空を唄う少女

愁仁

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第一章

04.流線型の機械

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 工房から少し離れた所にロンベルクがもう一つ工房として使っている倉庫があった。
 倉庫の中はロンベルクが自宅を兼ねて使っている店の工房とは違いしっかりと整頓されている。元々倉庫だった所をを改装している為、中は広く様々な機械や蒸気機関が備え付けてある。
 唯一、店の工房と変わらない点は蒸気機関の音と歯車の音が絶えず鳴り響いている事であった。

 その工房の中央にそれは鎮座していた。

 前後に二つの車輪。車体とも呼べるそれは歯車と蒸気口、それに自身を支える為の骨格が流線型に内部を包み独特な異彩を放っている。今にも動き出そうとする意思すらも感じさせる輝きを持っていた。

 蒸気の力で動く物はこの世界にも数々ある。蒸気機関車に蒸気船、大型の蒸気自動車などもあるが、どれも蒸気機関を搭載しなければ動かす事が出来ない為、どうしても巨大になってしまう。だからと言って蒸気機関をある程度に小型化したところで移動する距離が短くなってしまっては元も子もない。その為、実用的な乗り物として今でも馬などの動物に頼っている国も多くある。

 この街は蒸気機関の発達もあって、各所を定期的に停車する乗り合いの蒸気自動車もあるが個人で蒸気自動車を乗っている物などいないだろう。
 蒸気の乗り物というのはそれほど貴重な物だった。

 この流線型の乗り物は2輪しか付いていなかった。見たことも無い様な形の機械。一体これでどうやって陸を駆けるのか、ましてや翼すら付いていないのにどうやって空を飛ぶというのだろう。
 ジムニーの頭の中を感動、畏敬、疑問、様々な想いが逡巡する。

「これが……」

 ジムニーが言葉に出せたのはそれだけだった。想う事はいくらあってもそれを表す事の出来る最良の言葉が見つからない。
 ロンベルクが流線型の機械に近付きポンポンと機械を叩く。
「後はこれにお前に渡した石を組み込むだけだ」
「でも先生!本当にそれが空を飛ぶんですか?翼が付いているわけでもないし」

「ジムニー。本当に空が飛びたいか?」

 ジムニーはロンベルクのその言葉に強く頷く。

 この世界で空を飛ぼうと思う者はほとんどいない。空は分厚い雲で覆われ雲の中は激しい気流が渦巻いている。飛空艇の開発は確かにされていたのだが、空を飛ぶだけの膨大なエネルギーを生み出すにはそれ相応の蒸気機関を搭載しなければならない。その上、気流に耐えうるだけの物を作るとなると国が買えるほどの資金が必要となり今ではその開発も廃れてしまった。

 ロンベルクは言葉を続ける。
「……細かい理論を説明したところで君にはまだ理解出来ないだろう。だがこれは空を飛ぶ。私がその為に設計し作った物なのだからな。……まあ、その為には唄う石の強力なエネルギーが必要になるわけだがな」
「……雲の気流を抜けることは?」
 ジムニーの質問に肩を窄めるロンベルク。そして首を振りながら答えた。
「そればかりは神のみぞ知るだ」
 予想はしていた答えだが、やはり直接聞くと落胆してしまう。空を飛ぶことが出来たとしても気流を抜けなければ雲の上へは到達できない。ジムニーの思い描く本当の空を飛ぶ事は出来ない。
「そうですよね……。あ、そういえば先生。これの名前はもう決まってるんですか?」
 気を取り直しジムニーが尋ねると不敵な笑みを浮かべ「ああ」とロンベルクが答える。ゴクリと息を呑み発言を待つ。ロンベルクはバサっと白衣を翻し大げさにポーズを取って言葉を放った。
「蒸気式空飛ぶロンベルク2号だ!」

 一瞬。音が止んだ…ように思えた。「ダサ…」心で呟いたつもりが思わず口に出てしまう。

「失礼なやつだな君は。まあ私は名称などに興味はない。君が好きに呼んだらいい」
「え?僕が付けていいですか?」
「そもそもこのロンベルク2号は君が乗る事を想定して作ったものだ。それくらいは当たり前だろう」
 パッとジムニーの目が輝く。「やったっ!」と小さなガッツポーズをすると持っていたメモ帳に名前を書き出し始めた。トーマス、ワット、スチープンソン、トレビシック、アインホルン。
 いくつか書き出すとそれをロンベルクに見せる。
「先生、どれがいいと思いますか?」
 ロンベルクは苦々しそうにメモに目をやった。
「名称などに興味はないと言っただろう……だが、アインホルン。ユニコーンか面白いな」
 ロンベルクは何かを思い出すように深く頷く。ジムニーにはそれが何を意味するのかはわからなかったがその言葉を聞くと流線型に輝く機械を撫でながら満足気に呟いた。

「今日からお前はアインホルンだ」


 ジムニーはロンベルクから、まだ動きはしないアインホルンの説明をひとしきり受けた。
 操作の方法、石の組み込み方、動力の限界、燃料である水の補給方法。アイホルンを動かす為に必要となるありとあらゆる知識を頭に焼き付けた。早く動かしたくてウズウズするが肝心の唄う石はまだまったくの未解決のままだった「後は石か……」独り言のように呟く。

「……そうだな。リーフ鉱石をまた新たに手に入れるには少し手間が掛かる。それに新しい物を手に入れたとしても結局のところ反応する音まで探さねばならない。とりあえずは君に預けた石で何とかするしかない」
「はいっ、手当たり次第に試してみます」
「さて、今日はこの辺にしよう。私はまだやる事が残っている。開発した血糊を人を傷付けないナイフに組み込まなければ。……ということで後は好きにやりたまえジムニーよ」
 白衣を翻すとロンベルクは倉庫を後にした。残されたジムニーはアインホルンを見つめている。

 ――空を飛ぶ。その夢を現実にしてくれる物が目の前にある。

「これが空を飛ぶのか……。空を飛ぶ事が出来れば神の溝だってきっと越えられるっ!……こうしちゃいられない。僕も石の反応する音を見つけなきゃっ!」

 思い立ったように外に飛び出たジムニーは大きく伸びをすると空を見上げた。

 黒く重たい雲。
 とても見慣れた空だった。
 この雲が晴れた姿を見た者はここ数十年いないとされている。

 あの雲を抜けることが出来ればどこまでも行くことが出来る。ジムニーはそう確信していた。

「僕は絶対に空を飛ぶ!」
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