43 / 60
戦火の中へ
③
しおりを挟む***
それから数日後には、ローシュがバルデアとミレー間の戦争に出立するという報せが、国民に向かって正式に発表された。
城下町を通って城に入る王族御用達の商人の話によれば、城下町には石畳の地面を覆いつくすほどの枚数の号外が配られたそうだ。その紙を手にした国民たちは皆一様に驚きを隠せなかったらしい。
第一王子が他国間の戦争へ参戦することに賛成する者、対して反対する者――。
反対する者が大半だというが、それぞれの意見が交錯し、国民の混乱を招いている。城下町にほとんど足を運ぶことがないエアルでも、商人や使用人たちが交わしている世間話を耳にすれば、国民感情がどの方向に向かっているかが判断できた。
第二王子・カリオもまた、ローシュが戦争に向かうことをよく思っていない人間の一人だった。
国民に号外が配られた朝、混乱の声でざわめく城下町を、エアルは王城の見張り台から複雑な心境で見下ろしていた。そのとき、カリオが後ろからやって来て言ったのだ。
「兄さまが戦争に参戦したところで、ザウシュビークに利益はないよ。これは完全に父上が兄さまを王宮から追い出そうとしているとしか、僕は思えない」
十七歳となった第二王子は、ローシュほどではないが背が伸び、今ではほとんどエアルと目線が一緒だ。そばかすは相変わらず鼻周りに点在しているし、剣を持つ姿が想像できないぐらい細身であることには変わりない。が、数年前は頼りなかったなで肩も、今は傾斜が緩やかになったことでいくらか青年感が増したように見えた。
ローシュがエアルと結婚したがっていることを、もちろん知らないわけじゃないはずだ。客観的に王の判断を批判してくれたことがありがたかった。そして王の裏にある思惑を他者から包み隠さず言葉にされて、エアルは改めてショックを受けた。
王はローシュを邪魔者扱いしている。そして国から追い出そうとしている。戦争の最前線に送ろうとしているということは、最悪死んでもいいとさえ思っているのだろう。
そんな想像が容易くできてしまうほど、王の意図は誰の目に見ても明らかだということなのだ。
何よりエアルを動揺させたのは、ローシュの参戦を聞いた数日後に号外が出されたということ。それはローシュ本人が、王の命令に従ったということでもある。ローシュが自分に何も相談せず、戦争へと向かうことを受け入れた証拠だった。
その事実に打ちのめされた。ローシュが他人に相談するような性格でないことはよく知っている。でも相談してほしかった。いや相談なんて、らしくないことはしなくていい。せめて止めさせてほしかった。ローシュの決断に、少しでもいいから介入したかった。
エアルは視線を城下町にやりながら、乾燥した下唇を強く噛んだ。流れていないのに、血の味がする。
ローシュが何を考えて王の命令を受け入れたのか――わかるからこそ、わかりたくなかった。
エアルはカリオに返す言葉もなく、背を向ける。カリオは他人の心の機微に鋭い。エアルが何を思い、何に憂いているのか察しているのだろう。エアルをチラッと見てから、自身の足先に目を落とした。気まずそうに目を泳がせて、「……何もできなくてごめん」と口にする。
父も兄も止められなかった不甲斐なさを感じているらしかった。
勝手に罪悪感に苛まれている第二王子をその場に残し、エアルは見張り台を後にした。
その後も出立の準備やミレー軍との作戦会議で忙しいのか、エアルはローシュと顔を合わせるタイミングを見つけることができなかった。
食事中と聞いたから食堂に向かえばローシュはすでに会議へと行った後だったり、自室で休んでいると聞いたからローシュの寝室に向かえば軍服の仕立てによる取り込み中だったり。
ローシュといつでも会えるよう、なるべく城にいようと心掛けていたエアルだったが、その効果はほとんどなく、ローシュとすれ違う日々がひたすらに続いた。
このまま会えずにローシュが出立する日を迎えてしまったらどうしよう。そんな焦りが目には見えない砂塵のように、日に日に心を削っていく。
気づいたらローシュがバルデアに出立する日は目前に迫っていた。エアルがローシュと会うことができたのは、出立予定日の前々日だった。
その日、昼頃に城へと到着したエアルを出迎えたのはハンナだ。新入りながら、最近ローシュの世話役を担うことになった十代後半の侍女である。
空を移動してやって来たエアルが城の見張り台に着地すると、待ち構えていたハンナが挨拶代わりにこちらへと向かってゆっくりと頭を下げた。
「ローシュ様から伝言を賜りました。今夜、夕食のお時間が過ぎましたら、厩舎にてお会いしたいとのことです」
抑揚なく、淡々と伝書鳩に徹する声は女性にしては低い。実年齢よりどこか落ち着いており、細い銀縁の眼鏡の奥にある切れ長の一重からは聡明さが窺える。
たとえ自分より先輩であろうと、侍女たちの間で交わされる無駄話には決して付き合わず、言われたことを黙々とこなしてくれるから楽だと、以前ローシュが評していた。
そんな彼女だからこそ、ローシュは言づてを頼んだのだろう。役得だなと感心する。
エアルは「ああ。ありがとう」と伝言を受け取る。早く夜が来てくれないかと、動かない太陽を睨みつけて。
40
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】
触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。
彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。
冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
売り物の身体ー社長に躾けられる美形タレントー
しち
BL
芸能界で生き残るために身体を武器にしてきた清瀬累。
枕営業も厭わない累の“商品価値”に口を出してきたのは、所属事務所の若き社長・剣崎だった。
「価値を下げるな」
そう言って累を囲い込む男の真意は――。
身体で仕事を取ってきた若手タレント兼俳優を事務所社長が躾け直す話です。
この世界で生きるための「価値」を教え込まれる話。
魔法使い、双子の悪魔を飼う
よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」
リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。
人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。
本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり...
独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。
(※) 過激描写のある話に付けています。
*** 攻め視点
※不定期更新です。
※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。
※何でもOKな方のみ拝読お願いします。
扉絵
YOHJI@yohji_fanart様
(無断転載×)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる