ヒト堕ちの天使 アレッタ

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初めてのおつかい 【山小屋編5】

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 エイビスの後から駆け込んできたフィアは、ぐったりと床に寝そべるジャンの治療をすぐに始めた。
 フィアの手がかざされるだけでジャンの傷が見る間に消えていく。
 顔色もよく、血の気が戻ったように見える。だがそれは一瞬で、彼の顔色はすぐに土気色に染まってしまった。
 それなのに治療を終えたとしてフィアは手を下ろし、さらにシルファに向けて小さく首を横に振った。

 アレッタは無言のまま駆け寄るネージュを押しのけ、引きずる体でジャンの元へと近づくと、まだ立ち膝でいるフィアの腕を掴んだ。

「フィア、まだジャンの治療がおわってない」

「俺は傷を癒せても、病気は治せないんだ」

 フィアの言葉に、アレッタは戸惑いながらも腕を掴む手にさらに力を込めた。

「そ、そんなことない。傷が消えれば、ジャンは……私のことはいい!」

 アレッタの傷を癒そうとするフィアの手を払い、ジャンを治せとせがむアレッタに声がする。

「……アレッタお姉ちゃん、……ありがと……」

 ジャンの声だ───


 …いやだ……いやだ……
 なんなんだ、これは……
 胃が掴まれている。
 痛い。嫌だ、痛い!!!


 ぎゅっとスカートを握りしめ、アレッタは歯をくいしばり、ジャンを見つめた。

「…シルファお姉ちゃん、大好き………」

 シルファは口を結んだまま、じっとジャンを見つめ、その握る手を強めた。

「あたしもよ、ジャン」

 シルファは優しい声音で、ジャンの額に張りついた髪をなであげる。すると苦しそうにしながらも、その手にジャンは微笑んだ。

 アレッタは2人を見つめ、フィアへとすがり、怒鳴り、懇願する。

「…頼む……頼むから、助けてくれっ!
 なぁ!!! 早く、治してくれっ!!!!」

 フィアはただ目を伏せ、首を振るばかりだ。
 振り返ると、ジャンの体が光に包まれ始める……

「あ、……ジャン、ダメだ! まだダメだ! 逝ってはいけないっ!」

 ヒトであるアレッタだが、少ない魔力を極限に引き出し使ったため、その余波で彼の死後が見えるのだ。


 悪霊あくれいになる彼の姿が────


「……ジャン、…ジャン! 死んではダメだっ!!!!」

 黒い煙で覆われ出したジャンの体を払うようにアレッタは騒ぐ。
 騒いでも騒いでもその黒い靄は離れることはない。
 ジャンの体をまとわりつきながら、それはゆっくりと立ちのぼり始め、アレッタの声と反して大きく広がっていく。

「ジャンっ!!! ジャン、…ならないで……お願いだから……おねが………
 ……ああああぁぁっ!!!!!!」

 彼の息が閉じると同時に、一気に黒い霧として膨れ上がった。
 瞬く間に人のカタチを作り出し、空虚の目を赤い光で描いている。モヤのようでありながら、実体となるようにまとまった粒子の渦は、ぎゅるんと円を描き、赤い目をアレッタに向けた。
 
 途端、黒い矢となり襲いかかった。
 
 身じろぎできないアレッタの前に、すぐさまネージュが滑り込む。
 氷で創った剣をかざし、一旦、黒い矢を弾き、歪んで広がった黒い霧に向かって剣を薙いだ。

 まるで鍋の蒸気が消えるように、しゅるりと消えていく黒い影を、その霧散する欠片を、アレッタはすくい集めるように腕を伸ばした。言葉にならない声を上げながら、塵を手に握り、腹に抱え込む。

「……アリー……?」



「あああああああーーーーーーっ!!!!!」


 
 アレッタの声がこの湿った部屋にこだました。


 なぜ悪霊になる。
 あれだけ感謝して死んだジャンが、なぜ悪霊なんだ………

 でも、私は斬らなければならない………



 ───私は、それを、斬り捨ててきたんだ………



 シルファはジャンの手を握り、ただ泣いている。
 伸ばす手も、かける言葉も見つからず、アレッタはうな垂れるように頭を下げた。

「すまな」
「ありがとう、アレッタ」

 シルファはアレッタに優しく微笑んだ。
 弟が死んだのに、微笑んだのだ。

「……親に売られた私たちを救ってくれてありがと……
 ジャンも喜んでる……微笑んで死ねたんだもの……」



 違う、……違う違う違う違うっ!!!!!



 ジャンはこの世に未練が山ほどあった。
 生きたヒトを羨み、憎んでいたんだ。

 憎んでいたんだ………




 ───私を、憎んでいた




「ちょ……アリー……?」

 とぼとぼと歩き出したアレッタに、ネージュはすぐさま駆け寄るが、

「帰る……」

 それだけ言い、アレッタはエンの名を呼んだ。
 男たちはすでにエイビスの術でしばりあげられており、エンは袋から解放されていた。
 アレッタの声にすぐに返事をしたエンは、彼女の肩へと飛び乗った。
 それを一度撫でてからアレッタはとぼとぼと小屋から出ると、外につながれているフィアの馬に近づき、綱へと手を伸ばす。

「ちょ、ちょっと、アリー!」

 駆け寄ろうとするネージュの手首をフィアが掴んだ。

「ネージュ、跨がれば家まで帰るから使え。あと、アレッタにこれ飲ませとけ。回復薬だ」

 ネージュは小さな小瓶を受け取り、

「あ、ありがと。ちょっと……アリー、危ないわっ。危ないから!」

 すぐにアレッタを捕まえると、無理やり小瓶の中身を飲ませた。飲み込んだのを確認し、馬へと乗せると、アレッタの後ろへネージュは座り、綱を持つ。
 アレッタを両手で抱えるようにして腹を蹴られた馬は、ちゃんと屋敷へと向かって走り出した。

 開けられたドアから見える2人の姿と、ゆっくり走り出した蹄の音を聞き、フィアはエイビスへハンカチを差し出す。

「エイビス、これで」

「うん、ありがと……」

 受け取ったハンカチで仮面をぬぐいながら、小さくなっていく2人をエイビスは見つめている。

「どうしたんですか、エイビス」

 すぐに別の馬の嘶きが響いた。
 ヒト側の警察が到着したようだ。
 土を削る音が一斉に止み、多くの雑踏、そして声が迫ってくる。
 小屋の外へと出てみると、すぐに警察署長のグランが駆けてきた。
 
「エイビス卿、ご連絡ありがとうございます」

 深々と頭を下げるグラン署長に、エイビスは一瞥したのち、再び小屋へと視線を戻した。

「グラン署長、ご苦労様。僕、ヒト殺しちゃった。悪いね」

 まだ拭いきれていない赤黒く濡れた仮面と、じっとりと血が染み込んだ白手を見れば一目瞭然だ。
 人にはできない殺し方をするのが魔族。
 グランは顔を青くしながら返事をした。

「……い、いえ。構いません。
 ……おい、お前ら、奥のしょっ引いて、子供の行方聞き出せっ!!」

 指示をだすグランだが、エイビスの横に立ち、

「あの魔族は、どうされるんですか……?」

 地面に転がるデイビーズ達を指差し言った。

地獄に落として処罰するけど……
 そっちでも処罰するなら、どうぞ。好きにしていいよ。聞きたいこともあるだろうし。ただ殺すのだけはダメね。まぁ、そう簡単には死なないけど」

「わかっております」

 再びグランの一声でボロ切れのようなネイビーズたちが引きずられていく。
 そんな彼らを眺め、エイビスは息をついた。


「……僕はあの時から止まったままだ…」


 喧騒が渦巻く小さな小屋を見つめ、エイビスはひとり、呟いた。
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