空を唄う少女

愁仁

文字の大きさ
7 / 13
第一章

07.団欒

しおりを挟む
 ロンベルクの工房では大掃除が始まっていた。工房の奥で今まで使われず倉庫になっていた部屋を人が住めるように片付ける。
 使い道の分からないガジェットや謎の道具の数々。ジムニーから見ればガラクタとしか思えないようなものばかりだったが、ロンベルクは尽く捨てる事を拒んだ。ジムニーは捨てるべきだと何度も主張したのだが最終的にはロンベルクの懇願に負け、ガラクタまがいの品々は二階の廊下に収まることになった。

 アイシャは工房をを片付けていた。工房の真ん中には大きな長テーブルがあるのだが本や設計図が山積みになっており使えるスペースはほとんど無かった。
 工房にある本棚に本を綺麗に整理し、設計図の類も分かりやすい様にまとめて棚に仕舞った。
 
 約半日を掛けて物置小屋の様に散乱した工房は見違えるように綺麗に片付いた。

 アイシャを工房に住まわせて欲しいというジムニーの願いは拍子抜けする程あっさりと快諾されたのだが、ロンベルクはジムニー達にその代わりの条件を出した。

 ――条件は二つ。一つはジムニーも一緒にこの工房に住むこと。そしてもう一つは当分の間、ロンベルクから離れて行動しない事。

 ジムニーには何を意図したものなのか分からなかったが、それほど難しい話では無かった為、その条件を飲んだ。
 そしてその話し合いが終わり、居住区を確保の為に大掃除に臨んでいたのであった。

 片付けの終わった三人は工房の長テーブルを囲み夕食を取っていた。献立はジムニーの作った羊の肉を使ったシチューに野菜たっぷりのサラダ。それにヤギのチーズとパン。
 ジムニーは一人での生活が長い為に料理はお手の物であった。そもそもロンベルクは料理が出来ない為、いつもは家で作った食事をロンベルクの元に届けていた。
 アイシャは出来たでまだ湯気のたったシチューを口に運び「美味しい…」と思わず口に出した。それを見てジムニーは得意気な表情をして微笑んだ。

「技師としての腕前は上達しない割に料理の腕前だけはどんどん上がっていくな」

 ロンベルク皮肉を聞き、ジムニーはバツが悪そうにパンをかじった。

「そういえば先生、随分あっさりとアイシャを受け入れてくれましたね」
 話しをはぐらかすようにジムニーはロンベルク訊ねた。
 普段のロンベルクではあれば話を聞いて結論出すまでにそれこそ夕食の時間まで掛かりそうなものだった。
 それが即断するようにアイシャを受け入れた事をジムニーは少し不思議に思っていた。
 ロンベルクは質問に「ふむ」と思案の表情を浮かべるとアイシャとジムニーを交互に見つめた。

「私とて野宿をしている少女を見放すほど冷たい人間ではない」
 その言葉を聞いてアイシャはお辞儀をするようにぺこりと頭を下げた。

「先生にしては珍しいですよね。そんなに心良く返事をくれるなんて。いつもならうんと長い時間ごねてからやっと承諾するのに」
 ジムニーが軽口を挟むとロンベルクは不服そうにジムニーに視線を向ける。
「別に私も悪人ではない。少女を放っておくなんていう行為は、君の言う道徳的というものにも反するのだろう?それに……」

 そう言ってロンベルクは天井を見上げたが、言葉は続かなかった。

「それに?」

 ジムニーはロンベルクの言葉を繰り返す。だが、ロンベルクは答えなかった。アイシャも不思議そうにロンベルクを見つめる。
「いや、何でもない。……そうだ、アインホルンの事だが起動は少し待ってくれないか?お前達には少し間私の仕事を手伝ってもらおうと思っている」
 ロンベルクは言葉を濁すように話題を変えた。ジムニーそれに違和感を感じながらも了承した。
 本当ならばジムニーはアインホルンをすぐにでも動かしたいと思っていたが、アイシャを住まわせてくれる事を受け入れてくれた手前もあって口にすることは出来なかった。

「アイシャもそれでいいよね」
「……この工房にお世話になるんだし……私は大丈夫」
 アイシャもそう言って頷く。
「先生、手伝いって言っても一体何をするんですか?」
 最後のパンを口に放り込みながらジムニーは訊いた。ロンベルクは考えるように顔を俯けると「ふむ、それはまた明日話そう」そう言ってこの話を閉め切った。

 食事を終えるとロンベルクは早々に自室へ戻っていった。そして工房に残ったジムニーとアイシャは食事の片付けを済ませるとテーブルに向かい合って座った。

 沈黙が続いた。まだお互いをよく知らないというのもあってジムニーは少し緊張していた。
 と言っても一方的にジムニーが緊張していただけなのだが。

 しばらく時間を掛けて、ジムニーはようやく言葉にする決心を付けた。

「ねぇアイシャ。覚えている事は名前とあの歌だけなの?」

 ぼーっと、虚空を見つめるアイシャにジムニーは訊いた。アイシャはジムニー視線を向けてこくりと頷く。
 口数の少ない彼女はそれにも況して表情が少ない。どこかぼーっとしたような表情は何を考えているのかほとんど読み取ることは出来なかった。
 そんなアイシャの事をジムニーはもっとよく知りたいと思った。 

「アイシャは……記憶がなくて不安じゃない?」
 ジムニーは訊いた。記憶を失ったまま街に放り出され、たった一人で何日もの夜を明かした少女。一体、今日まで何を考えて過ごして来たのだろうか。

 アイシャはジムニーを見つめは答える。
「不安……はなかった。……と思う」
 自分の事だというのに曖昧な答えを返すアイシャ。「思う?」ジムニーはアイシャの言葉を繰り返すように疑問で返した。

「気付いたらこの街にいて、この街にいる理由も……目的もわからなかったから。だからあの丘にずっと一人で居たの……何をしたらいいかずっと考えた」
 淡々と答えるアイシャの言葉をジムニーは理解できなかった。そんな状況でどうして不安が無かったと言えるのか、どうしてそんなに落ち着いていられるのか。その全てに疑問に感じた。
 繰り返し考えたらその答えは出るのだろうか。疑問ばかりが頭に浮かぶ。

 ジムニーはまた問いかける。
 
「……答えは出たの?」

 ジムニーの問いにアイシャは初めて微笑みながら答えた。
 

「――今日……その理由をもらった」
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

処理中です...