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24.ぺイモン
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仁くんの転院まで少し時間がかかるということなので、ひとまず方々に声を掛け、情報を集めておくことにした。僕のネットワークは幅広い界隈を網羅しているから、何かしらはヒットするんじゃないかと期待してのことだ。
関係してそうな部署に直接あたるのはリスクが大きいため、“情報システム部”に関する事柄を訊くのは退職者に絞っている。彼らも“秘密保持契約”の都合で話せる情報は限られているんだろうけど、現職よりは口も軽くなりやすいからね。
僕はその日、スクェア・エッダ商業エリアにある“Bar One Hump”を訪れた。喧騒から一歩離れた場所にある小さなバーだ。アルコールだけじゃなく、スパイス入りのノンアルカクテルにハーブティー、果実の発酵ジュースなど品揃えも豊富で好きなものが楽しめる。
外壁はラクダの毛並みを思わせる柔らかなベージュで、アーチ型の扉には真鍮の装飾が施され、トランペットやウードのモチーフが輝いている。
扉を開けるとドアベルの音が響き、琥珀色の光がゆらめく幻想的な空間が広がる。低く吊るされたランタン型の照明が、古楽器の並ぶ壁に幾何学模様の影を落としていた。カウンターはラクダの鞍を模した曲線的なデザイン。椅子の革の香りと床に敷かれたタイルがエキゾチックで雰囲気抜群だ。
「あら、久しぶりね、ベリトちゃん」
カウンター越しに声を掛けられる。現れたのは、黒っぽいシャツにブラウンのビーチクロスベストを合わせたおしゃれミドルだ。
ピクシーカットに垂れ目気味の二重が蠱惑的なその人は、中性的なビジュアルを持つこの店のオーナーバーテンダー・八潮 祐さん。またの名をぺイモン。数年前まで「本部」の“情報システム部”に所属していた。
「元気だった?」
「はい、ご無沙汰してます。お店の中、少し変わりました?」
「そ。壁紙と床をちょこっと。前のが暗過ぎたからイメチェンしたの」
「いいじゃないですかー。雰囲気増しましたね」
カウンター席に腰を下ろすと、ぺイモンは僕の表情を見てすぐに察したみたいだった。
「だいぶ疲れてるね。何かあった?」
昔と変わらぬ落ち着いた気配だ。この人は本部にいた頃も、人生経験の豊富さに裏打ちされた含蓄ある言動で周囲に慕われていたっけ。
「ええ。いくつかお訊ねしたいことがあります」
「いいよ。聴かせて。その前に──」
ぺイモンが店先のサインプレートを“CLOSED”にする。それからカウンターの奥に引っ込んだかと思いきや、両手に皿を持って戻って来た。一方には焼き目の付いたチーズらしきものと、デーツがのっている。もう一方は揚げ物みたいだ。
「ハルミチーズが入ったからサガナキ(油で焼いたチーズの前菜)にしたの。こっちのサンブーサもどうぞ。賄いだけど」
「あ、いただきます」
僕はムーディーなジャズが流れる中、おつまみを突き、ひき肉と野菜が入ったアラブの揚げパイを齧りながら、これまでの出来事を逐一語った。
「──というわけで、僕らの命を狙った“誰か”の背後に、“情報システム部”がいるんじゃないかと思いましてね。副代表の安全にも関わるんで、あちこち探りを入れてるんですけど、何か心当たりあります?」
「あー、情シス……懐かしぃ」
ぺイモンはグラスを磨く手を止め、遠くを見るような目をした。
「今でも、たまに夢に見るわ。サーバールームの冷たい空気とか、夜勤明けの自販機のコーヒーとか、“何もしてないのに壊れた”っていう問い合わせとか」
「あるあるですねー」
「そ。大抵は“何かしてるし壊れてない”ヤツ」
ぺイモンが頬を緩める。
「あとは変わり者の面々も。気むずかし屋のベルフェゴールちゃんに冷静なトゥクルカちゃん、それから獰猛なラスカルちゃん……彼、こう呼ぶとわかりやすく怒ってたね。せっかくカワイイニックネーム考えてあげたのにさ」
「ぶふっw」
何の前触れもなく“ラスカル”の名付け親を知ってしまった僕は笑うしかなかった。
「いろいろあったけど、過ぎてしまえばみんないい思い出。あそこでの経験がわたしの嗅覚をより鋭敏にした気がする……」
音楽がウードの低い旋律に変わり、ぺイモンは静かに目線を上げる。
「……例えば、ログも命令もすべて整っているように見えるのに、何かおかしいって感じることがある。そういう予感はまず外れないし、怪しいものには決まって“におい”があるのよ。あなたも感じた不自然なにおいがね」
「におい……」
ぺイモンはうなずく代わりに嘆息した。
「さっきの病院の話、情シスの仕業だろうね。記録を消すには“根”に触れなきゃいけないから」
「ですよね。ただ、証拠がないことには……」
僕が肩を竦めると、ぺイモンが質問してきた。
「何か、端末持ち出せる? 副代表が使ってた携帯端末とか」
「うーん。あの人が使ってたPCの類いは全部、例の“ラスカルちゃん”が押さえてるはずなんでs……あ、ちょっと待った」
ここに来て、僕はある電子機器の存在に思い至った。少し前、ピカナが仁くんの病室に持ち込んだダンボール箱。副代表の荷物が詰め込まれていたその箱の中に、確か──。
「それらしいものに心当たりがあります。ただの私物かもしれないし、使える情報が読めるかはわかりませんが……念のため、持って来ますね」
僕が席を立とうとすると、ぺイモンはグラスを磨きながら、少しだけ首を傾げた。
「ベリトちゃん、一杯くらい飲んで行ったら?」
「はい?」
その言葉に、僕は足を止める。
「こっちも商売なんだよね。チャージ料とチャームはおまけするからさ」
ぺイモンの声は冗談めいていて、どこかあたたかかった。
「あはは。じゃあ、ノンアルで。香りのいいヤツお願いします」
「おっけぇ」
ぺイモンは微笑み、棚のスパイス瓶に手を伸ばした。
関係してそうな部署に直接あたるのはリスクが大きいため、“情報システム部”に関する事柄を訊くのは退職者に絞っている。彼らも“秘密保持契約”の都合で話せる情報は限られているんだろうけど、現職よりは口も軽くなりやすいからね。
僕はその日、スクェア・エッダ商業エリアにある“Bar One Hump”を訪れた。喧騒から一歩離れた場所にある小さなバーだ。アルコールだけじゃなく、スパイス入りのノンアルカクテルにハーブティー、果実の発酵ジュースなど品揃えも豊富で好きなものが楽しめる。
外壁はラクダの毛並みを思わせる柔らかなベージュで、アーチ型の扉には真鍮の装飾が施され、トランペットやウードのモチーフが輝いている。
扉を開けるとドアベルの音が響き、琥珀色の光がゆらめく幻想的な空間が広がる。低く吊るされたランタン型の照明が、古楽器の並ぶ壁に幾何学模様の影を落としていた。カウンターはラクダの鞍を模した曲線的なデザイン。椅子の革の香りと床に敷かれたタイルがエキゾチックで雰囲気抜群だ。
「あら、久しぶりね、ベリトちゃん」
カウンター越しに声を掛けられる。現れたのは、黒っぽいシャツにブラウンのビーチクロスベストを合わせたおしゃれミドルだ。
ピクシーカットに垂れ目気味の二重が蠱惑的なその人は、中性的なビジュアルを持つこの店のオーナーバーテンダー・八潮 祐さん。またの名をぺイモン。数年前まで「本部」の“情報システム部”に所属していた。
「元気だった?」
「はい、ご無沙汰してます。お店の中、少し変わりました?」
「そ。壁紙と床をちょこっと。前のが暗過ぎたからイメチェンしたの」
「いいじゃないですかー。雰囲気増しましたね」
カウンター席に腰を下ろすと、ぺイモンは僕の表情を見てすぐに察したみたいだった。
「だいぶ疲れてるね。何かあった?」
昔と変わらぬ落ち着いた気配だ。この人は本部にいた頃も、人生経験の豊富さに裏打ちされた含蓄ある言動で周囲に慕われていたっけ。
「ええ。いくつかお訊ねしたいことがあります」
「いいよ。聴かせて。その前に──」
ぺイモンが店先のサインプレートを“CLOSED”にする。それからカウンターの奥に引っ込んだかと思いきや、両手に皿を持って戻って来た。一方には焼き目の付いたチーズらしきものと、デーツがのっている。もう一方は揚げ物みたいだ。
「ハルミチーズが入ったからサガナキ(油で焼いたチーズの前菜)にしたの。こっちのサンブーサもどうぞ。賄いだけど」
「あ、いただきます」
僕はムーディーなジャズが流れる中、おつまみを突き、ひき肉と野菜が入ったアラブの揚げパイを齧りながら、これまでの出来事を逐一語った。
「──というわけで、僕らの命を狙った“誰か”の背後に、“情報システム部”がいるんじゃないかと思いましてね。副代表の安全にも関わるんで、あちこち探りを入れてるんですけど、何か心当たりあります?」
「あー、情シス……懐かしぃ」
ぺイモンはグラスを磨く手を止め、遠くを見るような目をした。
「今でも、たまに夢に見るわ。サーバールームの冷たい空気とか、夜勤明けの自販機のコーヒーとか、“何もしてないのに壊れた”っていう問い合わせとか」
「あるあるですねー」
「そ。大抵は“何かしてるし壊れてない”ヤツ」
ぺイモンが頬を緩める。
「あとは変わり者の面々も。気むずかし屋のベルフェゴールちゃんに冷静なトゥクルカちゃん、それから獰猛なラスカルちゃん……彼、こう呼ぶとわかりやすく怒ってたね。せっかくカワイイニックネーム考えてあげたのにさ」
「ぶふっw」
何の前触れもなく“ラスカル”の名付け親を知ってしまった僕は笑うしかなかった。
「いろいろあったけど、過ぎてしまえばみんないい思い出。あそこでの経験がわたしの嗅覚をより鋭敏にした気がする……」
音楽がウードの低い旋律に変わり、ぺイモンは静かに目線を上げる。
「……例えば、ログも命令もすべて整っているように見えるのに、何かおかしいって感じることがある。そういう予感はまず外れないし、怪しいものには決まって“におい”があるのよ。あなたも感じた不自然なにおいがね」
「におい……」
ぺイモンはうなずく代わりに嘆息した。
「さっきの病院の話、情シスの仕業だろうね。記録を消すには“根”に触れなきゃいけないから」
「ですよね。ただ、証拠がないことには……」
僕が肩を竦めると、ぺイモンが質問してきた。
「何か、端末持ち出せる? 副代表が使ってた携帯端末とか」
「うーん。あの人が使ってたPCの類いは全部、例の“ラスカルちゃん”が押さえてるはずなんでs……あ、ちょっと待った」
ここに来て、僕はある電子機器の存在に思い至った。少し前、ピカナが仁くんの病室に持ち込んだダンボール箱。副代表の荷物が詰め込まれていたその箱の中に、確か──。
「それらしいものに心当たりがあります。ただの私物かもしれないし、使える情報が読めるかはわかりませんが……念のため、持って来ますね」
僕が席を立とうとすると、ぺイモンはグラスを磨きながら、少しだけ首を傾げた。
「ベリトちゃん、一杯くらい飲んで行ったら?」
「はい?」
その言葉に、僕は足を止める。
「こっちも商売なんだよね。チャージ料とチャームはおまけするからさ」
ぺイモンの声は冗談めいていて、どこかあたたかかった。
「あはは。じゃあ、ノンアルで。香りのいいヤツお願いします」
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ぺイモンは微笑み、棚のスパイス瓶に手を伸ばした。
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