鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

文字の大きさ
36 / 60
洞窟

しおりを挟む


「これが王族の宝、ですか」

 エアルは思わず頬を緩め、口元に手をやってふふっと笑った。

「王族の宝なんかより、よっぽどいいものだろう。なんたって、この洞窟の歴史を見てきた道具だぞ」

「無茶苦茶ですね」

 もちろんレイモンド王が納得するとは思えない。だが、王族の宝よりいいものだという発言には、エアルも賛同したい気持ちになった。

「そんな中古品が宝という発言には同意しかねますが、たしかにこのツルハシに沁み込んだ水質を調べれば、この洞窟のものだと判断できるでしょう。私も存在しなかった宝を悔やむより、こちらを持ち帰った方がよほど建設的かと思います」

 そう言ったあと、驚いたような顔をするローシュと目が合った。変なことを言ったつもりはなかった。自分は何か失態を犯してしまっただろうか。「な、なんですか?」と恐々尋ねると、ローシュは「いや」と首を横に振った。言いにくそうに頭の後ろを掻く。

「今の状況はエアルにとってどうなんだろうと疑問に思ってな。俺は単純だから、今の言葉はエアルが俺と同じく父上に認められたいと思っているように聞こえたから」

「…………あ」

 エアルはあんぐりと口を開ける。自身の発言を顧みると、たしかにローシュの言うように捉えられてもおかしくない。そんなつもりはなかったのに、自分は一体どうしたんだろうか。

「今はまだ答えを急ぐべきじゃない……そう思っているが、少しでも俺のプロポーズを受けてくれる気があるのかと期待した」

 ローシュは顔を赤らめて言うと、ちらりとこちらを見た。自分はどんな顔をしているのだろうか。ローシュは苦笑し、「焦っているわけじゃないから」と先ほど滝壺の中から拾ったガラスの欠片を、自身の胸ポケットにしまった。欠片の入った胸を服の上から、大事そうに手で押さえる。

「でもこれは持って帰ってもいいか? エアルと旅をした記念として」

「……そんなもの、ガラクタじゃないですか」

「ばか。宝物だよ」

 ゴミのようなものを大事そうに扱う男に、胸が締め付けられる。まただ、と思った。ローシュの真っ直ぐな想いに触れるたびに、どうしていいかわからなくなる。自分の心がどこを指せばいいのか迷子になってしまう。

 黙るばかりでは、ローシュへの罪悪感だけが溜まっていくだけだというのに。エアルはうつむき加減に言葉を探した。

 ローシュの気持ちは迷惑じゃない。求婚されて戸惑ってはいるが、立場や種族が違うとか寿命がとか、そういったどうにもならないこと以外での断る理由が思い浮かばない。

 そのまま言葉にしていいものだろうか。エアルは迷いながらも、ゆっくりと口を開けた。

「ローシュ様、私は――」

 そのときだった。滝壺の中から、奇声とともに何者かが飛沫をあげて飛び出してきた。

 ローシュが背を向けている隙を狙って襲い掛かってきたのは、腐った死体だ。咄嗟にローシュが振り向くが、きっと間に合わない。剣を引き抜く隙がない。

「危ない!」

 気づいたら体が勝手に動いていた。エアルは真正面にいたローシュの体を両手で横に弾き飛ばした。受け身をとっていなかった男の体が地面に倒れる。ローシュという壁を無くした自分の前には、腐った死体が迫っている。

 逃げようと足を後ろに引いたときには遅かった。せめて魔物の攻撃を避けようと両手で顔を防ぐ。だが腐った死体の鋭い爪はエアルの腕を容赦なく裂いた。

「うっ……!」

 白いローブは血に染まり、熱をもった痛みが腕から広がっていく。同時に、腐った死体が狙いをまだ体勢の整っていないローシュへと向けた瞬間を見逃さなかった。

 エアルは防御魔法の呪文を急いで唱え、攻撃の手を振りかざす魔物とローシュの間に魔法陣の壁を作った。

 期せずして魔法陣に体当たりした魔物が雷に触れたかのように弾き飛び、地面に落ちる。その隙に腰から引き抜かれたローシュの剣が、魔物の体を真っ二つに引き裂いた。

 一瞬の出来事だった。砂塵となって消える魔物の亡骸を前に、エアルはホッとする。

「エアル!」

 ローシュの元気そうな声を聞き、力が抜ける。じんじんと血液が脈打つ感覚が、痛みとともに痺れと、頭を水に沈められているような息苦しさを連れてくる。

 力の抜けた膝を支えられなくて、エアルはローシュの腕に支えられながらその場で崩れ倒れた。

「くそっ……毒にやられたか」

 悔しそうな顔をしたローシュが舌打ちをする。

「すまない、俺が不甲斐ないばかりに……いや、謝罪はあとだ。毒消しの魔法は使えるか?」

 切羽詰まった男に問われたが、エアルは首を横に弱々しく振ることしかできない。

「申しわ、け……ござ、ませ……ん。魔力が、もう……」

「魔力? まさか魔力が底を尽きたというのか!?」

 エアルは力なく頷いた。

 さっきまで体内に残っていた魔力だが、先ほどローシュを弾き飛ばす際、そして傷一つ負わせないためにと強力で大きな防御壁を作り出した際に使い切ってしまった。

 普段なら魔力を調整するはずの場面なのに、ローシュの身が危ないと焦ったら加減ができなかった。なんて初歩的なミスだろう。自業自得だ。

 エアルの中に魔力が残っていないことを知り、ローシュの顔色が見るからに焦り出す。

「そんな……っ!」

「わ、たしを、置いて、お一人で……行って、ください……っ」

「は!? 何をバカなことを言ってるんだ!」

「いい、から……っ早、く」

「エアルを一人残して行けるわけがないだろう!」

 ローシュの怒りと絶望を滲ませた眉が歪む。

 ここにいたら魔物に襲われる可能性があるが、しばらく休めば魔力は回復する。そのときが来るのを待てばいいだけなのに、ローシュはまるで今生の別れのように取り乱していた。

「回復したら、すぐに魔法で毒を消して……っ追いかけます、から……」

 こちらは喋るのもつらいのだ。吐き出したいのに吐き出せないもどかしさを泡として口から吐くが、喉を狭める苦しさは膨れ上がる一方だ。

 まずいかもしれないと思ったのは、その直後だ。毒の回りが速い気がした。魔力が回復する前に、力尽きる自分の姿が容易に想像できたのがその証拠だ。

 だが、ローシュが傍にいたところで魔物に狙われるだけだ。未来の王を……いや、こんなにも純粋で愛情深い男を、こんなところで終わらせるわけにはいかないと思った。

「……っ早く……っ」

 振り絞って言ったが、ローシュは梃子てこでも動かないのか「嫌だ」と泣きそうな顔でエアルを見下ろしている。

 そんな男がやっと動いたのは、毒の回りがエアルの視力を奪い始めた頃だ。目を開けているはずなのに、エアルの視界はもやがかかり、唯一見えた滝口から注がれる外の明かりも見えなくなっていた。

 自分がローシュの膝に寝かされていることだけはかろうじてわかる。滝の流れる音と、ローシュの手がさっき傷を負ったこちらの腕を支えている感覚だけがある。

「ロ、ローシュ様、一体なにを……っ」

「一か八か、俺に託してくれ」

 覚悟を決めた低い声が耳を刺激する。これから何をされるのだろう。ビクビクしていると、痛みと熱を伴った腕の傷に何かが触れた。

 遅れてちうっと吸われる感覚が傷口に痛みを呼ぶ。間違いない。この感触は唇だ。唇が離れると痛みが加わり、エアルは「いっ」と顔をしかめる。が、「悪いが我慢してくれ」とローシュの声にいなされる。

 まさか毒を吸い出そうとしているのだろうか。そんな原始的な方法が効くとでも思っているのだろうか。

 半信半疑だったが、今度は聴覚にまで毒が回ってきている。ローシュが毒を吸い出す音や滝の音が遠くなり、やがて聞こえなくなった。自分の声も聞こえないので、喋ることもかなわない。

 暗く、音の無い世界で一人きりになる。ローシュの唇の感触と熱が最後の頼りだった。




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】  触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。  彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。  冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

売り物の身体ー社長に躾けられる美形タレントー

しち
BL
芸能界で生き残るために身体を武器にしてきた清瀬累。 枕営業も厭わない累の“商品価値”に口を出してきたのは、所属事務所の若き社長・剣崎だった。 「価値を下げるな」 そう言って累を囲い込む男の真意は――。 身体で仕事を取ってきた若手タレント兼俳優を事務所社長が躾け直す話です。 この世界で生きるための「価値」を教え込まれる話。

魔法使い、双子の悪魔を飼う

よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」 リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。 人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。 本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり... 独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。 (※) 過激描写のある話に付けています。 *** 攻め視点 ※不定期更新です。 ※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。 ※何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

処理中です...