最後の恋は神様とでした

明智 颯茄

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たどり着いたのは閉鎖病棟

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 おまけの倫礼は泣きはらした顔で、ひとりぼっちの部屋で膝を抱え、ぼんやりソファーに座っていた。

「どの仕事についても、一年経つとやめちゃう。というか、止めることになる。急にイライラして怒り出したり、無断欠勤をしたりで、必ず止める方向に行くようになってる」

 三日坊主という言葉が聞いてあきれるくらい、一日も計画を実行できない自分を、まざまざと見せつけられて、倫礼はため息をついた。

「自分の忍耐力と持続力のなさだね……」

 倫礼から見えないように隣に座っている、蓮は鼻でバカにしたように笑った。

「お前は理論をものにはできていないんだ。可能性の話だ。今回がそうだったとしても、全て同じことが原因とは限らないだろう」

 ため息が降り積もる部屋で、蓮は華麗に足を組み替えた。

「神が別の道を指していれば、お前がどんなに努力を重ねてもうまく行くはずがないだろう。お前が望んでいるのは、俺の波動を受けた人間の男に出会うことだ。全てはそこに照準を合わせてある。男は見つけた。あとは会って、お前が努力をするだけだ」

 そうとも知らず、おまけの倫礼は必死にバイト先を探して、面接をあちこち受けるが、なかなか決まらなかったが、たったひとつだけとんとん拍子に決まった。

 だが勤務地が、ファンタジー志向の彼女とはミスマッチだった。朝早く出勤して、腐臭のする階段を地上へと上り切り、東京の中心地だというのに人がまばらな地区を歩いてゆく。

 そうして、彼女はもう何度ついたのかわからないため息をつく。

(今日もまだた……)

 職場に行くのに警戒心マックスで近づいてゆく。

(ほとんど毎日、出勤すると、店の前にパトカーが止まってる)

 自動ドアが開くと、イヤフォンをして音楽を聴いていても、騒然としているのが肌で感じ取れた。

(店のATMまで男の人が連れてこられて、金を下せって脅されてる)

 ぼったくりの話だ。慣れた感じで店内の通路を歩き、バックヤードの入り口までたどり着くが、彼女は頑丈なドアの前で暗証番号を入力する。

 今は違ったが、少し前までは、夜中に刃物を振り回している客が毎晩いたような治安のよくないところだった。

 バックヤードのドアが完全に閉まったのを確認して、ロッカーに手荷物を入れ、鍵をかけた。

 今までの生活では出会うこともなかった、新しい知恵が彼女の頭の中に叩き込まれていた。

(警察を呼んでくださいって頼まれるけど、脅されてるだけじゃ動けないらしい)

 ぼったくりだというには、金を一度払ったあとではないと訴えられない。同僚たちはなぜ引っかかるのかと不思議がり、原因は綺麗な女の子なのではないかとヒソヒソと噂話をする。罵倒されている被害を受けている人をちらちらとうかがいながら。稀に女性が逃げているのも見かけるが。

(だから、営業妨害だとか、喧嘩になりそうだから止めて欲しいって通報するだけ)

 欲望に欲望がつけ入り、自分の利益ばかりを優先する人々が集まる場所。倫礼は思うのだ。お互いが足の引っ張り合っていると。自滅していると。

 邪神界が倒されてから十年以上も経つのに、未だにこんなところが残っていたのかと思うと、ひどい時代錯誤に彼女に映った。

 お互いを思いやって当然の、神界に住む人々と話している彼女の日常とはまったく違っていた。この世界に目がいってしまいがちな衝撃的な毎日。

(この間は、血だらけになっても喧嘩してて、掃除係の人が文句を言ってた)

 パトカーだの犯人だのがいるところで、倫礼は店の前の掃除をいつも通り軽く済ませる。

(そういえば、二つ隣のビルは放火されて全焼したって、テレビのニュースでやってるのを見た)

 そうして、仕事が本格的に始まるが、客は物の見事に来ないのだ。

(とにかく、ここの価値観は他の場所と違ってる。昼間は人がほとんどいなくて、集客のピーク時は夜中の二時。陽が登ってる間は眠ってる街だ)

 殺人犯を探していると、警察手帳を見せられるのももう慣れた。失踪してきてしまった倫礼には帰る場所はなく、彼女なりに一生懸命やっていた。病気と戦いながら。

(でも、これを体験したら、そうそうなことでは驚かなくなるね。それだけでも、いい経験ができたから、神様に感謝だ)

 半年が過ぎ、仕事も場所柄にも慣れて、倫礼は一人きりのアパートで、ふと思い出してようにつぶやいた。

「恋愛したいな?」
「付き合えるやつを教えてやるから、気になるやつは言え」

 おまけの倫礼は心に決めていた。絶対に、蓮に似ている人にすると。口数が少なく、落ち着いていて、可愛らしい顔をしているけど、滅多に笑わない男を探す。

 仕事をこなしながら、心の中で守護神に確認を取る。それはまるで、潜入捜査でもして、無線機でやり取りをするようなふたりだけの秘密みたいで、変わった恋愛の仕方を、倫礼はまたしていた。

「あの人は? 落ち着いてるところが、蓮に似てると思う」
「あれは違う」

 だが、なかなか機会がめぐってこないと思っていたが、とうとうその日はやってきた。いつもどおり仕事をこなし、彼女の直感が刺激される。

(ん? あれ? あの人あんなにいい匂いしたかな? この前まで気にならなかったんだけど……!)

 それは、二ヶ月ほど前に移動してきた男だった。特に何が気になるわけでもなかったが、とにかくリアクションは薄いのだ。

 本人には知られないように、蓮に心の中で確認を取る。

「あっ、もしかして、あの人?」
「そうだ」
「よし、あとは告白する機会をうかがうだけ、と」

 こうやって、おまけの倫礼は人とは違った方法で、また新しい恋に出会ったのだった。そうして、二ヶ月も経たずに付き合うこととなる。

    *

 おまけの倫礼は夢のような毎日を過ごしていた。触れることのできない、神である蓮の波動を受けた、人間の男が恋人としている。

 全てが満ち足りる人生などないが、鬱病はいつまで経っても症状はよくならず、薬の量も通院するスタンスも変わることはなかったが、倫礼はとても幸せで満たされていた。

 しかし、神まで見える霊感を持った彼女は、人とは違った人生を歩むこととなったのである。

 焉貴が直感していた通り、蓮が見ることのできない未来へと進み出したのだ。それは天国から地獄へと真っ逆さまに落ちてゆくようなものだった。

 手始めにふたりを襲ったのは、倫礼が霊感をあまり使う暇がなくなったことだ。現実の恋人に意識を奪われ、神である蓮と直接話す機会が完全になくなった。

 蓮の波動を今でも受けているかもしれない、恋人と付き合い始めて数ヶ月後には、中絶という選択肢を選んだ。倫礼はこれから起きる出来事にただただ耐えてゆく日々を送る。

 恋人との付き合いは続いていたが、狭いアパート暮らしでふたりは不便だということで、広い部屋へ引っ越した。

 彼女はよく知らなかったのだ。自身の病気についてを。それが何を招くのかさえも。

 フルタイムで働くことはなくなったが、駅まで二十分以上歩いて、新しい職場へと働き始め、四十一歳の夏を迎えた。

 休日に買い物へ行く。昼間の暑い時間帯は避けて、おまけの倫礼は一人でアスファルトの上を歩いてゆく。近所の慣れた道を。

「っ!」

 ふと転びそうになる。段差があると知らずに、乗り上げたみたいにズーッと靴底を擦って、前につんめりそうになった。

 不思議そうに振り返り、倫礼は首を傾げた。

(あれ? いつも歩いてる道なのに、段差なんあてあったかな? おかしいな)

 最初は小さな違和感だった。だが、やはり外出をすると、何度か足を引きずる――いや自分の思い通りに足が動かないといったほうが正しかった。

 姿勢のせいなのかとか、暑さのせいなのかとか、倫礼なりに考えてみたが、夏が過ぎでも回数は減ったにせよ、足を引きずることは起きていた。

 転ぶかもしれない。そう思うと彼女は外出するのが億劫になっていった。それでも、自分も働こうと彼女は考えた。

「家から出るのが苦痛だから……。そうだ! 家でできることを仕事にしよう!」

 そうして、神様と話すこと、神界を見ることが遠ざかっていた彼女は、コウの言いつけを破ってしまったのだ。

「霊感を使って占いをしよう――! 電話占いがある!」

 そうして、始めた占いだった。相談者の守護神に来ていただいて、その話を聞く。だが、彼女は何を占えばいいのかわからなくなった。

「誰も魂の入ってる人がいない。過去世もないし、その人の意思はどこにもない。肉体が滅びたら、存在もなくなる。でも、それを伝えても耐えられないし、それどころか認めないと思う。そうすると、余計に霊層下がるよね? 世界の仕組みをきちんと理解することも霊層が上がる大きな条件なんだから。みんなの役に立てない。どうすれば……!」

 他の守護神がそっと耳打ちしてくれた。

「私たちが作った話を伝えればよいのです」

 倫礼はたくさんの神様に出会いながら、仕事をこなしていったが、彼女はコウが忠告した通り、心を病んでしまった。

「不倫の相談ばっかりだ。しかも、自分を正当化して、どうやったら続くかの相談ばかり……。普通、どうしたらやめられるかを考えるんじゃないのかな? どうしたら、誠実に人を愛せるかではないのかな? きちんと離婚してから付き合うのが普通だよね? 家族の気持ちは考えてないのかな? あの真実の愛が永遠に続く、綺麗な神界はどこにいったんだろう? 自分の欲を満たすんじゃなくて、相手を思いやる気持ちはどこにもない……」

 病状が悪化してしまい、倫礼は霊能師の仕事をやめた。そうして、霊感も失ってしまい、彼女を形作っていたものが崩壊してゆく。

 いつも最初は小さな違和感から始まる。のどが乾いているのに、トイレに頻繁に行くようになった。

「おかしいな。三十分に一回トイレに行くなんて、前にあったあれと同じかな?」

 初めて病院へ行く半年ほど前に体験したことを思い出した。

「熱気のあるたくさんの人がいるところで、トイレに行くことができないって状態になるとすると、怖くなってトイレに何度も行ったのと一緒?」

 家から滅多に出なくなった倫礼は、薄暗い家の中で首を傾げる。

「でも、のどが乾いてるのに、トイレに行くのって理論的におかしいよね? 緊張してるから?」

 新しい家に引っ越してから、もうすぐで一年経とうとしている。それなのに、慣れないのはどうもおかしかったが、彼女は以前にもよくあったことだと思って、そのままにしていた。

 たまに出かける買い物。両手に荷物を抱えて、三階まで階段で登る。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 体が鈍りみたいに重く、泣きたくなるほど辛くなってしまった。

「おかしいな。四十二にもう少しでなるけど、急にこんなに体力って落ちる? 一年前まで、ペットボトル二十四本入りの箱をふたつも同時に抱えて運んでたくらい、体力あったけど……」

 そうやって、彼女は家から出る回数がさらに減っていった。朝起きて、ご飯を食べて、パジャマのまままた眠ってしまう。

 気づくと昼前で、ご飯を食べてぼんやりした。

「一日中起きてるのが辛い。ずっと布団に横になってる。いけないと思うのに、体と心が辛い。起き上がれない」

 おまけの倫礼は病院には何度か行っていて、二週間ごとの診察時には必ず、点滴を打つようになっていた。

 体調を戻すとか、気力を戻すとかの問題ではなく、とにかく一日が無駄に過ぎてゆくのだ。そうして、おまけの倫礼はとうとう大きな違和感に気づいてしまった。

「お風呂に入りたくない……」

 ここ数ヶ月一度も畳んでいない布団の中で、倫礼は起き上がろうと何度もするが、体は一ミリとも動いてくれなかった。

「おかしい。自分はどんなにお酒を飲んでも、どんなに遅く帰ってきても、お風呂だけは絶対に入るくらい好きだった。好きだったことが辛くなるなんて……」

 薬を飲んでも効かない日々。意識は朦朧として、霊感どころの騒ぎでもなく、倫礼は守護神の蓮ともはぐれてしまった。

 本体の倫礼ともつながることはなく、父の光秀もこない。自身の子供や兄弟もこない。

 神の名も全て忘れ、美しい世界から切り離された、魂の入っていない肉体として生き始めた。

 彼女はそれどころか、神の元から遠く離れていった。毎日していた感謝もなくなり、青の王子――光命ひかりのみこと名前さえも思い出せず、小説を書いていたことも忘れるほど、おかしくなっていた。

 それでも、歯を食いしばって、おまけの倫礼は無理にでもお風呂に入るという生活を送っていた。

 そうして、立っているのが苦しいほどだったが、また結婚をして、役所への手続きは、忙しい彼に代わって、倫礼が全て行った。

 しかし、三ヶ月も経たないうちに、相手には他に好きな女ができたと言われてしまうのだった。

 年齢があってないような神世を見て、夢見心地で生きてきた十二年間。鏡の前に映っている自分は、生活も精神もズタボロな、どこからどう見ても四十代半ばのおばさんだった。

 それもショックを受けたが、そんな見た目に左右されるような男を好きになっていたのかと思うと、倫礼はずいぶんと自分も心を大切にできない、見た目にばかりこだわる人間になっていたのだなと思った。

 霊感を使って神と話している時の、あの心を大切にする美しさは、自身の心の中から薄れていた。その証拠に、離婚を言い渡された彼女は、

(私は嫉妬してる……。昔、コウが言ってた。嫉妬するのは、その人のことを本当に愛していないんだって。だから、私は――)

 倫礼は先行きの見えない人生の中で、相手をしっかりと見据えて言った。

「わかった。離婚するよ」

 こうして、四十三歳になる前の夏に、二度目の離婚をした。

    *

 働けるだけの気力も体力もない倫礼は、生活保護を受けて生活することに決めたが、やはり今は一人で生きていけるだけの強さはなかった。

 チャットにのめり込むようになり、夜中の二時過ぎまで起きていて、朝は十時に目が覚める。昼夜逆転しそうな勢いだった。

 それが、自身の病気にどんな影響をもたらしているか、鬱病だと信じ続けている彼女は気づくよしはなかった。

 北向きのかび臭い一人きりのアパートで、神の元から離れた倫礼は絶望の淵へと落ちてしまった。

 動く気力も体力もない中で、脳裏に浮かぶ。

 お気に入りのスカーフを、クローゼットの取手に巻きつけて、そこへ首をかけて、自殺する。あの声がまた頭の中を占領する。

(死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい……)

 だが、倫礼が懸命に駆け抜けてきた、失踪の七年間は決して無駄ではなかった。彼女は以前より強くなっていたのだ。客観的に今の自分を見つめるのだ。

(おかしい。だって、聞いたよね? コウに。人は誰でも自分で産まれたいって望んで産まれてくるって。だから、それを放棄するのは無責任以外の何物でもない。確かに、自分は最初からこの肉体に入ってたわけじゃないから、違うかもしれないけど……。どんな状況でも、自分の責任だよ。だから、自殺するのはいけない)

 それでも、頭の中で呪いの呪文のように繰り返される。スカーフをクローゼットの取手に巻きつけて、首をつる自分の姿が容易に想像できる。

 それでも、倫礼は何度も振り払おうとする。そんな日々が数日続いたが、自殺願望は頭から消えなかった。

 倫礼は自分が世界で一番怖くなった。

「このままじゃ、自分で自分を殺してしまう。病院へ行こう……」

 翌日、診察予約を前倒しして、医者に助けを求め、彼女はそのまま入院となった。

    *
 
 土曜日の午後いうこともあり、病院は静かだった。何がどうなって今ここにたどり着いているのかの記憶がないが、大きな部屋にベッドがひとつの個室に通された。

 案内してくれた看護師が慣れた感じで言う。

「荷物はこちらで全て預かっています」
「はい」
「こちらに着替えてください。ブラジャーにワイヤーは入っていますか?」

 渡された病衣を受け取りながら、倫礼は変な質問だなと思った。

「はい……」
「それではそちらも、こちらで預からせていただきます」
「はい」

 しばらくすると、自分の手持ちの物は下の下着のみになった。脱いだ服を看護師に渡すと、こんなことを聞いてくる。

「コンタクトレンズは入っていますか?」
「はい……」
「それではそちらも、預からせていただきます」
「はい」

 手元の字も見えないほど視力が弱い倫礼は、ぼんやりとした視界の中で洗面所のようなところへ案内され、部屋の中に再び戻ってきた。

「一時間ごとに看護師が見回りできます」
「はい、ありがとうございます」

 倫礼が頭を下げると、扉は静かに閉まり、ガシャンと外からロックをかけられた。それをおかしいと思うこともしないほど、彼女は疲れ切っていた。

 もうすでに日が暮れた窓辺に寄って、サッシに手で触れる。

「カーテンがない……。窓が開かない……」

 鍵が開かないようにされているのではなく、ガラスが動くレールがないのだ。斜め後ろに振り向くと、

「トイレにドアがない……」

 部屋のドアから少しだけ見えるような位置で、壁があったがその縁を倫礼は手でなぞった。

「仕切りの角がなくて、丸い……」

 天井で赤い点滅を繰り返すものが視界に入った。

「あれって、監視カメラ?」

 異様な空気が漂う個室を見渡して、倫礼はここがどこかがたどり着いた。

「精神科の閉鎖病棟だ――」

 ベッドの上に腰掛けて、ほっと胸をなで下ろした。

「でもよかった。これで、自殺しそうになったら、誰かに助けを求めることができる。もう自分を殺しそうになることもない」

 きりきりとねじ上げられた布が引き裂けてしまいそうな毎日とは違っていた。物音は何もせず、明かりも優しく、薬を飲んで眠りにつく。

 やっと休めるような気がした。ぼやけた視界の中で、耳の感覚を研ぎ澄ますと、鍵は外にもうひとつかけられていて――二重になっていたが、何もかも失ってしまった、おまけの倫礼には束の間の休息だった。

    *

 そして、翌日。軽い診察のあと、医師からこんな質問をされた。

「今まで調子が良かった時や気分が爽快だった時はありましたか?」

 倫礼は少し記憶を巻き戻し、正直に告げた。

「はい、ありました」
「そうですか。それでは、何かあったらいつでも声をかけてください」
「ありがとうございました」

 ひとり残された病室で、倫礼はベッドに腰掛け、自分の手を落ち着きなく触る。さっきの医師の言葉は、まるで自分の過去を見てきたような言い方だった。

「気分がよくなったのって、病気がよくなってたからじゃないのかな? どうして、改めて聞くんだろう?」

 一抹の不安の覚えた――――
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