鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

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生きていく道

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「私は以前より、カリオ様から洗礼に対して緊張されているとご相談を受けておりました。今夜の愚行も、緊張と混乱が招いたものかと」

 エアルは平然を装い、後ろに立つ王に顔を向けた。

「ご心配は無用です。現に私は湯浴みを済ませ、こうしてカリオ様のお部屋に参りましたでしょう?」

 洗礼用に纏った薄手のローブを見せつけるように両手を広げる。

「これから第二王子の洗礼を致しますゆえ、この場はお引き取り願います」

 やんわり退出を願うと、王は鉄仮面の表情のまま、エアルからカリオに視線だけを移した。

 このまま引いてくれ。エアルは心の中で祈った。けれどその祈りが虚しく崩れ倒されることとなったのは、次の瞬間。

「ならばこの私が見届けようではないか」

 予想外の開口に、エアルは思わず「ぇ」と小さく絶叫した。

 見届ける……? 王は何を言っているんだ。

「おまえがカリオの目論見に肩入れしていないとも限らない。エアルの言うことが真実なら、私の目の前であっても洗礼の儀を行えるものだろう」

 戸惑うエアルとは少しも目を合わすことなく、レイモンド王は自身の息子に鋭い視線を送りながら言う。

 王の威圧で刺されたカリオはどんどん萎縮していく。

「ぼ、僕には……で、できません……」

 虫のように丸まりながら、カリオが首を横に振る。そのとき、王の方からぶわっと嫌な気配が漂ってきた。生臭い匂いがするわけでもないのに、吐きそうになる。あの禍々しいオーラが現れる前兆だろうか。

 本能的に王の殺気を気取ったエアルは、咄嗟に王とカリオの間に立った。

「私はあなたが理解できない」

 レイモンドは無言でフンと鼻を鳴らした。自分が割って入れば、毎回といっていいほど王のオーラは鎮まる。

 どうしてこの男は、自分に執着するのだろう。近年、レイモンド王が自分に不幸を与えることを、嬉々としているんじゃないかとさえ見てとれる。これも自分が、自身の運命に抗おうとした罰なのだろうか。

 どうして自分は、王に抗うことができないのだろう。立場や権力だけではない気がするが、エアルにはその正体がわからなかった。だから抗う方法に自信がもてない。

 エアルは目線を床に落とし、絞り出すような声で言った。

「……せめて部屋の扉は閉めさせてください」

 このフロアには、今現在自分たち以外に人はいない。王以外に見られるわけでもないのに、どこからか漂ってくる視線が痛かった。

 部屋の入口に向け、王が手から物体移動の魔法を放つ。その昔、まだ少年時代だったレイモンド王にエアルが教えた魔法だ。

 ドアがバタンッと鈍い音を立てて閉まったあと、レイモンド王は部屋の隅にある革張りのソファにゆっくりと腰を沈めた。脚を組み、鋲で留められた背もたれに背中を預けた体勢に落ち着けば、顎をクイッと上に動かす仕草を見せる。

 王は本気だ。本気でカリオとの行為を見届けるつもりなのだ。エアルは絶望から湧き上がる衝撃を抑えようと、丸めた手に力を込めた。それでもカタカタと震える体をなんとかやり過ごしながら、ベッドの角に膝をかけた。

 ベッドに乗り上げたエアルが、四つん這いになってカリオに近づく。捕虜になった王子はエアルとの距離が縮まるにつれ、拒絶の声が太くなっていった。

「嫌だ嫌だ嫌だ……っ、できないできない……っしたくないよぉ……っ」

 しまいには「お願いします、他のことはなんでもしますから」と王に向かって懇願する始末。手足の自由を奪われた男は、エアルが伸ばした手に対し、全身を使って拒んだ。

 誰のせいでこうなったと思っているんだ。王が後ろで見ている状況への絶望から、徐々にカリオに対する苛立ちが勝っていく。こちらの気も知らないで、子どものように駄々をこねる王子にイライラした。

 エアルがしびれを切らしたのは、それからすぐのこと。

「いい加減にしなさい!」

 蛇のようにのたうち回る男の頬を、バチンと両手で強く挟んで固定させる。

「私だって……っ」

 王の手前、言いかけたその先の言葉を飲み込む。

 最後に果樹園でキスした日の、いとおしい男の顔をカリオに重ねる。少しでも気分を高めたいと思ったが、間近で見れば見るほど似ていないと思った。母親が異なれば、こうも違うのか。

 諦めが胸に広がる。ローシュが旅立った日から、何かを諦めるのは初めてなような気がする。

 ローシュが旅立ったあとも、幾度となく王に抱かれたものの、気持ちは前向きだった。ローシュが帰ってくると信じていたからだ。今も男の帰りを信じていないわけじゃない。

 でも寂しいのだ。ゼリオスの世話をすることで寂しさの穴を塞ごうとしても、濡れて穴の開いた紙を元に戻すことはできないのと一緒だ。寂しさとこの異様な状況が、再びエアルの胸に諦観を連れてきた。

 エアルはカリオの頭を自身に引き寄せる。王族らしからぬ貧弱な耳に向け、

「残念ですが、今夜は諦めましょう。お互いに」

 と耳打ちする。

 次の瞬間、拒絶の言葉こそ吐くのを止めたカリオが、「ううぅ……」と声をしゃくりあげて泣き始めた。今夜の企みが失敗に終わったことを、受け入れるしかないと悟ったようだった。

 カリオがどうして大人の洗礼をここまで拒むのか知らないが、もしかしたらかつてのローシュと同じような事情があるのかもしれないと思った。そしてその相手と、今夜どこかで会うつもりだったのかもしれない。

 だから利害が一致する自分を共犯にしたのだろう。初めから相談してくれれば、こちらも協力できたかもしれないのに。なんて愚かな。軽蔑とも同情ともいえない複雑な感情になった。

 だが、そんな事情は王の前には通用しない。目の前に落ちている結果は、こちらの計画は失敗に終わり、代償として王の前で互いに好きでもない相手と体を繋げること。それだけだ。

 力の抜けた男の上に、エアルは跨る。王の視線を背後に感じながら、ローブを脱いだ。




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