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5.日本酒入ります

旅と言えばワンカップ酒!

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まだ日も登らない早朝。

私とキールは旅行の荷物を抱え、屋敷の周囲に警戒をしつつメガネ君の家から回された馬車に乗り込んだ。


きっと大丈夫! きっと・・・

馬車が動き出す。

馬車には王都を出るまで裏道を通ってもらうようお願いをしてあるし、平民が乗るような庶民的な目立たない馬車を用意して貰っている。
早朝という事で街には殆ど人通りがないが、万が一、誰かがこの馬車を見かけても侯爵家の私が乗っているとは思わないはず。

私とキールは仲良くウィルス性食中毒になり、トイレとベッド間のリレーで忙しく、空気感染するかもしれないということで面会謝絶という設定だ。


万全の体制で対王子‘s に挑んでいるのだが、バレないかという不安でいっぱいだ。

キールもしきりに馬車の外を気にしている。

しばらく心が落ち着かない二人たったが、やがて馬車が王都を抜け朝日が降り注ぐ森の中を走るようになると、気持ちがすっかり旅行モードに入った。
キールと外の景色を楽しみながら、トランプをしたりスナックを食べたり。

早朝からの移動ということで気づいたら二人共寝ていて、目を覚ました時には馬車の外には青い空と青い海、そして大きな港街が広がっていた。

潮風が気持ちいい。
海の匂いがする。

港街ということで街の至る所で海産物を売る店が並んでいる。港から入った輸入品を取り扱う店も多く見受けられる。
街を歩く人達は何処となくリゾートぽい服装をしている。

あー、旅行に来たー!!
という気持ちを満喫する。


やがて馬車は海や街並みを見渡せる高台に建つ大きな屋敷へ着いた。

馬車から降りるなり、メガネ君が出迎えてくれた。

「我がヘイガー家の領地へようこそ! 長旅お疲れ様でした。ゆっくりしていって下さいね。」

「すっごく素敵な街だね! 私、この街めちゃくちゃ気に入った!」

「気に入ってくれて何よりです。」
  
大興奮の私にメガネ君もとても嬉しそうだ。


「姉さん、僕にも挨拶をさせて。」

私の後から馬車から降りてきたキールが、メガネ君にお辞儀をした。

「カシスの弟の、キール・コアントローです。この度は弟の僕までお招きいただきありがとうございます。」

「伯爵家3男のシュタイン・ヘーガーです。こちらこそ我が領地に遊びに来て下さり光栄です。楽しんで行ってくださいね。」

二人は和かに挨拶後、握手をした。
メガネ君はいつも通りニコニコしているが、キールの顔がどことなく硬い気がする。あまり人見知りをする子では無いはずだが・・・。


屋敷の中に案内され、各々の部屋に荷物を運び入れている時、キールがそっと耳打ちをしてきた。

「姉さん、あとで僕の部屋に来て。」



晩御飯は期待以上に豪勢だった。
大きなロブスターの炒め物に、鮮魚のカルパッチョ、色々な貝のワイン蒸しに、巨大魚の姿フライなどなど。
王都ではなかなかありつけない新鮮なシーフード三昧で大満足だった。
やっぱり、旅行っていいねぇ。

ピニャ様は、晩御飯を食べ出した頃に到着され、一緒に食事を取ることが出来た。



晩御飯後、大きくなった腹を抱え私はキールの部屋に向かった。

「キール、どうしたの?」

部屋に入ると深刻そうな顔をしたキールが待っていた。


「姉さん、『おつ糸黙示録』p35を確認して。」

キールに言われ、慌てて部屋から鞄にしまっていた『おつ糸黙示録』を持ってきて、指示されたページを開いた。


ー+ー+ー+ー+ー
=『おつ糸黙示録』=
P35
サポートキャラ『シュタイン・ヘーガー』。

伯爵家3男、ゲームを進めるのに欠かせないサポートキャラ。

見た目は地味だが常に学年TOPの成績を修める秀才。
柔らかい物腰のとても親切な好青年。
主人公の転入初日から色々と世話を焼いてくれるクラスメイト。

ゲーム中ではイベント成功へのヒントや、各攻略対象の恋愛ゲージの状況を教えてくれたり、アイテムをくれたりする。

カシスに直接関わりは無いが、恋愛対象キャラとのGOOD EDの際は、カシス断罪の証拠集めを行うなどして主人公を助ける。

ー+ー+ー+ー+ー


へぇ、サポートキャラなんてものが出てくるんだ。
さすがゲームだな。。

未だ気づかず、ぽけっとしている私にキールが尋ねる。

「今日、バカンスに招待してくれたメガネさんの名前は?」

「メガネ君の名前・・・。何だったっけ?」

「『シュタイン・ヘーガー』だよ!」


OH!!
ナンテコトダ!


しかしふと気づいた。

「でもメガネ君、秀才じゃ無いよ。なんせ私と同じA組だし。同姓同名の別人じゃ無い?」


「それは僕も思った。だけど間違いなく彼がサポキャラだよ。だってゲームのスチルと同じ顔だからね。この5年半、姉さんが今の姉さんになったことによりゲームの設定から変わったことが色々あったね。王子達の事とか、学園内の姉さんを取り巻く環境とか。でもそれらはみな、姉さんが変わったことによる変化だ。しかしシュタイン・へガーは姉さんと関わる前から変わっていた。そこがとても不思議なんだよ。」

確かにキールのいう通りだ。
メガネ君とは学園に入学してから出会った。
私は彼に変化を与えるきっかけは何も作っていない。

「もしかしたら、、メガネ君は私達と同じように前世の記憶があるかもしれないね。」

「確かにそう考えることもできるね。しかしこれから現れる主人公とのことを考えると、彼に対して下手な行動は
取れないね。」


とりあえずメガネ君に対しては、これまで通りに接して様子見ということになった。



翌朝。

食堂に向かうと、食堂の扉の前にメガネ君がいた。
昨晩の話を思い出しちょっと考えてしまったが、極力いつも通りの挨拶をする。

「おはよう!」

メガネ君は挨拶を受け、ビクッとしてからこちらを向きおずおずと挨拶を返してくれた。

「おっ、おは・・よう・・。。」

メガネ君の方が完全に挙動不審である。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと、えっと・・・。」

しきりに食堂の中を気にしている。
私は食堂の扉に近づいた。

「待って!」

メガネ君が私を食堂に近づけさせまいとする。
怪しい・・・。


「どうしたのさ?」

私は強引に食堂を覗き込んだ。


そこには・・・・



「へぇ、このジャムって海藻のジャムなんだね。珍しいね。」

優雅にパンにジャムを塗るギムレット。

「朝から海老が食べられるのって良いな! 俺海老大好きっ!」

皿いっぱいの海老を貪り食うマティーニ。


何故、何故、何故・・・


「あ、カシスおはよう。よく眠れたかい?」

「俺達クタクタだよ。昨晩から馬車飛ばしてやっとさっき到着したところ。めっちゃ腹減った。」


何故、何故、何故・・・・


放心している私の後ろから、いつの間にか食堂に来ていたキールが悪魔達に叫んだ。


「帰れーーー!!」




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