空を唄う少女

愁仁

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第一章

08.飛ぶ理由

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 アイシャの微笑んだ夜から数日、ジムニーはロンベルクに連れられて、アイシャと共に大通りに来ていた。今後、必要になる物を手に入れる為とロンベルクは言っていたが、何が必要になるのかジムニーは分かっていなかった。

 この数日のロンベルクはいつもと違っていた。と言っても私生活ではいつも通りではあるのだが、蒸気技師としての仕事をこなす最中は何度もジムニーを叱咤した。
 普段のおちゃらけた雰囲気とは違いとても厳しかったのである。お陰でジムニーもこの数日で技師としての腕はめきめきと成長していた。

 そして、アイシャは先日の微笑みは嘘だったかの様にまた元の表情の薄い顔に戻ってしまった。だが決してつまらないと思っている訳では無いのだとこの数日を一緒に行動した事で推測できた。

 アイシャはとても変わっていた。記憶喪失というのも一因にはあるのだろうが、目に映る新しい物にとても興味を持つようで、新しい物を見つける度にジムニーに「あれは何?」と訊ねた。
 その度にジムニーは丁寧に説明するのだが、本当に理解したのか、決まってアイシャは「……不思議ね」と答えていた。
 それだけではない。アイシャはよく空を見上げる。ジムニーが「どうしたの?」訊ねると「今日も空は晴れないのね」と言った。

 ――この世界の空は晴れない。それは幼い子供でも知っている常識だった。

 不思議に思いジムニーが「アイシャは晴れた空を見た事があるの?」と訊くと、少し考えてから「……わからない」と答えるのだった。

 晴れた空を見た者は確かにいるのかもしれない。空を飛ぶための技術は確かにある。北の大陸では大規模の軍事力を持つザバニア帝国が飛空艇技術を確立したという話もある。
 分厚い雲の気流を抜けて本当の空を見た者も世界を探せばいるのかもしれない。
 だが、一般人から見ればそれは今でも変わらず物語や絵空事での話でしかないのだ。



 ジムニーとアイシャはロンベルクの後ろをついて回り、いくつかの店を巡った。ガジェットやスチームギアの整備に必要な工具や部品、それを仕舞う工具箱や持ち運ぶ為の鞄など様々な物を購入していく。しかし、そのどれもがロンベルクの工房にあるものだった。ジムニーはどうして同じ物をもう一式揃え無ければいけないのか考えながらロンベルクについて回ったがいまいちピンとは来なかった。

 一通り商店で買い物を終えるとロンベルクは大通りから外れた職人達が店を構える裏通りへとやっと来た。ジムニーとアイシャもそれに続く。

「こっちでは何を買うんですか?」
 ジムニーは訊いた。ロンベルクはふふっと鼻で笑うと「まあ付いてくればわかる」と答えは出さなかった。
 少し歩くとロンベルクの目的とする店にすぐに着いた。看板は掛かっていないが店の中からは生地などを編む機織りの音が響いていた。どうやら仕立て屋のようだ。中に入ると機織りを操っている割腹が良く愛想のいい主人が話しかけてきた。
「ああ、ロンベルクさん。ちょうど先程出来上がりましたよ」
 ロンベルクが何かを頼んでいたようだった。気になる様子でジムニーはロンベルクの背後に近寄り、覗き込むようにその品物を見た。

 それは上下一式の服に手袋、そして帽子だった。
 二着分あり、生地は厚手で上下ともにいくつものポケットが付いている。色は綺麗なオリーブ色とシナモン色の二色が用意されており。シナモン色の服の方が若干小さく、下はスカートになっていた。
 ジムニーは目を輝かせてロンベルクに訊いた。

「先生!もしかして僕とアイシャの服ですか!?」
 
 ロンベルクは微笑みながら二人を交互に見た。アイシャも服を興味深そうに見つめていた。
「うむ。さぁ。着てみるといい」

 仕立て屋の奥を借りて二人は新しい服に着替えた。
「よくお似合いですよ」
 店の主人がジムニー達を見つめ笑顔で言った。ロンベルクも頷くと満足そうに言った。
「アイシャもいい加減ジムニーのお下がりは嫌だろうと思ってね。どうだね?」
「……嬉しい」
 アイシャは表情こそ変わらないものの嬉しそうにしていた。

「先生?この帽子にはなんでゴーグルが付いてるんですか?」
 二人の帽子にはそれぞれにゴーグルが付いていた。蒸気機関を整備する時に火花を散らすような作業も確かにあるのだが、あまり使う者はいない。ましてやアイシャに至ってはそんな作業をする事などないだろう。
「アインホルンで空を飛ぶ時に必要になる。雲に入らずとも上空の風は強い。その時に目を守る為のものだ」

 ジムニーは飛ぶように喜んだ。今日一日が空を飛ぶ為の準備だという事に気付き、感動で目に涙を浮かべながらロンベルクに近寄った。

「先生……。僕……僕……!」
「ええい!近寄るな暑苦しい!」


 ジムニー達は工房へ戻っていた。夕食が終わったあと、いつものようにアイシャと二人で工房のテーブルに向かい合って座った。
 寝る前にこうやって話をする事がこの数日で日課となっていた。

「アイシャは空を飛びたい?」
 ジムニーは訊いた。アイシャはいつものように少し考えてから言葉にする。
「……ジムニーはどうしてそんなに空を飛びたいの?」
 質問に質問で返すアイシャ。ジムニーは少し困ったような顔して天井を見上げた。
 どうやって言葉にするべきか考えているようだった。

「僕の父さんと母さん……飛空艇技師だったんだ。今はもう飛空艇を作っている所なんて全然無いんだけど、僕の小さい頃はそれでも少しはあったんだ。僕がうんと小さい頃に父さんも母さんも死んじゃったからあんまり覚えてないんだけど、……でも、いつも言ってた。自分達の作った飛空挺で世界の果てを越えるんだって」

 そこまで言うとジムニーは一度口を閉じた。アイシャはジムニーに訊いた。

「ジムニーのお父さんとお母さんの夢はジムニーの夢?」

 ジムニーは首を横に振り「わかんない」と答えた。ひと呼吸おいて。

「……でも、違うと思う。……昔、物語で読んだんだ。あの厚く覆われた雲の向こうは青いんだって。太陽がキラキラ輝いてて雲は黒じゃなくて白く光を反射するんだって。僕はそれを見てみたいんだ。……本当なのかどうかはわからないけどね」

 ジムニーが話し終えると今度はアイシャが口を開いた。

「……私の中に空を飛ぶ為に必要な力があるなら、私はジムニーを連れてそこへ行く。……それが私が今ここにいる理由。……だから私も空を飛びたい」

 アイシャはジムニーを見つめた。感情がほとんど表に出ることのないアイシャだが、その目には確固たる強い意志が宿っていた。

 ジムニー笑顔で言った。

「ありがとう。アイシャ」
 
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