bias: bent 貴方のために、嘘をつく。

帆足 じれ

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10.おまもり

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 話し合いの日、僕はトゥクルカと共に病院へ足を運んだ。立場をわからせるためにも相手を待たせてやる気満々だったんだけど、トゥクルカに「こちらから時間を指定した以上、守るべきです」って窘められてあれこれ調整された結果、30分も前に到着してしまった。
 
 さすがに早過ぎたから、まずは仁くんの病室に様子を見に行くことにする。ちょうど昼食を終えたばかりのタイミングだったようで、医療スタッフがお盆を下げるところだった。
 今日の献立はサンドイッチとバナナ、野菜サラダとコーンスープか。ほとんど残してたから詳細までガッツリ把握してしまった。前から食が細いとは聞いてたけど、こんなに食べなかったっけ……。
 
 そんなことを考えていたら、ゆっくり顔を上げた彼と目が合う。
 
 次の瞬間、思いがけないことが起こった。
 彼が「あ、おにいちゃんやー」と言って微笑んだんだ。
 
「!? え、仁くん、僕のこと覚えてるの?」
 
 これまで何度訪ねても第一声は「おにいちゃん、だれ……?」だったから、めちゃくちゃ驚く。
 
 すると彼は不思議そうに首を傾げ、「こないだ、いっしょにパンダつくったやんな?」と返して来た。
 
 まじか! ちゃんと記憶が繋がってる!
 
「っわ~、仁くーん、えらーい! よしよしよし~!!」
 
 これまでの努力が報われた気がして感極まった僕は、彼を思いっきり抱き締め、頭を撫でた。
 彼は困惑した様子だったが、僕が喜んでいるのが伝わったみたいで、にこにこしながらイイコイイコされていた。
 
「副代表……」
 
 それまで黙っていたトゥクルカがポツリと言う。
 
「……私のことは、覚えていらっしゃいますか」
 
 一瞬、緊張が走る。彼女もパズル作りに参加していたのに、もしこれで「だれ……?」とか言われたら気の毒すぎる。
 ところがそれは杞憂に終わった。彼はふにゃっと笑って、
「うん。おねえちゃんも、パンダつくるのてつどぉてくれたやろ?」って言ったんだ。
 
「……はい。みんなで、作りましたね……」
 
 トゥクルカは珍しく両目をうるうるさせてうなずいてた。
 
 なんだ、このカワイイ空間w
 僕ら、これから悪いヤツラと一戦交えるんだよ? 気が抜けるじゃんかー。まあ、いいけどさ。
 
 きっと、先日の経験がよっぽど強烈だったんだろうな。そんなに喜んでもらえるなら、時間割いた甲斐があった。でも……。
 ここで不安が過ぎる。これだけ覚えてるってことは、例の嫌な記憶も残ってるかも知れない。
 そう思った途端、僕は彼の顔を真っ直ぐ見られなくなってしまった。
 
 しっかりしろよ。
 今日はこの人の人格と尊厳を蹂躙した連中に、きちっとけじめを付けさせる……そのために来たんだから。
 
「おにいちゃん、たいちょうわるいんちゃう……?」

 僕が硬い表情をしているのを感じ取ったのか、彼が不安げな声で訊いてきた。
 ああ、しまった。また余計な心配かけちゃったな。

「ううん、何でもないよ。それより、仁くんは体調悪くない?」

 質問で返したら彼は軽く首を傾げ、「だいじょぶやで。なんで?」と訊き返して来た。

 ストレートにケガや痛みの話をすればトラウマを刺激する恐れがあると思い、「ごはん、残してたみたいだからさ」と振ってみる。

「ああ、せやんな……」

 彼は視線を落とし、何か考えている様子だったが、「あんまおなかすいてへんかったから」と言った。

「せっかくつくってもうたのにたべられへんかって、もうしわけないんやけど……」

 ここでも彼は周囲への気遣いを忘れない。

「仁くん、スタッフさんは優しい? 嫌なことされたりしてない?」

 思い切って踏み込んだ質問をしてみる。
 彼はふるふると首を横に振り、「みんなやさしぃで」とだけ返す。ちょっとした違和感があったから、本当は違うのかも知れない。でも話したくなさそうだったので掘り下げないことにした。

 と、彼がこちらを見つめてくる。どうしたのか訊いてみたら、

「……おにいちゃん、いやなことされたん……?」

 案の定、彼ならではの観察力と洞察力がいかんなく発揮され、“核心に迫る質問”をされた。

「違う違う! これから頑張らなきゃならないことあって、ちょっと緊張してるだけ」

 慌てて否定したものの、また余計な話をしてしまった。調子狂うな……。

 僕が内心苦笑していたら、彼はふと思い付いたような顔をして床頭台の引き出しを開け、中から何かを取り出した。

「はい」

 手渡されたのは黒いライターだった。僕はタバコを吸わないからブランドはわからないけど、かなり高価そうな品でまるで芸術品だ。十中八九、彼が愛用していたものに違いない。

 どういうことかわからず、僕とトゥクルカは顔を見合わせる。

「ふた、あけてー」

「ん? これ開ければいいの?」

 彼はこくりとうなずく。
 ひとまず彼の言う通り、それを受け取って蓋を開いたら、キィーンという心地好い音がして意外とシンプルな形状をした中身が現れた。
 と、彼はすぐに「とじてー」と続ける。

 え? 今開けたばっかなのに?
 意味不明だけど、またもや言われた通りに蓋を閉める。今度はシュコッというこれまた気持ちのいい音が響いた。

「ええおとやろ?」

 彼が僕を見上げる。

「このおときいたら、きもちおちつくんやで」

 なるほど。癒しグッズで緊張を解そうとしてくれたのね。

 彼の意図を理解した僕は、「ほんと、いい音だね」と言いながら何度か開閉を続けた。

 すると彼が「これ、あげるわ」とか言い出した。

「いやいや、仁くんの宝物でしょ? 大事に持ってなきゃ」

 僕のコメントに彼は少し考えた後、

「ほな、かしたげる。おまもりがわりに、もっていったって」

 そう言ってライターを持つ僕の手を、両手で包み込むように握った。

「そっか、わかった」

 ここまで言われて断るのは無粋かと思い、受け取っておくことにする。
 彼はにこっと笑むと、また引き出しを探り、何やら摘まみあげた。

「おねえちゃんには、これ」

 見れば、彼がいつも身に着けていたペンダントだった。

「これな、ぎゅーてすると、なんかげんきでんねん。せやから、はい」

「ありがとうございます。既に、効き始めている気がします……」

 トゥクルカも素直にそれを受け取り、スーツの胸ポケットにしまった。

 まったく。相変わらず、周りを気遣ってばっかだな……。今日は僕ら、貴方のために来てるのに。
 こんなの預かっちゃったら、気合入れるしかない。

「──ありがとね、仁くん。おにいちゃんたち、お守りパワーでめっちゃ元気出た! 頑張って来るねー!」

 僕がポンポンと頭を撫でると、彼は嬉しそうに破顔し、「きぃつけてなー」と言って手を振ってくれた。その小指がテーピングされているのがわかった。
 あー、やっぱり指、ケガしてたんだ。痛かったろうな。
 それに、ちゃんと気付いて対処してくれたスタッフもいたんだ。まあ、全員がロクデナシなわけないもんね。
 でも、こういうの見ると、まじ萎える……。

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