ヒト堕ちの天使 アレッタ

yolu

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 エイビスが精霊王の元に向かって3時間が経つ。
 だがこちらの3時間は精霊王の世界ではたったの3分。
 そのため、向こうの滞在時間が長ければ長いほど、時差が出る。
 今頃エイビスは早く帰りたいと精霊王に悪態をついている頃だと、フィアは本を眺めて思っていた。
 かすかな布ずれの音を聞きながら、ページをめくり、メガネを上げ直したとき、アレッタの腕が大きく動いた。

「…………生きて…る…のか」

 掠れた声でそう言ったアレッタは、左腕をかざし、半分しか開かない目でぼんやりと見ている。より青が濃くなる手首の模様に視点を定めてから、顔横で丸くなるエンに手を伸ばした。エンはクルルと鳴き声をあげ、頭を擦りつけてくる。

「……フィア……」

「ああ、俺はここにいる……
 ……アレッタ、何か飲むか」

 フィアはアレッタの背にそっと手を差し込み、ゆるく座らせると、サイドテーブルに置いてある陶器の水入れから赤紫のジュースを注ぎ、渡してきた。
 あまりの禍々しい色にアレッタは鼻を寄せるが、甘酸っぱい美味しそうな香りがする。

「これはブドウのジュースだ。エイビスの畑で採れたものになる。甘くてうまいぞ」
 
 アレッタは口の中をゆっくりと潤していく。だがあまりの美味しさに目をしっかりあけると、一気に飲み干した。

 ──確かに甘い。だが、甘いだけじゃない。

 鼻に抜ける果実味はもちろん、酸味もあり、舌に残る渋みもある。
 だが、それをすべてまとめてくれるのが、この甘味だ。
 最初に感じる甘みと、飲んだ後の甘みは同じものだろうか。まるで表情が違う気がする。これならいくらでも飲めてしまいそうだ。

 アレッタは唇を赤く染めながら、すぐにおかわりと、フィアの前にコップを差し出した。
 アレッタの両手で掴むそのコップに注ぎ足してやると、アレッタはすぐに唇をつけ、今度はゆっくりと味わいながら飲み込んでいく。

「…この世界はいろんな飲み物があるんだな……」

 アレッタは満足げにひと呼吸して、布団に潜り直した。
 顔色が落ち着いたのを見てはいたが、フィアは額に手を乗せる。熱の具合を見るためだ。
 平熱とまではいかないが、高熱からは遠ざかったようだ。
 ブドウで濡れた口元もふくため、水で絞ったタオルで顔をぬぐってやると、アレッタは少しすっきりした表情を浮かべた。

「熱も落ち着いたな……ひとまず、安心か……」

「エイビスは?」

「今、エイビスは精霊王の元へと赴いている。あと数時間で戻ると思う」

 そうかと小さく返事をし、アレッタはベッドの布団を肩まで引っ張った。
 客間の天井は華やかだ。
 それを見つめながら、ぽつりと呟く。

「ネージュは大丈夫だろうか……」

 フィアは言っている意味がわからず、アレッタを覗き込んでくる。

「フィア、ネージュが心配だ」

「何がだ。お前は間違いなく、ネージュに殺されかけたんだぞっ」

「きっと何かあるんだ。
 あのネージュがわざわざ心臓を外すと思うか?」

「手元が狂うこともある」

「いや、聖剣がそんなことなどあり得ない」

「違う! お前は死んでいてもおかしくなかったんだぞっ?」

 ここまでの傷を負わせたネージュに憎しみはあれど、赦すことなどあるわけがない。
 フィアの言葉にはその思いが込められている。

 それでもアレッタは諦めきれないようだ。
 ただじっと天井を睨み、小さな手を握りしめた。



「……じゃあ……
 ……なんで、生きているんだ、…私は……」



 唇を噛み涙をこらえるアレッタを、フィアはただ見つめることしかできないでいた───
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