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第1章

赤の姫君 4

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アイたちは商隊の荷馬車に揺られながら、カタン市に向かって帰路についた。馬は逃げていただけだったので、商人が合図の笛を鳴らすと、2頭の馬がちゃんと戻ってきた。

「ねえ、フラン。聞いてもいい?」

馬車の中で、アイは心に引っかかる、素朴な疑問を口にする。

「何でしょう?」

「こんな大きな盾、重くない?」

フランの盾は、縦に長い、角に丸みのある八角形に近い形をしている。

縦の長さが150cm程で、横幅が半分の70cm程ある。今は盾の上下をパタパタと折りたたんで70cm程の正方形の形になっており、裏に付いてる2本のベルトでランドセルの様に背負っていた。

「この盾はとても軽い材質で作られているので、あまり重くはないんです」

「へー、そんなスゴイ材質もあるのね」

話を聞いて、おキクは素直に感心する。

「いえ…その代わり強度も全然ないので、普通は盾の材質に使われません」

フランは慌てて訂正した。しかしフランのその言葉は、さらにアイの疑問を引き出してしまう。

「え…でも、スゴく頑丈だったよ?」

「…すみません。それについては、お答え出来ないんです」

フランがシュンとなって顔を伏せる。

「あ…いいの、いいの、気にしないで!」

アイは「アハハ」と笑いながら、右手を顔の前で何度も振った。

「あの…アイさん、私もいいですか?」

そのときフランが、おずおずと探りながら、ゆっくりと顔を上げる。

「ん…何?」

「私…母親以外のエルフに会うのは、実は今日が初めてなんです!」

その瞬間、フランが瞳を輝かせて、アイにグイッと詰め寄ってきた。

「…んん?」

「とはいえ母もハーフでしたから、私はエルフと言っても4分の1なんです。だからアイさんのような純血種と出会えたことが、本当に嬉しくて、嬉しくて」

「うう……」

アイの頬を、冷や汗が流れ落ちた。物凄い罪悪感が胸の中を支配する。

「エルフは少数民族でしたから、純血種はほとんど残っていないと聞いていたので本当に光栄です」

フランは両手でアイの右手を握りしめた。興奮で頬が真っ赤に紅潮している。

フランに圧倒されているアイの姿を見て、おキクは笑いを堪えるので精一杯であった。

   ~~~

「あ…えーと、フランはアウェイて知ってる?」

フランの嬉しそうな表情に耐えきれず、アイは必死に話題を逸らした。

「…アウェイ?」

その名を繰り返し、フランの瞳から徐々に光が失われていく。

「……知ってます、忘れもしません」

フランの放つ異様な空気に、さすがのアイも気が付いた。

「私の故郷を…カムカ村を焼き払った、魔王軍の大魔導士です」

「うそ…」

予想もしないフランのその言葉に、アイは思わず絶句した。

フランの周りの空気が、凍りついたみたいに張りつめている。

「村の皆んなの仇を討つために…私は、冒険者になったんです」

「…フランてそんな小さいのに冒険者なの?」

その直後、無意識に発したその言葉を、アイは口元を押さえて後悔した。

おキクも蒼い顔でハラハラとしている。

「イヤだ、アイさんたら…私これでも、50年は生きてるんですよ」

フランは口を開けて「アハハ」と大笑いした。一瞬で場の雰囲気が一転する。

「…え?」

しかしそれはそれで、フランの思わぬ年齢に、ふたりは口を開けてポカンとした。

「そういうアイさんは、私から見ても若く見えますけど、今いくつくらいなんですか?」

フランが興味深そうに質問した。

純血種なんだから、それはそれはスゴい年齢だろうと期待している気配がする……

「えーと…」

アイの目が、大慌てで泳ぎまくる。

「と…途中で数えるのやめたからなー、今いくつくらいかなー」

「キャー!!」

その言葉にフランが絶叫した。アイの苦しい言い逃れは、何とかフランには通用したようだ。

おキクはとうとう笑ってしまった。

アバターを思いつきで作るとこんな弊害もあるんだと、おキクはしっかりと肝に命じた。
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