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第二章
01.暗闇の中
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ジムニーとアイシャはアインホルンでの飛行を続けていた。ロンベルクが倒れた今、街に居れば必ずダウロ達が追ってくる。とにかく距離を取らなければならなかった。
当てもなく進む夜空は全てを飲み込んでしまうような黒で覆われ、アインホルンのライトが前方を照らしてはいるが、眼下に見える街の灯りが無ければ自分達がどの辺りを飛んでいるのかも分からないだろう。
飛行を続けながらジムニーは倉庫での光景を思い返した。ロンベルクを最後に目にした瞬間、正面からノルンの刃を受け、激しい鮮血と共にゆっくりと倒れる瞬間だった。
ロンベルクは無事なのか、これからどうすればいいのか。頭の中が混乱して思うように考えがまとまらない。
するとアイシャが後ろからゆっくりとジムニーの耳元に顔を近付けた。
「……少し休んだ方がいいわ。……あの辺りならきっと大丈夫」
そう言ってアイシャは指を差す。指先は街を抜けてすぐの森の一角へ向けられていた。少し盛り上がった丘の様になっていて、頂上付近からであれば誰かが森を登って来たとしてもひと目で分かるだろう。
無言で頷くとジムニーはアイホルンのグリップを引き上げた。アインホルンはそれに合わせるように高度を下げ、森へと進路を変えた。
そうして暫くして森の頂上に到着したジムニーとアイシャ。空からでは分からなかったが、森の頂上は見通しが良くひらけた場所だった。木々の隙間から煌々と街の灯りが輝いているのが見て取れる。
アインホルンのライトを消すと、ジムニーは鞄から簡易式のランタンを取り出し火を灯す。それからひと呼吸おいてジムニーが口を開いた。
「ごめんアイシャ……。僕がアインホルンを見に行こうなんて言ったから……」
アイシャに目を向けず項垂れるようにジムニーは言った。普段の快活なジムニーからは考えられない程の落ち込みようだった。
幼い頃に両親を亡くしたジムニーのとってロンベルクは蒸気技師の師匠としてだけでは無く、それ以上に大きな存在でもあった。それは自身の親と呼んでも遜色の無いものであり、かけがえの無い絆だった。……少なくても以前まではそうだと信じていた。
「先生は……。唄う石やアイシャが狙われる事を知ってたんだ。アイシャの事だって最初から誰なのかも知ってたのかもしれない」
後悔、不安、疑念、憂慮。様々な感情がジムニーの心を揺さぶる。
アイシャはジムニーを見つめた。
「……でも、助けてくれた」
「だからって!最初から言ってくれてたらこんな事にはならなかったのに!!」
感情が昂ぶり、思わずアイシャに怒鳴り声を上げてしまう。
ジムニーの声が森に反響する。そして暫くの静寂。
「ごめん……。少し頭が混乱してる」
「私は大丈夫。……それよりもこれからどうするか考えないと」
表情を変えずアイシャは言った。いつもと変わらないアイシャに少し心が救われた気がした。ジムニーは一度大きく深呼吸をするとゆっくりとアイシャに向かって話し掛けた。
「うん。そうだね。……先生は書簡を持って地図の場所を目指せって言ってたけど」
少し落ち着きを取り戻したジムニーはそう言って鞄の中から地図を探し始める。
地図はすぐに見付かった。この世界ヒンメルを詳細に記した世界地図でよく見るとロンベルクが言っていたように印が打ってあった。今いるロスリア大陸の北東部に位置する港町サシアラ。どうやらそこを示しているようだった。
記憶の無いアイシャは勿論、ジムニーにとっても馴染みのある場所では無く、どうしてこの場所に知りたい事の一篇があるのか考えてみても分からなかった。そもそも自分の知りたい事とは何なのか、それすらもジムニー自身よく分かってはいなかった。
「……僕の知りたい事ってなんだろう。……アイシャの記憶の事?確かにそれも知りたいけど」
考えが口から出る。分からない事だらけだった。アイシャの事もダウロという男の事もロンベルクの事も、そして自分自身の事も。
ジムニーはアイシャに視線を向ける。
「アイシャは記憶を取り戻したくはないの?」
ジムニーは訊いた。決してその事を置いてきぼりにしてきたつもりは無いのだが、ここに来るまであまり触れてこなかったのも事実だった。あまりにもアイシャが気にする素振りを見せないのも要因の一つだったのだが。
「……わからない。私はここにいる理由はもうもらったから。」
アイシャ自身はその事を気に留める様子も無い。だからと言って記憶喪失のままで居ていいという理由にはならない。ジムニーは少し考えてから口にした。
「でも、やっぱり記憶はちゃんとあった方がいいよ。アイシャにだって両親は居るだろうし、心配してるかもしれないよ」
「そう……かもしれない」
「うん。だから、アイシャも何か思い出したら教えて。僕に出来る事があるならなんだってするから」
ジムニーは力強くアイシャに言った。目的を作る事でジムニーは前へ進む決心を付けた。今は自分一人では無い。アイシャも一緒にいるのだからと。
「まずは先生が示してくれたサシアラを目指そう。ちょっと距離があるけどアインホルンがあれば数日で着くはず。陽が昇ったらすぐに出発しよう」
ジムニーの言葉にアイシャがこくりと頷く。
「今日はこのままここで休もう」
ジムニーはそう言うと、ランタンの灯りを消した。
まだ薄暗い空は二人を包むように隠す。様々な想いを胸に抱いてジムニーは空を見上げた。
この夜に目まぐるしい程にジムニーの世界が動いた。
空を飛ぶ事をあれほど夢見ていたというのに、その事よりもロンベルクの言っていた物語という言葉が頭から離れない。
自分の物語とは一体何を意味するのか。一体それは何処へ向かっていくのか。ジムニーはジッと空を見つめ考えた。
これからどうなるのかは分からなかった。
だが、分かることもあった。ジムニーの物語はアイシャと共に確かに動き出したのだと。
「僕の物語……」
ジムニーはそう呟くと暗闇に手を伸ばした。
当てもなく進む夜空は全てを飲み込んでしまうような黒で覆われ、アインホルンのライトが前方を照らしてはいるが、眼下に見える街の灯りが無ければ自分達がどの辺りを飛んでいるのかも分からないだろう。
飛行を続けながらジムニーは倉庫での光景を思い返した。ロンベルクを最後に目にした瞬間、正面からノルンの刃を受け、激しい鮮血と共にゆっくりと倒れる瞬間だった。
ロンベルクは無事なのか、これからどうすればいいのか。頭の中が混乱して思うように考えがまとまらない。
するとアイシャが後ろからゆっくりとジムニーの耳元に顔を近付けた。
「……少し休んだ方がいいわ。……あの辺りならきっと大丈夫」
そう言ってアイシャは指を差す。指先は街を抜けてすぐの森の一角へ向けられていた。少し盛り上がった丘の様になっていて、頂上付近からであれば誰かが森を登って来たとしてもひと目で分かるだろう。
無言で頷くとジムニーはアイホルンのグリップを引き上げた。アインホルンはそれに合わせるように高度を下げ、森へと進路を変えた。
そうして暫くして森の頂上に到着したジムニーとアイシャ。空からでは分からなかったが、森の頂上は見通しが良くひらけた場所だった。木々の隙間から煌々と街の灯りが輝いているのが見て取れる。
アインホルンのライトを消すと、ジムニーは鞄から簡易式のランタンを取り出し火を灯す。それからひと呼吸おいてジムニーが口を開いた。
「ごめんアイシャ……。僕がアインホルンを見に行こうなんて言ったから……」
アイシャに目を向けず項垂れるようにジムニーは言った。普段の快活なジムニーからは考えられない程の落ち込みようだった。
幼い頃に両親を亡くしたジムニーのとってロンベルクは蒸気技師の師匠としてだけでは無く、それ以上に大きな存在でもあった。それは自身の親と呼んでも遜色の無いものであり、かけがえの無い絆だった。……少なくても以前まではそうだと信じていた。
「先生は……。唄う石やアイシャが狙われる事を知ってたんだ。アイシャの事だって最初から誰なのかも知ってたのかもしれない」
後悔、不安、疑念、憂慮。様々な感情がジムニーの心を揺さぶる。
アイシャはジムニーを見つめた。
「……でも、助けてくれた」
「だからって!最初から言ってくれてたらこんな事にはならなかったのに!!」
感情が昂ぶり、思わずアイシャに怒鳴り声を上げてしまう。
ジムニーの声が森に反響する。そして暫くの静寂。
「ごめん……。少し頭が混乱してる」
「私は大丈夫。……それよりもこれからどうするか考えないと」
表情を変えずアイシャは言った。いつもと変わらないアイシャに少し心が救われた気がした。ジムニーは一度大きく深呼吸をするとゆっくりとアイシャに向かって話し掛けた。
「うん。そうだね。……先生は書簡を持って地図の場所を目指せって言ってたけど」
少し落ち着きを取り戻したジムニーはそう言って鞄の中から地図を探し始める。
地図はすぐに見付かった。この世界ヒンメルを詳細に記した世界地図でよく見るとロンベルクが言っていたように印が打ってあった。今いるロスリア大陸の北東部に位置する港町サシアラ。どうやらそこを示しているようだった。
記憶の無いアイシャは勿論、ジムニーにとっても馴染みのある場所では無く、どうしてこの場所に知りたい事の一篇があるのか考えてみても分からなかった。そもそも自分の知りたい事とは何なのか、それすらもジムニー自身よく分かってはいなかった。
「……僕の知りたい事ってなんだろう。……アイシャの記憶の事?確かにそれも知りたいけど」
考えが口から出る。分からない事だらけだった。アイシャの事もダウロという男の事もロンベルクの事も、そして自分自身の事も。
ジムニーはアイシャに視線を向ける。
「アイシャは記憶を取り戻したくはないの?」
ジムニーは訊いた。決してその事を置いてきぼりにしてきたつもりは無いのだが、ここに来るまであまり触れてこなかったのも事実だった。あまりにもアイシャが気にする素振りを見せないのも要因の一つだったのだが。
「……わからない。私はここにいる理由はもうもらったから。」
アイシャ自身はその事を気に留める様子も無い。だからと言って記憶喪失のままで居ていいという理由にはならない。ジムニーは少し考えてから口にした。
「でも、やっぱり記憶はちゃんとあった方がいいよ。アイシャにだって両親は居るだろうし、心配してるかもしれないよ」
「そう……かもしれない」
「うん。だから、アイシャも何か思い出したら教えて。僕に出来る事があるならなんだってするから」
ジムニーは力強くアイシャに言った。目的を作る事でジムニーは前へ進む決心を付けた。今は自分一人では無い。アイシャも一緒にいるのだからと。
「まずは先生が示してくれたサシアラを目指そう。ちょっと距離があるけどアインホルンがあれば数日で着くはず。陽が昇ったらすぐに出発しよう」
ジムニーの言葉にアイシャがこくりと頷く。
「今日はこのままここで休もう」
ジムニーはそう言うと、ランタンの灯りを消した。
まだ薄暗い空は二人を包むように隠す。様々な想いを胸に抱いてジムニーは空を見上げた。
この夜に目まぐるしい程にジムニーの世界が動いた。
空を飛ぶ事をあれほど夢見ていたというのに、その事よりもロンベルクの言っていた物語という言葉が頭から離れない。
自分の物語とは一体何を意味するのか。一体それは何処へ向かっていくのか。ジムニーはジッと空を見つめ考えた。
これからどうなるのかは分からなかった。
だが、分かることもあった。ジムニーの物語はアイシャと共に確かに動き出したのだと。
「僕の物語……」
ジムニーはそう呟くと暗闇に手を伸ばした。
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