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ゆっくりと食べ切った皿はとてもきれいだった。
何度もホットケーキでシロップをぬぐったからだと思う。
どこまでかけても怒られないシロップ、追加追加で現れる生クリーム、フレッシュなフルーツも食べ放題。
満足できないわけがない!
「……おいしかったぁ」
だが所詮ホットケーキなのである。
多少の物足りなさがある。
もう一枚食べれば、満腹になりそうなのだが、ホットケーキでお腹いっぱいにするのも……
と思っていると、ココアがすべり出てきた。
「本当はいっしょに出したかったんだけど、僕、手際悪くて」
カウンターの奥で何かしているとは思っていたが、まさかココアを作っているとは思っていなかった。
ほかほかのココアが4つ、テーブルに並ぶ。
ホットプレートはいつの間にか片付けられ、あのガヤガヤした雰囲気は消え、落ち着いた、どこか寝る前の夜のような、そんな雰囲気もある。
私は、少し冷めかけたココアをひと口飲み込んだ。
まったりと舌にまとわりつく甘さは……
「うちと同じ味だ」
思わず出た声に、クサ婆がくすりと笑う。
「見た目が似てる人は3人いるっていうから、似た舌も3人くらいいるのかもねぇ」
ずずっと啜り、べろりと鼻先まで舐めて、
「甘いわねぇ」
ぼやくクサ婆に、ビスケットさんは、いやいやと頭を振る。
「ココアとは思わず、甘い飲み物だと思えばとっても美味しいですよ」
「そうかもしれないけどねぇ。由奈ちゃんは、こんな甘いもの食べてるのに、全然太ってないわね。うらやまし」
私はココアを懐かしがりながら飲み込んで、改めて自分の体型を見た。
確かに入社してから、痩せたぐらいだ。
「私、甘党なんですけど、甘いもの食べる時間がぜんぜんなくって。それこそココアなんて、何年ぶりだろ」
いつ飲んだかを思い出そうとしてみたが、全く思い出せない。
飲んでいたのはブラックコーヒーばかりだ。
香りから甘いココアは、体の芯をじんわり溶かしながら温めてくれる。
満足感もあり、コーヒーとちがって急かされない。
マイペースに、前向きに進める味がする。
「ゆーちゃん、たまには、甘いココアもいいでしょ」
お兄さんの声に、私はうなずいた。
「はい。甘いココア、すごくいいです。とっても懐かしいです」
「どこが、懐かしいんだい?」
ビスケットさんの問いに、私は考える。
ココアを飲んでいることだろうか。
それとも、ココア自体なんだろうか。
どこが、懐かしいんだろう……?
はっと顔を上げた私に、ビスケットさんは目を細めて言葉を促した。
「……たぶん、ですけど。懐かしいのは、こうやって、テーブルを囲んでいることだと思うんです」
「ほお」
私の回答が意外だったのか、ビスケットさんはするりと髭をなでる。
「なんだろ。会話がなくても、みんなで同じものを飲んで時間を過ごすって、すごい素敵な時間なんだなって……」
私はこの時間が長く続くように、ちびちびと口に運ぶ。
もうすぐ、この時間が終わってしまう。
「ゆーちゃん、僕はいつでも、話、聞くからね」
ふわりと笑ったお兄さんの顔が目に焼きつく。
口元のほくろ、笑うとなくなる目、少し癖のある黒髪……
記憶の影から姿が現れると思ったそのとき。
まばたきを、1回したと思う。
なぜか私は、家の玄関の前に立っていた。
振り返っても、少し道を戻ってみても、そこは家の近所でしかない。
駅の左に曲がった景色ではない。右に曲がって歩いてきたら見えるいつもの我が家だ。
「……どういう、こと……?」
何度もホットケーキでシロップをぬぐったからだと思う。
どこまでかけても怒られないシロップ、追加追加で現れる生クリーム、フレッシュなフルーツも食べ放題。
満足できないわけがない!
「……おいしかったぁ」
だが所詮ホットケーキなのである。
多少の物足りなさがある。
もう一枚食べれば、満腹になりそうなのだが、ホットケーキでお腹いっぱいにするのも……
と思っていると、ココアがすべり出てきた。
「本当はいっしょに出したかったんだけど、僕、手際悪くて」
カウンターの奥で何かしているとは思っていたが、まさかココアを作っているとは思っていなかった。
ほかほかのココアが4つ、テーブルに並ぶ。
ホットプレートはいつの間にか片付けられ、あのガヤガヤした雰囲気は消え、落ち着いた、どこか寝る前の夜のような、そんな雰囲気もある。
私は、少し冷めかけたココアをひと口飲み込んだ。
まったりと舌にまとわりつく甘さは……
「うちと同じ味だ」
思わず出た声に、クサ婆がくすりと笑う。
「見た目が似てる人は3人いるっていうから、似た舌も3人くらいいるのかもねぇ」
ずずっと啜り、べろりと鼻先まで舐めて、
「甘いわねぇ」
ぼやくクサ婆に、ビスケットさんは、いやいやと頭を振る。
「ココアとは思わず、甘い飲み物だと思えばとっても美味しいですよ」
「そうかもしれないけどねぇ。由奈ちゃんは、こんな甘いもの食べてるのに、全然太ってないわね。うらやまし」
私はココアを懐かしがりながら飲み込んで、改めて自分の体型を見た。
確かに入社してから、痩せたぐらいだ。
「私、甘党なんですけど、甘いもの食べる時間がぜんぜんなくって。それこそココアなんて、何年ぶりだろ」
いつ飲んだかを思い出そうとしてみたが、全く思い出せない。
飲んでいたのはブラックコーヒーばかりだ。
香りから甘いココアは、体の芯をじんわり溶かしながら温めてくれる。
満足感もあり、コーヒーとちがって急かされない。
マイペースに、前向きに進める味がする。
「ゆーちゃん、たまには、甘いココアもいいでしょ」
お兄さんの声に、私はうなずいた。
「はい。甘いココア、すごくいいです。とっても懐かしいです」
「どこが、懐かしいんだい?」
ビスケットさんの問いに、私は考える。
ココアを飲んでいることだろうか。
それとも、ココア自体なんだろうか。
どこが、懐かしいんだろう……?
はっと顔を上げた私に、ビスケットさんは目を細めて言葉を促した。
「……たぶん、ですけど。懐かしいのは、こうやって、テーブルを囲んでいることだと思うんです」
「ほお」
私の回答が意外だったのか、ビスケットさんはするりと髭をなでる。
「なんだろ。会話がなくても、みんなで同じものを飲んで時間を過ごすって、すごい素敵な時間なんだなって……」
私はこの時間が長く続くように、ちびちびと口に運ぶ。
もうすぐ、この時間が終わってしまう。
「ゆーちゃん、僕はいつでも、話、聞くからね」
ふわりと笑ったお兄さんの顔が目に焼きつく。
口元のほくろ、笑うとなくなる目、少し癖のある黒髪……
記憶の影から姿が現れると思ったそのとき。
まばたきを、1回したと思う。
なぜか私は、家の玄関の前に立っていた。
振り返っても、少し道を戻ってみても、そこは家の近所でしかない。
駅の左に曲がった景色ではない。右に曲がって歩いてきたら見えるいつもの我が家だ。
「……どういう、こと……?」
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