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チートで遺言する
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俺が飛ばされたこのグランバルドは地球から近い所為かイマイチ異世界感を感じなかった。
例えば俺に嫁いでくれたメリッサ。
エルフの混血という触れ込みだが、それを実感した事はあまりない。
言われてみれば、やや耳が尖っている気もしなくもなくもないが。
そもそも俺はこれまでの人生で、女の耳に意識を向けた事はなかった。
異世界要素と言えば、リザード・オーク・スライムくらいか…
解体屋という職業柄、様々な珍獣も持ち込まれるが、動いている姿を見た事が無いので、そこまでの衝撃はない。
だが、眼前に積み上げられたミスリル塊の山は、どこまでも強烈にここが異世界である事を思い出せてくれた。
地球にはこんな神々しい光沢の金属は無い。
『返礼にしては過分ではありませんか!』
慌てて俺がそう申し出た瞬間。
リザード達は愛想良くペコペコしながら素早く乗船して離岸してしまった。
完全に岸から離れ終わってから…
【では約束通り、支払いは完了致しましたので!
そちらの回収が完了してから1週間後に返礼使を派遣しますね!
それでは、今回は公正なトレードありがとうございました!】
それだけ言い捨てると、リザードの前線が対岸に去って行った。
何人かのリザードが河面から顔を半分出して、俺の反応を観察している。
上手い。
特に
【そちらの回収が完了してから1週間後に返礼使を派遣しますね!】
という条件付けは完璧だ。
こちらが物資を回収しない限り交渉は再開しない、というメッセージ。
…参ったな。
クレバーな連中だとは思っていたが、ここまでとはな。
対岸に渡り切ったリザード達は恐る恐るこちらの様子を伺っている。
(遠目に彼らの【心の声が】ポップアップしているがこの距離では確認出来ない。)
欠礼である事は向こうも重々承知なのだ。
それでも敢えて賭けに出た。
なりふり構わず俺にミスリル相応の仕事をさせたいのだ。
彼らの望みはたった一つ。
リザードの【心を読み続けてきた】俺はよく知っている。
彼らの唯一の望みは、コボルト種から身を守る事である。
現在、リザードは反対側の国境戦でコボルト種と戦争を行っている。
いや、戦争などではなく、一方的に負け続けている。
新型戦艦やら連弩やら、リザード側は毎回強力な新兵器を実戦投入しているのだが、合戦の度に惨敗しどんどん戦線を後退させている。
このペースだと来年中に首都が陥落しても不思議ではないらしい。
わかりやすく説明すれば、太平洋戦争末期の我が国くらい悲惨な心境にあるのだ。
前線都市の住民が、いやグランバルド帝国がリザードの侵攻に怯え続けていたように、リザードはコボルト種の猛攻に戦慄している。
そんな状態で、突如珍妙な人間種がやって来た。
その小柄な人間種は、どういう理屈かリザードの言語を解し、積極的に言語を修得し、友好的な人間種を増やしてくれている。
更には、彼らが欠乏させていた資源も大量納品してくれた。
最初は人間種の対リザード研究者かと思っていた。
だが、初見のオーク種とコミュニケートを成功させ、物々交換で麻薬や刀剣まで入手してしまった。
長年細々と沈黙貿易を行っていたリザードからすればシチョー・チートは《神の遣い》以外の何物でもなく、彼らが全てを賭して対コボルト交渉の委託を決意したとしても何の不思議もない。
(皮肉なことに、俺が《神の遣い》というのは紛れもない事実だ)
レザノフが俺の側に近づき、耳元に何かを近づけた。
「イセカイ市長、お疲れ様でした。
リザード語を聞いたのは初めてだったが、君が本当に彼らと会話している事がわかった。
しかも向こうもカタコトの帝国語を所々用いていたね。」
マティアス議長!?
レザノフの通信機?
ずっと遣り取りを聞いていたのか!?
背後には多数の筆記音。
官庁か何かに居るのだろうか?
「ごめんなさいね。
盗み聞きするつもりはなかったのだけど…
突然回線が開いたから驚いたよ。」
「申し訳ありません議長閣下!
まだ通信機に慣れておらず誤起動させてしまっていたようです!」
…アンタら、よくそんなに平然と嘘が吐けるもんだね
それが最適解である事が理解出来るだけに腹が立つ。
「ちなみにレナート。
あれはエリザベスの腹話術ではないんだねw」
「は!
本日はエリザベス姫は同席しておりません!」
「あ~
それじゃあ、そこら辺に潜んでるねww
それとも耳が良くなる薬でも発明して遠くから盗み聞きしてるのかもw」
何がおかしいのか、マティアス議長とレザノフはケラケラ笑う。
…コイツら仲良いな。
ちなみにベスおばは工房から動いてない。
糸の気配からして調合室。
声を殺して何者かと会話している気配を感じる。
「イセカイ市長。
ここからが本題です。
先程、少しミスリルと聞こえたのですが…
リザード種がミスリルを持参して来たのですか?」
『私がミスリルを見たのが初めてなので、何とも言えませんが
未知の鉱物です。
かなりの分量です。』
俺が返答に戸惑っているとレザノフ卿が横から口を挟む。
「正確な鑑定が必要になりますが…
十中八九ミスリルです。
大蔵省の研修では、ここまで大きなインゴットは用いませんでしたが。
それよりも分量です。
目算1㌧。」
「済まない聞き取れなかった。」
「目算1トン前後のミスリルです。」
「…。」
通信機の向こうの筆記音が止まり、一瞬だけ背後でざわめきが起こった後にまた筆記音が再開された。
間違いないな、マティアス議長はどこかの官庁から通信を行っている。
或いは手元に官僚団を呼び寄せているのか?
いずれにせよ先日の様に、《素人》は側にいない。
「先方はどのように言っている?」
「そちらの回収が完了してから1週間後に返礼使を派遣します、と。」
「そう言ったのかね!?」
「翻訳したのはイセカイ市長ですが、概ねそんな所でしょう。」
「レナートもリザード語を覚え始めたのか?」
「いえ。
まだ仕草の特徴くらいしか把握出来ておりません。
別途、報告書を送りますね。」
「なるほど!
リザードの仕草かぁ…
君は昔から観察力凄いからね!
報告書、出来るだけ早めに頼む。
宛先は議会の正規ルートで!
話は通ってるから!」
マティアス議長は誤解していたようなんだけど
レザノフ卿が観察してるのはリザードではなく、俺なんだよね。
(この人、多分俺のスキルに薄々気付き始めているし…)
俺、育ち悪いからさあ。
仕草で色々思考読まれてるんだろうな。
『議長閣下!
それでは段取り通り、物品は全て帝国に寄贈致します。
運搬はヌーベル大佐にお任せしますので。』
「ゴメン!
それはちょっと待って!!
私の一存では判断出来ない!
30分!! 30分だけそこで待機していて!」
少し肌寒くなって来たので、もう帰りたいのだが
最高権力者から《待て》って言われたら待たざるを得ないじゃない。
ヌーベル隊に至っては全員が整列して直立不動の体勢を取っている。
軍人さんは大変だね。
『レザノフ卿。
ミスリルってやっぱり貴重なんですか?』
「…世間一般では。
最も高貴な金属と言われてますね。
大蔵省の特別金庫でも厳重に保管されております。
儀礼用の放出などで増減しますが、300キロ程度は常備されてますよ。」
やれやれ国家備蓄の3倍か…
リザード領でのミスリル産出量までは想像もつかないが…
向こうにとっても国家規模の分量を持ってきた。
贈答、というより政治的メッセージだな。
《シチョー・チートを借りていいですよね?》
という意図がありありと伝わって来る。
小出しに様子を見て来ない辺り、非常にクレバーだ。
彼らリザード種が狙ってる話の流れは下記の通り。
人 「リザードさん! こんな大量のミスリル流石に受け取れないっすよ!」
リ 「ごめんねー。 私達も人間さんのレートにイマイチ疎くてw」
人 「これは受け取り過ぎだと思います、何かこちらから埋め合わせ出来ませんか?」
リ 「うーん、それじゃあシチョー・チートをしばらくお借りさせて下さい」
多少のブレはあったとしても、今後は彼らの書いたこの筋書き通りに事態が推移するだろう。
そもそも俺がそれを望んでいるしな。
ミスリルから少し離れた所で師匠がリザード達(小柄なので子供?)と戯れている。
彼らが捕まえて来たトードを気前よく捌いて、取り出した魔石を配っている。
やはり価値ある物の語彙はすぐに広がるらしく、《マセキ》《ビヒン》《キズアリ》という単語をリザードは使いこなしていた。
向こうの方から《ビヒン!》というリザード達の歓声が頻繁に挙がる。
その様子を見たヌーベル大佐が不安げな表情でレザノフ卿に何事かを囁いている。
【あれは流石に好ましくないのではありませんか!?
いや! 別に批判的な意図で申し上げているのではありませんが!】
と律儀にポップアップしている。
「議長閣下。
こちらの民間人が摩擦防止の為にリザード側に差し入れを行ってます。
はい、彼らがトードの解体を所望していたので。
ええ、職工ギルド長を務めておられるバランギル氏です。
イセカイ市長の師匠にあたる人物に当たります。
友好的感情の醸成にかなり貢献されておられます。
是非、顕彰されるべき人物かと考えます。
はい! イセカイ市長同様に信頼に足る人物です!」
レザノフが通信機を使って、すかさずフォロー。
それを見たヌーベル隊の表情が強張る。
ニック曰く、貴族秩序的にはこれは完全にアウトだそうである。
一介の子爵が自身に貸与されたものとは言え、侯爵嫡男を差し置いて通信機を独占使用している。
本来は通信機を一旦上位者のヌーベルに預け、通話はヌーベルが主体で無くてはならない。
ヌーベル隊の中にはレザノフに憎悪の目線を向けている者もいる。
上官の面子を潰した、と認識されてしまったのだろう。
「他ならぬレナートの推薦だ。
私から話を通しておこう。
職工ギルド長のバランギル氏だったね?」
だが、相手は最高権力者の寵臣である。
政治秩序的にはヌーベルは発言すらさせて貰えない。
大人って大変だね。
「うん、うん。
あー、やっぱりそうだよね。
判例もチェックしておいて。
うん、うん。
わかった、皆には私から話を通しておく。」
役人との話は付いたらしい。
「結論を述べるね?
ミスリルの所有権はあくまでチート・イセカイ市長。
検疫の為に一旦こちらで確認はするけれども、所有者がイセカイ市長であることは不動。
6か月以内の検疫完了を約束します。
以上。」
『議長閣下!
話が違います。
先日の通信では
《リザードからの返礼品は帝国に提出》
と決まったではないですか!?』
「話は違わないよ、イセカイ市長。
《防疫の為に一旦提出して貰う。》
打ち合わせの通りじゃないか?」
『閣下!
社会通念上、一個人に過大な資源を私有させるべきではありません!
このミスリルはあくまで国庫に納付される事が妥当であると進言します!』
「過大な立場に居る者としては耳が痛いねw」
『議長閣下!
私は真面目に申し上げております!』
「《私有させるべきではない》って言うけどさ。
君は私人じゃなくて公人でしょ?
後はレナートと相談して頂戴。
レナート!
他の議員達もイセカイ市長に好意的だ。
来年の叙勲名簿にもう名前載せちゃったから。
後は頼むね?」
「は! 議長閣下の仰せのままに!」
「イセカイ市長。
リザード種の真意はわかる?」
『前回も少し触れましたが、彼らは国土の反対側でコボルトなる種族と戦争しております。
かなり劣勢のようで…
私に翻訳を依頼したいのでしょう。』
「勿論、君の発言を信じるよ。
イセカイ市長の高潔さはよく理解しているからね。
ところで、リザードの主張を裏付ける物質的な証拠は提出可能かな?
頭の固い一部の者を説得してやりたいのでね。」
『今回のミスリルでもそうですが、リザードは書状を積極的に添付してくれております。
これからもヌーベル大佐に託すので…
あ、はい。 レザノフ卿に預けます。
ですので、これからも彼らの言語で贈られてくる書状を照らし合わせていれば
私の言葉の真偽が嫌でも浮き彫りになってくるでしょう。』
「いや!
キミを疑っている訳ではないからね!」
『恐縮です。
それと付け加えますと。
彼らはそのうち絵手紙を渡してくる筈です。
レート表の返信で気付いたのですが、彼らはかなり厳密な等価主義者です。
こちらが絵手紙を渡した以上、彼らも似た形でリアクションをくれるでしょう。』
「コボルトか…
聞くからに恐ろし気な種族だねえ。
リザードさん達も切実だろうなあ。
ところでイセカイ市長。
君の真意も教えておいてよ。」
マティアス大公。
声でしか面識がないが、かなりの巧者だな。
大貴族の癖に妙に世慣れしている。
『真意と言うよりも議長閣下への遺言になってしまうのですが。
この地に住まう各種族が互いに争っているのは
標準座標≪√47WS≫という場所に住む者たちの離間工作によるものです。
私に数学の素養は無いのですが、何名かの知者に尋ねたところ天蓋の果てに位置するようです。
その者を打倒する事が私の目的ですが、達成の為には異種族間の情報共有が必須です。
帝国全土に配置された神像によるスキル診断。
あれが怪しいと見ています。
警戒して下さい。
傍受が怖いので俺は近づかない事に決めてます。
私は近く死ぬか殺されるかすると思いますが、後事は議長閣下にお任せします。』
「…了解した。
内々に調べておこう。」
議長は本当に内々に調べてくれるだろう。
レザノフの応対を見ていれば、議長がそういうタイプの政治家である事は明白である。
安心して戯言を報告書に記せる上司なのである。
その後、しばらく雑談してから議長との通信は終わる。
合議の末、ミスリルは商業ギルドの金庫室で保管。
道路復旧作業が終わり次第、商都へ搬入されるとのこと。
ヌーベル大佐は、俺がミスリルの国家納付を進言し、更には一指も触れようとしない姿勢を強く賞賛した。
どうやら彼の琴線に触れたらしい。
ああ、そうだな。
俺は指一本触れていない。
俺が使役している青スライム(金属消化特化)にはミスリルを覚え込ませたがな。
レザノフ・ヌーベルが俺だけを警戒していた為に、スライムも見つからずに済んだ。
夕刻、何食わぬ顔で師匠が青スライムを回収して帰宅した。
そりゃあ、俺だって最低限の自己防衛はするよ。
就寝前にラルフ君が《ベスおばが通信機を使用していた》と耳打ちしてくれる。
それも俺やレザノフが退出したのを確認してから通話を始めたらしい。
ラルフ君の見立てでは、通信相手は父親のヴィルヘルム公爵。
床の踏み鳴らし方でわかるらしい。
『床の踏み鳴らし方?』
「ボク、作業場所があの人の真下だからよくわかるんです。
ベスさんって、自分が好きな相手と話すときは
凄く機嫌のいいリズムでドンドンするんです。
ちなみに嫌な相手と話す時は不機嫌にドンドン踏み鳴らします。」
とことん迷惑な女だ。
ラルフ君もよく我慢できるよな。
『ああ、つまりあの女は父親が一番好きだから
機嫌の良いリズムで床を踏み鳴らしていたんだね?』
ラルフ君は一瞬不思議そうな表情をした後に
「一番機嫌が良いのは兄弟子と話している時に決まってるじゃないですか。」
と答えた。
そうか、今度からもうちょっと静かにさせるよ。
例えば俺に嫁いでくれたメリッサ。
エルフの混血という触れ込みだが、それを実感した事はあまりない。
言われてみれば、やや耳が尖っている気もしなくもなくもないが。
そもそも俺はこれまでの人生で、女の耳に意識を向けた事はなかった。
異世界要素と言えば、リザード・オーク・スライムくらいか…
解体屋という職業柄、様々な珍獣も持ち込まれるが、動いている姿を見た事が無いので、そこまでの衝撃はない。
だが、眼前に積み上げられたミスリル塊の山は、どこまでも強烈にここが異世界である事を思い出せてくれた。
地球にはこんな神々しい光沢の金属は無い。
『返礼にしては過分ではありませんか!』
慌てて俺がそう申し出た瞬間。
リザード達は愛想良くペコペコしながら素早く乗船して離岸してしまった。
完全に岸から離れ終わってから…
【では約束通り、支払いは完了致しましたので!
そちらの回収が完了してから1週間後に返礼使を派遣しますね!
それでは、今回は公正なトレードありがとうございました!】
それだけ言い捨てると、リザードの前線が対岸に去って行った。
何人かのリザードが河面から顔を半分出して、俺の反応を観察している。
上手い。
特に
【そちらの回収が完了してから1週間後に返礼使を派遣しますね!】
という条件付けは完璧だ。
こちらが物資を回収しない限り交渉は再開しない、というメッセージ。
…参ったな。
クレバーな連中だとは思っていたが、ここまでとはな。
対岸に渡り切ったリザード達は恐る恐るこちらの様子を伺っている。
(遠目に彼らの【心の声が】ポップアップしているがこの距離では確認出来ない。)
欠礼である事は向こうも重々承知なのだ。
それでも敢えて賭けに出た。
なりふり構わず俺にミスリル相応の仕事をさせたいのだ。
彼らの望みはたった一つ。
リザードの【心を読み続けてきた】俺はよく知っている。
彼らの唯一の望みは、コボルト種から身を守る事である。
現在、リザードは反対側の国境戦でコボルト種と戦争を行っている。
いや、戦争などではなく、一方的に負け続けている。
新型戦艦やら連弩やら、リザード側は毎回強力な新兵器を実戦投入しているのだが、合戦の度に惨敗しどんどん戦線を後退させている。
このペースだと来年中に首都が陥落しても不思議ではないらしい。
わかりやすく説明すれば、太平洋戦争末期の我が国くらい悲惨な心境にあるのだ。
前線都市の住民が、いやグランバルド帝国がリザードの侵攻に怯え続けていたように、リザードはコボルト種の猛攻に戦慄している。
そんな状態で、突如珍妙な人間種がやって来た。
その小柄な人間種は、どういう理屈かリザードの言語を解し、積極的に言語を修得し、友好的な人間種を増やしてくれている。
更には、彼らが欠乏させていた資源も大量納品してくれた。
最初は人間種の対リザード研究者かと思っていた。
だが、初見のオーク種とコミュニケートを成功させ、物々交換で麻薬や刀剣まで入手してしまった。
長年細々と沈黙貿易を行っていたリザードからすればシチョー・チートは《神の遣い》以外の何物でもなく、彼らが全てを賭して対コボルト交渉の委託を決意したとしても何の不思議もない。
(皮肉なことに、俺が《神の遣い》というのは紛れもない事実だ)
レザノフが俺の側に近づき、耳元に何かを近づけた。
「イセカイ市長、お疲れ様でした。
リザード語を聞いたのは初めてだったが、君が本当に彼らと会話している事がわかった。
しかも向こうもカタコトの帝国語を所々用いていたね。」
マティアス議長!?
レザノフの通信機?
ずっと遣り取りを聞いていたのか!?
背後には多数の筆記音。
官庁か何かに居るのだろうか?
「ごめんなさいね。
盗み聞きするつもりはなかったのだけど…
突然回線が開いたから驚いたよ。」
「申し訳ありません議長閣下!
まだ通信機に慣れておらず誤起動させてしまっていたようです!」
…アンタら、よくそんなに平然と嘘が吐けるもんだね
それが最適解である事が理解出来るだけに腹が立つ。
「ちなみにレナート。
あれはエリザベスの腹話術ではないんだねw」
「は!
本日はエリザベス姫は同席しておりません!」
「あ~
それじゃあ、そこら辺に潜んでるねww
それとも耳が良くなる薬でも発明して遠くから盗み聞きしてるのかもw」
何がおかしいのか、マティアス議長とレザノフはケラケラ笑う。
…コイツら仲良いな。
ちなみにベスおばは工房から動いてない。
糸の気配からして調合室。
声を殺して何者かと会話している気配を感じる。
「イセカイ市長。
ここからが本題です。
先程、少しミスリルと聞こえたのですが…
リザード種がミスリルを持参して来たのですか?」
『私がミスリルを見たのが初めてなので、何とも言えませんが
未知の鉱物です。
かなりの分量です。』
俺が返答に戸惑っているとレザノフ卿が横から口を挟む。
「正確な鑑定が必要になりますが…
十中八九ミスリルです。
大蔵省の研修では、ここまで大きなインゴットは用いませんでしたが。
それよりも分量です。
目算1㌧。」
「済まない聞き取れなかった。」
「目算1トン前後のミスリルです。」
「…。」
通信機の向こうの筆記音が止まり、一瞬だけ背後でざわめきが起こった後にまた筆記音が再開された。
間違いないな、マティアス議長はどこかの官庁から通信を行っている。
或いは手元に官僚団を呼び寄せているのか?
いずれにせよ先日の様に、《素人》は側にいない。
「先方はどのように言っている?」
「そちらの回収が完了してから1週間後に返礼使を派遣します、と。」
「そう言ったのかね!?」
「翻訳したのはイセカイ市長ですが、概ねそんな所でしょう。」
「レナートもリザード語を覚え始めたのか?」
「いえ。
まだ仕草の特徴くらいしか把握出来ておりません。
別途、報告書を送りますね。」
「なるほど!
リザードの仕草かぁ…
君は昔から観察力凄いからね!
報告書、出来るだけ早めに頼む。
宛先は議会の正規ルートで!
話は通ってるから!」
マティアス議長は誤解していたようなんだけど
レザノフ卿が観察してるのはリザードではなく、俺なんだよね。
(この人、多分俺のスキルに薄々気付き始めているし…)
俺、育ち悪いからさあ。
仕草で色々思考読まれてるんだろうな。
『議長閣下!
それでは段取り通り、物品は全て帝国に寄贈致します。
運搬はヌーベル大佐にお任せしますので。』
「ゴメン!
それはちょっと待って!!
私の一存では判断出来ない!
30分!! 30分だけそこで待機していて!」
少し肌寒くなって来たので、もう帰りたいのだが
最高権力者から《待て》って言われたら待たざるを得ないじゃない。
ヌーベル隊に至っては全員が整列して直立不動の体勢を取っている。
軍人さんは大変だね。
『レザノフ卿。
ミスリルってやっぱり貴重なんですか?』
「…世間一般では。
最も高貴な金属と言われてますね。
大蔵省の特別金庫でも厳重に保管されております。
儀礼用の放出などで増減しますが、300キロ程度は常備されてますよ。」
やれやれ国家備蓄の3倍か…
リザード領でのミスリル産出量までは想像もつかないが…
向こうにとっても国家規模の分量を持ってきた。
贈答、というより政治的メッセージだな。
《シチョー・チートを借りていいですよね?》
という意図がありありと伝わって来る。
小出しに様子を見て来ない辺り、非常にクレバーだ。
彼らリザード種が狙ってる話の流れは下記の通り。
人 「リザードさん! こんな大量のミスリル流石に受け取れないっすよ!」
リ 「ごめんねー。 私達も人間さんのレートにイマイチ疎くてw」
人 「これは受け取り過ぎだと思います、何かこちらから埋め合わせ出来ませんか?」
リ 「うーん、それじゃあシチョー・チートをしばらくお借りさせて下さい」
多少のブレはあったとしても、今後は彼らの書いたこの筋書き通りに事態が推移するだろう。
そもそも俺がそれを望んでいるしな。
ミスリルから少し離れた所で師匠がリザード達(小柄なので子供?)と戯れている。
彼らが捕まえて来たトードを気前よく捌いて、取り出した魔石を配っている。
やはり価値ある物の語彙はすぐに広がるらしく、《マセキ》《ビヒン》《キズアリ》という単語をリザードは使いこなしていた。
向こうの方から《ビヒン!》というリザード達の歓声が頻繁に挙がる。
その様子を見たヌーベル大佐が不安げな表情でレザノフ卿に何事かを囁いている。
【あれは流石に好ましくないのではありませんか!?
いや! 別に批判的な意図で申し上げているのではありませんが!】
と律儀にポップアップしている。
「議長閣下。
こちらの民間人が摩擦防止の為にリザード側に差し入れを行ってます。
はい、彼らがトードの解体を所望していたので。
ええ、職工ギルド長を務めておられるバランギル氏です。
イセカイ市長の師匠にあたる人物に当たります。
友好的感情の醸成にかなり貢献されておられます。
是非、顕彰されるべき人物かと考えます。
はい! イセカイ市長同様に信頼に足る人物です!」
レザノフが通信機を使って、すかさずフォロー。
それを見たヌーベル隊の表情が強張る。
ニック曰く、貴族秩序的にはこれは完全にアウトだそうである。
一介の子爵が自身に貸与されたものとは言え、侯爵嫡男を差し置いて通信機を独占使用している。
本来は通信機を一旦上位者のヌーベルに預け、通話はヌーベルが主体で無くてはならない。
ヌーベル隊の中にはレザノフに憎悪の目線を向けている者もいる。
上官の面子を潰した、と認識されてしまったのだろう。
「他ならぬレナートの推薦だ。
私から話を通しておこう。
職工ギルド長のバランギル氏だったね?」
だが、相手は最高権力者の寵臣である。
政治秩序的にはヌーベルは発言すらさせて貰えない。
大人って大変だね。
「うん、うん。
あー、やっぱりそうだよね。
判例もチェックしておいて。
うん、うん。
わかった、皆には私から話を通しておく。」
役人との話は付いたらしい。
「結論を述べるね?
ミスリルの所有権はあくまでチート・イセカイ市長。
検疫の為に一旦こちらで確認はするけれども、所有者がイセカイ市長であることは不動。
6か月以内の検疫完了を約束します。
以上。」
『議長閣下!
話が違います。
先日の通信では
《リザードからの返礼品は帝国に提出》
と決まったではないですか!?』
「話は違わないよ、イセカイ市長。
《防疫の為に一旦提出して貰う。》
打ち合わせの通りじゃないか?」
『閣下!
社会通念上、一個人に過大な資源を私有させるべきではありません!
このミスリルはあくまで国庫に納付される事が妥当であると進言します!』
「過大な立場に居る者としては耳が痛いねw」
『議長閣下!
私は真面目に申し上げております!』
「《私有させるべきではない》って言うけどさ。
君は私人じゃなくて公人でしょ?
後はレナートと相談して頂戴。
レナート!
他の議員達もイセカイ市長に好意的だ。
来年の叙勲名簿にもう名前載せちゃったから。
後は頼むね?」
「は! 議長閣下の仰せのままに!」
「イセカイ市長。
リザード種の真意はわかる?」
『前回も少し触れましたが、彼らは国土の反対側でコボルトなる種族と戦争しております。
かなり劣勢のようで…
私に翻訳を依頼したいのでしょう。』
「勿論、君の発言を信じるよ。
イセカイ市長の高潔さはよく理解しているからね。
ところで、リザードの主張を裏付ける物質的な証拠は提出可能かな?
頭の固い一部の者を説得してやりたいのでね。」
『今回のミスリルでもそうですが、リザードは書状を積極的に添付してくれております。
これからもヌーベル大佐に託すので…
あ、はい。 レザノフ卿に預けます。
ですので、これからも彼らの言語で贈られてくる書状を照らし合わせていれば
私の言葉の真偽が嫌でも浮き彫りになってくるでしょう。』
「いや!
キミを疑っている訳ではないからね!」
『恐縮です。
それと付け加えますと。
彼らはそのうち絵手紙を渡してくる筈です。
レート表の返信で気付いたのですが、彼らはかなり厳密な等価主義者です。
こちらが絵手紙を渡した以上、彼らも似た形でリアクションをくれるでしょう。』
「コボルトか…
聞くからに恐ろし気な種族だねえ。
リザードさん達も切実だろうなあ。
ところでイセカイ市長。
君の真意も教えておいてよ。」
マティアス大公。
声でしか面識がないが、かなりの巧者だな。
大貴族の癖に妙に世慣れしている。
『真意と言うよりも議長閣下への遺言になってしまうのですが。
この地に住まう各種族が互いに争っているのは
標準座標≪√47WS≫という場所に住む者たちの離間工作によるものです。
私に数学の素養は無いのですが、何名かの知者に尋ねたところ天蓋の果てに位置するようです。
その者を打倒する事が私の目的ですが、達成の為には異種族間の情報共有が必須です。
帝国全土に配置された神像によるスキル診断。
あれが怪しいと見ています。
警戒して下さい。
傍受が怖いので俺は近づかない事に決めてます。
私は近く死ぬか殺されるかすると思いますが、後事は議長閣下にお任せします。』
「…了解した。
内々に調べておこう。」
議長は本当に内々に調べてくれるだろう。
レザノフの応対を見ていれば、議長がそういうタイプの政治家である事は明白である。
安心して戯言を報告書に記せる上司なのである。
その後、しばらく雑談してから議長との通信は終わる。
合議の末、ミスリルは商業ギルドの金庫室で保管。
道路復旧作業が終わり次第、商都へ搬入されるとのこと。
ヌーベル大佐は、俺がミスリルの国家納付を進言し、更には一指も触れようとしない姿勢を強く賞賛した。
どうやら彼の琴線に触れたらしい。
ああ、そうだな。
俺は指一本触れていない。
俺が使役している青スライム(金属消化特化)にはミスリルを覚え込ませたがな。
レザノフ・ヌーベルが俺だけを警戒していた為に、スライムも見つからずに済んだ。
夕刻、何食わぬ顔で師匠が青スライムを回収して帰宅した。
そりゃあ、俺だって最低限の自己防衛はするよ。
就寝前にラルフ君が《ベスおばが通信機を使用していた》と耳打ちしてくれる。
それも俺やレザノフが退出したのを確認してから通話を始めたらしい。
ラルフ君の見立てでは、通信相手は父親のヴィルヘルム公爵。
床の踏み鳴らし方でわかるらしい。
『床の踏み鳴らし方?』
「ボク、作業場所があの人の真下だからよくわかるんです。
ベスさんって、自分が好きな相手と話すときは
凄く機嫌のいいリズムでドンドンするんです。
ちなみに嫌な相手と話す時は不機嫌にドンドン踏み鳴らします。」
とことん迷惑な女だ。
ラルフ君もよく我慢できるよな。
『ああ、つまりあの女は父親が一番好きだから
機嫌の良いリズムで床を踏み鳴らしていたんだね?』
ラルフ君は一瞬不思議そうな表情をした後に
「一番機嫌が良いのは兄弟子と話している時に決まってるじゃないですか。」
と答えた。
そうか、今度からもうちょっと静かにさせるよ。
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