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帰還
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ローシュ王子が洞窟から帰還したという報せは、あっという間に城内を駆け抜けていった。
どんな目で見られても、堂々としていた方がいい。そう言ったローシュは、宣言通り正面玄関から城に入っていった。
エアルとしては、堂々とすることでローシュのプロポーズを受け入れたように思われるのは躊躇われた。別々に帰還した方がいいんじゃないだろうか。そう思ったが、城をまっすぐな眼差しで見据えるローシュの横顔を見ていると、コソコソしようとしている自分が小さく思えた。
結局、エアルもローシュとともに正面玄関から城に入り、使用人たちから帰還の言葉や労いの言葉を浴びた。
ローシュは休む間もなく、レイモンド王がいる玉座の間へと向かった。洞窟で拾ってきたツルハシを見せるためだ。
えんじ色の上質なカーペットが施された広間の天井には、煌びやかなシャンデリアが吊るされている。シャンデリアのガラス一つ一つに、広間の奥に鎮座する玉座が映る。
レイモンド王は金に縁取られた長い背もたれに寄りかかりながら、広間へと入った息子を睨みつけていた。
ローシュのことだ。王から威嚇されていることに気づきながらも、怯む気配はなさそうだ。
「ただいま帰りました」
短く帰還の挨拶を済ませてから、ローシュは肩に掛けていた荷袋をカーペットの上にドスンと置いた。荷袋は雨水や泥で汚れており、置いただけでカーペットを汚した。
高貴な生まれとは思えないほど粗雑なローシュの動作に、王含め広間の壁際や柱付近に立って王を護衛する騎士団員たちの眉が怪訝そうに歪む。
ローシュは床に置いた荷袋の中から、洞窟内の滝壺で拾ってきたツルハシを素手で取り出した。王の目に入るよう天高く掲げる。
「王族の宝はありませんでしたが、代わりにこちらのツルハシを持ち帰ってきました」
報告の合間に、黒く錆びたツルハシの表面から、ポロポロと焦げのような錆びが床に落ちる。
結論から言うと、王はローシュが持って帰ってきたツルハシを直接受け取ることはなかった。代わりに王の犬である執事のアンドレが手袋越しに受け取ろうとした際、「俺は父上に渡しているんだ」とローシュが抵抗したことでひと悶着起きそうな気配が漂ったものの、その場を収めたのは王だった。
「そのまま鑑定士に見せて、あの洞窟から持ち帰ったものなのか見極めよう」
結局は最高権力者の言葉に従い、ローシュはツルハシを男に託したのだ。
帰還したその日は、王の口からローシュとエアルの結婚を考える考えないの話は出てこなかった。
ローシュからすればもどかしさが募る結末だったようだが、事を急いても仕方がないと思った。苛立ちをあらわにしながら歩く男の背中に、エアルは「鑑定結果を待ちましょう」と冷静に伝える。西日の射し込む廊下の床に、身長差のある二つの影が止まる。
ローシュははあ、とため息をつき「そうだよな」と頭の後ろを掻いた。
「焦ってもしょうがないって自分で言ったくせに、ダサいな俺は」
苦笑する男に向かって、エアルは「ダサくないですよ」と否定する。自分の中に沸いた気持ちを密かに受け入れてから、驚くほど冷静だった。
おそらく自分はローシュのことを愛している。これまで愛というものが何なのか知らなかった。
だが、ローシュを愛していると心の中で唱えると、驚くほどしっくりきた自分がいた。抱かれるとかつてないほどに心と体が満たされたし、ローシュから愛の言葉をもらうと泣きたくなるほど嬉しくなった。応えたい気持ちが、徐々に自分の中に膨らんでいった。
これを愛と言わずして何と言うのか。
ローシュへの気持ちを自覚すると同時に悟った。自分がローシュの想いに応えることはないだろうということも。
端的に言えば、ローシュほどの覚悟が自分にはない。ローシュと愛を実らせたいと願えば、今の暮らしはできなくなる。王や城内の者たち、国民に背き、二人きりの世界に飛び込むということになる。とても覚悟の要ることだと想像できる。たとえ飛び込んだとしても、ローシュと自分では生きる長さがあまりにも違うのだ。
ローシュが先に老い、死んでいく様を二人きりの世界で……すぐ隣で見るのはしんどい。
そんな思いをする未来が確実にあるのなら、結ばれたくない。結ばれない方がましだと思った。
エアルがひっそりと恋を終わらせていることも知らず、ローシュは頬の上をヒクッとさせて喜びを噛み締める。ダサくないと言われたことが、わりと嬉しかったらしい。
「かっこいいって言ってくれてもいいんだぞ」
と茶化しながらエアルの頬に触れてきた。
ローシュの指先がくすぐったい。触れた場所から生まれた恥じらいを、エアルは頬の内側にぐっと閉じ込める。言葉にしてはいけない感情が、喉の奥をつまむように痛くさせる。エアルは無理やり歯を見せて笑った。
「それはさすがに無理があります」
そのとき、急に男の顔が近くなった。熱くなった顔が赤くなってやしないか心配になり、顎を引いた。
逃げる仕草を見抜いたローシュの手に、顎をやんわりと掴まれる。上を優しく向かせられた瞬間、唇を塞がれた。押し当てるような、包まれるようなキスだ。ローシュは唇を放したあと、
「いつかこの口から言わせてみせたいものだな」
親指でエアルの薄い唇をなぞった。
かあっと頭が沸騰しそうになる。深い愛とはまた違った、胸の上部でトクンと弾む気持ちがくすぐったい。
エアルは慌てて男の手を払い、ローシュの胸を押してぐるっと前を向かせた。
「お疲れなんですから、今日はもうご自分の部屋でお休みくださいっ」
相手の背中を押して寝室へ向かうよう急かす。ローシュは意外にも抵抗することなく、「エアルもな」と手を振った。寝室に向かって角を曲がる男の背中を見送る。一見余裕そうだが、周りに見せていないだけで体力は限界だったのかもしれない。
洞窟から出たあとにセックスをしたが、そのあと休むことなくローシュは帰還を目指し、馬を走らせた。「少し休みましょう」と提案したエアルを鞍に乗せ、その後ろから抱きかかえるようにエアルの背中と翼を腕の中に収めながら、
「ここは魔物が出る。さっさと城に戻った方がいい。寝たかったら俺の胸を枕にして休んでくれ」
と言って。
残された廊下の真ん中で、エアルは一人佇む。
ローシュは何もわかっていないのだ。一人取り残される者の気持ちを。
ふう、と息を吐く。かき乱された心を落ち着かせるためだ。胸に手を置き、バクバクと激しく脈打つ心臓を鎮めていた、そのときだった。
エアルの背後で、突如気配を感じた。咄嗟に振り返る。するとそこには西日を顔に浴びたアンドレが立っていた。反射した片眼鏡の奥に、こちらをジッと見つめる目がある。
嫌な予感がした。この予感が外れたことは、未だかつてない。
「わかっています」
男の存在を認めてから、すぐにそう言った。
視線を男から誰もいない廊下の先に向ける。
エアルはこみ上げてくる何かを必死で押し殺しながら、もう一度足元に言葉をポツリと落とした。
「……わかってるんだ。初めから」
まるで自身に言い聞かせるようなその言葉は、細長い廊下の床にあっけなく吸い込まれる。
太ももの横できつく握り締めた拳は、震えていた。
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