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死と結婚と
①
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あの晩は、今まで王族と交わってきた中で最も後味の悪いものだった。
嫌がって顔を背けるカリオの唇を無理やり開かせて奪い、舌をねじ込んだ。萎えた下半身を淫技で強制的に勃起させては、柔らかくなる前に自身の蕾へと招いた。
これまでどんなに酷いプレイを施されても、王族らに開かれてきた身体は素直に反応した。感じてしまう自分に罪悪感を覚えながらも、口に入れられた水を飲み込むみたいに、当たり前のように絶頂を求めて昇っていくことができた。
けれどレイモンド王の目前でカリオと交わった夜は、初めて達することができなかった。今まで自分がされてきたことを、嫌がるカリオにしている。その事実が、エアルから淫らな気持ちを払拭させたのだ。
月明かりに浮かび上がらせられた寝室で、終始カリオの悲痛な声と感情の伴わない自身の声が重なったあの夜。自分たちの汗と涙を見つめる王は、つまらない絵画でも見ているように退屈そうな顔をしていた。
地獄のような夜も、気づけば数ヶ月前のこと。あの夜から、カリオは別人のように人が変わってしまった。
それまでは話しかけてきた相手が誰であれ、柔らかい口調で対応していた。たとえ位の高い貴族であろうと、つい最近入ったばかりの下男であろうと……はっきりした物言いのローシュとはまた違うベクトルで、分け隔てなく人々と接する心優しい王子だった。
だが――。
東塔と西塔を繋ぐ柱廊を歩いていると、奥の方でカリオの姿が見えた。柱と柱の陰で、誰かと話しているようだ。エアルの角度から、カリオが誰と一緒にいるのかまでは窺えない。
「もう僕に構うのはやめてくれ。これ以上……惨めな気持ちになりたくないんだ」
悲痛な面持ちでそう吐き捨てたカリオは、相手に背を向けると足早にその場を離れていった。細見の背中と足音が遠ざかっていく。
野暮だと思ったが、エアルはカリオがいた場所まで歩を進めた。つっと柱と柱の間に目配せすると、そこには侍女のハンナがいた。
「ハンナだったか」
女はエアルに気づくと、「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」と頭を下げた。銀縁の眼鏡の奥に、感情の揺れは見えない。
「気にするな。元はと言えば、カリオ様があのような態度で城の者たちに接するようになってしまったのも、すべて私のせいだ」
「いえ。エアル様ではなく、ご自身の不甲斐なさから自暴自棄になられているのかと。ローシュ様とのお約束を守ることができなかったから……それに」
言いかけて、ハンナは口をつぐんだ。
一度口にした発言を一度たりとも戻したことのない女が言葉を飲み込む姿に、エアルの勘がかすかに反応する。
ハンナはカリオが去っていった方向を見つめながら、続けて言った。
「私はよいのです。ただ……カリオ様はお優しすぎます」
そうか、とエアルの中で腑に落ちる。あの晩、カリオが誰を想って泣いていたのか。
エアルは「私も異論ない」とため息をつく。カリオは優しすぎる。そして兄弟そろって嘘が大の苦手だ。
「ハンナは大丈夫か?」
まだカリオの辿っていった先を見つめている女に、エアルは尋ねた。
「何のことでしょうか。私は変わりありませんが」
少なくとも、カリオよりは自分の脚でしっかりと立っている女なのだろう。エアルはあくまでも尊敬の念から、鼻で笑った。
「いや、杞憂だったな。ローシュ様が貴女を信頼していた理由がよくわかる」
ハンナは愛想笑いの一つもせず、不思議そうな顔をする。
自分にも、ハンナのような強さがほしい。己の心に宿る芯を信じ、弱った相手を信じて支える強さが。そうしたら、不安で押しつぶされそうな気持ちを抱えながらローシュの帰りを待たなくても済むはずなのに。
今もなおローシュの所在も安否も、エアルのいる場所からはるかに遠い。
あの晩は、今まで王族と交わってきた中で最も後味の悪いものだった。
嫌がって顔を背けるカリオの唇を無理やり開かせて奪い、舌をねじ込んだ。萎えた下半身を淫技で強制的に勃起させては、柔らかくなる前に自身の蕾へと招いた。
これまでどんなに酷いプレイを施されても、王族らに開かれてきた身体は素直に反応した。感じてしまう自分に罪悪感を覚えながらも、口に入れられた水を飲み込むみたいに、当たり前のように絶頂を求めて昇っていくことができた。
けれどレイモンド王の目前でカリオと交わった夜は、初めて達することができなかった。今まで自分がされてきたことを、嫌がるカリオにしている。その事実が、エアルから淫らな気持ちを払拭させたのだ。
月明かりに浮かび上がらせられた寝室で、終始カリオの悲痛な声と感情の伴わない自身の声が重なったあの夜。自分たちの汗と涙を見つめる王は、つまらない絵画でも見ているように退屈そうな顔をしていた。
地獄のような夜も、気づけば数ヶ月前のこと。あの夜から、カリオは別人のように人が変わってしまった。
それまでは話しかけてきた相手が誰であれ、柔らかい口調で対応していた。たとえ位の高い貴族であろうと、つい最近入ったばかりの下男であろうと……はっきりした物言いのローシュとはまた違うベクトルで、分け隔てなく人々と接する心優しい王子だった。
だが――。
東塔と西塔を繋ぐ柱廊を歩いていると、奥の方でカリオの姿が見えた。柱と柱の陰で、誰かと話しているようだ。エアルの角度から、カリオが誰と一緒にいるのかまでは窺えない。
「もう僕に構うのはやめてくれ。これ以上……惨めな気持ちになりたくないんだ」
悲痛な面持ちでそう吐き捨てたカリオは、相手に背を向けると足早にその場を離れていった。細見の背中と足音が遠ざかっていく。
野暮だと思ったが、エアルはカリオがいた場所まで歩を進めた。つっと柱と柱の間に目配せすると、そこには侍女のハンナがいた。
「ハンナだったか」
女はエアルに気づくと、「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」と頭を下げた。銀縁の眼鏡の奥に、感情の揺れは見えない。
「気にするな。元はと言えば、カリオ様があのような態度で城の者たちに接するようになってしまったのも、すべて私のせいだ」
「いえ。エアル様ではなく、ご自身の不甲斐なさから自暴自棄になられているのかと。ローシュ様とのお約束を守ることができなかったから……それに」
言いかけて、ハンナは口をつぐんだ。
一度口にした発言を一度たりとも戻したことのない女が言葉を飲み込む姿に、エアルの勘がかすかに反応する。
ハンナはカリオが去っていった方向を見つめながら、続けて言った。
「私はよいのです。ただ……カリオ様はお優しすぎます」
そうか、とエアルの中で腑に落ちる。あの晩、カリオが誰を想って泣いていたのか。
エアルは「私も異論ない」とため息をつく。カリオは優しすぎる。そして兄弟そろって嘘が大の苦手だ。
「ハンナは大丈夫か?」
まだカリオの辿っていった先を見つめている女に、エアルは尋ねた。
「何のことでしょうか。私は変わりありませんが」
少なくとも、カリオよりは自分の脚でしっかりと立っている女なのだろう。エアルはあくまでも尊敬の念から、鼻で笑った。
「いや、杞憂だったな。ローシュ様が貴女を信頼していた理由がよくわかる」
ハンナは愛想笑いの一つもせず、不思議そうな顔をする。
自分にも、ハンナのような強さがほしい。己の心に宿る芯を信じ、弱った相手を信じて支える強さが。そうしたら、不安で押しつぶされそうな気持ちを抱えながらローシュの帰りを待たなくても済むはずなのに。
今もなおローシュの所在も安否も、エアルのいる場所からはるかに遠い。
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