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週が変わって月曜日になった。朝の時間割が違うため、照とは待ち合わせをしていない。朝から一限がある時以外の日と同じスケジュールであるのに、学は朝から落ち着かなかった。かといって、チャットでメッセージを送ろうにも、何を送ったらいいのかわからず、書いては消してを繰り返している。三限は一緒の講義である。そわそわしながら、学は昼食を終えて、照と一緒の講義に臨んだ。
最後に会った時に、振り向きもせず照が逃げてしまったことを考えると、もしかしたら今日は一緒に座ってくれないかもしれない……と、思っていたのは学の杞憂だった。
講義の席取りして照を待っている。すると、学の後から入ってきた照は当たり前のように隣に座り、ちょっとだけ頷いて会釈してきた。口を開いて何か言おうとしているみたいだが、やはり何も言えず俯いて学の隣に座る。当然ながら二人の間には普段と同じように沈黙がある。
学はこれから沈黙を破って、照と友達にならねばならない。そのために、土曜日にニカと一緒にスケッチブックを買ったのだ。それは、照と話をするためのもので、意味するところは友達になりましょうというマナブの意思表示である。
友達になるという理由で緊張したのなんて、小学生の時以来だ。友達になりましょう、いいよという謎のやり取りはばかばかしいが、学と照はそんなやり取りをして友達になったのだ。自然に友達になったわけじゃないから、お互いのことは実は知らないまま。でも、これから徐々に知っていけばいいというのが学の答えだった。
お互いのことを良く知らないと友達とは言えないんじゃないか。二佳とだって、大学で知り合った九郎とだって、話をして一緒に過ごし、徐々にお互いのことを知って、友達になったのだ。だから、たぶん、照ともそうやって行動すれば友達になれる、と学は考えた。
「あ、あのさ、照」
講義までまだ時間がある。学は先週の出来事などさして何でもないというように照に話しかけた。声が上ずった学を照が見上げる。目を合わせるとさらにしどろもどろになる気がして、学は目を合わせずに、早口で話し始めた。
「えーっと。えー……、いい、無理に何か言わなくても。でも、チャットでもいいから、何か話してくれると助かる。チャットじゃなくても、言いたいことがあったら、ここに、書くのでも良いし」
照の顔を見られないまま、鞄の中からスケッチブックを取り出し、照に差し出す。そして、様子を横目で伺う。何か変に思われていないだろうか、と妙に緊張した。バカげたアイデアだと鼻で笑われてしまったら、ちょっとくじけそうだ。
照が学の手からおずおずとスケッチブックを受け取った。休みの日に二佳と一緒に選んだスケッチブックである。手に持ちやすいが、あまり小さくはない。メモ帳よりは大きい画面は、照が抱えて書くのにちょうどいいサイズだった。照が学に話したいことがあるかわからないが、せめて、日常会話だけでもできたら嬉しい。
照が迷ったようにスケッチブックを広げて、それからシャープペンシルで何かを書き始めた。短く描いたそれを学に見せる。
『ありがとう。』
どうやら筆談は拒否されなかったらしい。緊張していた学だったが、ようやく肩の力を抜くことができた。照の方を向くと、照は再びスケッチブックに何かを書いている。今度はちょっと長い文章のようで、学は書き終えるのをじっと待った。もどかしい気持ちもあるが、照が何を考えているのかわからないよりは、待ち時間の方が良い。
照が再び学にスケッチブックを見せた。
『場面緘黙でうまく話せない。』
「場面……えーっと、なんて読むの?」
『かんもく』
照が小さな字でふりがなを書く。知らない言葉だ、調べてもいい? と断って学は端末で場面緘黙について調べた。
場面緘黙とは、特定の状況下で話すことができなくなる症状であるらしい。話す場面を選んだり、自発的に会話を拒否したりしているわけではなく、話したくても話せないのである。
どうやら、照は様々な場面で話そうとすると言葉に詰まるらしく、決して誰かと話をしたくないわけではないらしい。
学に自分の考えが伝わったことがわかるや否や、照は堰を切ったようにいろいろとスケッチブックに書き始めた。
上手く話せないから、喋りたくない。家でもたまにそう。話すことが良くわからなくなる。筆談でもいいと言ってくれたのは学が初めてだったのでとても嬉しい。これなら、ゼミでも発表できるかもしれないから、ちょっと試したい。お金を払えば卒業できる大学だけど、勉強は好き。課題で学と話すと楽しい。図書館の本棚の高いところの本を取るのはとても大変……、という話を走り書きの汚い字で書いてくれた。
『図書館で助けてくれてありがとう。』
照がそう書いて、学にスケッチブックを見せた。
「うん。どういたしまして。怪我がなくてよかった」
そう返すと、ほっとしたように照が眉を下げた。それから、身体が丈夫だから落ちても平気だとも付け足して書いている。
「落ちても平気ってことはないだろ。今度から図書館は僕と一緒に行こう」
学の話し方も心なしか落ち着いてきたように思える。緊張はいつの間にか解けていた。学と一緒にいることを楽しんでくれていると書いてくれて、学もほっと胸をなでおろした。照が心を開いてくれたと同時に、学自身も照に心を開けたような明るい気持ちになったのだった。
『何回もおちたから平気』
スケッチブックにあれこれ学へのメッセージを書く照は無口などではなく、かなりおしゃべりな女の子だったのだ。
最後に会った時に、振り向きもせず照が逃げてしまったことを考えると、もしかしたら今日は一緒に座ってくれないかもしれない……と、思っていたのは学の杞憂だった。
講義の席取りして照を待っている。すると、学の後から入ってきた照は当たり前のように隣に座り、ちょっとだけ頷いて会釈してきた。口を開いて何か言おうとしているみたいだが、やはり何も言えず俯いて学の隣に座る。当然ながら二人の間には普段と同じように沈黙がある。
学はこれから沈黙を破って、照と友達にならねばならない。そのために、土曜日にニカと一緒にスケッチブックを買ったのだ。それは、照と話をするためのもので、意味するところは友達になりましょうというマナブの意思表示である。
友達になるという理由で緊張したのなんて、小学生の時以来だ。友達になりましょう、いいよという謎のやり取りはばかばかしいが、学と照はそんなやり取りをして友達になったのだ。自然に友達になったわけじゃないから、お互いのことは実は知らないまま。でも、これから徐々に知っていけばいいというのが学の答えだった。
お互いのことを良く知らないと友達とは言えないんじゃないか。二佳とだって、大学で知り合った九郎とだって、話をして一緒に過ごし、徐々にお互いのことを知って、友達になったのだ。だから、たぶん、照ともそうやって行動すれば友達になれる、と学は考えた。
「あ、あのさ、照」
講義までまだ時間がある。学は先週の出来事などさして何でもないというように照に話しかけた。声が上ずった学を照が見上げる。目を合わせるとさらにしどろもどろになる気がして、学は目を合わせずに、早口で話し始めた。
「えーっと。えー……、いい、無理に何か言わなくても。でも、チャットでもいいから、何か話してくれると助かる。チャットじゃなくても、言いたいことがあったら、ここに、書くのでも良いし」
照の顔を見られないまま、鞄の中からスケッチブックを取り出し、照に差し出す。そして、様子を横目で伺う。何か変に思われていないだろうか、と妙に緊張した。バカげたアイデアだと鼻で笑われてしまったら、ちょっとくじけそうだ。
照が学の手からおずおずとスケッチブックを受け取った。休みの日に二佳と一緒に選んだスケッチブックである。手に持ちやすいが、あまり小さくはない。メモ帳よりは大きい画面は、照が抱えて書くのにちょうどいいサイズだった。照が学に話したいことがあるかわからないが、せめて、日常会話だけでもできたら嬉しい。
照が迷ったようにスケッチブックを広げて、それからシャープペンシルで何かを書き始めた。短く描いたそれを学に見せる。
『ありがとう。』
どうやら筆談は拒否されなかったらしい。緊張していた学だったが、ようやく肩の力を抜くことができた。照の方を向くと、照は再びスケッチブックに何かを書いている。今度はちょっと長い文章のようで、学は書き終えるのをじっと待った。もどかしい気持ちもあるが、照が何を考えているのかわからないよりは、待ち時間の方が良い。
照が再び学にスケッチブックを見せた。
『場面緘黙でうまく話せない。』
「場面……えーっと、なんて読むの?」
『かんもく』
照が小さな字でふりがなを書く。知らない言葉だ、調べてもいい? と断って学は端末で場面緘黙について調べた。
場面緘黙とは、特定の状況下で話すことができなくなる症状であるらしい。話す場面を選んだり、自発的に会話を拒否したりしているわけではなく、話したくても話せないのである。
どうやら、照は様々な場面で話そうとすると言葉に詰まるらしく、決して誰かと話をしたくないわけではないらしい。
学に自分の考えが伝わったことがわかるや否や、照は堰を切ったようにいろいろとスケッチブックに書き始めた。
上手く話せないから、喋りたくない。家でもたまにそう。話すことが良くわからなくなる。筆談でもいいと言ってくれたのは学が初めてだったのでとても嬉しい。これなら、ゼミでも発表できるかもしれないから、ちょっと試したい。お金を払えば卒業できる大学だけど、勉強は好き。課題で学と話すと楽しい。図書館の本棚の高いところの本を取るのはとても大変……、という話を走り書きの汚い字で書いてくれた。
『図書館で助けてくれてありがとう。』
照がそう書いて、学にスケッチブックを見せた。
「うん。どういたしまして。怪我がなくてよかった」
そう返すと、ほっとしたように照が眉を下げた。それから、身体が丈夫だから落ちても平気だとも付け足して書いている。
「落ちても平気ってことはないだろ。今度から図書館は僕と一緒に行こう」
学の話し方も心なしか落ち着いてきたように思える。緊張はいつの間にか解けていた。学と一緒にいることを楽しんでくれていると書いてくれて、学もほっと胸をなでおろした。照が心を開いてくれたと同時に、学自身も照に心を開けたような明るい気持ちになったのだった。
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