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本気の嘘
③
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周囲が王子の言動に訝しんでいることは、城の中にいればすぐにわかる。
エアルが廊下を歩くだけで使用人たちからの視線を前より感じるようになったし、ちょっと前には給仕場の前を通った際、王子とエアルの仲を勘ぐる侍女たちの井戸端会議を料理長が叱りつけている場面にも遭遇した。
幸い料理長だけでなく、執事や家令といった上級使用人たちの間では、少なくともエアルにその気がないことは周知の事実のようだ。侍女をいなしたあと、料理長はふくよかな二重顎をさすりながら「暇だからああいう話が面白く感じるのでしょう」とため息混じりの声でエアルに言った。
ローシュがどうして自分に強くこだわるのか理解できないが、このままではまずいと思った。王やカリオ、使用人などの現在ローシュを取り巻く人々への影響だけじゃない。ローシュの将来にとっても、自分に対しての恋慕がいい影響を与えるはずがないのだ。
ローシュは否定したが、やはりローシュの自分への想いは気の迷いだろう。これもすべて、生誕日の夜に行った夜伽の手ほどきが上手く最後までできなかったからだ。行為の途中で、余裕を失くしかけた自分のせいだ。
中途半端な手ほどきのせいで、ローシュは自分に執着しているだけなのだ。体を満足させてやれば、きっとローシュも自身の長い気の迷いに気づくことができるはずだ。
月明かりが照らす廊下の上を、エアルの影が歩く。今日は満月のせいで、いつもより夜が明るい。オイルランプで足元を照らす必要もない。
レイモンドは諸外国で即位した新国王を祝うため、明日の晩まで城を空けている。今夜は慰み者の相手として呼び出される心配はない。チャンスは今日だけ。ローシュの気の迷いを、今日で終わりにする。
湯殿で手短に身を清めたあと、エアルはローシュの寝室に足を向けた。扉をノックして名前を呼ぶと、ローシュはすぐに扉を自ら開けた。通常なら王族であるローシュが「入れ」と命じてから、エアルは入室を許される立場だ。
王族が自ら迎え入れるなんて言語道断。ローシュは声だけでドアの先にいる相手が自分だと悟ったようだ。自ら扉を開けて出迎えてくれた。悪い気はしないが、複雑な気持ちになる。やりづらさが腹の奥底に溜まっていく。
「エアル? どうしたんだよ。急に」
今夜、ローシュとの間に約束は交わされていない。ローシュが不思議に思うのも無理はない。エアルが「入っても?」と問いかけると、ローシュは「もちろんだ」と扉をさらに大きく開けた。
中に足を踏み入れる。ローシュが部屋の扉を閉めたことを、振り返って確認する。
「先日は申し訳ございませんでした」
まずは先日の愚行を詫びた。あのときは王の背中から放出する黒いオーラをなんとかしなければと焦っていた。結果、自分はかばってくれたローシュを無下にしてしまった。
ローシュはエアルに背を向け、暖炉の前で膝を折る。メラメラと燃える暖炉の炎を見つめながら、「気にするな」と力なく言った。
「あの場で最も発言権があったのは父上だ。俺の方こそ無茶なことを言ってすまなかった」
反抗期よろしく父親に楯突いた男とは思えない。こちらの想像以上に、自身の言動を顧みている。そして自分の立場を把握している。理性的にものを言うローシュが意外だった。
「いえ、私の方こそ……感謝もお伝えできずにあの場を離れてしまって」
「感謝していたのか」
ローシュが苦笑交じりに指摘する。エアルは慌てて「えっ、いえ。そういうことではなく」とどっちつかずの答えを口にした。
調子が狂う。さっきまで今日でローシュの勘違いを終わらせようと息巻いていたのに、ローシュの顔を、広くなった背中を見るとダメだ。うまく振る舞うことが難しくなる。いつから自分は『こう』なってしまったんだろうか。
またローシュのペースに飲み込まれる前に、エアルは早速本題に入ることにした。
「ローシュ様はなぜ私がこのような恰好をしているのか、おわかりになりますか?」
エアルは今夜、肌の色が透けた薄手のローブを纏っている。ためらいがちにローシュの頭が振り返る。赤い瞳の中に炎が揺れている。
「夜伽の手ほどきを……あの夜の続きを今夜致しませんか」
「今夜って、今からか?」
「はい」
ローシュは膝を伸ばし、エアルの前まで歩みを寄せる。
「体の調子はもういいのか」
「はい。大事ありません」
「本当に? 無理していないか?」
心配そうに見つめてくる目に捕らえられる。角張った手が頬に添えられる。
触れられた箇所に熱が集まる。ドキドキして、心臓の音が相手に聞こえてやしないかと不安になった。ドキドキするのも不安になるのも、きっと人から心配されることに慣れていないせいだ。エアルは自身にそう思い込ませ、本来の目的に意識を戻した。
「無理などしておりません。私はただ、早くあなたと結ばれたいのです」
大袈裟に言うと、え……とローシュが驚いたように目を見開いた。
多少話を誇張したら、こちらを気遣う素振りのローシュもその気になるだろう。さっさと手ほどきを終わらせて、自分への気持ちを昇華してもらいたいという意図に変わりはない。
思惑通り、ローシュはこちらの作戦に気づいていないらしい。ちょっと照れくさそうに目を伏せ、鼻の下を人差し指で掻いた。
「まさかエアルの方からそんな風に言ってもらえるなんてな」
「意外ですか?」
「意外も意外だよ。でも……こんなに嬉しいもんなんだな」
はにかんでいる姿は、年相応の青年と同じだ。いつか一国を担う王になる男とは思えなかった。
騙しているようで胸がチクリと痛む。罪悪感がないわけではない。だがローシュの将来のためにも、自分はこうするしかない。
タイミングを見計らって、エアルはローブを脱ぎ捨てて男の胸の中に飛び込んだ。今夜は恋人同士のように抱き合おうと思った。
エアルの体を抱きとめた男の腕が、躊躇いがちに背中へと回される。顔を上げれば、欲に満ちた目と目がかち合った。どちらからともなく顔を近づけ、唇を重ねる。
以前交わした色気のない口づけとは違い、ローシュは唇の感触や温度を調べるように、ゆっくりとエアルのそこを味わっていた。深くつけられた角度の隙間から、男の舌が侵入してくる。舌を絡めとられ、くちゅくちゅと男の上で弄ばれる。
どれぐらいの時間、そうしていただろう。キスなんて相手を変えて散々してきたが、こんなにも長くたっぷりと……深いキスをしたことはなかった。
どこで覚えてきたんだろうか。ローシュから与えられるキスは、お世辞抜きで気持ちよかった。
「ン……ふぁ」
ようやく解放してもらったのは、キスで性感を存分に高められたあとだ。互いの舌先から銀糸が引く様を見せつけられる。ズクッと腰が疼き、不覚にも「はぁ……」と欲求不満の声が漏れてしまった。
頬を両手で固定され、耳たぶを食まれる。キスの延長なのか、ローシュはその後もエアルの耳や首筋、鎖骨に熱を灯すように口づけていった。
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