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生きていく道
③
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その日に行われた生誕行事は、前年のそれに比べたらいくらか盛り上がりに欠けたものだったが、大きなハプニングもなく、つつがなく最後の祝賀パーティーまで執り行われた。
第一王子が成年王族の仲間入りを果たしたのは約一年前のこと。あの日はローシュの個人的な発言により、ローデンブルク城全体に――いや、ザウシュビーク王国全土に激震が走った。
後世に渡って、語り継がれることであろう一年前の生誕行事が比較対象なのだ。元々注目度の高かった前年に比べたら、問題行動を起こしたことのない第二王子の生誕日はどうしたって影が薄くなる。
その分平和なもので、夜の城内は生誕行事が行われた日とは思えないほど静かだった。
エアルが入城したのは、祝賀パーティーがお開きになったあとだ。パーティーが行われた大広間では、従者たちが料理の残り香と宴会の余韻に包まれながら、粛々と片付けをしていた。そんな一角を横目に、エアルが階段を下りて向かったのは地下の湯殿だ。
日中、カリオから大人の洗礼をしなくていいと提案された。大人の洗礼は、王族に生まれた男児に施すエアルの仕事だ。今までその仕事を拒んだことはない。一度王族から拒まれたことはあっても、やらなくていいと言われたことはない。
今になって、『やらない』という選択肢が目の前に差し出されるとは思ってもみなかった。王族から拒まれたというのも、たった一度だけ。ローシュが十八歳を迎えた夜に、ローシュから手を払われた。でもあれは、ローシュの精いっぱいの誠意だったのだ。
今になってわかる。自分のことを本気で愛してくれていたからこそ、あの場で拒んだ男の気持ちが痛いほどに。
だから自分も男の気持ちに応えたい。ローシュと再会できるその日まで、少しでも他の男を知らない心身でいたい。
カリオの提案に飛びつかない理由が、エアルにはなかった。
ただ、今まで王族の慣例としてあったものをエアルとカリオの個人的な感情から、果たして勝手に止めることができるのだろうか。もしもレイモンド王に今夜の企みが知られたら、自分たちはどうなるのだろう。罰を与えられるのだろうか。それが唯一の気がかりだった。
正直な話、カリオに大人の洗礼を施そうが施すまいが、レイモンド王には関係ない話だと思った。王にとって、エアルとカリオの間に洗礼の慣習が行われなくても、メリットもデメリットもないからだ。だからこそ、仮に王にバレることがあっても、大丈夫なんじゃないかと油断している自分もいる。
エアルはローブを脱いだあと、足のつま先からそっと湯に浸かった。肩まで沈めると、銀の長髪が扇のように湯面に花開く。
小さな気がかりは、まるでたんぽぽの綿毛だ。背中にひっそりとくっついている違和感はあるものの、所詮見過ごせるほどのものだった。
本来なら、湯殿は王族に捧げる身を清める場。この場において、こんなにも心穏やかに過ごしていることが不思議だった。
気軽に考えているものの、レイモンドに今宵の企みが知られるのは一応避けた方が身のためだろう。カモフラージュのひとつとして、エアルはあえて毎度のルーティンを崩さないように湯殿を訪れたのだ。
湯浴みを終えのち、カリオの寝室に向かう。足取りがいつもより軽いのは、きっと気のせいではない。
国花の装飾が施された木製の扉をノックする。扉を隔てた先に足音が近づく。両開きの扉のうち片方が開いた瞬間、エアルは目を疑った。
そこに立っていたのは、この寝室の主であるカリオではない。レイモンド王だったからだ。
「まるで狐につままれたような顔だな」
王は扉に手を掛けた。胸の開いたシルクのシャツからは、毛深く厚い胸板が見える。エアルが予期せぬ出迎えに言葉を出せないでいると、男は入れと言わんばかりに視線を暗がりになった部屋の奥に滑らせた。
エアルは恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。ランプを持った手を顔の先に上げ、部屋の奥にあるベッドを照らした。
糊のきいたシーツの上にいたのはカリオだ。だが、その姿は異様だった。カリオの頬は赤く腫れ上がり、両手を後ろに縛られていたのだ。両足首の自由も縄で封じられ、靴を履いたままの足元は焦げくさい。火炎系の魔法を足に食らったのか、鎖のように呪いの文字列が巻き付いていた。
その姿は本日誕生日を祝われたばかりの王子とは思えない。まるで捕虜のようだった。
絶句しているエアルの後ろで、王が冷たい声で言う。
「祝賀パーティーのあとに、城を抜け出す姿が目撃されたと騎士団員から報告があった。問い詰めれば、今夜の洗礼を受けるつもりはないとほざくではないか。どういうことか説明してもらおうか」
当然エアルとカリオが腹を合わせていることを疑いもしていないのだろう。王の言葉尻からは、確信していることが聞いて取れた。
猫に狩られる直前の、小動物のように怯えたカリオの目と目が合う。垂れ下がった眉尻の下で、カリオはごめんと言わんばかりにキュッときつく目を閉じた。
部屋でお互いローシュの無事を祈ろうと話していたはずなのに、どうして城を出るような真似をしたのだろうか。しかも問い詰められて、馬鹿正直に話してしまうなんて。
目に付くような行動をした第二王子に対し、エアルは呆れた。苛立ちを通り越し、無様な姿にされた王子が哀れだった。王に悟られないよう、悔しさで奥歯をギッと噛む。
この場でカリオを責めたら余計ややこしくなるだろう。カリオのしくじりをこの状況でカバーするのは得策じゃない。難しい。エアルは、警戒心を解くようにふうと肩の力を抜いた。
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