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27.痕跡
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僕がトゥクルカを伴ってBar One Humpに戻ると、ぺイモンは店を臨時休業にして待ってくれていた。
「トゥクルカちゃん、久しぶり」
「ご無沙汰しております、ぺイモンさん」
「……あなたもだいぶお疲れみたいね。二人とも好きなとこ座って。元気の出るドリンク持って来てあげる」
僕らはカウンターの端席に腰を下ろし、ぺイモンが持って来てくれたスパイスとショウガ入りホットワイン風ドリンクを飲みながら、しばし雑談に興じた。僕はさっきもいただいているけど、スパイスの一部──カルダモンとクローブ──がスターアニスとオレンジスライスに変わってるから別物として楽しめた。
それぞれが3ターンくらい近況を話した時点で、案の定トゥクルカが本題を切り出す。
「早速ですが、こちらを見ていただけますか。副代表が使っていたものです」
「いいよ、貸して」
「どうぞ」
「……うん、ジャンルごとにフォルダ分けされてて、いかにもベルフェゴールちゃんらしいホーム画面だね」
ぺイモンは彼女から仁くんのタブレットを受け取り、しばらく画面を操作する。そして意外そうな顔をした。
「……あら。これ、“旧設計”のOSで動いてるね。わたしがいた時点で既に、現場じゃ使われてなかった」
「えっ、そうなんですか?」
僕が反応すると、ぺイモンは首肯する。
「ベルフェゴールちゃんが組織の中枢を担うようになったばかりの頃は、丁度このシステムが中心だったはずだから、もう10年以上前かな。あの人が組んだものだろうね」
「へえ。そんな古いの、よく残ってたなー」
「何か意図があってこの状態をキープしていたんでしょうか……」
「かもね」
LR×Dの中枢を担っていた副代表のやることだ。その可能性も十分あり得る。
ややあって、ぺイモンが画面を注視した。
「何かわかりました?」
「ええとね、ログ全部残ってるよ。操作記録も」
まじか! 思わぬ吉報に自分のテンションが急上昇するのを感じる。
ところが、中身を精査していたぺイモンが警告のように言った。
「それに、自動削除機能も働いてない。というか、これに関しては途中で止められてるっぽいね」
「止められてる?」
「そ。何かの命令が“削除”処理を上書きして、以後の更新も止まってる。“ここで止めとけ”って、意図的に制御されたみたいな……」
「それは──」
トゥクルカの目が細くなる。
「──すなわち、誰かが何かを“見つけさせようとしている”、と?」
「もしくは……消しきれなかったか」
静まり返った空間にぺイモンの声が低く響いた。
「……どちらにせよ、こんな真似が出来る人間は限られてるね」
場に沈黙が流れる。
「あー、じゃあ──」
僕はその静寂に割って入った。
「──誰が何の目的でそんなことをしたかは、おいおい明らかにしていくとして、まずは使えそうな情報探してもらえます?」
「おっけぇ」
ぺイモンはすぐに動き始める。
「ふう……」
所在なさを紛らわすため、一口ドリンクを飲んだ。ちらっと横を見ると、トゥクルカは腕を組みながら微動だにしない。僕の苦手な重苦しい空気だ。
こういう時は、何でも良いから平和なイメージを思い浮かべるのが手っ取り早い。真っ先に浮かんだのは、やっぱりパンダを抱いて微笑む仁くんだけど、さっきまで思いっきり不調だったから、どこかピントが曖昧になってしまう。一瞬、昔の雰囲気に戻ってたし、この分だと快復も夢じゃないのかもな……。
あの人さえ戻ってくれば、今起こっている問題の半分は解消する。でも、完全復活は難しいだろう。彼がバエル代表の喪失を受け止められるとは思えないからね。
もうしばらくは“素直でカワイイ五歳の仁くん”を見守りながら、組織の立て直しに向けて奔走することになりそうだ。そう考えると、困ったような、よかったような……複雑な気持ちになる。
少しして、お目当てのものが見つかった。
「……はい、出たよ。これは、見てもらったほうが早いね」
ぺイモンがタブレットの画面を僕とトゥクルカに向ける。確かに古めかしいUIで、最新型の組織端末ではまず見かけない表示形式だ。そこに残されていたログファイルや、非表示になっていた“隠しパーティション”の中に、こんな記録があった。
【SYSTEM LOG:暗号化済】
「当該施設内 入退記録 No.0456_01 削除」
「不適切映像(応接室カメラ)削除申請:情報システム部・臨時便」
「あららー、名前出ちゃいましたねぇ。やっぱ、ガッツリ絡んでましたかー」
「そうだね」
ぺイモンがうなずく。
「これで、ベリトちゃんが言ってた“応接室の出来事”自体が、情シスの手で消されたことがわかったね」
見事なまでにドストレートな証拠の出現には、もう笑うしかなかった。
「トゥクルカさん、何か思い当たることあります?」
僕の問いに彼女は首を横に振った。
「あいにくですが、私が知る限り、何も。少し調べてみます」
トゥクルカがあまりにもフラグ臭ムンムンな返しをするので、「くれぐれも気を付けてくださいね。ヴィネさんの時みたいなことにならないとも限りませんから」と軽く念を押した。
言った後になってもっと言葉を選ぶべきだったかなと思ったけど、危険性を伝えておきたかっただけで悪気は一切ない。トゥクルカも気付いていたようで、
「“あの時”とは状況が異なります。今のLR×Dには、バエル代表や副代表といった圧倒的脅威がいないので、仮にバレたとしても大事にはなりませんよ」
そう苦笑まじりに返して来た。
「あっはは。頼りになるなー。さすがは本部きってのパーフェクトウーマン!」
「持ち上げ過ぎです。そんな優秀な人間じゃありませんよ、私」
トゥクルカは吐き捨てるように言って、前方に視線を投げた。彼女、真面目だから、もともと冗談通じにくいんだけど、特にこういう褒め言葉はいつもバッサリ切って捨てるんだよなー。ま、無視されないだけマシか。
「あなたみたいな子が伸びるのよね。だけど、息抜きも大事よ」
ぺイモンがさり気なくフォローし、サガナキ(油で焼いたチーズの前菜)を勧める。
「お心遣い、感謝します」
そう言うと、トゥクルカは一番小さな欠片を口に運んだ。
「トゥクルカちゃん、久しぶり」
「ご無沙汰しております、ぺイモンさん」
「……あなたもだいぶお疲れみたいね。二人とも好きなとこ座って。元気の出るドリンク持って来てあげる」
僕らはカウンターの端席に腰を下ろし、ぺイモンが持って来てくれたスパイスとショウガ入りホットワイン風ドリンクを飲みながら、しばし雑談に興じた。僕はさっきもいただいているけど、スパイスの一部──カルダモンとクローブ──がスターアニスとオレンジスライスに変わってるから別物として楽しめた。
それぞれが3ターンくらい近況を話した時点で、案の定トゥクルカが本題を切り出す。
「早速ですが、こちらを見ていただけますか。副代表が使っていたものです」
「いいよ、貸して」
「どうぞ」
「……うん、ジャンルごとにフォルダ分けされてて、いかにもベルフェゴールちゃんらしいホーム画面だね」
ぺイモンは彼女から仁くんのタブレットを受け取り、しばらく画面を操作する。そして意外そうな顔をした。
「……あら。これ、“旧設計”のOSで動いてるね。わたしがいた時点で既に、現場じゃ使われてなかった」
「えっ、そうなんですか?」
僕が反応すると、ぺイモンは首肯する。
「ベルフェゴールちゃんが組織の中枢を担うようになったばかりの頃は、丁度このシステムが中心だったはずだから、もう10年以上前かな。あの人が組んだものだろうね」
「へえ。そんな古いの、よく残ってたなー」
「何か意図があってこの状態をキープしていたんでしょうか……」
「かもね」
LR×Dの中枢を担っていた副代表のやることだ。その可能性も十分あり得る。
ややあって、ぺイモンが画面を注視した。
「何かわかりました?」
「ええとね、ログ全部残ってるよ。操作記録も」
まじか! 思わぬ吉報に自分のテンションが急上昇するのを感じる。
ところが、中身を精査していたぺイモンが警告のように言った。
「それに、自動削除機能も働いてない。というか、これに関しては途中で止められてるっぽいね」
「止められてる?」
「そ。何かの命令が“削除”処理を上書きして、以後の更新も止まってる。“ここで止めとけ”って、意図的に制御されたみたいな……」
「それは──」
トゥクルカの目が細くなる。
「──すなわち、誰かが何かを“見つけさせようとしている”、と?」
「もしくは……消しきれなかったか」
静まり返った空間にぺイモンの声が低く響いた。
「……どちらにせよ、こんな真似が出来る人間は限られてるね」
場に沈黙が流れる。
「あー、じゃあ──」
僕はその静寂に割って入った。
「──誰が何の目的でそんなことをしたかは、おいおい明らかにしていくとして、まずは使えそうな情報探してもらえます?」
「おっけぇ」
ぺイモンはすぐに動き始める。
「ふう……」
所在なさを紛らわすため、一口ドリンクを飲んだ。ちらっと横を見ると、トゥクルカは腕を組みながら微動だにしない。僕の苦手な重苦しい空気だ。
こういう時は、何でも良いから平和なイメージを思い浮かべるのが手っ取り早い。真っ先に浮かんだのは、やっぱりパンダを抱いて微笑む仁くんだけど、さっきまで思いっきり不調だったから、どこかピントが曖昧になってしまう。一瞬、昔の雰囲気に戻ってたし、この分だと快復も夢じゃないのかもな……。
あの人さえ戻ってくれば、今起こっている問題の半分は解消する。でも、完全復活は難しいだろう。彼がバエル代表の喪失を受け止められるとは思えないからね。
もうしばらくは“素直でカワイイ五歳の仁くん”を見守りながら、組織の立て直しに向けて奔走することになりそうだ。そう考えると、困ったような、よかったような……複雑な気持ちになる。
少しして、お目当てのものが見つかった。
「……はい、出たよ。これは、見てもらったほうが早いね」
ぺイモンがタブレットの画面を僕とトゥクルカに向ける。確かに古めかしいUIで、最新型の組織端末ではまず見かけない表示形式だ。そこに残されていたログファイルや、非表示になっていた“隠しパーティション”の中に、こんな記録があった。
【SYSTEM LOG:暗号化済】
「当該施設内 入退記録 No.0456_01 削除」
「不適切映像(応接室カメラ)削除申請:情報システム部・臨時便」
「あららー、名前出ちゃいましたねぇ。やっぱ、ガッツリ絡んでましたかー」
「そうだね」
ぺイモンがうなずく。
「これで、ベリトちゃんが言ってた“応接室の出来事”自体が、情シスの手で消されたことがわかったね」
見事なまでにドストレートな証拠の出現には、もう笑うしかなかった。
「トゥクルカさん、何か思い当たることあります?」
僕の問いに彼女は首を横に振った。
「あいにくですが、私が知る限り、何も。少し調べてみます」
トゥクルカがあまりにもフラグ臭ムンムンな返しをするので、「くれぐれも気を付けてくださいね。ヴィネさんの時みたいなことにならないとも限りませんから」と軽く念を押した。
言った後になってもっと言葉を選ぶべきだったかなと思ったけど、危険性を伝えておきたかっただけで悪気は一切ない。トゥクルカも気付いていたようで、
「“あの時”とは状況が異なります。今のLR×Dには、バエル代表や副代表といった圧倒的脅威がいないので、仮にバレたとしても大事にはなりませんよ」
そう苦笑まじりに返して来た。
「あっはは。頼りになるなー。さすがは本部きってのパーフェクトウーマン!」
「持ち上げ過ぎです。そんな優秀な人間じゃありませんよ、私」
トゥクルカは吐き捨てるように言って、前方に視線を投げた。彼女、真面目だから、もともと冗談通じにくいんだけど、特にこういう褒め言葉はいつもバッサリ切って捨てるんだよなー。ま、無視されないだけマシか。
「あなたみたいな子が伸びるのよね。だけど、息抜きも大事よ」
ぺイモンがさり気なくフォローし、サガナキ(油で焼いたチーズの前菜)を勧める。
「お心遣い、感謝します」
そう言うと、トゥクルカは一番小さな欠片を口に運んだ。
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