8 / 13
第一章
08.飛ぶ理由
しおりを挟む
アイシャの微笑んだ夜から数日、ジムニーはロンベルクに連れられて、アイシャと共に大通りに来ていた。今後、必要になる物を手に入れる為とロンベルクは言っていたが、何が必要になるのかジムニーは分かっていなかった。
この数日のロンベルクはいつもと違っていた。と言っても私生活ではいつも通りではあるのだが、蒸気技師としての仕事をこなす最中は何度もジムニーを叱咤した。
普段のおちゃらけた雰囲気とは違いとても厳しかったのである。お陰でジムニーもこの数日で技師としての腕はめきめきと成長していた。
そして、アイシャは先日の微笑みは嘘だったかの様にまた元の表情の薄い顔に戻ってしまった。だが決してつまらないと思っている訳では無いのだとこの数日を一緒に行動した事で推測できた。
アイシャはとても変わっていた。記憶喪失というのも一因にはあるのだろうが、目に映る新しい物にとても興味を持つようで、新しい物を見つける度にジムニーに「あれは何?」と訊ねた。
その度にジムニーは丁寧に説明するのだが、本当に理解したのか、決まってアイシャは「……不思議ね」と答えていた。
それだけではない。アイシャはよく空を見上げる。ジムニーが「どうしたの?」訊ねると「今日も空は晴れないのね」と言った。
――この世界の空は晴れない。それは幼い子供でも知っている常識だった。
不思議に思いジムニーが「アイシャは晴れた空を見た事があるの?」と訊くと、少し考えてから「……わからない」と答えるのだった。
晴れた空を見た者は確かにいるのかもしれない。空を飛ぶための技術は確かにある。北の大陸では大規模の軍事力を持つザバニア帝国が飛空艇技術を確立したという話もある。
分厚い雲の気流を抜けて本当の空を見た者も世界を探せばいるのかもしれない。
だが、一般人から見ればそれは今でも変わらず物語や絵空事での話でしかないのだ。
ジムニーとアイシャはロンベルクの後ろをついて回り、いくつかの店を巡った。ガジェットやスチームギアの整備に必要な工具や部品、それを仕舞う工具箱や持ち運ぶ為の鞄など様々な物を購入していく。しかし、そのどれもがロンベルクの工房にあるものだった。ジムニーはどうして同じ物をもう一式揃え無ければいけないのか考えながらロンベルクについて回ったがいまいちピンとは来なかった。
一通り商店で買い物を終えるとロンベルクは大通りから外れた職人達が店を構える裏通りへとやっと来た。ジムニーとアイシャもそれに続く。
「こっちでは何を買うんですか?」
ジムニーは訊いた。ロンベルクはふふっと鼻で笑うと「まあ付いてくればわかる」と答えは出さなかった。
少し歩くとロンベルクの目的とする店にすぐに着いた。看板は掛かっていないが店の中からは生地などを編む機織りの音が響いていた。どうやら仕立て屋のようだ。中に入ると機織りを操っている割腹が良く愛想のいい主人が話しかけてきた。
「ああ、ロンベルクさん。ちょうど先程出来上がりましたよ」
ロンベルクが何かを頼んでいたようだった。気になる様子でジムニーはロンベルクの背後に近寄り、覗き込むようにその品物を見た。
それは上下一式の服に手袋、そして帽子だった。
二着分あり、生地は厚手で上下ともにいくつものポケットが付いている。色は綺麗なオリーブ色とシナモン色の二色が用意されており。シナモン色の服の方が若干小さく、下はスカートになっていた。
ジムニーは目を輝かせてロンベルクに訊いた。
「先生!もしかして僕とアイシャの服ですか!?」
ロンベルクは微笑みながら二人を交互に見た。アイシャも服を興味深そうに見つめていた。
「うむ。さぁ。着てみるといい」
仕立て屋の奥を借りて二人は新しい服に着替えた。
「よくお似合いですよ」
店の主人がジムニー達を見つめ笑顔で言った。ロンベルクも頷くと満足そうに言った。
「アイシャもいい加減ジムニーのお下がりは嫌だろうと思ってね。どうだね?」
「……嬉しい」
アイシャは表情こそ変わらないものの嬉しそうにしていた。
「先生?この帽子にはなんでゴーグルが付いてるんですか?」
二人の帽子にはそれぞれにゴーグルが付いていた。蒸気機関を整備する時に火花を散らすような作業も確かにあるのだが、あまり使う者はいない。ましてやアイシャに至ってはそんな作業をする事などないだろう。
「アインホルンで空を飛ぶ時に必要になる。雲に入らずとも上空の風は強い。その時に目を守る為のものだ」
ジムニーは飛ぶように喜んだ。今日一日が空を飛ぶ為の準備だという事に気付き、感動で目に涙を浮かべながらロンベルクに近寄った。
「先生……。僕……僕……!」
「ええい!近寄るな暑苦しい!」
ジムニー達は工房へ戻っていた。夕食が終わったあと、いつものようにアイシャと二人で工房のテーブルに向かい合って座った。
寝る前にこうやって話をする事がこの数日で日課となっていた。
「アイシャは空を飛びたい?」
ジムニーは訊いた。アイシャはいつものように少し考えてから言葉にする。
「……ジムニーはどうしてそんなに空を飛びたいの?」
質問に質問で返すアイシャ。ジムニーは少し困ったような顔して天井を見上げた。
どうやって言葉にするべきか考えているようだった。
「僕の父さんと母さん……飛空艇技師だったんだ。今はもう飛空艇を作っている所なんて全然無いんだけど、僕の小さい頃はそれでも少しはあったんだ。僕がうんと小さい頃に父さんも母さんも死んじゃったからあんまり覚えてないんだけど、……でも、いつも言ってた。自分達の作った飛空挺で世界の果てを越えるんだって」
そこまで言うとジムニーは一度口を閉じた。アイシャはジムニーに訊いた。
「ジムニーのお父さんとお母さんの夢はジムニーの夢?」
ジムニーは首を横に振り「わかんない」と答えた。ひと呼吸おいて。
「……でも、違うと思う。……昔、物語で読んだんだ。あの厚く覆われた雲の向こうは青いんだって。太陽がキラキラ輝いてて雲は黒じゃなくて白く光を反射するんだって。僕はそれを見てみたいんだ。……本当なのかどうかはわからないけどね」
ジムニーが話し終えると今度はアイシャが口を開いた。
「……私の中に空を飛ぶ為に必要な力があるなら、私はジムニーを連れてそこへ行く。……それが私が今ここにいる理由。……だから私も空を飛びたい」
アイシャはジムニーを見つめた。感情がほとんど表に出ることのないアイシャだが、その目には確固たる強い意志が宿っていた。
ジムニー笑顔で言った。
「ありがとう。アイシャ」
この数日のロンベルクはいつもと違っていた。と言っても私生活ではいつも通りではあるのだが、蒸気技師としての仕事をこなす最中は何度もジムニーを叱咤した。
普段のおちゃらけた雰囲気とは違いとても厳しかったのである。お陰でジムニーもこの数日で技師としての腕はめきめきと成長していた。
そして、アイシャは先日の微笑みは嘘だったかの様にまた元の表情の薄い顔に戻ってしまった。だが決してつまらないと思っている訳では無いのだとこの数日を一緒に行動した事で推測できた。
アイシャはとても変わっていた。記憶喪失というのも一因にはあるのだろうが、目に映る新しい物にとても興味を持つようで、新しい物を見つける度にジムニーに「あれは何?」と訊ねた。
その度にジムニーは丁寧に説明するのだが、本当に理解したのか、決まってアイシャは「……不思議ね」と答えていた。
それだけではない。アイシャはよく空を見上げる。ジムニーが「どうしたの?」訊ねると「今日も空は晴れないのね」と言った。
――この世界の空は晴れない。それは幼い子供でも知っている常識だった。
不思議に思いジムニーが「アイシャは晴れた空を見た事があるの?」と訊くと、少し考えてから「……わからない」と答えるのだった。
晴れた空を見た者は確かにいるのかもしれない。空を飛ぶための技術は確かにある。北の大陸では大規模の軍事力を持つザバニア帝国が飛空艇技術を確立したという話もある。
分厚い雲の気流を抜けて本当の空を見た者も世界を探せばいるのかもしれない。
だが、一般人から見ればそれは今でも変わらず物語や絵空事での話でしかないのだ。
ジムニーとアイシャはロンベルクの後ろをついて回り、いくつかの店を巡った。ガジェットやスチームギアの整備に必要な工具や部品、それを仕舞う工具箱や持ち運ぶ為の鞄など様々な物を購入していく。しかし、そのどれもがロンベルクの工房にあるものだった。ジムニーはどうして同じ物をもう一式揃え無ければいけないのか考えながらロンベルクについて回ったがいまいちピンとは来なかった。
一通り商店で買い物を終えるとロンベルクは大通りから外れた職人達が店を構える裏通りへとやっと来た。ジムニーとアイシャもそれに続く。
「こっちでは何を買うんですか?」
ジムニーは訊いた。ロンベルクはふふっと鼻で笑うと「まあ付いてくればわかる」と答えは出さなかった。
少し歩くとロンベルクの目的とする店にすぐに着いた。看板は掛かっていないが店の中からは生地などを編む機織りの音が響いていた。どうやら仕立て屋のようだ。中に入ると機織りを操っている割腹が良く愛想のいい主人が話しかけてきた。
「ああ、ロンベルクさん。ちょうど先程出来上がりましたよ」
ロンベルクが何かを頼んでいたようだった。気になる様子でジムニーはロンベルクの背後に近寄り、覗き込むようにその品物を見た。
それは上下一式の服に手袋、そして帽子だった。
二着分あり、生地は厚手で上下ともにいくつものポケットが付いている。色は綺麗なオリーブ色とシナモン色の二色が用意されており。シナモン色の服の方が若干小さく、下はスカートになっていた。
ジムニーは目を輝かせてロンベルクに訊いた。
「先生!もしかして僕とアイシャの服ですか!?」
ロンベルクは微笑みながら二人を交互に見た。アイシャも服を興味深そうに見つめていた。
「うむ。さぁ。着てみるといい」
仕立て屋の奥を借りて二人は新しい服に着替えた。
「よくお似合いですよ」
店の主人がジムニー達を見つめ笑顔で言った。ロンベルクも頷くと満足そうに言った。
「アイシャもいい加減ジムニーのお下がりは嫌だろうと思ってね。どうだね?」
「……嬉しい」
アイシャは表情こそ変わらないものの嬉しそうにしていた。
「先生?この帽子にはなんでゴーグルが付いてるんですか?」
二人の帽子にはそれぞれにゴーグルが付いていた。蒸気機関を整備する時に火花を散らすような作業も確かにあるのだが、あまり使う者はいない。ましてやアイシャに至ってはそんな作業をする事などないだろう。
「アインホルンで空を飛ぶ時に必要になる。雲に入らずとも上空の風は強い。その時に目を守る為のものだ」
ジムニーは飛ぶように喜んだ。今日一日が空を飛ぶ為の準備だという事に気付き、感動で目に涙を浮かべながらロンベルクに近寄った。
「先生……。僕……僕……!」
「ええい!近寄るな暑苦しい!」
ジムニー達は工房へ戻っていた。夕食が終わったあと、いつものようにアイシャと二人で工房のテーブルに向かい合って座った。
寝る前にこうやって話をする事がこの数日で日課となっていた。
「アイシャは空を飛びたい?」
ジムニーは訊いた。アイシャはいつものように少し考えてから言葉にする。
「……ジムニーはどうしてそんなに空を飛びたいの?」
質問に質問で返すアイシャ。ジムニーは少し困ったような顔して天井を見上げた。
どうやって言葉にするべきか考えているようだった。
「僕の父さんと母さん……飛空艇技師だったんだ。今はもう飛空艇を作っている所なんて全然無いんだけど、僕の小さい頃はそれでも少しはあったんだ。僕がうんと小さい頃に父さんも母さんも死んじゃったからあんまり覚えてないんだけど、……でも、いつも言ってた。自分達の作った飛空挺で世界の果てを越えるんだって」
そこまで言うとジムニーは一度口を閉じた。アイシャはジムニーに訊いた。
「ジムニーのお父さんとお母さんの夢はジムニーの夢?」
ジムニーは首を横に振り「わかんない」と答えた。ひと呼吸おいて。
「……でも、違うと思う。……昔、物語で読んだんだ。あの厚く覆われた雲の向こうは青いんだって。太陽がキラキラ輝いてて雲は黒じゃなくて白く光を反射するんだって。僕はそれを見てみたいんだ。……本当なのかどうかはわからないけどね」
ジムニーが話し終えると今度はアイシャが口を開いた。
「……私の中に空を飛ぶ為に必要な力があるなら、私はジムニーを連れてそこへ行く。……それが私が今ここにいる理由。……だから私も空を飛びたい」
アイシャはジムニーを見つめた。感情がほとんど表に出ることのないアイシャだが、その目には確固たる強い意志が宿っていた。
ジムニー笑顔で言った。
「ありがとう。アイシャ」
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる