微弱な癒しの力しかない異世界人が、呪われ辺境伯に溺愛されるまでの物語

水月音子

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07.デルベイル

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 唯奈が召喚されたこの国の名前は“デルベイル”というらしい。
 この救護院と呼ばれる施設に来てから三ヶ月、唯奈は少しでも情報を得ようと雑談を交えてテクラたちから、この国のことを教わっていた。
 さすがに国名を聞いた時には『え、そんなことも知らないの』という目で見られたが、彼女たちにとってはおしゃべりも数少ない楽しみのひとつだからか、よくいろいろなことを教えてくれた。

「大きな川の向こうにある国とデルベイルは昔、ひとつの国だったんだって」

 ある日の午後、人の居なくなった聖堂を掃除しながらテクラが、おしゃべりがてら国の歴史を教えてくれた。
 デルベイルはそれなりに歴史のある国のようだ。ただ、大昔に川を隔てた地続きの隣国から独立する形で建国したので、その隣国から見れば歴史は浅いのだろう。
 もともとこの辺りは魔物が多く蔓延はびこっていた土地だったらしく、建国前は発展も見込めない貧しい土地だったようだ。
 そんな時代、当時は同じ国だった隣国の王子が天界の男神から力を授かったと言いだした。言葉通り王子は人間離れした力を発揮して、現デルベイルの国土一体の魔物を一掃したのだという。

「その時の国王だって何もできなかったのに、王子様は次々と魔物を倒していって、すごい活躍したんだって」

 テクラが目を輝かせながら言う。
 王子はその後、父王からこの土地を治める権限を得て翌年に独立を果たした。
 その目覚ましい活躍から王子は民に敬慕され、亡くなって後は神格化されて祈りの対象となった。
 すなわちデルベイルが崇める神とは、この初代王とその王に力を与えたという男神ということになる。あるいは、その初代王と男神は同一だという解釈もあるらしい。

「ほら、あちらにいらっしゃるのが初代国王様だよ」

 そう言ってテクラが視線で指す方に――聖堂の奥の中心に神像が見える。金の彫像で表現された初代王の姿は荘厳で、雄姿を表すように雄々しくも見え、神格を表すように穏やかにも見えた。
 デルベイルはこの初代王と男神を崇めていて、他の信仰を徹底的に排除している。とくにそのことで、かつては同じ国だった隣国とはずっと犬猿の仲だという話だった。
 これまでにも何度か衝突することがあったようだ。
 戦争の理由はその時々で微妙に変わるようだが、根本に“信仰の違いによる”宗教的な理由があった。
 ただ『隣国と戦争』というよりも、『隣国の国境を守るネトヴォア辺境領を代々受け継ぐ一族との戦い』と言った方が正しいかも知れない。
 隣国と、あるいはネトヴォア辺境伯との険悪な関係の原因は、デルベイル建国当時にさかのぼる。
 当時ネトヴォア辺境伯の一族が――当時はまだ“辺境伯”ではなかったが――初代王から男神の力を奪ったために、両国の国王軍までが今の国境線上で衝突するほどの大きな戦争になったことがあった。
 もちろん隣国は男神の力を奪ったことを当初からずっと否定しているが、デルベイルがそう主張する理由はあった。
 まだ初代王が王子だったとき、魔物を倒す戦いに共についてきた女魔道士がいた。彼女も初代王ほどではなかったが強い魔力を持ち、よく初代王の補助をし戦った。
 民からも敬愛されるようになっていたが、魔物を一掃して王子が独立を宣言し国として建国した後、この女魔道士が初代王から男神の力を奪って隣国へ逃走したのだという。
 もちろんすぐに気づいた初代王が追っ手を放ったが、隣国との国境に当時はなかった川を出現させ、しかも洪水を起こして追っ手を追い払ってしまった。
 初代王は自分の父王が力欲しさに、女魔道士を使って男神の力を奪ったのだと疑心暗鬼になった。だが父王相手に戦争を仕掛けたものの、奪われた男神の力によって退けられてしまった。
 結局男神の力は奪われたまま、その後その力がどのように使われ、あるいは消失したのか、もしくは受け継がれたのかは不明のままのようだ。
 また実は女魔道士は天界の女神だったという説があり、男神の力を恋慕うゆえに奪ったのだ、という説もある。
 あるいは女魔道士が当時のネトヴォア辺境伯に惚れ、妻にしてもらうために男神の力を手土産にして嫁いだのだ、という説もあったりする。
 真偽は定かではないが、デルベイル側の人間は隣国をかなり憎悪していて、そういう感情は平民にも広く浸透しているようだった。
 神に祈りを捧げる習慣があって、両親からも子守唄代わりに建国神話を聞かされていたらしいテクラも例にもれず、隣国のことは毛嫌いしているらしい。

「ずっと前にね、この町を襲おうとした魔物から町を救おうとして、隣の国に迷い込んじゃった男の人がいたらしいんだけど、あいつらその男の人を捕まえて拷問して殺したんだって。ひどいことするよね! きっとすごい悪逆非道な奴らなんだと思うな!」

 それが事実なのだとしたら隣国は好戦的で野蛮な人種なのかも知れないと、そんな印象を唯奈は意識に留めた。
 ただ、こういうところに放り込まれる彼女たちだからか、建国神話は語れるほど詳しい一方で、世間の――あるいは貴族社会の常識などには疎いようだった。
 例えば、施設長の上司は誰なのかとか。国境の町を治めているのは誰なのかとか。ここの生活の改善を訴えたい場合は誰に言えばいいのかとか。罪を犯してここに放り込まれたのだとしても、刑期を決めて欲しいと誰に訴えればいいのかとか――。
 だが、そういう話をすると決まって皆暗い表情をして、『そういうことは言わない方がいい』と口を閉ざす。
 そんな彼女たちを見ると唯奈もつい、地下室に連れて行かれたときのことを思い出してしまうが、ここの環境が改善されなければ一生をここで終えなければならない。
 それだけは嫌だと唯奈は思う。

「またユイナ溜息ついている」

 夜、施設の住人たちが残した夕飯を掻き込んだあと、ろうそくの明かりだけの暗い室内で、唯奈は何もすることがなくベッドに横たわっていた。
 すると同じようにもうひとつある二段ベッドの下に、腰を落ち着けたテクラが声をかけてきた。

「辛気くさいからやめた方がいいよ、それ」

 テクラのおしゃべりからは様々な情報を得られているので感謝しているが、その一方でこの明け透けな物言いには慣れないな、と思う。
 ここの者たちは関係が浅くても、驚くほどはっきりとものを言う。

「そうだ。この間、異世界から召喚された救世主の話聞いた?」
「異世界……救世主……?」

 唯奈はテクラの言葉に静かに衝撃を受け、目を見開いた。

「そう、救世主さまがこの国を守ってくださるんだって、先日国王さまが公表なさったんだけど、まだあたしたちくらいの若い男女なんだって」
「若い、男女……」

 三ヶ月ほど前の、あの石造りの部屋で見た光景が脳裏に過る。

「すごい魔力を持ってて魔物なんか目じゃないってさ! 今はこの国のことをお城で勉強してるそうだけど、きっと魔物を倒しに国中を巡るだろうから、早くこの町にも来ないかな」

 大きな目にろうそくの明かりを受けて輝かせながら、嬉しそうにテクラが話している。

「でも、異世界から救世主を召喚しちゃうなんて、王都の魔道士さまたちってすごいよね」

 テクラの無邪気な言葉に唯奈は、自分が召喚されたときに対面したリニ・ホーレンを思い出していた。
 あの薄っすらとした笑みと、唯奈に微弱な力しか無いと知ったときの無表情と、若い男女に力があると知ったときの深い笑みと――。思い返せば何とも不気味な男だったと思う。
 そして、リニ・ホーレンが自分に向けた言葉がよみがえる。

『あなたに相応しい場所へご案内いたしましょう。そこでの、あなたのご活躍を祈っておりますよ』

 あの時、すでに彼は唯奈をここへ連れて行くことを決めていたのだろう。ということは、唯奈にとって相応しいのは救護院で労役のように働かされ、一生をここで過ごすことだと彼は言っているのだ。
 また、微弱な力のために一日五人ほどしか癒せず、しかもその効果はあまり期待できない。そんな唯奈の癒しの力に対して『活躍を祈っている』という嫌味を添えている。
 思い返すだに腹立たしい。絶対にどんな手段を使ってもここから出るのだと、唯奈は改めて決心する。
 テクラのおしゃべりはまだ続いていたが、四人目の部屋の住人が戻って来たことで就寝時間となり、ろうそくのあかりが消されて静かになった。
 この部屋に戻って来てからずっと唯奈は疲れてベッドに横になっていたが。今しがた聞いたテクラの話とリニ・ホーレンの言葉が延々を頭を駆け巡り、長い時間目が冴えて眠ることができなかったのだった。
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