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第一章
06.アイシャ
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ジムニーはアイシャを連れてロンベルクの工房にやって来た。当のロンベルクは不在であったのだが、ゆっくり話しをするにはそちらの方が都合が良いだろうと考えた。すぐに話しを脱線させてしまうロンベルクが一緒だと話しが一向に進まないからだ。
アイシャを工房の椅子に座らせるとジムニーは何処からか運んできたもう一脚の椅子をアイシャの前に置いて自分も座った。
改まって対峙するとアイシャはとても美しい少女だった。透き通るような白い肌に淡い栗色の髪。通った鼻筋に大きな目。あまり表情の変わらない彼女の容姿はまるで人形の様と形容してもあながち間違いではない。
先に口を開いたのはアイシャだった。
「……それで、どうして私をここへ連れてきたの?」
だが、ジムニーは質問されているのも気付かず吸い込まれるようにアイシャをジッと見つめていた。「ジムニー?」と、アイシャが声を掛けると話半分で言葉を返す。
「え?あっ、ごめん。えっと……。なんだっけ?」
「私はどうしてここに連れてこられたの?」
「あっ!そうだった!」
アイシャが再び質問をすると、ハッと我に返るジムニー。
「どうしたの?」
アイシャに見とれていたなどとは口が裂けても言えるはずがない、向けられた視線に誤魔化すように「何でもないよ」と愛想笑いで返した。
冷静になって考えてみるととんでもない事をしてしまったのではないかという不安で急に冷や汗が出た。見ず知らずの女の子を理由も告げずにこんなところまで連れてきてしまって人攫いか何かと勘違いされたのではないか、怪しい人だと思われたのではないか。そんな事が心配になってしまいジムニーはうまく言葉が出てこなくなってしまった。
「えーっと……その……」
しどろもどろになるジムニーを見てアイシャは言った。
「大丈夫、悪い人だなんて思ってないから」
「え!?」
ジムニーは驚きの声を上げた。ちらりとアイシャに目を向けるが不思議そうな顔をしてジムニーを見ていた。
「……なんとなくわかるの、そういうの。悪い人か悪い人じゃないか」
「そっか、よかった。それじゃあ僕は悪い人には見えないんだね」
アイシャはこくりと頷いた。ジムニーは心を読まれたのではないかと驚いたのだがどうやらそうではないようだ。
ジムニーが安堵の溜息をつくと、アイシャがジムニーに訊ねた。
「……丘の上で、石がどうとかって」
「ああ!そうだ。大切なことを忘れてた!」
ジムニーはアイシャに唄う石の事やアインホルン、それにロンベルクの事などを詳しく話した。楽器や音に反応するはずの石がアイシャの歌声で反応した事。ロンベルクがジムニーの為にアインホルンを作ってくれた事。唄う石があればアインホルンで空を飛ぶ事が出来るかもしれない事。それらを矢継ぎ早にアイシャに聞かせていった。
アイシャは時折頷きながら真剣にその話しに耳を傾けた。
一通りの話しを終え、ジムニーがふぅーっと深く息を吐く。そのまま椅子から立ち上がると工房の奥へ歩いて行った。
「何か飲み物持ってくるよ。ちょっと待ってて」
アイシャはこくりと頷いた。
ジムニーがキッチンで紅茶をいれていると工房の方から澄んだ歌声が聞こえてきた。ジムニーは慌てて紅茶をお盆に乗せ工房へと戻る。
――アイシャが歌っていた。
アイシャの奏でる歌はこの国の言葉ではなかった。ジムニーはそれがどこの言葉なのかは分からなかったが、その優しい響きにどこか懐かしさを感じたような気がした。
工房の机に置いたままの唄う石がアイシャの歌声に呼応するように淡い光を放つ。間違いなく石はアイシャの歌声に反応していた。
アイシャが歌うのを止め、それと同時に反応の消えた石を不思議そうに手に取る。
「本当に歌で反応した……」
ジムニーは元の位置に戻ると紅茶のカップを二人分机の上に置いた。
「うん。その石は君の歌声に反応するんだ。君の歌と一緒に歌ってる。これってきっと凄いことなんだよ。先生は音色や音に反応するって言ってたけど、まさか君の歌で反応するなんて」
アイシャは「不思議ね……」と言葉を返し、石を箱の中に戻した。
「そういえばさっきの歌。この国の言葉じゃなかったよね。アイシャはどこの出身なの?」
紅茶を啜りながらジムニーはアイシャに訊いた。
「……さぁ、わからない」
アイシャは何処か虚空を見つめながらそう呟いた。
「わからないって……。どこで生まれたのかわからないの?」
「私、記憶がないの。……あの歌だけはなんとなく覚えてて。」
「まさか本当に!?記憶喪失って事?」
突然の告白にジムニーは狼狽した。それと対照的にゆったりと構えたままのアイシャは紅茶を口に運んでいる。
ジムニーは気を取り直しアイシャに訊ねた。
「……いつから記憶がないの?」
アイシャは持っていたカップを机に置き少し考える素振りを見せるが、やがて首を大きく横に振る。
「わからない。気付いたらこの街にいたの」
「それじゃ、ご飯とか寝るところはどうしてたの?」
「丘で歌を歌ってると、親切な人達がご飯を持ってきてくれるの。……それに、外は暖かいから寝るのは大変じゃないわ」
「だ、ダメだよそれじゃ!」
いくら記憶喪失とはいえ、女の子が一人で野宿をしていたという事実にジムニーは愕然とした。
確かに蒸気機関が至る所に配備されているこの街は蒸気の熱で暖かいのだが、様々な地域から人が集まる為に決して治安がいいとは言えない。
「そうだ!この工房を使えばいいよっ!空いてる部屋もあるし」
ジムニーがこの家の持ち主という訳ではないのだが、半ば正義感からそう口に出ていた。アイシャは困惑の表情を浮かべてジムニー視線を向けた。
「でも、この工房はジムニーの先生の家なんでしょ?」
「大丈夫っ。これからアインホルンの事でも色々手伝ってもらわなきゃだし。それに、先生も甘いところあるからきっと心良く迎えてくれるよ」
――ジムニーがそう言った瞬間であった。
ヒュッと風を切る音が一瞬聞こえたかと思うと、ジムニーの頭に痛みが走る。「痛っ!」と悲鳴を上げ頭を抱えるジムニー。すると工房の入口から声がした。
「ほう。一体誰が甘いんだね。ジムニーよ。」
アイシャを工房の椅子に座らせるとジムニーは何処からか運んできたもう一脚の椅子をアイシャの前に置いて自分も座った。
改まって対峙するとアイシャはとても美しい少女だった。透き通るような白い肌に淡い栗色の髪。通った鼻筋に大きな目。あまり表情の変わらない彼女の容姿はまるで人形の様と形容してもあながち間違いではない。
先に口を開いたのはアイシャだった。
「……それで、どうして私をここへ連れてきたの?」
だが、ジムニーは質問されているのも気付かず吸い込まれるようにアイシャをジッと見つめていた。「ジムニー?」と、アイシャが声を掛けると話半分で言葉を返す。
「え?あっ、ごめん。えっと……。なんだっけ?」
「私はどうしてここに連れてこられたの?」
「あっ!そうだった!」
アイシャが再び質問をすると、ハッと我に返るジムニー。
「どうしたの?」
アイシャに見とれていたなどとは口が裂けても言えるはずがない、向けられた視線に誤魔化すように「何でもないよ」と愛想笑いで返した。
冷静になって考えてみるととんでもない事をしてしまったのではないかという不安で急に冷や汗が出た。見ず知らずの女の子を理由も告げずにこんなところまで連れてきてしまって人攫いか何かと勘違いされたのではないか、怪しい人だと思われたのではないか。そんな事が心配になってしまいジムニーはうまく言葉が出てこなくなってしまった。
「えーっと……その……」
しどろもどろになるジムニーを見てアイシャは言った。
「大丈夫、悪い人だなんて思ってないから」
「え!?」
ジムニーは驚きの声を上げた。ちらりとアイシャに目を向けるが不思議そうな顔をしてジムニーを見ていた。
「……なんとなくわかるの、そういうの。悪い人か悪い人じゃないか」
「そっか、よかった。それじゃあ僕は悪い人には見えないんだね」
アイシャはこくりと頷いた。ジムニーは心を読まれたのではないかと驚いたのだがどうやらそうではないようだ。
ジムニーが安堵の溜息をつくと、アイシャがジムニーに訊ねた。
「……丘の上で、石がどうとかって」
「ああ!そうだ。大切なことを忘れてた!」
ジムニーはアイシャに唄う石の事やアインホルン、それにロンベルクの事などを詳しく話した。楽器や音に反応するはずの石がアイシャの歌声で反応した事。ロンベルクがジムニーの為にアインホルンを作ってくれた事。唄う石があればアインホルンで空を飛ぶ事が出来るかもしれない事。それらを矢継ぎ早にアイシャに聞かせていった。
アイシャは時折頷きながら真剣にその話しに耳を傾けた。
一通りの話しを終え、ジムニーがふぅーっと深く息を吐く。そのまま椅子から立ち上がると工房の奥へ歩いて行った。
「何か飲み物持ってくるよ。ちょっと待ってて」
アイシャはこくりと頷いた。
ジムニーがキッチンで紅茶をいれていると工房の方から澄んだ歌声が聞こえてきた。ジムニーは慌てて紅茶をお盆に乗せ工房へと戻る。
――アイシャが歌っていた。
アイシャの奏でる歌はこの国の言葉ではなかった。ジムニーはそれがどこの言葉なのかは分からなかったが、その優しい響きにどこか懐かしさを感じたような気がした。
工房の机に置いたままの唄う石がアイシャの歌声に呼応するように淡い光を放つ。間違いなく石はアイシャの歌声に反応していた。
アイシャが歌うのを止め、それと同時に反応の消えた石を不思議そうに手に取る。
「本当に歌で反応した……」
ジムニーは元の位置に戻ると紅茶のカップを二人分机の上に置いた。
「うん。その石は君の歌声に反応するんだ。君の歌と一緒に歌ってる。これってきっと凄いことなんだよ。先生は音色や音に反応するって言ってたけど、まさか君の歌で反応するなんて」
アイシャは「不思議ね……」と言葉を返し、石を箱の中に戻した。
「そういえばさっきの歌。この国の言葉じゃなかったよね。アイシャはどこの出身なの?」
紅茶を啜りながらジムニーはアイシャに訊いた。
「……さぁ、わからない」
アイシャは何処か虚空を見つめながらそう呟いた。
「わからないって……。どこで生まれたのかわからないの?」
「私、記憶がないの。……あの歌だけはなんとなく覚えてて。」
「まさか本当に!?記憶喪失って事?」
突然の告白にジムニーは狼狽した。それと対照的にゆったりと構えたままのアイシャは紅茶を口に運んでいる。
ジムニーは気を取り直しアイシャに訊ねた。
「……いつから記憶がないの?」
アイシャは持っていたカップを机に置き少し考える素振りを見せるが、やがて首を大きく横に振る。
「わからない。気付いたらこの街にいたの」
「それじゃ、ご飯とか寝るところはどうしてたの?」
「丘で歌を歌ってると、親切な人達がご飯を持ってきてくれるの。……それに、外は暖かいから寝るのは大変じゃないわ」
「だ、ダメだよそれじゃ!」
いくら記憶喪失とはいえ、女の子が一人で野宿をしていたという事実にジムニーは愕然とした。
確かに蒸気機関が至る所に配備されているこの街は蒸気の熱で暖かいのだが、様々な地域から人が集まる為に決して治安がいいとは言えない。
「そうだ!この工房を使えばいいよっ!空いてる部屋もあるし」
ジムニーがこの家の持ち主という訳ではないのだが、半ば正義感からそう口に出ていた。アイシャは困惑の表情を浮かべてジムニー視線を向けた。
「でも、この工房はジムニーの先生の家なんでしょ?」
「大丈夫っ。これからアインホルンの事でも色々手伝ってもらわなきゃだし。それに、先生も甘いところあるからきっと心良く迎えてくれるよ」
――ジムニーがそう言った瞬間であった。
ヒュッと風を切る音が一瞬聞こえたかと思うと、ジムニーの頭に痛みが走る。「痛っ!」と悲鳴を上げ頭を抱えるジムニー。すると工房の入口から声がした。
「ほう。一体誰が甘いんだね。ジムニーよ。」
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