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生きていく道
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「そっか。兄さまから聞くまで僕は知らなかったけど、大変だったんだね」
「大変?」
簡単に労いの言葉を口にされ、イラッとした。
「うん。だって好きでもない相手とそういうことをするのって、エネルギーの要ることだと思うから」
「私にとってはそれが仕事なんです。同情はおやめください」
じゃないと虚しくなる。自分が惨めになる。そう感じるようになったのも、ローシュを愛してからだ。ローシュの存在が、自分の中で大切なものだと気づいてからだ。
眉間に皺を寄せていると、エアルの頬にゼリオスが鼻を近づけてきた。慰めてくれているのだろう。鼻息の温かさに、涙腺を緩めさせられる。
エアルの涙声で、自身の失言に気づいたらしい。カリオは慌てながら「ご、ごめん」と謝ってきた。
「同情したくて会いに来たわけじゃないんだよ。兄さまから話を聞いた上で、エアルに提案があるんだ」
「提案……? なんでしょうか」
エアルは顔を上げる。
「兄さまが出立する前日、兄さまに言われたんだよ」
在りし日を思い返すように遠くを見つめながら、カリオは語った。
カリオいわく、戦争に向かう前日の夜、ローシュと二人きりで食事したそうだ。当時から、ローシュのエアルへの想いは宮中の誰もが知っていた。最後の夜をエアルではなく、自分と過ごしていいものだろうかと最初は不思議だったらしい。
二人きりで交わす会話。しかもほぼ初めての二人きりでの食事に、酷く緊張したとカリオは言う。初めは子どもの頃に城で遊んだ話や、夏に行った避暑地の話など思い出話に花を咲かせていたらしい。
エアルの話が出たのは緊張も解れ、給仕の出す料理が終盤になった頃。酒を飲んだローシュの顔は、少し赤かったそうだ。
「料理がメインに差し掛かってきたときに、兄さまが大人の洗礼について教えてくれたんだ」
カリオはそう言うと、遠くにやっていた目線を近くに戻した。
「すごく驚いたよ。子どもの頃から魔法や空の飛び方を教えてくれていたエアルから、まさかそんなことまで教えてもらうことになるなんて」
カリオの動揺もわかる。ローシュだって、初めはそうだった。
そしてそのあと、ローシュはカリオにこう伝えたという。
――本当はおまえが……エアルがおまえに大人の洗礼を施すなんて、考えただけでも嫉妬で狂いそうになる。でも今の俺にはしきたりに口を出す権限がない。だから一つだけ……必ず約束してくれ。大人の洗礼を受ける夜には、絶対にエアルを傷つけることはしないと。
その声は確かにカリオのものだった。だが言葉が紡がれた瞬間、エアルの頭の中ではそれがローシュの声で再生された。
初めて知るローシュの思いに胸が打たれる。恋心で胸がいっぱいになる。ああ、今すぐローシュに会いたい。愛おしい気持ちで心が満たされる。胸の奥に押し込んでいた気持ちを、釣り糸でクイッと引っ張り出されているみたいにくすぐったい。
顔が熱い。ローシュへの気持ちが溢れて止まらない。傍にカリオがいるとわかっていたけれど、決壊した心の川をせき止める方法をエアルは知らなかった。
赤くなっているであろう顔を手で隠しながら、エアルは「……申し訳ございません」とカリオから目を逸らす。
エアルのそんな態度が目に物珍しく映っているのか、「う、うん」とカリオがキョトンと返事する。
一回落ち着こう。エアルはわざとらしくコホンと何度か咳をして、恋心にざわつく気持ちを無理やり鎮めた。
「それで、ご提案というのは?」
自分でも白々しいとは思ったが、何食わぬ顔でカリオに尋ねる。するとカリオは思い出したのか、そうだったというように背筋を伸ばした。
「兄さまとエアルの気持ちは、痛いくらいにわかっているつもりだよ。だから今夜は僕の部屋に来なくていいよ。大人の洗礼なんてしなくていい」
自信なさげだった男の表情が柔らかく綻ぶ。そばかすの上に皺が寄る。
「え……」
カリオの提案に不意を突かれる。まさか大人の洗礼をしない、という提案をされるとは思ってもみなかった。
カリオは気弱な性格だが、決して誰かを陥れようとするような人間ではない。本心から言っているのだろう。そしてその提案は、思ったよりもエアルの視界を明るくさせた。
確かに何もしなくていいのなら、こんなにありがたいことはない。ローシュ以外の人間と、これ以上交わりたくないというのが本音だからだ。
本当に……本当に?
急に差し出された提案を、素直に受け取ってもいいのだろうか。エアルは恐々と「いいんですか?」と訊き返した。
カリオは「エアルさえよければ」と即答する。
いい。いいに決まってる。
「私といたしましては大変ありがたいお話ですが……カリオ様のお部屋には参ります。洗礼を――王族の慣例を行わなかった場合、そしてそれを周囲に知られた場合、どうなるか私にもわかりかねますので」
カリオは盲点だったと言わんばかりに「そっか、そうだよね」と一人納得する。
「じゃあこうしよう。僕の部屋で、一緒に兄さまの話をしながら無事を祈ろう」
握手を求めるように、カリオが手を前に出す。ローシュを想うことが許されているようだった。安心した。
藁にも縋る思いで、エアルはカリオの手を取った。
「大変?」
簡単に労いの言葉を口にされ、イラッとした。
「うん。だって好きでもない相手とそういうことをするのって、エネルギーの要ることだと思うから」
「私にとってはそれが仕事なんです。同情はおやめください」
じゃないと虚しくなる。自分が惨めになる。そう感じるようになったのも、ローシュを愛してからだ。ローシュの存在が、自分の中で大切なものだと気づいてからだ。
眉間に皺を寄せていると、エアルの頬にゼリオスが鼻を近づけてきた。慰めてくれているのだろう。鼻息の温かさに、涙腺を緩めさせられる。
エアルの涙声で、自身の失言に気づいたらしい。カリオは慌てながら「ご、ごめん」と謝ってきた。
「同情したくて会いに来たわけじゃないんだよ。兄さまから話を聞いた上で、エアルに提案があるんだ」
「提案……? なんでしょうか」
エアルは顔を上げる。
「兄さまが出立する前日、兄さまに言われたんだよ」
在りし日を思い返すように遠くを見つめながら、カリオは語った。
カリオいわく、戦争に向かう前日の夜、ローシュと二人きりで食事したそうだ。当時から、ローシュのエアルへの想いは宮中の誰もが知っていた。最後の夜をエアルではなく、自分と過ごしていいものだろうかと最初は不思議だったらしい。
二人きりで交わす会話。しかもほぼ初めての二人きりでの食事に、酷く緊張したとカリオは言う。初めは子どもの頃に城で遊んだ話や、夏に行った避暑地の話など思い出話に花を咲かせていたらしい。
エアルの話が出たのは緊張も解れ、給仕の出す料理が終盤になった頃。酒を飲んだローシュの顔は、少し赤かったそうだ。
「料理がメインに差し掛かってきたときに、兄さまが大人の洗礼について教えてくれたんだ」
カリオはそう言うと、遠くにやっていた目線を近くに戻した。
「すごく驚いたよ。子どもの頃から魔法や空の飛び方を教えてくれていたエアルから、まさかそんなことまで教えてもらうことになるなんて」
カリオの動揺もわかる。ローシュだって、初めはそうだった。
そしてそのあと、ローシュはカリオにこう伝えたという。
――本当はおまえが……エアルがおまえに大人の洗礼を施すなんて、考えただけでも嫉妬で狂いそうになる。でも今の俺にはしきたりに口を出す権限がない。だから一つだけ……必ず約束してくれ。大人の洗礼を受ける夜には、絶対にエアルを傷つけることはしないと。
その声は確かにカリオのものだった。だが言葉が紡がれた瞬間、エアルの頭の中ではそれがローシュの声で再生された。
初めて知るローシュの思いに胸が打たれる。恋心で胸がいっぱいになる。ああ、今すぐローシュに会いたい。愛おしい気持ちで心が満たされる。胸の奥に押し込んでいた気持ちを、釣り糸でクイッと引っ張り出されているみたいにくすぐったい。
顔が熱い。ローシュへの気持ちが溢れて止まらない。傍にカリオがいるとわかっていたけれど、決壊した心の川をせき止める方法をエアルは知らなかった。
赤くなっているであろう顔を手で隠しながら、エアルは「……申し訳ございません」とカリオから目を逸らす。
エアルのそんな態度が目に物珍しく映っているのか、「う、うん」とカリオがキョトンと返事する。
一回落ち着こう。エアルはわざとらしくコホンと何度か咳をして、恋心にざわつく気持ちを無理やり鎮めた。
「それで、ご提案というのは?」
自分でも白々しいとは思ったが、何食わぬ顔でカリオに尋ねる。するとカリオは思い出したのか、そうだったというように背筋を伸ばした。
「兄さまとエアルの気持ちは、痛いくらいにわかっているつもりだよ。だから今夜は僕の部屋に来なくていいよ。大人の洗礼なんてしなくていい」
自信なさげだった男の表情が柔らかく綻ぶ。そばかすの上に皺が寄る。
「え……」
カリオの提案に不意を突かれる。まさか大人の洗礼をしない、という提案をされるとは思ってもみなかった。
カリオは気弱な性格だが、決して誰かを陥れようとするような人間ではない。本心から言っているのだろう。そしてその提案は、思ったよりもエアルの視界を明るくさせた。
確かに何もしなくていいのなら、こんなにありがたいことはない。ローシュ以外の人間と、これ以上交わりたくないというのが本音だからだ。
本当に……本当に?
急に差し出された提案を、素直に受け取ってもいいのだろうか。エアルは恐々と「いいんですか?」と訊き返した。
カリオは「エアルさえよければ」と即答する。
いい。いいに決まってる。
「私といたしましては大変ありがたいお話ですが……カリオ様のお部屋には参ります。洗礼を――王族の慣例を行わなかった場合、そしてそれを周囲に知られた場合、どうなるか私にもわかりかねますので」
カリオは盲点だったと言わんばかりに「そっか、そうだよね」と一人納得する。
「じゃあこうしよう。僕の部屋で、一緒に兄さまの話をしながら無事を祈ろう」
握手を求めるように、カリオが手を前に出す。ローシュを想うことが許されているようだった。安心した。
藁にも縋る思いで、エアルはカリオの手を取った。
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