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戦火の中へ
①
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行為の最中は、煙の中を泳いでいるみたいだった。
いつもは意識を逸らすまでもなく、目の前で自身を嬲る手や舌を淡々と受け入れていた。そこに自分の感情は入れない。完全に心をその場から引き離すのだ。
行為が中盤に差し掛かる頃だろうか。得たくもない快楽を引きずり出された頃に、それは唐突に現れる。
頭上から自身の反応を見ているもう一人の自分だ。今日も例に漏れず、そいつは上から見下ろしてきた。
エアルと同じ顔をしたそれは、いつも蔑んだ目をしている。そして目が合うと、馬鹿にしたような笑みを浮かべてこう言うのだ。
――よくそんな雑な愛撫で気持ちよくなれるな。
その通りだ。長年王族に開かれてきた体はとうの昔に開発され、今では粗末な愛撫で簡単に気持ちよくなることができる。
自分が一番自覚していた。だからエアルはそれに憐れみの目で見下ろされても、何も思わなかった。自分の体を貪る男たちの背中に爪を立てながら、上から注がれる憐れみを浴びないように目を瞑っていた。
シーツの乱れたベッドの上は、二人分の汗と体液を吸って湿っている。肌にまとわりつくシーツの感触が気持ち悪い。でもエアルはその場から動くことができなかった。はあ、はあ、はあ……と乱れた呼吸を整えようと、肩で浅く息を吐く。
着替えたいのに体が動かない。肌ならまだいい。湿った心だけは、どうにもならなかった。
全身に乗った虚脱感に茫然としていると、隣で横になっていたレイモンド王が葉巻に火をつけ、吸い始めた。煙を口の中で味わいながら、低く舌打ちをする。口端と鼻穴から吐き出される煙は、咳き込みたくなるほど臭かった。
「ローシュなんぞに絆されおって」
男の名前を耳に入れただけで、エアルは顔をくしゃっと歪ませた。会いたくて、触れたくて……切ない。涙が出そうだった。
アンドレを介して王の寝室に呼び出されたのは、二時間ほど前のことだ。
王の服を脱がせ、相手の毛に埋もれた肉棒を口に含んで奉仕するまでは、いつもと変わりなかった。ローシュよりも強い雄臭さにウッとなりつつも、まだ耐えることができた。
けれど王の欲望を受け入れたときに、突如として違和感がエアルの全身を襲ったのだ。
「形が違う。貴様……旅のどさくさに紛れてローシュに抱かせたな?」
苛立ちを孕んだ王の声に、全身が硬直した。その声は、エアルが王を受け入れた瞬間に覚えた違和感を、王自身も感じ取ったことを表していた。
「馬鹿らしい。貴様もついにローシュの戯言に心を持っていかれたか」
王が嘲笑う。
エアルは何も答えることができなかった。パニックになった。それが王の質問に答えたことになるとも、その瞬間には気づくことができなかった。
ローシュを愛したことで、自身の体が変わったとは考えづらい。だがエアルの体は確かに王を拒絶していた。
今思えば、随分と挙動不審な目で王を見上げていたのだろう。王はその後、エアルを手酷く抱いた。
ローシュの形を覚えたエアルの中を上書きするかのように、結合部分が泡立つまでエアルの中を激しく蹂躙した。
無理やり体を開かされ、受け入れたくもない肉棒に滅茶苦茶に犯される。痛くて痛くてしょうがなかった。欲しいものはこれじゃないのだと生理的な涙を目に湛えながら、何度も「やめてください」と口にしたつもりだった。
だが、実際に口から出る音は色香に濡れた喘ぎ声。そんな自分が浅ましかった。心底自分が嫌になり、自己嫌悪で吐きそうだった。
そんなときに現れたのが、上から見下ろしてくる自分だった。いつもならバカにしたような侮蔑の目を注いでくるそいつは、酷く悲しい顔をして天井からこちらを見下ろしていた。
そんな目で見ないでくれ、と何度心の中で叫んだだろうか。
結局、言いたい言葉も沸いた感情も表に出すことができなかった。王の手荒い律動に、前や後ろから体を弾かれるたび、体じゅうの骨がバラバラと崩れていった。これまで見ていた景色に靄がかかり、まるで煙の中をもがいているみたいだった。
ローシュさま、ローシュさま、と心の中で愛おしい男の名前を呪文のように唱えることしかできない。
行為の事後処理をする気力も沸かない。髪の毛ほどの糸で口を縛った感情の袋は、今にもほどけてあふれ出しそうだった。
そんなエアルの変化に、王が気づかない訳がなかった。
何度か葉巻に口をつけたのち、王が口を開いた。
「ローシュをバルデアに行かせる」
それまで鉛のように動かなかったエアルの体がピクッと反応する。
バルデア……それはザウシュビーク王国より南に位置する小国だ。国土の四分の三が砂漠に覆われた乾燥地帯であり、一年中にわたって気温が四十度以上を越えている。
産業や風俗はこの数百年でほとんど発展を見せず、国民はいまだに川へ水を汲むため素足で長距離を歩く生活をしていると聞く。
エアルがどきりとしたのは、バルデアの芳しくない噂を知っているからだ。バルデアは隣国のミレーという小国と、領土を巡って定期的に武力衝突を起こしていることで有名なのだ。
国民の生活水準は近代的とはいえない。にもかかわらず、闇市場で得た銃や兵器などの武力は大国のザウシュビークやグレイサルタンに引けを取らない。
そんな国にどうして一国の王子を向かわせる必要があるのだろうか。エアルは重たい体を細い腕で起こした。
「何を考えてらっしゃるんですか……?」
ゴクッと唾を呑んで、恐々と尋ねる。王はエアルの目も見ずに、葉巻を味わうように吹かしながら答えた。
「近々バルデア側の国境付近で、ミレーとバルデアの戦争が始まる。ミレーは我が国の支援国だ。ローシュを最前線に向かわせ、ミレー軍を率いて戦わせる」
「は……? た、戦わせるって……」
ドクンと心臓が嫌な鼓動を刻む。エアルは開いた口が塞がらなかった。
バルデアとミレーの領土問題は根深い。それだけに約二十年ごとに繰り返される戦争は、毎回両国間で膨大な死者数を出している。民間人さえ、巻き込まれて犠牲になる戦争だ。兵として……しかも最前線に立つなんて、命がいくつあっても足りないだろう。
たしかにザウシュビークの表向きはミレーを支援している。だがそれは公の場で発する声明と、食料や医薬品などの物資面だけ。兵や武器を送ったり、ましてや王族が介入したりすることなんて、長年の歴史を振り返ってみても一度としてない。前代未聞だった。
王の軍事介入発言にも驚いたが、それ以上にエアルを青ざめさせたのはローシュがその前線に立つということだった。
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