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死と結婚と
④
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ローシュの訃報がザウシュビーク王国全土に伝えられたのは、それからすぐのことだった。
国民人気の高い第一王子の残酷な報せは国全域では収まらず、諸外国にも駆け巡った。
あらゆる国や地域から、ローシュを慕う者たちの嘆きが聞こえた。同じくして、若い王子を戦争の前線に立たせた現王政への不平不満も……。
王族の死に際して、国全体として喪に服す期間は一週間。その間、エアルの耳には嫌になるほどの悲しみの声が、鳥や風によって運ばれてきた。
耳を塞ぎたくなるほどの悲しみと憎しみ。バラバラになった自身の心を保つだけでもやっとなのに、周りからの声が聞こえてくるたび心がより擦り減っていくのを感じた。
「もうやめてくれ……聞きたくないんだ」
それまでは唯一といっていいほど心安らいだケヤキの上の小屋。自身のそんな部屋でさえ、今では絶え間なく鳥たちが伝えてくる人々の嘆きに支配されてしまった。
幸い……といっていいのかわからないが、エアルの一つの救いはローデンブルク城へと出向かなくていいことだ。
ローシュの訃報が届いてからというもの、レイモンドの体調は芳しくないらしい。風の噂で聞いた。少なくともエアルは、喪に服しているこの一週間は夜の相手をせずに済んでいる。
鳥と風の声がやんだタイミングで、エアルは小屋を飛び出した。ローシュの愛馬・ゼリオスはまだ主が帰ってくると信じているのか、目に濁りもなければ様子もいつもと変わりない。
エアルが近づけば、いつものようにこちらの頬に鼻をこすりつけてきた。
「……おまえはローシュ様がまだ生きていらっしゃると思っているのか?」
ゼリオスはブルルッと鼻息を鳴らす。まるで『何を当たり前のことを言ってるの?』と言いたさげに、エアルを見つめる。
「……そうだよな。私もローシュ様が生きていると信じている。でも――……」
世界中から悲しみと嘆きの声が聞こえるたび、ローシュのいない日々を重ねていくたび……自信がなくなる。
ローデンブルク城の中で、ローシュがいない前提で交わされる『これから』の話を耳にするたび、ローシュの存在が薄まっていく。
病に伏しているレイモンドの口から直接聞いたわけではない。けれど先日開かれた王室議会を終えた議員たちの話を、エアルはチラッと聞いてしまったのだ。
会議室から出てきた中年の議員二人は、小さな声でため息混じりにこぼした。
――それにしても、カリオ様の妃殿下候補など本当に集まるものだろうか……。
――厳しいであろうな。我が国の王妃になった者は、世継ぎをご出産後に早世するという迷信が世界中に蔓延っている。そんな国に、己の娘を嫁入りさせる王族や皇族が果たしているとお思いか?
――レイモンド王もカリオ様の妃殿下候補が決まり次第、生前退位をお決めになられればよいものを。
――それだけご自身の病状が思わしくないということであろう。
カリオの妃殿下候補。レイモンド王の生前退位。エアルにとって、それはどれも初めて聞く話だった。
カリオはまだ十八歳。ザウシュビーク王国の王族は二十歳の成年王族を迎えなければ結婚はできないはずだ。それまでの間にカリオの妃殿下候補を探すということだろうか。
それにレイモンド王には生前退位の意向があるらしい。生前退位をした後、カリオを新国王に即位させるつもりなのだろうか……?
自分の与り知らぬところで、ローシュが二度と帰ってくることはない前提で話が進んでいる。会議室の物陰でそれを知った時、ショックのあまり吐きそうになった。
たとえ片方の手や足を失ったとしても、ローシュは必ず帰ってくる。そう信じていたからだ。
以前ローシュは王の座に就くことに対して抵抗はないが、王になれなかった未来にも抵抗がないと豪語していた。
――俺が王にならない未来も見てみたいとは思わないか?
そんなことも言っていた。
でも自分は今でもこう思っている。ローシュほど王に相応しい人間はこの世にいない、と。
ローシュのためにその席は空けておいてほしかった。せめてローシュが帰ってきた時に選べるように。
そういえばカリオは?
カリオは自分が新国王に即位するかもしれないという話を聞いて、どう思っているんだろう。王や議会が決めた相手と結婚することに対して、どんな気持ちでいるのだろう。
カリオとハンナの間に、王族と侍女という関係性以上のものがあることは察している。自分が大人の洗礼を施したあの夜から、カリオは自暴自棄になってしまったが、ハンナへの気持ちもしぼんでしまったのだろうか。
カリオに真意を聞きたかった。
国王になりたくないと少しでも思っているのなら、できるかどうかはさておき、王の座を辞退してほしかった。
王室議会にカリオも参加していたことを知ったのは、議員全員が会議室から出て行ったあと。会議室から、精気の抜けた表情のカリオが一人で出てきた。
「カリオ様、少しお時間をよろしいですか」
「エアルか……手短にお願いできるかな」
誰もその場にいないことをいいことに、エアルは早速本題に入った。
「レイモンド王が生前退位し、カリオ様が新国王に即位される話を耳にしました」
「……まだ公にはされていないんだ。内密に頼むよ」
「もちろんでございます。お一つだけ、お聞かせください」
カリオはこちらの目を見ようとしない。
「カリオ様のご本意ではないのでしょう……?」
承諾を得たわけではないが、エアルは続けて尋ねた。
「……」
「新国王に即位されれば、成年王族となった際に妃殿下を迎えなければなりません」
「……わかっている」
「想い人と一緒になる道は完全に絶たれてしまうでしょう。貴方様はそれでい――……」
「いいわけないよ……っ」
カリオは悲痛な声を豪奢な絨毯の上に吐き捨てた。
「でも……もうどうしようもないんだ。僕に拒否する権利はない。そうだろっ?」
やっと目が合ったカリオの表情には、怒りと悲しみの色が含まれていた。
「兄さまみたいに僕は強くない! 父上を……世界中を敵に回してまで、愛する人と添い遂げたいなんて僕にはとても……っ」
「カリオ様……」
「怖いんだよ。僕は昔からこの城のすべてが怖くて怖くてしょうがないんだ。どうして僕は王族なんかに生まれちゃったんだろう。どうして兄さまみたいに、強くなれないんだろう……っ」
エアルそれ以上何も言うことができなかった。
幼い頃からカリオはカリオなりに自身の立場を理解し、そしてその立場にありながら父や兄を繋ごうと――癖の強い父兄と普通の家族になろうとしていた。
そんな子どもに誰も手を伸ばさなかったのは、自分を含めこの城の人間だ。今さら自分の思い通りに動いてほしいなんて言えない。エアルは目の前でうなだれるカリオを見つめながら、切ない気持ちになった。
普通の家族を……笑いに包まれた家庭を、誰かこの子どもに。そう願わずにはいられなかった。
ローシュの訃報がザウシュビーク王国全土に伝えられたのは、それからすぐのことだった。
国民人気の高い第一王子の残酷な報せは国全域では収まらず、諸外国にも駆け巡った。
あらゆる国や地域から、ローシュを慕う者たちの嘆きが聞こえた。同じくして、若い王子を戦争の前線に立たせた現王政への不平不満も……。
王族の死に際して、国全体として喪に服す期間は一週間。その間、エアルの耳には嫌になるほどの悲しみの声が、鳥や風によって運ばれてきた。
耳を塞ぎたくなるほどの悲しみと憎しみ。バラバラになった自身の心を保つだけでもやっとなのに、周りからの声が聞こえてくるたび心がより擦り減っていくのを感じた。
「もうやめてくれ……聞きたくないんだ」
それまでは唯一といっていいほど心安らいだケヤキの上の小屋。自身のそんな部屋でさえ、今では絶え間なく鳥たちが伝えてくる人々の嘆きに支配されてしまった。
幸い……といっていいのかわからないが、エアルの一つの救いはローデンブルク城へと出向かなくていいことだ。
ローシュの訃報が届いてからというもの、レイモンドの体調は芳しくないらしい。風の噂で聞いた。少なくともエアルは、喪に服しているこの一週間は夜の相手をせずに済んでいる。
鳥と風の声がやんだタイミングで、エアルは小屋を飛び出した。ローシュの愛馬・ゼリオスはまだ主が帰ってくると信じているのか、目に濁りもなければ様子もいつもと変わりない。
エアルが近づけば、いつものようにこちらの頬に鼻をこすりつけてきた。
「……おまえはローシュ様がまだ生きていらっしゃると思っているのか?」
ゼリオスはブルルッと鼻息を鳴らす。まるで『何を当たり前のことを言ってるの?』と言いたさげに、エアルを見つめる。
「……そうだよな。私もローシュ様が生きていると信じている。でも――……」
世界中から悲しみと嘆きの声が聞こえるたび、ローシュのいない日々を重ねていくたび……自信がなくなる。
ローデンブルク城の中で、ローシュがいない前提で交わされる『これから』の話を耳にするたび、ローシュの存在が薄まっていく。
病に伏しているレイモンドの口から直接聞いたわけではない。けれど先日開かれた王室議会を終えた議員たちの話を、エアルはチラッと聞いてしまったのだ。
会議室から出てきた中年の議員二人は、小さな声でため息混じりにこぼした。
――それにしても、カリオ様の妃殿下候補など本当に集まるものだろうか……。
――厳しいであろうな。我が国の王妃になった者は、世継ぎをご出産後に早世するという迷信が世界中に蔓延っている。そんな国に、己の娘を嫁入りさせる王族や皇族が果たしているとお思いか?
――レイモンド王もカリオ様の妃殿下候補が決まり次第、生前退位をお決めになられればよいものを。
――それだけご自身の病状が思わしくないということであろう。
カリオの妃殿下候補。レイモンド王の生前退位。エアルにとって、それはどれも初めて聞く話だった。
カリオはまだ十八歳。ザウシュビーク王国の王族は二十歳の成年王族を迎えなければ結婚はできないはずだ。それまでの間にカリオの妃殿下候補を探すということだろうか。
それにレイモンド王には生前退位の意向があるらしい。生前退位をした後、カリオを新国王に即位させるつもりなのだろうか……?
自分の与り知らぬところで、ローシュが二度と帰ってくることはない前提で話が進んでいる。会議室の物陰でそれを知った時、ショックのあまり吐きそうになった。
たとえ片方の手や足を失ったとしても、ローシュは必ず帰ってくる。そう信じていたからだ。
以前ローシュは王の座に就くことに対して抵抗はないが、王になれなかった未来にも抵抗がないと豪語していた。
――俺が王にならない未来も見てみたいとは思わないか?
そんなことも言っていた。
でも自分は今でもこう思っている。ローシュほど王に相応しい人間はこの世にいない、と。
ローシュのためにその席は空けておいてほしかった。せめてローシュが帰ってきた時に選べるように。
そういえばカリオは?
カリオは自分が新国王に即位するかもしれないという話を聞いて、どう思っているんだろう。王や議会が決めた相手と結婚することに対して、どんな気持ちでいるのだろう。
カリオとハンナの間に、王族と侍女という関係性以上のものがあることは察している。自分が大人の洗礼を施したあの夜から、カリオは自暴自棄になってしまったが、ハンナへの気持ちもしぼんでしまったのだろうか。
カリオに真意を聞きたかった。
国王になりたくないと少しでも思っているのなら、できるかどうかはさておき、王の座を辞退してほしかった。
王室議会にカリオも参加していたことを知ったのは、議員全員が会議室から出て行ったあと。会議室から、精気の抜けた表情のカリオが一人で出てきた。
「カリオ様、少しお時間をよろしいですか」
「エアルか……手短にお願いできるかな」
誰もその場にいないことをいいことに、エアルは早速本題に入った。
「レイモンド王が生前退位し、カリオ様が新国王に即位される話を耳にしました」
「……まだ公にはされていないんだ。内密に頼むよ」
「もちろんでございます。お一つだけ、お聞かせください」
カリオはこちらの目を見ようとしない。
「カリオ様のご本意ではないのでしょう……?」
承諾を得たわけではないが、エアルは続けて尋ねた。
「……」
「新国王に即位されれば、成年王族となった際に妃殿下を迎えなければなりません」
「……わかっている」
「想い人と一緒になる道は完全に絶たれてしまうでしょう。貴方様はそれでい――……」
「いいわけないよ……っ」
カリオは悲痛な声を豪奢な絨毯の上に吐き捨てた。
「でも……もうどうしようもないんだ。僕に拒否する権利はない。そうだろっ?」
やっと目が合ったカリオの表情には、怒りと悲しみの色が含まれていた。
「兄さまみたいに僕は強くない! 父上を……世界中を敵に回してまで、愛する人と添い遂げたいなんて僕にはとても……っ」
「カリオ様……」
「怖いんだよ。僕は昔からこの城のすべてが怖くて怖くてしょうがないんだ。どうして僕は王族なんかに生まれちゃったんだろう。どうして兄さまみたいに、強くなれないんだろう……っ」
エアルそれ以上何も言うことができなかった。
幼い頃からカリオはカリオなりに自身の立場を理解し、そしてその立場にありながら父や兄を繋ごうと――癖の強い父兄と普通の家族になろうとしていた。
そんな子どもに誰も手を伸ばさなかったのは、自分を含めこの城の人間だ。今さら自分の思い通りに動いてほしいなんて言えない。エアルは目の前でうなだれるカリオを見つめながら、切ない気持ちになった。
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