来ては、母と子供の会話をしたりした。物質界では子供もいない彼女だったが、子育ての経験を積むいい機会だと思っていた。

 問題が起きれば一緒に考えたり、叱るまではいかなくても、例え話をして子供本人が考えて選択できるようにしていた。

 しかし、さすが神様の子供だからなのか、蓮と本体の倫礼が育てているからなのか、隆醒の元々の性格なのか、特に悩むことなく子育ては順調に進んでいた。

 物質界でのアルバイトも、鬱病が嘘のようにスキップしたいほど心は軽やかだった。

(最近、絶好調!)

 東京都いう大都会なのに、人にぶつかることなく素早く必要なことをこなしてゆく彼女は、人生そのものが波に乗っている感じがしていた。

(何個も同時に作業ができるし、頭の回転が速い!)

 飲み友達と明け方まで飲んでいても、ダメージがなく平気で次の日も過ごせてしまう。快適だと前日の寝不足のことも、おまけの倫礼は忘れてしまうのだ。

(起きてる時間が長くいられるから、やりたいこといっぱいやれる!)

 学術書を読んでも、窓から外を眺めても、頭の中でピカンと電球がつくようにひらめいて、あちこちにメモをする紙が増えてゆく。

(小説の案がいくつもいくつも出てきて、神様との電話がつながってるのかも? ありがとうございます。アイディアをいっぱいくださって)

 最近の彼女のお気に入りは、バイト上がりにバーへ行って、カウンターの一番端の席へ座り、タバコサイズの葉巻――ミニシガリロを吸いながら、ジンのショットを飲み、小説の世界を空想し、書き留めることだった。

(ふふ~ん♪ ふふ~ん♪)

 紙の上をペンが氷の上を滑るように、さらさらと文字を羅列してゆく。

 そうして、家に帰って、パソコンへ打ち込んでゆく。外国産のお酒にミネラルウォーター、そして食べ物に囲まれ、自身を大切に思ってくれている家族に囲まれながら、彼女は日々を暮らしてゆく。

(ゲラゲラ笑っちゃうことがたくさんある。鬱が少しよくなったのかな? でも、先生に相談なしで薬を勝手に止めるのはよくないっていうから、飲み続けよう)

 好きな人たちと物に囲まれながら、家族から失踪をしている人間の女は、自由の翼を手に入れ、神界へとまるで登ったように生きゆく。

(楽しい! 爽快!)

 自身の中で今どんな変化が起きていて、その原因が何から来るのかも知れない。おまけの倫礼。狂想曲カプリッチョを奏でるように何かが狂いながら、彼女の人生は続いてゆく。
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