鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

文字の大きさ
59 / 60
届かない距離

しおりを挟む

***

 朝の目覚めを助けてくれるのは、小鳥たちの楽しげなさえずりだ。

 いつものように聞こえるものだと思い、うっすらと浮上する意識の中、エアルは無意識にその声を探した。だが、いくら経っても聞こえてこない。

 どうしてだろう。小鳥たちはどこに行ってしまったんだろう。そう思った直後、ゆっくりと目を開ける。柔らかいベッドにシルクのシーツ。香水と紅茶の華やかな香り。窓から射し込む朝日――。それらが一気に目に飛び込んできて、ハッと頭を上げた。

 ケヤキの上の小屋じゃない。ここはどこだ? 

 そのとき、コツコツと窓ガラスを叩く音が聞こえた。窓の外に見えたのはエナガだ。エアルに何かを訴えるように、小さなくちばしで窓を叩いている。

 急いでベッドを降り、窓を開ける。

「……ここまで来てくれたんだな。嬉しいよ」

 指で止まり木をつくると、エナガは慣れた様子でエアルのそこに飛び乗った。

「でも……すまないな。私は今、おまえに木の実や果物を採ってくることができないんだ」

 申し訳なく思いながらエナガの縦縞をもう片方の手で撫でてやる。納得していないようだったが、仕方ないと察したのだろう。しばらくすると、エナガはエアルの指から飛び立ち、空へと羽ばたいていった。

 そうだ。寝ぼけて忘れかけていたが、ここは自分の棲み慣れた小屋ではないのだ。

 カリオと結婚式を挙げてから一ヶ月。ザウシュビーク国王夫婦の寝室にある衣裳部屋で、エアルは一日の大半を過ごしている。

 本来なら、カリオ国王の妃である自分は夫婦の寝室で夫と一緒に寝るべきなのだろう。だけど、どうしても抵抗があった。そもそも自分はカリオのことを夫だと思っていない。

 カリオ本人と、身の回りを世話してくれている侍女にずいぶんと我儘を言った。夫婦の寝室と繋がった衣裳部屋をエアル一人が寝ることができるように、作り替えてもらったのだ。

 寝衣から一張羅のローブに着替え、簡単に身を整えてから簡素な部屋を出る。寝室を一旦通らなければ、どこにも行けないのが厄介だ。

 寝室に入ると、ちょうどカリオも目覚めた頃だったらしい。ベッドの上で、足を床に落としたカリオと目が合った。

「……おはようございます」

 長年の教育係としての癖が抜け切れない。エアルはその場で腰を曲げ、カリオに挨拶をした。

「ああ……うん」

 カリオは居心地が悪そうに背中を丸める。目を逸らされても、なんとも思わなかった。寝室を横切り、廊下へと出るため扉のほうに足を向けた。カツカツと足音を立て、扉の前まで来たときだった。

「今日も兄様の部屋へ行くのか?」

 カリオの声が背中を刺した。

「ええ」

 エアルは振り返ることなく答え、扉を開けて寝室を飛び出した。聞くまでもないことだった。

 カリオと式を挙げた日から一ヶ月。それはローシュが一年ぶりの帰還を果たした日から一ヶ月が経ったということでもある。

 鳥たちが運んできてくれた奇跡だと思った。嬉しくて嬉しくて……初めて神に感謝した。

 どんな姿でもよかった。ローシュが帰ってきてくれるなら、何もいらないと思っていた。ずっと待ち焦がれていたローシュが帰ってきた日、自分はカリオの妻にさせられたというのに。

 ちなみにローシュはまだ目を覚ましていない。何も知らない状況のまま、ベッドの上で眠っている。

 粗末な処置が施された右腕と左脚は、宮廷医によって丁寧に処置してもらった。そのおかげで化膿せずに済み、感染症に怯える心配も消えた。

 失われた箇所に再び腕と脚をくっつけることは手術や回復魔法をもってしても叶わないが、これ以上傷が広がらないことが約束されただけでも安心した。

 宮廷医の診察によれば、ローシュの傷と栄養状態は酷いものだったそうだ。鳥たちの力を借りたとしても、ほぼ自力で城まで帰ってこれたことは奇跡――いや、ローシュの執念だと評していた。

 ――……約束、した、だ、ろ……必ず、帰って、くる……と。

 バルコニーで降ってきたローシュをこの腕で抱き止めた。自分の腕の中で、ローシュはボロボロの状態にもかかわらず微笑んだ。

 目を覚ましたら、こちらの状況を伝えなければいけないという怖さはある。一時的に向こうもショックを受けるかもしれないが、心を砕いて話せばきっと事情をわかってくれる。これからどうすればいいかを、一緒に考えることができる。

 それだけでエアルは幸せだと思った。ローシュがそばにいてくれる。離ればなれの状況の中、ローシュの安否が不明だったときに比べれば、ずっと……。

 ローシュの部屋に向かうと、ちょうど扉の前に侍女のハンナがやってきた。ハンナが両手で支えている銀盆の上には、体を拭くための道具が一式揃っている。

「お待ちしておりました」

 ハンナは機械的に頭を下げ、銀盆をエアルの前に差し出した。

「本日もお一人でローシュ様のお体を拭かれますか?」

「ああ。そのつもりだ」

「ではこちらを」

 ハンナは銀盆を渡してくると、両手の塞がったエアルに代わり、部屋の扉を開けた。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】  触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。  彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。  冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

売り物の身体ー社長に躾けられる美形タレントー

しち
BL
芸能界で生き残るために身体を武器にしてきた清瀬累。 枕営業も厭わない累の“商品価値”に口を出してきたのは、所属事務所の若き社長・剣崎だった。 「価値を下げるな」 そう言って累を囲い込む男の真意は――。 身体で仕事を取ってきた若手タレント兼俳優を事務所社長が躾け直す話です。 この世界で生きるための「価値」を教え込まれる話。

魔法使い、双子の悪魔を飼う

よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」 リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。 人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。 本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり... 独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。 (※) 過激描写のある話に付けています。 *** 攻め視点 ※不定期更新です。 ※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。 ※何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

処理中です...