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戦火の中へ
②
しおりを挟む「ローシュ様はあなたのご子息ですよ!?」
信じられないという勢いで、王に訴えた。
戦争に犠牲は付きものだとわかっている。ローシュが行かないのなら、ローシュではない誰かがそこに行かなければならない。そこに感情を入れ始めたらキリがないことも、戦争の生み出す無情さやままならなさを、人間たちがなかなか超えることができずに目先の目的や感情を優先させてしまうこと。そして繰り返してしまうこともわかっている。
だからエアルは人間の戦争には干渉したくなかった。彼らが始める戦争にはあまりにも救いがないからだ。引っ張られたくなくて、あえて見て見ぬふりを決め込んできたのだ。
でもローシュが関わるなら話は別だ。エアルはもう一度、
「レイモンド王……あなたは一体、何を考えているんですか」
と、王に向かって語気を強めた。
何が可笑しいのか知らないが、王はエアルの慌てぶりを見てくくく、と舌の奥で笑う。
「あの戦争は毎回面白いほどに戦況が悪くなる。生きて帰ってこられるかはローシュ次第といえよう」
冷笑とともに、王は平然と答えた。
スーッと肝が冷えていく。親とは……いや、一国の王とは思えない男の言動が信じられなかった。絶望した。
「そんな危険な場所に行けば、お命が……」
その先を言いたくない。言葉にするのが怖い。
「ローシュ様は国を背負う次期国王なんですよ」
エアルは代わりに、そう言うことしかできなかった。
だが王は無慈悲にも、
「ローシュに何かあれば、王の座はカリオに継がせるまでだ」
と言い放つ。
惨い男だ。反吐が出そうになるぐらい、心が汚い。そんな男に長年抱かれていたのかと思うと気持ち悪くなった。
「そこまでしてローシュ様を目の敵にする理由はなんですか?」
「貴様には関係ない。あれとは昔から合わん。それだけだ」
「合わないって……それだけで戦争の最前線に送るなんてあり得ません。ツルハシは……ローシュ様がユレウス地方の洞窟から持ち帰ったツルハシは、鑑定士に見せているんですよねっ?」
お願いだから、ローシュの勇気と期待を雑に扱わないでくれと祈った。酒瓶の欠片を思い出だと言って、大事に胸ポケットへとしまう男の顔が頭に浮かぶ。ツルハシを見つけたときのローシュのきらきらした目を曇らせたくなかった。
エアルの願いは届かず、王は「あんなものは捨てさせた」と冷淡に切り捨てた。
頼みの綱が、あっけなく目の前で千切れる。悔しくて悲しくて……同時に自分への怒りがこみ上げてくる。何もできない自分に腹が立つ。エアルは震える手でシーツをギュウッと握り締めた。
「あんなガラクタで私を説得するつもりでいたとはな。まったく愚かなものよ」
頭の芯がカッと燃える。今すぐローシュに会いたい。戦争なんて行くなと、逃げてくれと伝えたい。
だがベッドを抜け出そうとした瞬間、王の手によって翼をグイッと後ろに引っ張られた。
「やめろ……っ、」
手首を掴まれ、湿気て乱れたベッドの上に再び組し抱かれる。
こんな男の好きにさせていた自分が憎い。ローシュに言わせるだけ言わせておいて、中途半端な態度ばかり取っていた自分が憎い。
エアルは「嫌だ、嫌だ」と手足をばたつかせて、王の手から逃れようともがいた。
そのときだった。王の手を払ったエアルの手が、意図せず王の頬を引っ掻いてしまった。赤い二本線を頬に刻んだ王の目が、かつてないほどに蔑んだものへと変化し、見下ろしてくる。
同じくして、王の背中から禍々しい黒のオーラが立ちのぼった。天井まで達したオーラは影のように壁を這い、ベッドに固定されたエアルの首に襲い掛かってきた。
「くっ……!」
首を絞める力が強い。前は姿を見せるだけで、こちらに触れてこようとまではしてこなかった。それなのに、王の身に一体何が起きたのだろう。
ここしばらく姿を現していなかっただけに、その大きさと威力に圧倒される。息ができない。苦しい。首を締め上げる存在を引き剝がそうと、エアルは首を横に何度も振った。
「カッ……ハ……ッ! おやめ、くだ、さ……っ」
涙目で訴える。「おね、が……ぃ」と涎で口元をぐちゃぐちゃにしながら、男に手を伸ばして懇願した。
手を伸ばした先で、レイモンド王の頬が指先に触れる。引っ掻いてしまったことが、よほど逆鱗に触れたのだろうか。
なりふり構わず、エアルは自身が傷付けてしまった箇所に回復魔法を掛けてやる。温かい熱となった魔法が指先にこもる。レイモンド王の頬に刻まれた傷は、みるみるうちに薄れていった。
少しして、エアルの首に巻きついていた影がゆっくりと離れていく。波が引くようにレイモンド王の背中へと戻っていく。
開放されたのも束の間だった。首を締め上げるオーラが消えた途端冷徹な目に捕まり、エアルは思わず「ヒッ」と恐怖で叫んだ。
自分に選択肢などないことを、目だけで思い知らされる。自分は今、絶望する権利もないことを突き付けられているのだ。
怖かった。心の中でもがくことしかできない自分が情けなかった。首を掻きむしりたい。叫びたい。でも、どれもできない……。
なんたって、自分は鳥籠の天翼なのだから。
消えたオーラの代わりに、王の手が首や鎖骨に伸びてくる。気持ち悪くて気持ち悪くて、吐く気力もない。
エアルは涙目をギュッと瞑る。自身の体を貪る手からただただ逃れたかった。愛おしい男の名前を夢中で叫びながら、エアルはベッドのシーツをきつく握り締めた。
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