鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

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死と結婚と

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「本人は発見できていないと申したな。ローシュだと確認できる物を身に着けていた死体でもあったのか?」

「いえ……ですが、生き延びた軍の者の中に、襲撃の直前までローシュ様と一緒にいた者がいたらしく。襲撃後、ローシュ様を探したそうですが、傍にはローシュ様のものと思われる右手と左脚だけがその場にあったとのことです」

 もうやめてくれ。次々と浴びせられる衝撃の報せに、頭が痛くなる。とうとう立っていられず、エアルは王の足元にへたり込んでしまった。

「その手脚は確かにローシュのものだったと?」

「……さようでございます。突然の襲撃に構えられたのでしょう。砲弾を受ける直前に剣を抜き取られたのか、手にはローシュ様の剣が握られていたそうです。脚もローシュ様の履物を身に着けておられたそうで……」

「なるほど。たとえ生きていたとしても、致命傷を負ったことに変わりはないということか」

 アンドレはそれ以上言わなかった。自身の仕える王子の訃報に、多少は心を痛めているのだろうか。いつもより歯切れが悪かった。

 何も考えられなかった。体じゅうの感覚が鈍くなっていく。指一本さえ動かすのが億劫に感じてくる。先ほどの衝撃も、遠い昔のことのように思えた。

 それからレイモンド王とアンドレ、オルガ団長が何かを話していたが、エアルの遠くなった耳には何も入ってこなかった。

 何も世界に行きたい。誰もいない場所に行って、意識を手放したい。死にたいとも、眠りたいとも違う。ただただ、無の世界に飛んで行ってしまいたかった。

 どうやって、王の寝室から一人出て行くことができたのかわからない。扉から入ったのか、窓から入ったのかさえわからなかった。けれど気づけば、エアルはローシュの部屋に一人いた。

 何もない場所に行くことを望んだはずなのに、すべてがある場所に来てしまった自分に絶望する。

 エアルは一歩ずつ一歩ずつ、震える足でゆっくりと部屋の中を歩いた。歩いていれば、ローシュに会えるような気がした。

「ローシュ様」

 愛おしい男の名前を呼ぶ。自分の声が聞こえた瞬間、

「どこですか」

 堰を切るように肺が膨らみ、舌が回り出した。

「どこにいらっしゃるんですか。帰ってくるとおっしゃったじゃないですか。愛してるって……っ結婚して、って……っ」

 この一年半、ローシュに言いたかった言葉をすべて心の中に押し込めていた。声に出したら、止まらなくなりそうだったから。寂しさで立っていられなくなりそうだったから。

 だからずっと我慢していたのに。

 胸が締め付けられる。喉が焼け付くように痛い。涙が次から次へと溢れ出す。幼い頃の生意気なローシュから、最後にキスを交わした果樹園で照れくさそうに笑ったローシュまで、すべてが昨日のことのように思い出せて辛かった。

 こんな痛みは知らない。四百年以上生きてきて、初めて知る痛みだった。恋をして、相手を失う。それがどれだけ辛いことなのか、知りたくなんてなかった。

 エアルは絨毯の敷かれた床に手をついた。自身の両手の間にボタボタと涙の粒が落ちていく。どうしようもない現実を受け入れることには慣れていたはずなのに、ローシュの死に関してだけは、要求の通らない子どもが駄々をこねるみたいに受け入れることができなかった。

 いやだいやだ。ローシは死んでいない。絶対に死んでいない。エアルは何度も「いやだ」と繰り返した。

「いやです……っローシュさ、ま……っローシュさま……っ会いたい、会いたい、会いたい……っ」

 今すぐ抱きしめてほしい。キスをしてほしい。「待たせたな」と言って、笑いかけてほしい。無理な理想を語って、笑ってしまうぐらい呆れさせてほしい。

 ローシュの影をさまよう手で手繰り寄せながら、なんとかローシュのベッドまで移動し、顔を埋める。ベッドから香るのは、王族御用達の洗濯石鹼のもの。ローシュの匂いはすっかり薄らいでいる。

 糊のきいたシーツに涙が沁み込む。いつかの朝、約束を破ってしまった自分の頭を、ローシュがここで撫でてくれた。

 あの手は今、どこにあるのだろう。戦場の惨劇に巻き込まれたあの温かい手は、冷たくなっているのだろうか。

 もう何も考えたくない。ローシュと同じ場所に連れて行ってほしい。こんなことになるのなら、もっと早くに自分の気持ちを認めて、たくさんの愛で互いを満たしておけばよかった。

 後悔が後悔を呼び、もどかしさでさらに涙が溢れた。

 エアルはその晩、泣き疲れ果て、意識を手放すまでローシュをの名前を呼び続けた。





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