鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

文字の大きさ
51 / 60
死と結婚と

しおりを挟む

***

 張りの無いふくらはぎは、落ちた筋力を隠すかのようにすね毛で覆われていた。血管が詰まっているのか、所々にゴツゴツとしたこぶがある。隆起したそれらを指先で感じとるたび、エアルは男の老いに触れている気分になった。

「脚を揉め」

 とレイモンド王から命じられたのは、王と交わった晩が明けた今朝のこと。王に奉仕したあと、マッサージの真似事をしろと言いつけられることは珍しくない。

 肩や背中、腰などはしょっちゅうだが、脚をマッサージするのは久しぶりだった。久方ぶりの脚への指圧。しかも、王の脚は以前に比べてだいぶ細くなっていた。骨の感触をダイレクトに感じ、加減が難しい。

「お加減はいかがですか」

 樹液のような爪に覆われた足先を解しながら、エアルは尋ねる。王はつまらなそうに「悪くない」と答えた。

 ローシュの不在から一年半。エアルの傍には常にレイモンド王がいた。ローシュがいないことを機に、エアルをさらに囲うようになったといってもいい。

 ただ、ずっと夜の相手をさせられるよりかは、こうやって凝り固まった相手の体をほぐしている方がまだマシだと思った。

 右足の指圧を終え、左足に移ろうとしたその時だった。

 エアルたちがいる寝室の外から、ジャラジャラと金属板のこすれる音と足音が聞こえてきた。音がどんどん近づいてくると、寝室の前でチャッと勢いよく止まる。

「ルーデル騎士団長オルガ・フレデリックです」

 ルーデル騎士団は、王族直属の騎士団だ。ザウシュビーク王国内から集められた団員は、生まれや育ち、剣技の腕や頭脳はもちろんのこと、容姿端麗な男子しか入団することを許されない。

 今回のミレーとバルデアの戦争でも、現地で闘っているローシュ率いるザウシュビーク軍、そしてミレー軍と連携し、情報と戦況の伝達役を王に命じられていると聞いた。

 少数精鋭部隊の騎士団長が、わざわざ直接王のもとにやってくる。扉の向こうで名乗る声に、いささか焦りのようなものが感じられる。何かあったのだろうか。

 レイモンドは「入れ」と一言。「は! 失礼いたします」と扉が開かれると同時に、エアルもそっと王の脚から手を離した。

 現れたのは、プレートアーマーに身を包んだオルガ団長だ。男の表情は険しく歪んでいた。三十代半ばの男の顔には髭が目立ち、やつれているように見える。その後ろには、家令のアンドレの姿もある。こちらも悲痛な面持ちだ。嫌な予感がする。エアルはゴクッと唾を飲み込んだ。

 部屋内に入ったオルガ団長は扉が閉まった瞬間、まるで膝から崩れ落ちるかのように胸に手を当て、跪いた。

「先ほど現地のザウシュビーク軍から報告があり……ご報告を」

「申せ」

 王の命令に、オルガ団長は「は!」と引き締まった返事をする。

「昨晩、ローシュ王子率いるザウシュビーク軍とミレー軍の陣営に、バルデアからの砲弾による急襲があり……こちらの軍勢に大勢の死者が出ている模様です」

 悪い報せの以外何ものでもなかった。現地はどんな悲惨な状況になっているのだろう。ローシュは無事なのだろうか。ショッキングな報せに、「大勢の……」エアルは力なくオルガ団長の言葉を繰り返すほかなかった。

「それがどうした。バルデアが卑怯な手を使うことぐらい、想像に容易くない」

 こちらに死者が大勢出ているというのに、なんて冷酷なのだろうか。王は興味なさげにフンと鼻を鳴らした。

「で、ですが……っ」

 言いにくそうに、オルガ団長が皺の刻まれた眉間をサッと上げた。

 その時、後ろにいたアンドレが「ここからは私が」と言って、オルガ団長を制した。一歩前に出てくると、初老の男は表情こそ険しいものの、淡々とした口調で告げた。

「バルデアによる急襲の報せとともに入ってきた情報によると、死者の中にローシュ様がいらっしゃるようです」

 その言葉が耳に入った瞬間、頭を石で殴られたような衝撃が走る。

 は? 

 シシャノナカニローシュサマガイル? 

 音としてはたしかに聞き取ることができるのに、内容がまったく理解できなかった。頭の中に入ってこない。

「ど、どういうこと、ですか……? 貴方が何を言っているのか、私には……」

 なんて質の悪い冗談を言うのだろう。笑えない。まったくもって笑えない。笑えなさ過ぎて怒りさえ覚えた。急襲を受けたことも、大勢の死者が出ていることも……その中にローシュがいるということも、全部冗談だと本気で思う自分がいた。

 そんなエアルを余所に、レイモンド王は冷たく言い放つ。

「奴の死体を見た者がいるのか?」

「待ってください! じょ、冗談はおやめください。ローシュ様がそんな……ローシュ様は無事なのでしょう?」

 アンドレに訴える。冗談だと思いたくて、必死に笑顔を取り繕った。だが頬が引き攣ってしまい、うまく笑えない。

 アンドレはエアルの問いかけに「ローシュ様ご本人は発見できておりません」と目を伏せる。光明が差した気がした。こと切れたローシュを見た者がいなければ、まだ可能性はある。ローシュが生き延びている可能性が。

 ほら、やっぱりそうでしょう。ローシュ様はきっと無事です。アンドレに向かってそう畳みかけようとしたのも一瞬のこと。

「というのも、襲撃を受けた陣営の本拠地にある遺体のほとんどが、身元の確認ができないほど損傷が激しいそうで……」

「ローシュ様がそこにいた事実はあるのですかっ? 他の場所にいたかもしれないではないですか!」

 声を張り上げると、レイモンド王が野太く低い声で「黙れ」とエアルに言った。

 こんな状況でも王の命令は絶対だ。従うしかない。エアルはグッと奥歯を噛む。信じられない。信じたくない。嘘だ嘘だと頭の中で自分の悲鳴が聞こえた。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】  触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。  彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。  冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

売り物の身体ー社長に躾けられる美形タレントー

しち
BL
芸能界で生き残るために身体を武器にしてきた清瀬累。 枕営業も厭わない累の“商品価値”に口を出してきたのは、所属事務所の若き社長・剣崎だった。 「価値を下げるな」 そう言って累を囲い込む男の真意は――。 身体で仕事を取ってきた若手タレント兼俳優を事務所社長が躾け直す話です。 この世界で生きるための「価値」を教え込まれる話。

魔法使い、双子の悪魔を飼う

よんど
BL
「僕、魔法使いでよかった」 リュシーは宮廷専属の優秀な魔法使い。 人が寄りつけない程強い自身の力のせいで常に孤独なリュシーは、ある日何気なく街を歩いていた際に闇商人の話を聞いてしまう。貴重で価値ある''モノ''を高値で買い取る悪趣味な会が近くであるらしく気になったリュシーは其処で不思議な双子と出逢いを果たす。 本の見よう見まねで無償の愛を与え続けるリュシーに育てられた双子はいつしか胸の内に何とも言えない感情を抱く様になり... 独りぼっちだった魔法使いが出逢いを通して彼等と関係を紡いでいき幸せを知る微闇要素有りのBLファンタジー。 (※) 過激描写のある話に付けています。 *** 攻め視点 ※不定期更新です。 ※誤字脱字の報告助かるので嬉しいです。 ※何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

処理中です...