鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

文字の大きさ
3 / 60
鳥籠の天翼

しおりを挟む
「エアルって何歳なんだ?」

 飛行訓練には関係のない質問に、エアルは眉に皺を寄せた。

「さあ、細かくは覚えていませんが、四百は超えているかと」

「今日歴史の授業でフリューゲルのことを習った」

「そうですか。教科書に載っていたフリューゲルの絵は私にそっくりだったでしょう」

 エアルは鼻で笑う。

 自身の顔の美醜なんてどうでもいいが、人間からすると自分を含むフリューゲルの顔は彫刻のような造形をしているらしい。美化された自身の姿が歴史の教科書に載っているのを見たことがある。その絵を見た者から言わせると、よく似ているのだそうだ。

「うん。フリューゲルはみんなエアルと同じ顔をしていたの?」

「さあ、とうの昔に忘れました」

「わからないの? エアルはフリューゲルの生き残りなんだろ?」

 矢継ぎ早に放たれる無垢な問いかけにイラッとする。歴史で習ったのならわざわざ自分に訊く必要はないだろう。

「この国では私がフリューゲルの唯一の生き残りだと言われているようですが、実際のところは私にもわかりかねます。私はこの国以外を――外の世界を知りませんから」

「そうなのか?」

「ええ。ザウシュビーク王国から逃げたり、この国の中で攻撃魔法を使ったりすると、寿命が縮んでしまうんです。ローシュ様にこうやって飛行技術をお教えすることもできなくなるでしょう」

「……どういうこと?」

 ローシュは首をコテッと横に傾げる。

「呪いです。寿命が削られるほか、私は羽が腐り落とされる呪いを掛けられているんですよ。この国から永遠に逃げられないようにね」

 フッと薄気味悪く笑ってやると、ローシュはゴクリと唾を呑んだ。子どもとはいえ怯えている顔はあまりにも頼りなく見える。なんてアホ面なのだろう。

 脅し過ぎたか。エアルは少し反省し、相手の意識を逸らすように、王子の目の前でパチンと両手を叩いた。次の瞬間、ローシュの頭の上にポンと一輪の花が咲く。紫色のそれはオダマキだ。花言葉には愚か者という意味がある。

 ローシュはオダマキの花言葉を知らないはずだ。ただバカにされたということだけはわかるようで、たまに魔法でこの花をローシュの体の部分に咲かせてやると、みるみるうちに膨れっ面になるのだった。

「またおれにウソの話を教えたなっ」

 ローシュは自身の頭に生えた花を引っこ抜き、地面に投げ落とした。

 オダマキは所詮ローシュの恐怖のエネルギーを変換させて生成した花だ。茎に土はついておらず、花は小さな足元で地面に吸い込まれるように消えた。

「素直さはなくてはならない気質ですよ。未来の国王様」

 国王様、の部分を強調して嘲笑う。ローシュはぐぎぎ……と歯嚙みしてエアルを睨み上げた。

「嘘つき! エアルに呪いがかかってるなんて、聞いたことないからな! むしろエアルがこの国の呪いだってみんなが――……」

 ハッとなったローシュが、小さな両手で自身のおしゃべりな口を塞いだ。

 ローシュが何を言わんとしたのか。長年この城で暮らしてきたエアルにとって、それを察するのはあまりにも容易いことだった。

 ザウシュビーク国の王族には、昔からよからぬ言い伝えがある。それはエアルの呪いによって歴代の王妃たちが出産後に必ず体を壊し、早世してしまうというものだ。

 ローシュの実父であり、かつ現国王であるレイモンドの曾祖父の代――つまりローシュから数えて四代前の王が健在だった頃より、城内に蔓延はびこる言い伝えである。

 実際はエアルのことを一方的に毛嫌いしていた当時の王の側室が流した、ただの噂に過ぎない。

 たしかにエアルがこの城に囲われるようになってからというもの、子を産んだ王妃や側室たちが原因不明の病に侵され次々と亡くなったのは事実だ。

 だがエアルは何も手を下していない。呪いをかけられることはあっても、呪いをかけるような魔法をエアルは――フリューゲルは覚えることができないのだ。

 それにいくら人間という種族が嫌いでも、歴代の王妃や側室一人一人に対しての恨みはなかった。生まれたばかりの赤ん坊は純粋に可愛かった。たとえいつかは憎たらしい大人の人間に成長すると知っていてもだ。

 乳飲み子から母親を奪うような真似をするなんて、雨粒の一滴ほども考えたことがなかった。

 最初の数十年は、自分のせいじゃないと舌の奥が痛くなるまで訴えた。この城の中で、自身の潔白を当時の国王や使用人たちにわかってもらおうと必死だった。

 指の隙間からこぼれる噂を自分の手で拾おうとしなくなったのは、いつの頃だったか。先々代の王の元へ嫁いだ隣国の王妃と初めて顔合わせをしたときだ。

 当時の王妃は肩まであるブラウンの巻き髪と大きな瞳がチャームポイントの、小柄で人懐っこい小動物のような女性だった。一見感じは悪くなかったが、無意識なのか会話の節々に嫌味っぽいところがあった。

「貴方があのフリューゲルね。私の国でもお噂はよく聞くわ」

 挨拶の際、王妃はそう言ってにこやかに笑いつつ、握手するつもりで差し出したエアルの手に触れるどころか、見ようともしなかった。まるでエアルの手が、そこに存在していないかのように。

「でも私は孫の代まで長生きしたいの。どうかお手柔らかにお願いね」

 王妃から悪意は感じられなかったものの、エアルはこのとき悟ったのだ。自身に対する悪いイメージは、自分にはどうにもならない所でどうにもならないほどに膨らみ、そして広まっているのだと。

 それ以来、城内のあちこちで自分の噂を耳にすることがあっても気にしないことにした。訂正もしなければ、黙らせたいがために相手を一瞥することもしない。今となっては眉一つ動かすこともなくなった。

 勝手に言っていればいい。所詮自分にとって今生きている人間たちは皆若造であり、そのくせ自分より先にどうせ死ぬ老人なのだから。

 結局長生きすることを望んでいた王妃も例に漏れず、ローシュの曾祖父を産んだ数ヶ月後にこの世を去った。



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

攻略対象に転生した俺が何故か溺愛されています

東院さち
BL
サイラスが前世を思い出したのは義姉となったプリメリアと出会った時だった。この世界は妹が前世遊んでいた乙女ゲームの世界で、自分が攻略対象だと気付いたサイラスは、プリメリアが悪役令嬢として悲惨な結末を迎えることを思い出す。プリメリアを助けるために、サイラスは行動を起こす。 一人目の攻略対象者は王太子アルフォンス。彼と婚約するとプリメリアは断罪されてしまう。プリメリアの代わりにアルフォンスを守り、傷を負ったサイラスは何とか回避できたと思っていた。 ところが、サイラスと乙女ゲームのヒロインが入学する直前になってプリメリアを婚約者にとアルフォンスの父である国王から話が持ち上がる。 サイラスはゲームの強制力からプリメリアを救い出すために、アルフォンスの婚約者となる。 そして、学園が始まる。ゲームの結末は、断罪か、追放か、それとも解放か。サイラスの戦いが始まる。と、思いきやアルフォンスの様子がおかしい。ヒロインはどこにいるかわからないし、アルフォンスは何かとサイラスの側によってくる。他の攻略対象者も巻き込んだ学園生活が始まった。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。

志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。 美形×平凡。 乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。 崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。 転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。 そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。 え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。

処理中です...