空を唄う少女

愁仁

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第一章

10.物語の始まり

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 事態は切迫していた。剣を構えた甲冑の女はゆっくりとジムニーへ近付いて来ていた。何も持たないジムニーにはどうすることも出来ない。
 アイシャもどうしていいのか判らず呆然と立ち尽くしている。

「ホホホ、ノルン。苦しませるのは可哀相ですからね。ひと想いに殺してあげなさい」
 甲冑の女ーーノルンと呼ばれた女に男が声を掛けると男はそのままニタニタと笑い、ジムニー達が恐怖する顔を眺めている。
 ジムニーは為す術も無く目を閉じた。こんな所で理由も分からず自分の人生が終わってしまうのかという悔しさで自然と拳を強く握り締める。

 ――ノルンがジムニーの前に立ち、剣を振り上げたその時だった。

 ガツンと鈍い音と共にノルンがよろける。それと同時にカランと床にスパナが落ちた。スパナは倉庫の入口から真っ直ぐとノルンに向かって飛んできたようだった。ノルンが慌てて入口を振り返るとそこにはロンベルクが立っていた。
 薄気味の悪いを笑みを浮かべていた男もノルンの視線を追うように振り返りロンベルクを見るとその笑みを凍り付かせた。

「ロ、ロンベルクっ!」

 男が驚愕の声を上げた。
 ロンベルクは入口からゆっくりとジムニー達の方へと歩みを進める。左手には工具箱入れた鞄を抱え、右手にはひと振りの剣を携えていた。

「ジムニーよ。忘れ物だ」
 そう言うとジムニーは抱えていたバッグをジムニーの側に投げた。ジムニーはそれを受け取るが状況を理解出来ず目をパチパチと瞬いていた。
 アイシャはジムニーの傍らに近付き腕に抱きつくとロンベルクを見上げた。

「せ、先生っ!?……どうして?……それに」
 ――その剣。と、口に出そうとした。しかしその瞬間にロンベルクに向けて背後からノルンの剣を襲いかかる。
 ロンベルクは焦る様子も無く携えた剣でそれを受け流す。ロンベルクは気にした様子も無くそのままジムニーに向けて話しかけた。

「そろそろ痺れを切らす頃合じゃないかと思っていたが……予想通りだったな」

 溜息混じりにそう言うと、ノルンと今だ表情を凍りつかせたまま男に向き直った。
 ノルンは受け流された剣を構え直し、ジリジリと距離を測っている。
「ノ、ノルン!ロンベルクを先にやってしまいなさい!」
 男は焦った様子でノルンに指示を送るが、ノルンがロンベルクの力量を測りかね、思うように手を出すことが出来ないでいた。

「久しぶりだな、ダウロ」
 ロンベルクは男に話しかけた。ダウロと呼ばれた男は後退り、恐怖に怯えていた。
「ホホホ……。こんなに早くやって来るとは思っていませんでしたね」
 引き攣った笑みを浮かべ、ダウロは平静を装うように声を出した。

「用心深いお前だ、こうでもしないと私の前に挨拶をしに来ないだろうと思ってね」

 ロンベルクは至って冷静だった。こんな状況だと言うのにどうしてそんなにも平常心でいられるのかジムニーは疑問に感じていた。
 ロンベルクの口振りからこの状況になる事は予め予想されていたようだった。だとすれば、相手が何者なのか、どうして唄う石を狙っているのか、唄い人とは何なのか。その全てを知っているという事になる。

「先生、一体どういう事なんですか!?」

 ジムニーは訊いた。この場でこの状況の意味を語ってくれる人物はロンベルクしかいないだろう。だがロンベルクはジムニーを一瞥しただけだった。

「さて、ダウロ。どうする?お前の事だ、帝国内では功を立てられず辺境で得点稼ぎと言ったところなのだろうが、私を相手にしようとは中々度胸が据わったな」
 ダウロはその言葉にぐぬぬ……とあからさまに悔しがるような表情を見せるとまたノルンに命令を下す。
「ノルン!何をもたついている!ロンベルクを殺してしまいなさい!」

 その言葉と同時にノルンが距離を詰める。右手で掬い上げる様に剣を振り上げてロンベルクの意表を付こうとするが、ロンベルクはそれを半歩下がって躱す。ノルンは振り上げた剣を左手で受け止めるように持ち替え今度はその勢いで上段から振りかぶって斬りつけようとする。ロンベルクはそれを剣で受け止めると膝を付く。

「これだけの腕を持っていながら、ダウロの小間使いとは可哀想だな。……ノルンと言ったか?」
「……黙れ」

 ノルンは膝を付いたロンベルクの言葉を一蹴すると今度は水平に剣を振るった。ロンベルクは膝を付いたまま剣受け止めると、横に転がるように距離を取る。

「ジムニーよ、アインホルンはすぐに動かせるな。その書簡を持ってアイシャと共に鞄の中に入れた地図の印を目指せ。そこにお前達の知りたい事の一篇がある」
 そう言うとロンベルクは服の内ポケットから丸めた筒状の紙を取り出し、未だに状況を理解出来ず呆然としているジムニーにそれを投げた。

 ジムニーは筒状の紙を受け取りロンベルクに声を掛けようとするがノルンが追い打ちを掛けまた剣で斬り結んでいる最中だった。

「ええい、役立たずめ!」

 ダウロが苛立ちの声を上げた。そしてジムニー達に顔を向けるとそのまま近付いてきた。アイシャがジムニーの腕を引っ張るようにアインホルンへと促すがジムニーはロンベルクが気掛かりだった。
「で、でも先生がっ!」
 目線の先では激しく剣を交わすロンベルクとノルン。お互いの実力は拮抗しているようだった。
 アイシャは両手でジムニーの顔を挟み込むように触れるとぐいっと自分の顔へ向けた。
「……今は自分達の事を考えなきゃ……だめ」
 ジムニーはグッと奥歯を噛んだ。確かにこのまま捕まったら人質にされかねない。決心の付いたジムニーは今度は逆にアイシャを引っ張り、二人でアインホルンに乗った。ジムニーが前に座り、後ろからしがみつく様にアイシャが座る。
 
 唄う石の組み込まれたアインホルンは先程のアイシャの歌声により。命を吹き込まれたように躍動していた。ジムニーは手元の操縦桿とも呼べる左右に伸びたハンドルをそれぞれ握ると押し込むように一気に下げた。

 ――アインホルンは唸りを上げた。

 それは啼き声のように倉庫内に響き、ゆっくり浮き上がった。

「唄う石の力か!?」

 ダウロが一度驚愕の声を上げるが、気を取り直しジムニー達に飛び掛ろうとする。だが、アインホルンは倉庫の天井まで浮き上がりダウロの手の届かない所まで達していた。
 ノルンとロンベルクが剣と止めアインホルンを見上げる。

「ジムニーよ。私の喜劇はお前と出会った瞬間から始まったのだ。今度はお前の物語の始まりだ!アイシャを連れてその物語を紡げ!悲劇にするのか喜劇に変えるのかはお前次第だ!」

 ロンベルクは高らかに叫んだ。

「先生っ!」

 声を掛けようとするジムニーの言葉を遮るようにまたロンベルクが言った。
「私は大丈夫だ。私の喜劇はまだ終わってはいない!こんなところでこのロンベルクが終わりを迎えると思うのかね君は?」

 ロンベルクは不敵な笑みをジムニーに向けると言葉を続ける。

「……さぁ行け!!」

 ジムニーはグッと奥歯を噛み締め、倉庫の天井にある窓を突き破る。パリーンと高い音を立て硝子が砕け、まだ薄暗い街の上空へとアインホルンは躍り出た。

 ジムニーが振り返り天井の窓から倉庫内に視線を受けるとノルンの刃がロンベルクの肩口を捉える瞬間であった。
 パリーンと言う音と共に鮮血が宙を舞う。そしてゆっくりとその場に倒れるロンベルク。

「せんせいーー!!!!」

 大声を上げ叫ぶジムニー。
 アイシャはジムニーを落ち着かせるように後ろから優しくジムニーを抱いた。
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