微弱な癒しの力しかない異世界人が、呪われ辺境伯に溺愛されるまでの物語

水月音子

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08.魔物

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 この世界には当たり前に魔法があり、魔物がいる。
 ただ魔力は貴重なものだから、日常生活のこまごまとしたことで滅多に使われない。そう唯奈は聞かされている。
 だから、唯奈のような下っ端が生活する部屋ではろうそくを使うし、掃除のために使う水も井戸などから桶を使って組んでくる。
 もちろん建物をきれいにするために魔法を使ったりなどしない。

(そんな魔法があるかは知らないけど、あったら便利なのに)

 そのため、唯奈のような役目を与えられた者が毎日掃除をする。
 なので、たまに唯奈はこの世界に本当に魔法があるのかなと疑ってしまうことがある。疑うどころか忘れることすらある。
 実際に自分がこの世界に召喚されたのだし、自分自身が微弱ながらも癒しの力があってそれを他人に施しているのだから、魔法があることに間違いはないのに。
 そして魔物がいるということもまた、こちらは実際に見たこともないので信じられないでいた。
 魔物がいるならドラゴンがいて、天使と悪魔のような存在もいるのだろうかと、唯奈は聞きかじりの浅い知識でテクラに尋ねてみたことがあった。
 だが、翻訳の関係かうまく伝わらなかったのか、尋ねられたテクラは首を傾げて「さぁ」と言って終わってしまった。
 建国神話など詳しく知っていたテクラだから、そんなテクラが知らないということは、天使や悪魔などといった存在はこの世界にはないのかも知れない。
 唯奈がこの国の情報を得ようとしている理由は、少しでも自分を取り巻く環境のことや状況を把握したいからだ。そして自分がどういった立場にあって今後どうなっていくのか、なるべく事前に察知しておきたかったから――なのだが。
 以前、唯奈に癒しの力の使い方を教えていた神官が言っていた、『役目が回ってくるまで大人しくしていればいいんだ』という言葉の深意が分からないまま、事態は動いてしまった。
 国境の町を囲む壁の外に魔物が現れたのだ。
 唯奈はその時、服を清潔なものに着替えるため自室にいた。本館にいる怪我人や病人を癒すため、不潔な格好では叱られるからだ。
 着替えている途中で外が騒がしいことには気づいていた。廊下を出れば珍しくバタバタと人が走っているのを見て、ただ事ではないのだと知る。
 もう一度部屋に戻り窓から外を見ると、施設内でも地上でも人々が慌しく走り回っている。まるで逃げ惑っているようだと訝しく思っていると、視界の端に気になるものが見えてそちらに視線を向けた。
 町をぐるりと囲む壁の向こうに、巻き上がる砂煙が見える。
 さらに辺りで騒いでいる人たちの声を聞けば、どうやらあの砂煙は魔物が暴れているためらしく、今この町は魔物に襲われているのだという。
 唯奈のいる場所から壁まではやや距離があり、見えるのは空へと舞いあがる砂煙だけだったが、それに加えて地響きと咆哮らしきものが聞こえてくるので、それでやっと唯奈は尋常ではないと知る。
 町を囲む壁に沿って結界が張られているらしく、魔物はそこから入って来られないようだったが、町の人たちは少しでもそれから離れようと悲鳴をあげながら逃げ惑っていた。
 とはいえ、壁の外へは怖くて逃げられないだろう。少なくとも結界は張られているし、城には騎士や魔道士だっているだろう。
 まさか初めて見る魔物が強く凶悪で、誰も太刀打ちできないまま町が滅ぼされる――なんてことにはならないだろう。
 そう高を括って唯奈は、立ちあがる砂煙を眺めながら戦いのあとのことを考えていた。
 すぐにも魔物を討伐するか追い払うかするため、騎士や魔道士が出動して戦いが始まるはずだ。
 そうしたら怪我人が出るだろうから、癒しの力が必要になるだろう。神殿にいる癒しの力を持つ者たちで追いつかないことになれば、もしかしたら自分にも声がかけられるかも知れない。

(……いや、かえって足手まといになるか)

 あまりにも微弱すぎる癒しの力に、「これなら居ない方がマシだ」と逆に言われてもおかしくはない。
 きっと呼ばれることはないだろう、と唯奈が勝手に断じたその時。

「ユイナという娘はいるか?!」

 唐突に廊下から大きな声で呼ばれて肩が跳ねる。

(こんな時に、まさか本当に呼ばれるの?)

 恐る恐る廊下に顔を出すと、人が右往左往する廊下の向こうから滅多に見ない高位神官が大股でこちらへやって来るところだった。
 唯奈が部屋から顔を出したのを見て、彼は唯奈が探し人だと察したのだろう。あるいは黒目黒髪の異国風の容姿だと、誰かから聞かされていたのかも知れない。
 勢いはそのままに唯奈の目の前まで来ると、険しい表情でこちらを見下ろし「お前がユイナか」と問うてきた。
 横柄な態度に怯みつつも唯奈は「はい」と答える。
 すると高位神官は「ついて来い」と言ったきり何の説明もなく、踵を返すと階段へと向かって行く。
 こちらを蔑ろにする態度に反発心が湧くが、神官や上の者に対して逆らえばどういう目に遭うか唯奈は身をもって知っている。

(もう痛い思いはごめんだわ)

 つい地下室でのことを思い出して背筋が震える。
 何の説明もないことに不信感や不快感は拭えないが、神官の怒りを買う前に行動する。
 彼のあとを追いながら、呼ばれた理由を考えた。
 彼らはもう戦闘後のことを考え行動していて、癒しの力を使える者たちに声をかけているのだろうか、と。
 だが――

「あの、どこへ連れて行かれるんですか?」

 救護院の門前、用意された幌の付いた馬車に唯奈は、ただ一人乗せられていた。他の誰もいない。
 不安が首をもたげ表情を陰らせつつ、ここまで唯奈を連れて来た高位神官に問うも「着いたらわかる」としか答えてくれなかった。
 「行け」と短く命令を受けて御者台の兵士が馬に鞭を当てる。幌馬車が走り出し、戸惑う唯奈を乗せてどこかへと向かう。
 もしかしたらすでに魔物との戦闘が始まっていて、怪我人がたくさん出ていて、他の癒しの力を持つ者たちはもう現地へ行っているのかも知れない。
 怪我人を収容している場所へいま自分は向かっているのかも知れない。
 そう、どうにか前向きに考えようとした唯奈だったが、連れてこられた場所はなぜか町を囲む壁のすぐそばだった。
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