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柔らかで穏やかな笑顔
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孔明と紅朱凛の仕事の関係で、宇宙空間を旅する、船の開港記念パーティーに参加した。
今回は関係者のみで、一般の人は乗っていない。ただ、家族は連れてきてもOK!
空気の心配はないから、船で星の海を渡って隣の宇宙へ行く、のんびりゆったりの旅が売りの乗り物だ。
今までは、宇宙船に乗って、あっという間に着いてしまう旅だけだったが、他の選択肢も出てきたということだ。
宣伝費はあまりかけていないらしい。関係者の家族が乗れば、それは自然とSNSで拡散されて、写真などから船の様子もわかる。もう少しで、春休みが来るタイミングを狙って、今開港したのだろう。
光命はなぜかそばにおらず、焉貴がそばにいた。パーティー用のスーツ姿がよく似合う。
子供が走り寄ってきて、風船を持っていた。
「これね、あそこにいるウサギさんの話を聞いたら、くれたよ」
得意げに見せてくれた。人間が被り物をしてるんじゃなくて、本当の話上手な二足歩行のウサギだ。
子供たちをターゲットにした、サービスなんだろう。夢のあるサービスだ。
感心していると、もう一人子供が走ってきた。
「ママ、トイレ!」
切羽詰まっていた。スタッフの人に聞いて、急いで子供はトイレに行った。そこで気づいた。
一人で平気?
焉貴が、
「あれは、もう何年も生きてるから、一人で平気」
その通りに、すぐに戻ってきた。もう少し早く行くようにすればと思ったが、十年近くも生きてれば、そんな失敗はないだろう。となると、
「友だちと話してた?」
「うん」
「友だちの話をきちんと聞いてたら、長い話だったんだね?」
「そう。だから、トイレに行くの遅くなった」
「優しいんだね」
そこで、ピンときてしまった。光命がそばにいない理由が。焉貴が先回りして言う。
「もう始まるよ。あいつのピアノ」
「なんで言ってくれなかったのかな? 仕事するって」
「理由があるからでしょ?」
「あぁ、そうか。私を喜ばせるためなのか」
「ま、そうね」
いつも通りの無機質な返事だった。近くに見に行くと、心地よいピアノの調べに酔いしれた。
リズムに揺れながらピアノを弾く、光命が微笑む表情を見ると、涙がこぼれそうになる。
ひだまりみたいに穏やかで優しい笑顔。出会った頃には、あんな微笑み方はしなかった。
あんな幸せな表情をするようになったのだと思うと、涙がこぼれた。
ありのままをここで書こうと決心しても、やはり書けないプライベートはある。
平坦な道のりではなく、時には体当たりで乗り越えてきたこともあった。
バイセクシャルの複数婚なんて、初めてで、戸惑うことも立ち止まることもあったが、それでもいい方向へ進んでいるのだろう。
焉貴の声がピアノの音色に混じる。
「光の復帰、色々書かれてる。前と変わったって」
ピアニストは弾いている時が一番幸せだ。
「今回の活動休止は、いい休みだったんだろうって」
「うん、そうだね」
オーケストラが入って、急に曲調が変わった。大海原を立派な船が悠々と進んでような旋律だ。
すると、スタンドマイクがひとつ出てきた。赤いドレスを着た女が中央へ出てきた。
焉貴に気を取られていたが、私は視界の端で女を見た。
あれは!
もう一人の自分だ!
よし、もう少しよく見て――
そこまでだった。入れ替わってしまって、いきなり知らない曲を歌うことになってしまった。
そこで、思い出した。オーケストラを従えて、壮大なバラード曲を作って欲しいと、光命にお願いしていたことを。きちんと作ってくれたのだ。
そのお披露目が、今日のこの船の上だったらしい。
光命は内緒にしてきたのではなく、もう一人の私と入念な打ち合わせしてきたのだ。何よりもいい宣伝方法だ。孔明と紅朱凛の仕事も、自分たちの仕事も相乗効果で、たくさんの人に伝えられるのだから。
歌えない曲から慌てて逃げて、焉貴のそばにいる自分に戻って、光命の曲に酔いしれる。
曲が終わると、人が集まってきてしまった。あの有名な夫婦のうちの二人だと言って。
そこへ、焉貴がいるのも知られてしまって、夫婦三人で撮らせてという話が終わらないうちに、孔明も来て、いつの間にやら、我が家全員が集まって、記念写真になった。
いい思い出だ。一泊の船旅。だが、我が家は出席が出遅れた上に、大人数のため、部屋は半分しか空いておらず、瞬間移動で我が家に半数は帰ってきた。
明日は、船に泊まる予定だ。
2020年2月26日、水曜日
今回は関係者のみで、一般の人は乗っていない。ただ、家族は連れてきてもOK!
空気の心配はないから、船で星の海を渡って隣の宇宙へ行く、のんびりゆったりの旅が売りの乗り物だ。
今までは、宇宙船に乗って、あっという間に着いてしまう旅だけだったが、他の選択肢も出てきたということだ。
宣伝費はあまりかけていないらしい。関係者の家族が乗れば、それは自然とSNSで拡散されて、写真などから船の様子もわかる。もう少しで、春休みが来るタイミングを狙って、今開港したのだろう。
光命はなぜかそばにおらず、焉貴がそばにいた。パーティー用のスーツ姿がよく似合う。
子供が走り寄ってきて、風船を持っていた。
「これね、あそこにいるウサギさんの話を聞いたら、くれたよ」
得意げに見せてくれた。人間が被り物をしてるんじゃなくて、本当の話上手な二足歩行のウサギだ。
子供たちをターゲットにした、サービスなんだろう。夢のあるサービスだ。
感心していると、もう一人子供が走ってきた。
「ママ、トイレ!」
切羽詰まっていた。スタッフの人に聞いて、急いで子供はトイレに行った。そこで気づいた。
一人で平気?
焉貴が、
「あれは、もう何年も生きてるから、一人で平気」
その通りに、すぐに戻ってきた。もう少し早く行くようにすればと思ったが、十年近くも生きてれば、そんな失敗はないだろう。となると、
「友だちと話してた?」
「うん」
「友だちの話をきちんと聞いてたら、長い話だったんだね?」
「そう。だから、トイレに行くの遅くなった」
「優しいんだね」
そこで、ピンときてしまった。光命がそばにいない理由が。焉貴が先回りして言う。
「もう始まるよ。あいつのピアノ」
「なんで言ってくれなかったのかな? 仕事するって」
「理由があるからでしょ?」
「あぁ、そうか。私を喜ばせるためなのか」
「ま、そうね」
いつも通りの無機質な返事だった。近くに見に行くと、心地よいピアノの調べに酔いしれた。
リズムに揺れながらピアノを弾く、光命が微笑む表情を見ると、涙がこぼれそうになる。
ひだまりみたいに穏やかで優しい笑顔。出会った頃には、あんな微笑み方はしなかった。
あんな幸せな表情をするようになったのだと思うと、涙がこぼれた。
ありのままをここで書こうと決心しても、やはり書けないプライベートはある。
平坦な道のりではなく、時には体当たりで乗り越えてきたこともあった。
バイセクシャルの複数婚なんて、初めてで、戸惑うことも立ち止まることもあったが、それでもいい方向へ進んでいるのだろう。
焉貴の声がピアノの音色に混じる。
「光の復帰、色々書かれてる。前と変わったって」
ピアニストは弾いている時が一番幸せだ。
「今回の活動休止は、いい休みだったんだろうって」
「うん、そうだね」
オーケストラが入って、急に曲調が変わった。大海原を立派な船が悠々と進んでような旋律だ。
すると、スタンドマイクがひとつ出てきた。赤いドレスを着た女が中央へ出てきた。
焉貴に気を取られていたが、私は視界の端で女を見た。
あれは!
もう一人の自分だ!
よし、もう少しよく見て――
そこまでだった。入れ替わってしまって、いきなり知らない曲を歌うことになってしまった。
そこで、思い出した。オーケストラを従えて、壮大なバラード曲を作って欲しいと、光命にお願いしていたことを。きちんと作ってくれたのだ。
そのお披露目が、今日のこの船の上だったらしい。
光命は内緒にしてきたのではなく、もう一人の私と入念な打ち合わせしてきたのだ。何よりもいい宣伝方法だ。孔明と紅朱凛の仕事も、自分たちの仕事も相乗効果で、たくさんの人に伝えられるのだから。
歌えない曲から慌てて逃げて、焉貴のそばにいる自分に戻って、光命の曲に酔いしれる。
曲が終わると、人が集まってきてしまった。あの有名な夫婦のうちの二人だと言って。
そこへ、焉貴がいるのも知られてしまって、夫婦三人で撮らせてという話が終わらないうちに、孔明も来て、いつの間にやら、我が家全員が集まって、記念写真になった。
いい思い出だ。一泊の船旅。だが、我が家は出席が出遅れた上に、大人数のため、部屋は半分しか空いておらず、瞬間移動で我が家に半数は帰ってきた。
明日は、船に泊まる予定だ。
2020年2月26日、水曜日
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