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本気の嘘
②
しおりを挟むそのときだった。バルコニーの出入口の方から、渋い低音の声が響いた。
「十八にもなって、まだその程度で嬉々としているのか」
振り返らなくても、聞いただけで声の主を知る。レイモンド王だ。
つい今までバルコニーに流れていた和やかな空気が一瞬にして塗り替わる。ローシュはエアルの後方に目をやると、眉頭に深い皺を寄せた。
「そのような意識の低さで、国を背負う王になれるとでも思っているのか。みっともない」
振り返って見ると、毛皮や金のチェーンで飾られた赤いマントを羽織った王がゆっくりとした足取りで近づいてきた
ローシュよりも身長はりんご一つ分低いが、横に大きな体躯は圧巻だ。その堂々たる姿に怯みそうになった使用人は、エアルだけではなかった。ローシュの飛行訓練を脇で見守っていた下僕や侍女の腰や頭が、見るからに低くなる。
「挑戦することの何がみっともないのでしょうか。俺にもわかるように説明してくれないでしょうか?」
その場で王に怯まず吼えたのは、実の息子であるローシュただ一人だった。
ローシュの噛みつきに対し、王は睨みのみで応戦する。しばらく睨み合っていた二人だったが、「時間の無駄だ」というレイモンドの一声で親子の冷戦は静かに終わりを告げた。
「行くぞ」
王本人が酷く冷たい目で指名したのは、エアルだった。有無を言わせない目に捕らえられ、身動き一つ取れなくなる。
そういえば今日は執事のアンドレが体調を崩し、暇に入っていると朝聞いた。王本人が日中に不特定多数の使用人の前に姿を現すなんて珍しいと思ったが、信頼する忠犬がいないのなら納得だ。
たった三文字の言葉だけで、エアルは自身に下された命令の中身を察する。ローシュはもちろん、周りで王の動向を見守っている使用人も、指名した相手がエアルだという時点できっと気づいている。
以前は何とも思わなかった状況なのに、今日は全身を小さな針で刺されているみたいだった。居心地が悪い。ふとローシュと目が合う。お願いだから自分のことを見ないでほしかった。エアルは男の目から視線を逸らし、「……ここを片付けたら寝室に向かいます」と王の命に従う。
「行くな」
ピリついた空気を割ったのは、ローシュの声だった。歩を進めていたレイモンドの足が止まる。
「父上はエアルのことを何だと思っているんです?」
「ローシュ様、おやめくださいっ」
振り返り、ローシュの口を止めようと声を荒げる。制止も虚しく、ローシュは今にも殴りかかりそうな形相で王を睨んでいた。
「操り人形ですか? それともフリューゲルには……エアルには心がないとでも?」
「ローシュ様!」
「近ごろのエアルは酷く疲れた顔しています。しかし父上は、まるで子どもが自分のおもちゃを取られまいと必死になるみたいに、エアルを囲っている。みっともないのはどっちでしょうね?」
挑発は見事に王の不興を買ったようだ。ゴミでも見るような王の目が、ローシュを捉えた。しかしローシュに怯む様子はない。
「これ以上エアルを傷付けるというのなら、いくら父上でも俺は容赦しませんから」
「……言いたいことはそれだけか?」
王は地を這うような低音を轟かせる。
「まだ言っていいんですか?」これ幸いと、ローシュが余裕ぶりを表すかのように眉を上げる。
次の瞬間、レイモンドの背中からどす黒いオーラが滲み出始めた。まるで煤みたいだ。見えているのはエアルだけなのだろうか。王はおろか、ローシュと使用人たちの目は、王の背中からじりじりと昇るオーラを追ってはいなかった。
空気が悪いだけじゃない。このまま煤のようなオーラが出続けていれば、何か良くないことが起きるような予感がした。
エアルは咄嗟にレイモンドの懐に入り、「ローシュ様のおっしゃっていることは聞かないでくださいっ」と訴えた。
「私行きます。あなたと一緒に行きますから……!」
ローシュを注視する冷たい視線の中に、自から飛び込む。心の中で解呪魔法の呪文を唱えようとしたが、レイモンドの背中から放たれるオーラは間もなくして薄れていった。やがてエアルの目にも、それは見えなくなった。
今のは一体何だったのだろう。茫然としていたエアルだが、ローシュの舌打ちで我に返った。
そうだ。ローシュは今、自分を守ろうとしてくれていたのだ。王から自分を遠ざけようとしてくれた。
王の怒りを買ってしまえば、いくら実の息子でもどんな処遇を受けるかわからない。最近のレイモンドの言動は、それぐらい危ういのだ。それにあのどす黒いオーラは一体……。ローシュには申し訳ないが、こうする他なかった。
でも嬉しかったのは事実だ。行くな、という三語に、どれだけ救われただろう。何か言葉を掛けたかったけれど、同じタイミングで王がバルコニーに背を向けて歩き出した。自分から行くと言ったのだ。王が歩き始めれば、ついて行くしかない。
「あの、ローシュ様」
呼んだものの、何を言えばいいのだろう。何を言う権利が自分にあるのだろう。
ローシュは悔しそうな目をエアルから逸らし、足先に落とした。
今の自分にはローシュに礼を伝える権利もないと思った。優しい言葉を拒絶したのは自分だ。
結局エアルはローシュに何も言うことができなかった。相手に向かって頭を下げることしか……。
ローシュをバルコニーに残し、王の後ろに続いて廊下を歩く。重たい足取りを一歩前に出すたびに、ローシュへの罪悪感がより深まっていく。王の足が向かっているのは、地下にある湯殿だろう。今日は互いの体を清めるところから始まるのか。別に初めてのことではない。ただ酷く憂鬱なだけだ。
バルコニーを出たときから黙り込んでいた王が口を開いたのは、脱衣場で王のマントを後ろから脱がせているときだ。
「本気にするなよ」
突如発せられた言葉に、ビクッと反応する。続けて王はゆっくりと背後にいるエアルを向いた。疑うような目に射抜かれる。
「所詮ローシュの戯言だ」
その名前が出た瞬間、耳の奥が冷えた。悪いことをしているわけじゃないのに、断罪されている気分になる。
人目もはばからず贈り物を贈ったり、苦手な飛行訓練に挑戦したり、エアルを巡って王に噛みついたり……。ローシュ本人に隠すつもりがないのか、ローシュのエアルへの想いは、使用人の間では噂レベルを超えて広まっている。この様子だと、王の耳にまで入っているのかもしれない。
人の噂の広がり方を、久方ぶりに思い出した。
そうだった。人間は噂が大好きな生き物なのだ。レイモンドが何を誤解しているのか知らない。だが、自分はあくまでも教育係でローシュは教え子というエアルのスタンスは今も昔も変わらない。ローシュの気持ちに応える気はない。……微塵もないのだ。
「もちろんです」
作り笑顔を張り付けて答える。今はこれ以上、ローシュの話をしたくなかった。
エアルは王のマントを脱がせたあと、自身のローブの襟に手を添えた。
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