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02.剣術、魔術を習う

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 熱が引き、数日で体調が戻ったアウロラは、周囲の制止を振り切って騎士たちの鍛錬場へ向かった。
 実は熱が下がったとき父親である国王ヘンリックが見舞いに来たのだが、その時アウロラは父王に『剣術が習いたい』と願っていた。
 最初は驚いているようだったが、理由を聞かれてとっさに『お父様みたいに強くなりたい』と言ったところ、嬉しそうな笑みを浮かべて頷いたのを見た。
 それを了承と取ってアウロラは、剣術の稽古が始まる日取りが決まった、という連絡が来るのを待った。
 ところが、待てど暮らせどそんな連絡は来ず、仕方なくアウロラは自ら鍛錬場へと乗り込むことにしたのだった。
 その場にいた監督官である騎士長に不審の目を向けられつつも、辛抱強く父王からは許可をもらっていると主張し続けた。

「……では、王女殿下のために特別な場所へ」

 折れた騎士長がそう言って案内したのはただの中庭だったが、そんなことなど知らないアウロラは喜んでついて行った。
 だが、鍛錬場の隣の中庭には先客がいた。見たことのある若い青年だった。つい数日前、魔獣を倒しアウロラを助けてくれた従騎士だった。
 騎士長につづきアウロラが現れて、恐らく驚いているのだろうが、目に見えて表情は変わらない。
 髪はダークブロンドで、肌が白く、碧い瞳はこの国では珍しくないが、整った容姿は“美形”といっても過言ではない。
 ただ不愛想なのがもったいないとは思うが、きっと本人はそんなこと気にしないのだろう。
 騎士長に「殿下のお相手をして差し上げろ」と指示され、やはり感情の分かりにくい顔で若干戸惑いを見せる。
 騎士長が去り、アウロラが名前を尋ねればようやく彼は口を開いた。

「ヴァルテリ、と申します、殿下」
「この間、魔獣から助けてくれた兵士よね? お礼を言ってなかったわ。あの時はありがとう」
「臣下として当然のことをしたまでです」

 恭しくも粗雑な雰囲気を残しつつ、青年――ヴァルテリはアウロラへ臣下の礼をとる。
 そこに含まれる距離感などものともせず、アウロラは身を乗り出して、どんな剣術を教えてくれるのかと期待に満ちた目を向けた。
 ところが――

「殿下、何事もまず準備が大事なのです。我々はまず鍛錬するための服や装備を準備します。汚れてもいいように、できるだけ怪我をしないように。殿下もまず準備をお願いします。鍛錬はそれからです」

 体よく追い出す断り文句だと誰もが思うだろう。
 そこまで思い至らなかったアウロラも、不満気に口をとがらせる。
 だがヴァルテリは引かず、怪我をすれば国王や叔母のリリャが悲しむと言われ、仕方なくアウロラは退却する。
 しかし諦めの悪いアウロラは、すぐにも仕立て屋を呼んで運動に相応しい服を作らせた。
 そして意気揚々と再びヴァルテリの元へ行くが――

「ではまず準備運動を――それから体力をつけるために走りましょう――ああ、でも慣れるまでは歩くだけでもいいかも知れませんね」

 ヴァルテリが言うまま体を動かすも、すぐにバテてしまったアウロラは、あまりにも体力が無さすぎた。
 剣術を教わる前に体力をつけなければと、アウロラ自ら思うほどに。
 その日から毎日アウロラは中庭へ行き、剣術そっちのけで体力をつけるための運動を続けた。
 そんなアウロラを、ときに奇妙な面持ちで、近ごろでは興味深そうに迎えるヴァルテリが、鍛錬の終わりにバテて倒れるアウロラを覗き込むと尋ねた。

「殿下、ひとつお伺いしても?――どうして剣術を習いたいと思ったんですか?」
「それは、強くなりたいからよっ」
「――なぜ強くなりたいんですか?」
「魔族が私を誘拐しようとしても対抗できるためによ!」

 勢いのまま正直に答えれば、ヴァルテリの目が大きく見開かれた。珍しい彼の表情を、アウロラはついじっと見つめる。
 さらになぜ誘拐されると思ったのかと尋ねられ、アウロラは前世の記憶をどう伝えるべきかと少し考えてから口を開いた。

「――予知、そう予知夢を見たの! 十八歳になったら魔族に誘拐される夢を」

 予知夢と聞いてヴァルテリの表情が微妙なものになるが、彼なりに得心がいったのか、次回には剣術を教える約束をしてくれた。
 アウロラは喜び勇んで、翌日、自分用にあつらえた木剣を手に中庭へ突進するが――

「残念ながら殿下は、あまり剣の才が御有りではないようです」

 コテンパンに打ちのめされたアウロラは、地面に倒れて動けない。そばにはヴァルテリに弾き飛ばされた木剣が転がっている。
 もちろん打ちのめされたと言っても、決してヴァルテリは自分の木剣でアウロラの体を傷つけることはなかった。
 ただただアウロラが打ち込んで行き、体力が尽きただけなのだが。
 それでもアウロラは最後にヴァルテリに木剣を弾き飛ばされ、自分の才能の無さを突き付けられた思いで打ちのめされた。
 実際は初めてなら当然の状況なのだが、強いヴァルテリに『才能がない』と言われて、アウロラはそう思い込んでしまったのだ。
 倒れ込んだまま意気消沈するアウロラに、ヴァルテリには珍しく優しい声音で語りかけてくる。

「どうでしょう、剣は諦めていただいて、魔術を習ってみては?」
「……ヴァルテリが教えてくれるの?」

 アウロラが悔し涙を滲ませて見上げると、彼はそっと視線を逸らした。

「いえ、私は魔術に関しては苦手なので、宮廷魔術師にお願いするといいですよ」
「……分かったわ」

 沈んだまま頷けば、ヴァルテリは申し訳なさそうにしつつも、どこか安堵したように息をついたのだった。

 一晩落ち込んだアウロラだが、持ち前の切り替えの早さで回復すると、また父王へ「魔術を習いたい」と願う。
 今度は父王も理由を尋ねることなく、すぐに人選を指示し、適当な人物をアウロラの教師にあてがった。



「魔力というのは使おうとするとき、それを制御することが大変難しいのです」

 そう説明するのは、アウロラの魔術の教師となった宮廷魔術師だ。
 名前をアレクサンテリと名乗ったが、『長いのでアレクでいいですよ』と言うので、アウロラはアレクと呼んでいる。
 宮廷魔術師となってまだ日が浅いアレクは、二十代前半に見える。
 平均的な身長に、兵士と比べるとやや薄い体躯。少しくすんだブロンドは長く後ろで束ね、やや切れ長の目が知的に見える。引きこもっているのか肌も白く、瞳ははしばみ色で全体的に色素が薄い印象だ。

「暴走することがあるって本当?」
「ええ、そういうこともあると聞いています。ですが殿下は今日から、その魔力制御を学ばれるのです。もちろん油断は禁物ですが、暴走する心配はないでしょう」

 不安が払拭されれば、アウロラは期待を込めてアレクの授業に聞き入った。だが――

「魔力は常に体を巡っているとされていますが、魔術を発動するとき大抵の者は魔力が大きく膨張したような、あるいは増大したような感覚をおぼえます。そのため、内から湧き上がるものだと考える者もいますが、そうするとそれまで魔力はどこに蓄積されていたのかという問題が出てくるので――」

 滔々とうとうと“魔力とは何か”についての議論を展開され、必死に耐えていたがアウロラは睡魔に抗えず、机に突っ伏して寝てしまったのだった。
 優しく肩を揺すられて目を覚ましたアウロラは、そこで初めて自分が寝てしまったことに気づく。
 寝ぼけ眼で見上げれば、苦笑気味のアレクの顔があった。

「少々話が長くなってしまいましたね。次回からは実践に入りましょう」

 そんなアレクの言葉に本当は飛んで喜びたかったアウロラだったが、眠気には勝てず目を擦りながら頷いただけだった。
 だがきちんとアウロラはアレクの言葉を覚えていて、翌日には意気揚々と彼の元へ向かったのだが――

「魔力がある、というのは、それだけで素晴らしいものです。繊細な魔力操作ができて、かつ、少量の魔力で日常に使える魔法を覚えることができれば、日々を快適に過ごすことができるのですから」

 実践を始めたその日、終了する前にアレクがそう言ったのは、励まし以外の何物でもなかった。

「大丈夫ですよ、殿下。少しずつ使える魔法を覚えて行きましょう」

 戦いにも使える『魔術』から、日常に使う『魔法』へと目標が変わってしまったが、使えないよりはマシだろう。
 持ち前の前向きな性格を発揮したアウロラは、自分が使えそうな魔法で魔族に対抗できそうなものはないか、アレクに尋ねてみた。

「アレクに聞きたいんだけど、魔族に誘拐されそうになったとき、逃げるのに使える魔法がある?」

 唐突な質問に、アレクの目が点になる。
 そう不安に思うような何かがあったのかと逆に問われ、アウロラはヴァルテリにもしたような説明をする。

「予知夢、ですか?――それがただの夢であることを願いたいところですが」
「でも、ただの夢じゃなかったら困るでしょ。だから、逃げるための魔法を知りたいの。あ、お父様には内緒よ。心配させたくないもの」

 アレクは混乱しているようだったが、しばし黙考したのち答えを導き出した。

「十八となると今よりも成長されておられるでしょう。小さな子供ならばいざ知らず、女性とはいえ成人した殿下を誘拐するとなれば、薬か魔術で眠らせて抵抗できなくさせることが考えられると思います」

 さらに、アレクは続ける。

「相手を眠らせる魔術を、かかりにくくする魔術もございます」

 目を輝かせてアウロラは、その魔術を教えてくれとアレクに頼むも――

「殿下、まず基礎からしっかりと学ばなければなりません。それをおこたれば、心配なさっていたことが殿下の身に起こってしまいますよ」

 基礎を怠れば魔力が暴走するとたしなめられて、アウロラは渋々彼の指導に従い、基礎からしっかり叩き込まれるのだった。
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