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03 二度目の生と最初の出会い

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世にも間抜けな邂逅のあと、少年は凄まじいまでの機敏さですぐそこにあった祭壇の裏へと隠れていた。
その間、少女は放心した様子で扉の前で立ち尽くしていた。

とりあえずの落ち着きを取り戻した少年は、恐る恐る少女に声をかける。

「あー・・・その、なんだ。と、とりあえず俺の言葉分かるか?」

少年の言葉に、少女は驚いたように一瞬肩を震わせる。そしてしばしの間を開けて小さく頷いた。

「お、おう、そりゃ良かった。まずはさっきのことを謝らせてくれ。すまなかった。ただ、信じて欲しいんだが俺も好きで全裸であそこにいたわけじゃねえんだ。単純に着るものが無かっただけで、それに知らない場所で混乱しててそこまで気が回らなかったというかなんというかだな・・・」

少年はしどろもどろになりながら弁明するが、少女はどこか怯えた表情のまま口を閉ざしていた。

「あー、どうしたもんかね…」

少女の様子に、少年は困ったように頭をかく。

「あ、ああそういやまだ自己紹介もしてなかったな!コミュニケーションはお互いを知るところからだよな!」

少年は無理やり気味に明るくそう言うと、祭壇の裏から顔だけ出した。

「俺の名前はレイジ。城鉄霊時だ。呼び捨てでレイジでいいぜ。」

少年は少し怪しいまでの笑みを浮かべながら続ける。

「良かったらでいい、名前を教えてくれないか?」

精一杯の友好的な表情を浮かべる少年を、少女はしばし無言で見つめる。
そして数瞬の後、少女は口を開いた。

「・・・リリィ。リリィ・イヴァ。」
「よし、よろしくな、リリィ。」
「う、うん・・・よろしく、レイジ。」

簡単な自己紹介であったが、その甲斐あってか、少女は少し落ち着きを取り戻したようだった。

「ところでリリィ、面倒なこと頼んでいいか?」
「え?・・・え、えっと、とりあえず言ってみて。」
「いや、いつまでも裸は流石に落ち着かねえからな。何か着るものでも無いかと思ってな。・・・つってもそんな都合よくありゃしねえと思うけどよ。」

そう苦笑するレイジに、リリィは少し考えた後に答える。

「うーん・・・えっと、なんでもいいなら無いこともない、かな?」
「え、マジでか?贅沢言ってられる状況でもねえし、着られるならなんでもいいぜ」
「分かった。じゃあ少しここで待っててね。」

リリィはそう言うと入った扉から出ていく。

腕に1つの箱を抱えたリリィが帰ってきたのは、その数分後だった。
リリィはその箱をレイジのいる祭壇の前に置くと、素早く後ろを向いた。

「こ、ここに置いておくから、着替えちゃって。多分サイズは問題ないはずだから。」
「おお!サンキューリリィ、助かるぜ。」

祭壇の裏から出たレイジは箱から服の中身を取り出して、素早く身につけた。

「ど、どう?もう着た?」
「ああ。もうこっち見ても大丈夫だ。・・・にしてもよくこんな大層な服を見つけてきたな。」

レイジはそう言って自分の体を見下ろす。箱の中には、随分と凝った造りの服一式が入っていた。
色は全体的に黒に近い暗色系で統一され、唯一外套のみが白味の強い灰色であった。
ほとんど全身黒づくめだが、その外套のお陰で少し明るさが加えられ、ぎらついた印象を薄れさせていた。 

ちなみに下着は褌スタイルである。

「こんなものどこにあったんだ?」
「それはこの神殿の祭事で使う衣装。サイズは色々あったから適当に合いそうなものを選んできたけど・・・大丈夫?」
「ああ、幸い多少の調節機能はついてたからぴったりだ。とりあえずこれで人心地はついた。ありがとな。」
「い、いいよ別に。あのままだと落ち着いて話もできないし・・・」

リリィは少し照れたようにそう言った。
落ち着いたことで改めて少女の姿をみたレイジは、リリィの体に明らかに人とは違う特徴をいくつか認める。まず、何よりも目を引くのが、頭部に生えている歪んだヤギの角のような非対称系な二本の角である。
更に、腰からは先のとがった細い尻尾が生えており、いわゆる悪魔のような見た目をしていた。

自分が観察されていることに気付いていないリリィは、少し真面目な顔になってレイジに向き直る。

「それで?あなたはどうしてこんな所にいるの?それも・・・は、裸で。」
「もう服は着てるからそこには突っ込むなよ・・・。」

レイジは少し呆れながらそう言ってリリィの前で座りこむ。

「隠すわけじゃねえが、俺も何が何だかわかんねえってのが正直なところだな。この場所どころか、この世界についてもな。」
「・・・どういうこと?」
「いや、信じらんねえとは思うんだが・・・」

それから、レイジはリリィにここに至るまでの出来事をありのまま話した。突然自分が死んだと言われたこと。わけも分からないまま転生しろと言われて気がついたらあの場所で寝ていたこと。もともとは人間だったが今はなんなのか自分でもわかってないこと・・・。
リリィは何か言いたげな顔をしながらも、最後まで口を挟むことなくレイジの話を聞いていた。

「・・・とまあ、そういう訳で俺はここにいるって訳だ。」
「・・・」
「あー・・・。やっぱり信じらんねえよな、こんな話。」

そう言って苦笑いするレイジに、リリィは静かに首を振る。

「ううん、信じられるよ。この世界では、別の世界から何かが来ることが時々あるから。」
「そ、そうなのか。まあそれなら話が早えな。じゃあ悪いんだがこの世界について色々と教えて貰えると・・・」
「その必要は無いよ。」

レイジの言葉を遮るリリィ。その表情はからはおよそ感情が読み取れずレイジはたじろぐ。

「・・・え?必要は無いってどういう」
「あなたはここで死ぬから。」

別人のように冷たい声と表情でそう言い放つリリィ。レイジがその言葉の意味を理解するよりも早く。

リリィはいつの間にか手に持っていた黒いナイフを、なんの躊躇いもなくレイジの心臓に向かって突き出した。
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