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洞窟
⑤
しおりを挟む「どうかなさったんですか? 顔色が……」
ふと何かが気になって、目線を下にやる。目に飛び込んできたもの――それはローシュの盛り上がった股間部分だった。元々ダボッとしたゆとりのあるズボンにもかかわらず、中心が苦しそうに張り詰めている。
エアルの視線に気付いたらしい。ローシュは困惑しながら、「そんな目で見るな」と不機嫌そうに目を逸らした。
「申し訳ございません。この状況で一体何に興奮されたのかと不思議で」
「俺だって知りたいよ!」
ローシュは下半身を両手で隠しつつ、顔だけをこちらに向ける。そそくさとエアルとの間に距離を取る。
ローシュの慌てた様子から、エアルは「あ」となる。ローシュの症状にピンときたのだ。
「もしかして毒の影響ではないでしょうか?」
「毒?」
「はい。呪い系でも神経系でも、毒は種類によらずわずかであれば催淫効果があります。私の傷口から毒を吸い出したときに、少量の毒を体内に飲み込んでしまったのでは」
毒の可能性を指摘すると、ローシュは「なるほどそういうことか」と迷惑そうに額に手を置いた。
毒消しの回復魔法で治すことも可能だと追加で伝えたが、「まだ魔力が回復しきっていないエアルに無理はさせたくない」と断られた。
少し悩んだ素振りを見せたあと、ローシュが背を向けたまま移動し始めた。
「どこに行かれるのですか?」
ローシュは気まずそうに振り返った。
「どこって……処理してくる」
「お一人で?」
「そうだよ! 悲しくなるから言わせるな」
ローシュは股関部分を隠すように背を向けながら、大木の裏へそそくさと向かった。
ただの生理現象だし、原因が毒であることは一目瞭然だ。どうしてローシュが慌てふためくのかわからなかった。
「なら私がお手伝いしましょうか」
その瞬間、怪訝そうに歪んだ眉とともにローシュが振り返った。
こんな状況で欲望を一人で諌めるのは虚しさを伴うだろう。王子のプライドを傷つけることになる。だったら自分を使えばいいとエアルは思った。
ローシュは自分のことを愛していると言う。こちらの提案に乗ってくるだろうと信じて疑わなかったが、ローシュの返答は予想外のものだった。
「いや、いい」
エアルは「え?」と思わず訊き返した。
「いいって……私を助けるために『そう』なったんでしょう。でしたら私を使ってください」
胸に手を置いて訴える。
気持ちが引っ張られるという理由から、ローシュと体を繋げることには今も抵抗がある。だが、今自分たちがいる場所は屋根もない外だ。まさか最後まではしないだろうと見込んでいた。手や口で慰めるぐらいは自分にもできると思ったのだ。
ローシュはこちらを見下ろしながら、首を横に振った。
「気持ちはありがたいが遠慮する。俺はもうエアルとむやみに体を繋げたくないんだ」
柔らかい言葉で拒まれる。エアルは落胆の言葉も出てこなかった。まさか拒否されるとは思っていなかったから、謎にショックだった。
「誤解しないでくれ。俺はエアルを拒絶しているわけじゃない。むしろおまえとそういうことをするのは好きだ。この二年、よく耐えたと自分でも思う」
「ならご自分の心に素直になったらどうですか」
喉から吐き出した声は、自分で思うより傷ついたものだった。たしかにローシュとセックスをすると、自分が自分でなくなりそうな恐怖心は常にあった。
かといって、ローシュの言う『むやみに体を繋げている』感覚は、自分には一切なかった。まるで互いに経験する必要のない交わりだったと告げられているみたいだ。大きな衝撃のあと、胸に広がっていくのが悲しみだと知るのに時間はかからなかった。
エアルが勝手に傷ついている中、ローシュは続ける。
「二年前――エアルと最後に交わった夜に誓ったんだ。エアルの心が俺に向くその日まで、俺からはおまえに手を出さない、と」
え、とエアルは頭を上げた。そこには覚悟を決めた男の顔がこちらを見下ろしていた。この顔をエアルは知っている。
そうだ。この顔は民衆の前でエアルへの想いを語ったときと同じ目だ。いやずっと前――二年以上前から、自分はこの目に見つめられていた。見ない振りをしていただけで……。
「俺がほしいのはエアルの心だ。体はいつかの日まで取っておきたいんだよ」
ローシュは余裕のない笑みで目を細めた。
ああもう、ローシュというこの男は。
エアルは「ハッ」と乾いた笑いとともにため息を地面に落とした。嘲笑われたと思ったらしく、ローシュは「べつに純情だと笑ってくれても構わないからな」と捨て台詞のように吐き、再び木の裏へと足を動かし始めた。
エアルはその背中に、
「ローシュ様」
と呼び止める。
「まだ何かあるのか? 俺は早くコレを治めてだなぁ――」
うんざりしながら振り返ろうとする男が後ろを向く前に、エアルはスッと動いた。飛びついた先は、男の広い背中だ。腹に両腕を回し、シャツをくしゃっと掴んだ。
ドッドッド……と心臓の音が間近に聞こえる。それがローシュのものなのか、自分のものなのかはわからなかった。それだけ近い距離に自分から飛び込むのは、初めてのことだったから。
ローシュは「え」と一音漏らすだけで反応を見せず、固まったままだ。
服の上から、頬で相手の背中を撫でる。鍛え上げられた筋肉の硬さと背骨のくぼみから熱が伝わってくる。汗と土埃の匂いが心地いい。うっとりした。
これは毒だ。ローシュの体内に巣食っている毒が、自分の中でも暴れているのかもしれない。
大事にされたことがないから、これが『大事にされている』という感覚なのか正直わからない。だが、こんなにも心地よく、胸が熱くなる相手がいることをエアルはこれまで知らなかった。
ローシュが初めてなのだ。自分をこんな風に扱う王族も、自分から触れたいと思った人間も……ぜんぶ。
エアルは火照る頬を背中に添えたまま、戸惑う口をゆっくりと開く。
「……では、私が抱いてくださいと言ったら?」
ローシュはゴクッと唾を呑んだ。欲望を払いたいのか、水気を飛ばす犬のようにブルブルと首を振る。
「言っただろ。俺は純情だって。エアルにどんなたくらみがあるのか知らないが、好いた男にそんなことを言われたら決意が揺らぐ」
「……はい」
揺らげばいい。自分の知らないところで誓った決意など、ないものと一緒だ。エアルは男の腹に回した手に、ぐっと力を込めた。
ローシュが片手で額を押さえる。はあ……とため息をこぼす背中が丸くうなだれる。
「はい、じゃない。思ってもいないことを、そう簡単に俺の前で口にしないでくれ」
そう言いながら振り返ったローシュの顔は赤かった。理性をかき集めたのだろうか。汗ばんだ額に浮かんだ血管が、イライラしているように見えた。
赤い目と目が合う。ローシュの瞳に一瞬映った自分は、ひどく情欲的だった。目が合った途端、ローシュの頬がヒクッとわなないた。
こちらにたくらみなんてない。たくらみがあるとすれば、どうやったらローシュを誘わずして抱いてもらえるのだろうか。ただそれだけだ。自分でも卑怯だと思うけれど。
ローシュの目に捕らわれて、エアルはようやく自身に生まれたはしたない欲望の正体を知る。
ローシュに抱かれたい。ローシュの体に触れたい。ローシュの手に触れられて、ぐちゃぐちゃにしてほしい――。
エアルは男の手を取る。その大きな手を、自身の火照った頬に触れさせた。ローシュの乾燥した手は、焚き火から流れてくる熱気よりもずっと熱い。欲望を生んだ気持ちの正体まではぼやけているけれど、エアルはこのとき、はっきりと自覚した。
「抱いてください。私の全身に毒が回りきる前に」
自ら相手に飛び込むつもりで、エアルはローシュの目を見つめる。濡れた赤い瞳が、炎のように揺らいでいる。
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