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届かない距離
①
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朝の目覚めを助けてくれるのは、小鳥たちの楽しげなさえずりだ。
いつものように聞こえるものだと思い、うっすらと浮上する意識の中、エアルは無意識にその声を探した。だが、いくら経っても聞こえてこない。
どうしてだろう。小鳥たちはどこに行ってしまったんだろう。そう思った直後、ゆっくりと目を開ける。柔らかいベッドにシルクのシーツ。香水と紅茶の華やかな香り。窓から射し込む朝日――。それらが一気に目に飛び込んできて、ハッと頭を上げた。
ケヤキの上の小屋じゃない。ここはどこだ?
そのとき、コツコツと窓ガラスを叩く音が聞こえた。窓の外に見えたのはエナガだ。エアルに何かを訴えるように、小さなくちばしで窓を叩いている。
急いでベッドを降り、窓を開ける。
「……ここまで来てくれたんだな。嬉しいよ」
指で止まり木をつくると、エナガは慣れた様子でエアルのそこに飛び乗った。
「でも……すまないな。私は今、おまえに木の実や果物を採ってくることができないんだ」
申し訳なく思いながらエナガの縦縞をもう片方の手で撫でてやる。納得していないようだったが、仕方ないと察したのだろう。しばらくすると、エナガはエアルの指から飛び立ち、空へと羽ばたいていった。
そうだ。寝ぼけて忘れかけていたが、ここは自分の棲み慣れた小屋ではないのだ。
カリオと結婚式を挙げてから一ヶ月。ザウシュビーク国王夫婦の寝室にある衣裳部屋で、エアルは一日の大半を過ごしている。
本来なら、カリオ国王の妃である自分は夫婦の寝室で夫と一緒に寝るべきなのだろう。だけど、どうしても抵抗があった。そもそも自分はカリオのことを夫だと思っていない。
カリオ本人と、身の回りを世話してくれている侍女にずいぶんと我儘を言った。夫婦の寝室と繋がった衣裳部屋をエアル一人が寝ることができるように、作り替えてもらったのだ。
寝衣から一張羅のローブに着替え、簡単に身を整えてから簡素な部屋を出る。寝室を一旦通らなければ、どこにも行けないのが厄介だ。
寝室に入ると、ちょうどカリオも目覚めた頃だったらしい。ベッドの上で、足を床に落としたカリオと目が合った。
「……おはようございます」
長年の教育係としての癖が抜け切れない。エアルはその場で腰を曲げ、カリオに挨拶をした。
「ああ……うん」
カリオは居心地が悪そうに背中を丸める。目を逸らされても、なんとも思わなかった。寝室を横切り、廊下へと出るため扉のほうに足を向けた。カツカツと足音を立て、扉の前まで来たときだった。
「今日も兄様の部屋へ行くのか?」
カリオの声が背中を刺した。
「ええ」
エアルは振り返ることなく答え、扉を開けて寝室を飛び出した。聞くまでもないことだった。
カリオと式を挙げた日から一ヶ月。それはローシュが一年ぶりの帰還を果たした日から一ヶ月が経ったということでもある。
鳥たちが運んできてくれた奇跡だと思った。嬉しくて嬉しくて……初めて神に感謝した。
どんな姿でもよかった。ローシュが帰ってきてくれるなら、何もいらないと思っていた。ずっと待ち焦がれていたローシュが帰ってきた日、自分はカリオの妻にさせられたというのに。
ちなみにローシュはまだ目を覚ましていない。何も知らない状況のまま、ベッドの上で眠っている。
粗末な処置が施された右腕と左脚は、宮廷医によって丁寧に処置してもらった。そのおかげで化膿せずに済み、感染症に怯える心配も消えた。
失われた箇所に再び腕と脚をくっつけることは手術や回復魔法をもってしても叶わないが、これ以上傷が広がらないことが約束されただけでも安心した。
宮廷医の診察によれば、ローシュの傷と栄養状態は酷いものだったそうだ。鳥たちの力を借りたとしても、ほぼ自力で城まで帰ってこれたことは奇跡――いや、ローシュの執念だと評していた。
――……約束、した、だ、ろ……必ず、帰って、くる……と。
バルコニーで降ってきたローシュをこの腕で抱き止めた。自分の腕の中で、ローシュはボロボロの状態にもかかわらず微笑んだ。
目を覚ましたら、こちらの状況を伝えなければいけないという怖さはある。一時的に向こうもショックを受けるかもしれないが、心を砕いて話せばきっと事情をわかってくれる。これからどうすればいいかを、一緒に考えることができる。
それだけでエアルは幸せだと思った。ローシュがそばにいてくれる。離ればなれの状況の中、ローシュの安否が不明だったときに比べれば、ずっと……。
ローシュの部屋に向かうと、ちょうど扉の前に侍女のハンナがやってきた。ハンナが両手で支えている銀盆の上には、体を拭くための道具が一式揃っている。
「お待ちしておりました」
ハンナは機械的に頭を下げ、銀盆をエアルの前に差し出した。
「本日もお一人でローシュ様のお体を拭かれますか?」
「ああ。そのつもりだ」
「ではこちらを」
ハンナは銀盆を渡してくると、両手の塞がったエアルに代わり、部屋の扉を開けた。
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