鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

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戦火の中へ

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***

 それから数日後には、ローシュがバルデアとミレー間の戦争に出立するという報せが、国民に向かって正式に発表された。

 城下町を通って城に入る王族御用達の商人の話によれば、城下町には石畳の地面を覆いつくすほどの枚数の号外が配られたそうだ。その紙を手にした国民たちは皆一様に驚きを隠せなかったらしい。

 第一王子が他国間の戦争へ参戦することに賛成する者、対して反対する者――。

 反対する者が大半だというが、それぞれの意見が交錯し、国民の混乱を招いている。城下町にほとんど足を運ぶことがないエアルでも、商人や使用人たちが交わしている世間話を耳にすれば、国民感情がどの方向に向かっているかが判断できた。

 第二王子・カリオもまた、ローシュが戦争に向かうことをよく思っていない人間の一人だった。

 国民に号外が配られた朝、混乱の声でざわめく城下町を、エアルは王城の見張り台から複雑な心境で見下ろしていた。そのとき、カリオが後ろからやって来て言ったのだ。

「兄さまが戦争に参戦したところで、ザウシュビークに利益はないよ。これは完全に父上が兄さまを王宮から追い出そうとしているとしか、僕は思えない」

 十七歳となった第二王子は、ローシュほどではないが背が伸び、今ではほとんどエアルと目線が一緒だ。そばかすは相変わらず鼻周りに点在しているし、剣を持つ姿が想像できないぐらい細身であることには変わりない。が、数年前は頼りなかったなで肩も、今は傾斜が緩やかになったことでいくらか青年感が増したように見えた。

 ローシュがエアルと結婚したがっていることを、もちろん知らないわけじゃないはずだ。客観的に王の判断を批判してくれたことがありがたかった。そして王の裏にある思惑を他者から包み隠さず言葉にされて、エアルは改めてショックを受けた。

 王はローシュを邪魔者扱いしている。そして国から追い出そうとしている。戦争の最前線に送ろうとしているということは、最悪死んでもいいとさえ思っているのだろう。

 そんな想像が容易くできてしまうほど、王の意図は誰の目に見ても明らかだということなのだ。

 何よりエアルを動揺させたのは、ローシュの参戦を聞いた数日後に号外が出されたということ。それはローシュ本人が、王の命令に従ったということでもある。ローシュが自分に何も相談せず、戦争へと向かうことを受け入れた証拠だった。

 その事実に打ちのめされた。ローシュが他人に相談するような性格でないことはよく知っている。でも相談してほしかった。いや相談なんて、らしくないことはしなくていい。せめて止めさせてほしかった。ローシュの決断に、少しでもいいから介入したかった。

 エアルは視線を城下町にやりながら、乾燥した下唇を強く噛んだ。流れていないのに、血の味がする。

 ローシュが何を考えて王の命令を受け入れたのか――わかるからこそ、わかりたくなかった。

 エアルはカリオに返す言葉もなく、背を向ける。カリオは他人の心の機微に鋭い。エアルが何を思い、何に憂いているのか察しているのだろう。エアルをチラッと見てから、自身の足先に目を落とした。気まずそうに目を泳がせて、「……何もできなくてごめん」と口にする。

 父も兄も止められなかった不甲斐なさを感じているらしかった。

 勝手に罪悪感に苛まれている第二王子をその場に残し、エアルは見張り台を後にした。

 その後も出立の準備やミレー軍との作戦会議で忙しいのか、エアルはローシュと顔を合わせるタイミングを見つけることができなかった。

 食事中と聞いたから食堂に向かえばローシュはすでに会議へと行った後だったり、自室で休んでいると聞いたからローシュの寝室に向かえば軍服の仕立てによる取り込み中だったり。

 ローシュといつでも会えるよう、なるべく城にいようと心掛けていたエアルだったが、その効果はほとんどなく、ローシュとすれ違う日々がひたすらに続いた。

 このまま会えずにローシュが出立する日を迎えてしまったらどうしよう。そんな焦りが目には見えない砂塵のように、日に日に心を削っていく。

 気づいたらローシュがバルデアに出立する日は目前に迫っていた。エアルがローシュと会うことができたのは、出立予定日の前々日だった。

 その日、昼頃に城へと到着したエアルを出迎えたのはハンナだ。新入りながら、最近ローシュの世話役を担うことになった十代後半の侍女である。

 空を移動してやって来たエアルが城の見張り台に着地すると、待ち構えていたハンナが挨拶代わりにこちらへと向かってゆっくりと頭を下げた。

「ローシュ様から伝言を賜りました。今夜、夕食のお時間が過ぎましたら、厩舎にてお会いしたいとのことです」

 抑揚なく、淡々と伝書鳩に徹する声は女性にしては低い。実年齢よりどこか落ち着いており、細い銀縁の眼鏡の奥にある切れ長の一重からは聡明さが窺える。

 たとえ自分より先輩であろうと、侍女たちの間で交わされる無駄話には決して付き合わず、言われたことを黙々とこなしてくれるから楽だと、以前ローシュが評していた。

 そんな彼女だからこそ、ローシュは言づてを頼んだのだろう。役得だなと感心する。

 エアルは「ああ。ありがとう」と伝言を受け取る。早く夜が来てくれないかと、動かない太陽を睨みつけて。




 
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