41 / 56
契約
しおりを挟む───アレッタがヒト堕ちとなる。
そう知ったのは、私が神殿で祀られているとき。
いつもと変わらない朝だった。
いつもなら迎えにくる頃にアレッタは来なくて、騒がしい外の音に耳をすませて、初めて知った。
私は常に剣の姿で、彼女と戦うとき以外、私はこの神殿に奉るのが決まりとなっている。
だから当たり前だと言えば当たり前のことなのだろうけど、私は神が赦せなかった。
『───なぜ、私を聖剣にしたの』
私が精霊のままでいれば、アレッタをそんな残酷な目に合わせなくてもいい。
それに私の声が通じるものっ!
この天界で私の声が聞けるのは、アレッタと、あの神の右手であるドゥーシャだけ……
私は身動きの取れない自分がもどかしく、恨めしく、ガタガタと剣を揺らす。
だがその程度でしかない。
今のアレッタを救うことも、叫んで彼女が無実であることも伝えられないなんて……!
それでも私は必死に叫びあげる。
だけど、誰も振り向きはしない。
神殿に近づく者も、ない。
ただ外からは悲痛な声が次々に聞こえてくる。
「アレッタ様がまさか……」
「……羽斬りなら致し方ない」
「信じてたのにっ」
「裏切り者」
「あの、アレッタ様が……」
みんな、聞いて!
アレッタは何もしていないっ!
私にはわかる。
魂がつながっていると言うのはそう言うことだから……
みんな、聞いてっ!!!!
突如、悲鳴が轟いた。
私は瞬間、悟った。
アレッタが、堕ちた。と────
かろうじて生きていることはわかっても、それ以上に何も感じられない……!
こんなことなど今までなかった。
アレッタが生まれてきてから、ずっと感じてきた温もりが、魂の熱が、感じられない……
私はただ絶望に泣いた────
感じられないアレッタの感覚を、細く糸のような繋がりにすがって泣いた。
誰にも聞こえない声を張り上げて、私は泣くしかできなかった。
その声につられてか、あいつは現れた。
ドゥーシャだ。
『ドゥーシャ、どういうことよっ!!!
あたしのアレッタが羽斬りなんてやるわけないじゃないっ!
このあたしが保証するわ。間違いなく冤罪よっ!』
「そうだとして、貴様の声はどこに届くんだ。……天界では、私以外、声が聞こえる者は誰もいなくなった」
不敵に笑うドゥーシャを私は精一杯の気持ちで睨む。
この男の考えていることが、全くわからない───
注意深く見つめる私を嘲笑うように、大きく腕を羽を広げ、彼は言った。
「──君を精霊の姿に戻してやろう」
私はその言葉に、心が跳ねた!
不審がる気持ちよりも、精霊に戻れるというのは私にとって、願ってもないことだったから。
───精霊になればヒトの世界へ降りられる!!!
私は喜びの声で返事をする。
だが、彼の次の言葉を理解するまでに、私は時間がかなりかかった。
「アレッタを殺して来てほしい」
………意味がわからない。
ヒト堕ちにされたアレッタをさらに殺さなければならない理由なんて、ない。
ましてや冤罪なのに!!!
だいたい冤罪であろうと、アレッタは7日間かけて罪を償うのだ。ヒトとして生き、ヒトとして死ぬために。
それを殺せだなんて、理由も何もわからない……
『そんなことできるわけないじゃないっ
あたしはアレッタを助けに行くっ!』
「これでもか……?」
そこにいたのは、私の妹、アンジュだ。
彼女は次期聖剣になる精霊。更に言えば、すでに彼女は将来神の左手になる天使と魂が繋がっている。
アレッタがどのタイミングで神の左手を降りるかはわからないが、アンジュはいつでも聖剣となって一緒に戦う準備を進めていた。
『……あたしのアンジュがどうかしたの』
「本当に残念だ。アレッタを堕とせば、魂の繋がりが消えるかと思っていたのだが、そう簡単ではないのだな……
私はアレッタではない左手が欲しい。従順な左手が!
……そう、私の愛するジョヴァンナに左手になってもらうんだ……!
そのためにはアレッタが死んでくれなくてはいけない。
だから、アレッタを殺してくれれば、アンジュは使わないことにする」
『意味がわからないんだけど……』
「一度聖剣になった精霊は繋がりが消えても、聖剣になることができると聞く」
『それは理論上の話よ』
「──アレッタの羽を腕輪にし、それを媒介とする」
彼が掲げた手には、純白の羽がある。
羽の艶、羽の質感、どれも見ても、それはアレッタの羽────
「この羽に繋がることはできるだろう? 羽は魂のカケラでもあるからな」
『……ちょっと……』
「もし貴様がジョヴァンナの聖剣にならないというのであれば、アンジュをジョヴァンナに繋げる。
無理に繋ぐと死にたくなるほどの激しい痛みがあるのだそうだな。
精霊はそれでも死ねぬのだから、皮肉だな……」
まだ幼いアンジュの顔はひどく怯えている。
それでもアンジュは首を横に振る。
アンジュもアレッタの帰還を望んでいる………
唇が読める。
わ た し へ い き
そんなこと……平気なわけがないっ!!!
今、アンジュも絶望を抱えている。
だけど、私の絶望とアンジュの絶望、どちらが重いなんて比べられない……!!!
そんなとき、不意に聞こえたのは、アレッタの声だ。
『ネージュがいれば、どうにかなる』
どんなに悪霊に囲まれても、どれほどに強い悪霊であっても、それこそ脚をもがれても、腕が消えても、彼女はそう言った。
私がいれば、どうにかなる。
アレッタの口癖みたいなものだ。
私は心のを落ち着かせて返事をした。
『───わかったわ、ドゥーシャ。
アレッタを殺せば、アンジュは無理やり繋げないってことね。
逆に聞くけど、私が聖剣になれば、目的は達成ってことよね?』
「まぁ、そういうことだ。
今の貴様はアレッタにしっかり結びついていて、いくら羽の腕輪があっても繋がれない。
漆刻時計を渡す。次の襲撃までにアレッタを殺してくれればいい」
ドゥーシャはぐしゃぐしゃとアンジュの髪を撫でながら、
「よかったな……お姉ちゃんがお前の身代わりになるそうだ」
「……絶対、神があなたを赦さない……」
アンジュは睨み、呟いた。
そこ言葉に目を見開くと、ドゥーシャの右手がアンジュの頬を殴りあげていた。
『……このっ』
さっと身を引くと、まるで降参だとでも言わんばかりに両手を上げながらドゥーシャは言う。
「神は声でしかない。
私は何度となく問いかけた。だが、神は一方的だ。こちらの声は汲み取らない」
だが、さらに大きく腕を、羽を広げ、神々しく目を細めると、神殿の中を彼の声で満たして言った。
「ならば、ここでは私が神だっ!!!
よく覚えておけっ!」
────私はドゥーシャの手によって精霊へ戻され、そしてヒトの地へと行かされた。
お前の手を汚さなくてもいい
そう言われ、私はドゥーシャに不審がられないようにするために、オークにアレッタの存在を仄めかした。
それは瞬く間にゴブリンの耳にも入り、黄金色の目の子供はヒト堕ちの子として、誘拐事件にまで発展してしまった。
私が助ければどうにかなると思っていたけれど、結局はアレッタの力が全てだった。
さすが、だとも思った。
全ての原因は私の迷い。
私はどちらも助けたい……!
ただただ揺れる心を抱えながら、アレッタと親密な時間を過ごしても、私は彼女にかける言葉が見つからなかった。
だって、裏切っているのだから───
それでも、散々迷うなかで、私は決めた。
【アレッタをヒトと同じ程度の力に落とし、魔力が消えかけたところで、ジョヴァンナと繋がる】
アレッタを傷つけることには変わりないけど……
でも、フィアがいるから、絶対に助かるっ!
一番の目的は、私が聖剣となってジョヴァンナに繋がること。
ヒトになったアレッタを殺すことが目的ではない。
彼女が生きていれば、私も生きてられる……
……もう二度と、アレッタには会えないけれど………
でも、もう、これしかないっ!!!!
思いついた時の私は、これは素晴らしい発想だと自画自賛した。
だって、これしかなかったんだもの………
───ただ、アレッタを刺しとき、私の心は凍ったのだと思う。
なんの波も立たない心になった。
固く、ブレもしない、ただのココロ。
そのココロを、ジョヴァンナは、簡単に撃ち砕いた。
彼女は言ったのだ。
アレッタを殺しに行くと───
ジョヴァンナは私の声が聞こえない。
私はアレッタの羽と繋がったに過ぎない。
想像したらわかることなのに、私はそこまで想像できていなかった。
私はドゥーシャに、騙され、仕組まれていたんだ……
たった1人の妹アンジュも、私が消えれば聖剣にさせられてしまうかもしれない……
ただ、どす黒い感情が私の心を満たしていく。
満たす速度が増すごとに、激しい痛みが魂にずんずんと響く。
………もう、壊れよう。
私は、そう、砕けたココロで決めた────
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる