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チートで詰め腹を切らせる

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肌寒い朝が続くようになって来た。
ドランさん曰く、「今年の冬は厳しい上に長引くだろう」とのこと。
乾燥工房に長年勤務し、気象の変化をチェックし続けてきたドランの読みは侮れない。
越冬準備急がなきゃな。



俺がやるべき事は大きく分けて二つ。

・冬が来る前にスラム(城壁の外のバラック)に住む連中を城内に入れること。
・冬を越す為の備蓄を確保すること。


引っ越しは順調に進んでいるが、問題は備蓄だな。
不法滞在者の多いこの前線都市、正確な人口からして分からない。
(いや帝国中枢から見れば、撤収命令を無視してこの街に居座った市民全てが不法滞在者そのものであろう。)
少しずつ溜めては居るが、こんなので足りるのか?
この目測に関してはレザノフ卿を頼っている。



『レザノフ卿。
この通り備蓄は進めているのですが。
他には何が必要になりますか?』


「かなりいい線行ってますね。
この薬品棚は全てエリザベス姫が?」


『ええ。
家賃代わりに色々作って貰ってます。
リザードから翡翠を入手出来たおかげで、冬用万能薬が作れたのが大きいです。』


「干し肉も…
結構量がありますね。
バランギル氏が確保してくれた塩も…
これは冬どころか、数年は持ちますよ。」


各地を(諜報任務で)回って来たレザノフが保証してくれるのは嬉しい。
2人で倉庫チェックする。


「全体量はまだ少ないですが、品目のチョイスが正確です。
どうやって、これらの品目の必要性を知ったのですか?」


『古書ですが… 
ロブスキー将軍の著書を読んで、城塞都市に必要な物資を知りました。』


「夏冬戦国時代の名将ですな。
数々の籠城戦を耐え抜いた英雄から学んだのであれば、納得です。
この冬は特に大変でしょうが、皆で乗り切って行きましょう。」


『ロブスキー将軍とは異なり、この前線都市は敵に囲まれている訳ではありません。
生存に専念できる分、恵まれているとは考えております。』


そう。
前線都市の第一仮想的であったリザード種との信頼構築が順調な今、全てのリソースを生活保全に回せる。
状況はかなり良くなっているのだ。


「イセカイ市長が以前仰った《一人の餓死者・凍死者も出さない》という宣言。
あの時信じる事が出来なかった己の愚かさを深く恥じております。」


この男は恥じてなどいない。
《街の近郊で遭難しての凍死に偽装して俺を殺す》
という計画を別の筋書きに変更するだけである。


今は安心だ。
リザード・オーク両種族との交渉が順調な現在、《彼らとの正式国交が成立するまでは殺すな》との命令がレザノフに下された。
当面、俺への殺意は封印されるようだ。
(リザードとの国交はレザノフが想定しているよりも早く成立するだろう。
何故なら彼らがそれを強く望んでいるからである。)


『レザノフ卿…
帝都から支援物資みたいなもの貰えますか?』


「今までは困難でしたが
イセカイ市長がミスリルの寄贈を申し出た事で現実的になりました。
実際、商都からの道路整備法案も可決されましたし、工事入札資格がこの街の業者にも適用される事が内定しております。
実感が無いかも知れませんが、かなりの経済効果が見込めますよ。」


『食糧とか…
いつも足りてるのですか?』


「毎年、不足します。
正確に言えば、毎年冬は食糧価格が高騰…
厳冬になると暴騰します。」


『次の通信で、帝都に物資支援を要求してもいいですか?
ミスリル代として。』


「ミスリル代と言う事なら、却下されるでしょうね。
1000年間は前線都市を支援する義理が生じてしまいます。
議長も悪いようにはされないと思いますので…」


そうだな。
俺も【皆の心を読みまくっている】が、明確な殺意を持っているのは今のところレザノフ卿くらいのもので、露骨な敵意を持つ者は他に居ない。
仮に居ても、すぐに発見し駆逐する事が可能だ。



現に2人だけ排除させて貰った。


1人はヘンリーク一派の残党。
俺に報復する機会を伺っていたので、ヨーゼフに頼んで捕縛して貰った。
(賞金はヨーゼフに譲りたい。)

もう1人は武器屋のアイザック氏。
ヤクザと癒着している人間が公職に就いた事がどうしても許せないらしかった。
気持ちは解るが敵意があまりに強烈過ぎたので、能力で【罪状を調べて】第三者に告発して貰った。
盗品の売買・従業員のへの給与不払い・禁止薬品の販売という、潰すにはややパンチの弱い罪状の合わせ技だったが、何とか街から追放する事に成功した。


改めて【心を読む能力】の万能性を痛感する。
一方的に敵味方を識別出来るのは、まさしくチートである。



打ち合わせを終えた俺・レザノフ・ヌーベルの3人で商業ギルドの食堂で腹ごしらえをしていたら、突然話し掛けられる。
誰かと思って顔をよく見ると、俺を告発して処刑しようとした監察官のヴァルダロス伯爵だった。


『まだ居たんですか!?』


思わず、そんな反応をしてしまう。
後から思えば無礼な物言いだが、この男はとっくの昔に帝都に帰って切腹したものだと思い込んでいたのだ。


「いやあ、色々ありまして…」


話を聞くと、伯爵の部下は副使ベルナールに従って全員帰ってしまったそうだ。


『私は官界のルールに疎いのですが、復命しなければ拙いのではないでしょうか?』


「…。」


伯爵は黙って下を向いてしまう。
【心を読む】限り、どうやら俺に上へのとりなしを頼みたいらしい。
事情を聞いていたらしいヌーベルが俺に、アイコンタクトで《助けなくてもいいよ》みたいな合図を送って来る。

【この人、切腹確定でしょ?
振舞が見苦しいって噂になってるよ?】

とヌーベルの心中。


確かにそうなんだよな。
俺から見ても見苦しいと思う。
《処罰(切腹)が怖いから巡察先に閉じこもってます。》
というムーブにしか見えないよな。


『部下の方も帰られた訳ですし…
伯爵閣下もそろそろ帝都に戻らないと…
問題になってしまうのではないでしょうか?』


ヴァルダロス伯爵が執拗にチラ見してくるので、俺も常識論を返す事にする。


「閣下はやめて下さいよ…
もう、イセカイ市長の方が席次が高いのですから…」


『席次? 
あの、私は平民ですよ?』


伯爵が頬を膨らませて黙り込んでしまったので、俺は左右に助けを求める。


レザノフ曰く。
《上級市民は建前こそ平民だが、公的な場では準男爵と同等に扱われるのが通例なので平民とは言い切れない》

ヌーベル曰く
《イセカイ市長はヴィルヘルム公爵家の長女を娶っているので、伯爵クラスでは口を出せる存在では無くなってしまった。
それに加え、通信機越しとは言え七大公家当主から直答を許されている。
貴族秩序的にはかなりの席次が用意されるポジション。》



ああ、なるほどな。
赤い糸…
の副産物か。

ラノベとかだと、貴族令嬢との恋愛ってその父親から攻撃される最大の山場イベントなんだけど、ヴィルヘルム公爵はベスおばを持て余してるしな…


「これは経験則ですが…
イセカイ市長には叙爵ありますよ。
まず伯爵、お披露目を終えてから侯爵に陞爵のルートが現実的です。」


ヴァルダロス伯爵を別席に座らせてからヌーベル大佐が俺に耳打ちする。
一応、伯爵にもお茶は出されているので、そこまで酷い扱いは受けていないようだ。



『まさか。
流石に侯爵は上げすぎでしょう。
前も議長閣下が叙爵に言及して下さりましたが。
準男爵くらいかな、と。』


レザノフとヌーベルが同時に《いやいや、それは無い》というジェスチャーをする。
俺が的外れらしい。


「そもそも上級市民が準男爵と同格です。
なので、褒賞が与えられる場合、男爵以上の位階が妥当となります。」


『では、男爵位が相当なのでは?』


「無いですね。
エリザベス様の配偶者が男爵、というのはヴィルヘルム公爵家の面子を潰します。
本来、エリザベス様に釣り合う結婚相手は七大公家or公爵家の嫡男クラスです。
なので、ミスリルの件も加味して、上層部はイセカイ市長に相応のポストを用意して来るはずです。」



レザノフは微笑で「おめでとうございます」と拍手しながら、俺に顔を近づけ

「余程の問題が発生しない限り、貴方の人生は安泰ですな。」

と付け加えた。
俺の最大の理解者であるこの男は、俺がこの後にアクションを起こそうとしている事をよく理解している。


『ヴァルダロス伯爵、どうします?』


「次の通信で確認を取りましょう。
もうすぐ定時報告の時間ですしね。
まあ議長としても《送り返せ》と言われるでしょうがね。
さあお二方、部屋に戻りましょう。」


俺は食べるのが遅れたサンドイッチを慌てて食べると、席を立った。
伯爵が何か話し掛けたそうな顔でこちらを凝視して来るが、俺も忙しいので無視する。
だってそうだろう。
切腹者如きに構って議長閣下との通信に遅刻する訳には行かないのだから。





議長控室との通信(11回目)
もうかなり慣れて来た。
俺も議長閣下も粛々と話を進める。


冒頭、レザノフがヴァルダロスの居座りを指摘。
ノータイムで「じゃあ強制送還で。」と大公が返答して、その話題は終わり。

問題は1㌧のミスリル。
議会も大蔵省にも試算させたが
「ミスリルは戦略物資でもあるので値の付けようが無い。
現に省内保管のミスリルには値段を付けていない。」
とのこと。
時代によっては1㌘1億ウェン近くの価格で取引されていた事もあるので、そのレートだとミスリル1㌧は100兆ウェンの評価額となるそうだ。


『議長閣下。
個人が100兆ウェンもの資産を持つのは現実的ではありませんし。
国家運営上も好ましくありません。
当初の約束通り、国家に寄贈させて下さい。』


「いやいや。
当初こちらが申し出たのは《買い上げ》だよ。
社会通念上妥当な報酬をイセカイ市長に支払わねばならない。
ミスリル1㌧の価格として相応しい金額をね。」


『お気遣いには感謝しております。
ただですね。
100兆ウェン規模の公費を一個人に支払ってしまったら、それこそ経済バランスが崩れてしまいます。』


「実はその試算もさせてみたのだが。
あまり宜しくないシミュレーション結果が幾通りか上がって来たよ。
キャッシュで支払うのは現実的ではない。
そこで… 君にとっては不本意だろうが…
叙爵、という形に…

あ~、これはフェアではないな。
ミスリル関係なく、異種族との交渉役を任せる者には
どのみちそれなりの役職を与える予定だったから。

うん、そうだな。
どのみち叙爵は行う。
それとは別にこちらから提供出来るのは…
この前の話くらいか?

標準座標≪√47WS≫だったよな?」


『ええ、閣下の御力で何とか出来ませんか?』


「お抱えの数学者に計算させてみた。
天蓋の遥か先の話になっちゃうよ?

キミの言い分は…
《天蓋の遥か先に居る連中が各所に設置された神像を通して戦争を煽っている》
これで正しい?」


『あ、はい。
私はそう考えております。』


「でね?
先日、偶然。
帝都の神像が破損する事件が発生した。
当然、敬虔なる私は現場を封鎖し、お抱えの職人に緊急修繕を命じた訳だ。」


議長結構アグレッシブだな。


「神像の中にね?
魔石に酷似した物質が埋め込まれていた。」


『ぶ、分解したのですか!?』


「信仰心だよ。
少しでも正確に修繕しないと不敬だろう?」


『た、確かに。』


「信用できる学者にも見せたのだが
あんな物質は見た事もない、とのことだ。

ああ、安心して欲しい。
帝都大学の理事長は私の甥、冒険者ギルド本部の主席監査役は分家筋の者。
話は漏れないようにしている。」


上級国民パワーエグイな。



「続けるぞ?
神祇省が製造している神像。
あれは神託に基づいたデザインだということだ。
中核にある正体不明の物質。
あれも神祇省本部の大聖堂に100年に一度くらい纏めて支給されるらしい。」


『し、支給?
一体誰から支給されるのですか?』


「坊主共は、《神から下される》と本気で言っていた。
いや、この世に存在しない物質が神託と同時に発現する事こそが
信仰の源になっているようだな。
ちなみにイセカイ君。
キミ、神の存在を信じるタイプ?」


『超越的な存在は幾らでも存在するでしょうが
それが我々人類にとって好ましいものである、という幻想は持ち合わせておりません。
少なくとも向こうから接触してくる場合、向こうにとって益になる何らかの魂胆がある事は間違いありません。』


「私好みの回答だw
実に賢明な思考をしているね。
どう、キミ軍務省に行って情報部の連中に講義をしてやってくれない?」


笑えない冗談なので、無難に笑っておく。
レザノフの方は一切見ない事にする。


「ここから先は私見だがね。
世間一般で言われている、《スキル診断の際の見られている感触》。
あれは事実だよ。
何者かに監視されてる気配はある。
この通信機だってそうだろう?
誰かが通信の向こうで息を潜めて聞き耳を立てていれば…
勘のいい者ならわかるじゃない、そういうの。
その感触が嫌でスキル診断をしない者も多いし、そこに神性を感じて入信する者も多少は存在する。」


『まさか議長閣下に真に受けて頂けるとは思いませんでした。』


「真に受けるも何も、これまでのキミの発言は全て真実だった。
利益を得る為や、世間を騒がせる事を目的に嘘は吐いていない。」



なんだ?
通信機の向こうに嘘発見器でもあるのか?
それともそういうスキルを持った人材を待機させている?
まあ、それ位の備えはしてくるだろう。
通信機越しに【心が読めない】ので何とも言えんが。


『恐縮です。』


「リザード問題が一段落したら、キミの話も詳しく聞かせて欲しいな。」


『はい、喜んで。』


今の口ぶりで確信したが、向こうは俺が日本人である事を前提に話しているな。
まあ、これだけ日本からの転移者が色々やらかして来たのだ。
(田中みたいな女も存在する)
極めてイレギュラーな存在が出現したら、まずは日本人であるかを疑うよな。


「叙爵、受けてくれるね?」


『あ、はい。
閣下の御命令ですから!』


「っふw」


通信機の向こうで堪えずに漏れた失笑が聞こえる。
しまった。
《命令されたから叙爵されてます》
とでも言わんばかりの反応じゃないか。
恐らく普通のグランバルド人は絶対にこんな回答をしない。
今の閣下の失笑は
《ほらね、やっぱりオマエ日本人じゃないかw》
というニュアンスに他ならない。


レザノフも【グランバルド人の感性ではないよな。】と思考しているので、もうバレバレなのだろう。
敢えて言及しないのは、日本人と知った上で俺を始末すれば、他の日本人転移者が反感を持ったりパニックを起こしたりするからである。

グランバルドの総意として、《転移者の情報・知見は極限まで吸収する》というものがある。
その目的に基づき、転移者は概ね甘やかされているのだ。
(殺人鬼の田中が放置されているのが何よりの証拠である。)



「この問題について、他にキミからコメントはあるかい?」


『標準座標≪√47WS≫は、我々の持つ特殊スキルを集めてます。
いえ、神像はスキル収集を目的としたものです。

彼らが必要としているのは
次元跳躍プログラム・元素複製プログラム・狂戦士プログラマム。
前者二つは既に回収済みとの事なので、彼らは残りの狂戦士プログラムを狙ってます。』


「複製…
ああ、あれね。
神祇省がよく言ってる、ロイド・ゴールドマン伝説。

…狂戦士とはどんなスキル?」


『あくまで私の推察ですが、
《獣の様に猛り狂い、一切の苦痛にひるむ事無く死ぬまで戦い続ける》
それが狂戦士なのでは?
と。』


「ひょっとしてイセカイ市長が持ってるんじゃないのーw」


議長が冗談めかして言うが、声の奥は全然笑っていない。


『前も申し上げましたが、私のスキルは鑑定系です。』


「鑑定《系》ねえw」


俺もそろそろ嘘が苦しくなって来たな。
周囲の大人の優しい笑顔が逆に怖い。


『議長、これは私からのお願いなのですが
狂戦士だけは絶対に渡さないで下さい。
それらしき者をスキル診断に掛けないように。』


「なるほど。
少しだけ席を外すね。」



そう言って議長の気配が消える間際、「次はワシ、次はワシ!」と言って誰かが割り込んで来る。


「いやいやイセカイ君! どもども!
この間の話、考えてくれた?」


声の主は以前少しだけ話した事がある七大公の一人だ。


《うむ、殊勝な心掛け感心であるぞ。
褒めて遣わす。》


との台詞を俺に投げかけて、周囲に窘められていた。


「あの件だけどさー。
キミ何がいい?」


あの件ってどの件だよ?
名乗りもせずに、この主語の無さである。
悪気が無さそうなあたり、普段からこういう無神経な振舞をしているのだろう。


「ハルステン・ステンキルソン大公閣下です。
以前、イセカイ市長に対して恩賞の授与を提唱して下さった方です。
《恩賞に何が欲しいか》と問うて下さっております。」


レザノフが小声でフォローしてくれる。
ありがたい男である。


『ステンキルソン閣下。
閣下が仰る私の功とは、前線都市の皆の助けあっての事です。
ですので。
褒賞を頂けるのであれば、街に対して頂戴出来ませんでしょうか?
私は今、冬を越す事だけを考えております。』


そういう無難な事を言っておいた。
通信機の向こうから感極まった様な反応がするので、恐らく何らかの助けをくれることだろう。
レザノフがステンキルソン大公に街の備蓄状況を簡潔に説明していると、ブランタジネット議長が戻ってくる。


「冒険者ギルド総本部の理事連中を隣に控えさせているのだが。
彼らが言うには狂戦士に当て嵌まりそうな人間の心当たりがあるそうだ。
グランバルド屈指の狂人で、微塵の社会性も持ち合わせていないらしい。

名を挙げるぞ。

《遊牧民のゲレル》
《南境商都のキティ》

発見次第、キミ達に連絡を入れる事にする。」



…レザノフ・ヌーベルと3人で顔を見合わせた。
ハイハイ。
それは知ってましたよ。
俺もあの二人はそういう使い道をするつもりだったしね。



『その二人とは面識があります。
キティは所属不明なのですが、ゲレルは私の自宅に出入りしております。
2人がスキル検定を受けない様に気を配りますので、他に危険人物が居れば制止するようにして下さい。』


「他の、と言われても《狂戦士》の話をした瞬間に2人の名前ばかりが挙がったからな。
ちなみにゲレルは遊牧圏で指名手配されているから、あまり交際を大っぴらにしないでくれな。
キティは…  うん、話を聞く限りかなり酷いな。
狂人は狂人同士惹かれ合うのだろうか。」


『2人はエリザベスと結託しているようで。』


「ただ今の発言を撤回する。
人間には皆理性が備わっている。」


同感ですよ議長閣下。
狂人は狂人同士惹かれ合うのです。
…私は違いますからね!


「じゃあ、《他にも何か申告したい事があれば》そこに居るレザノフ子爵に伝えておいてくれ。
責任を持って私に伝達させるから。
レナート、いいな?
これはイセカイ市長の警護も含めての命令だからな?」


「はい、責任を持って伝達します。」


「ちゃんとイセカイ市長を守れよ。
ヌーベル大佐も理解しているな!?
キミ達2人の任務だぞ?」


「は! 了解であります!」


ヌーベルだけが応答する。
レザノフ卿はニコニコしながら口を閉じてしまった。



大体、そういう話の流れで通信は解散となる。
前線都市に補給が貰えるようなので、少し安堵。
それと大目標であった、グランバルド上層部に標準座標≪√47WS≫の存在を信じさせれた点は非常に大きい。


3人で打ち合わせしながら廊下を歩いていると、ウロウロしていたヴァルダロス伯爵に会う。
レザノフが「強制送還だそうです。」と述べると、伯爵は大きく肩を落とし絞り出すような声で

「場所を貸してくれ」

と言った。


俺には意味が解らなかったのだが、ここで切腹するらしい。


『え!? ここでですか!?』


「貴族の世界で《強制送還》と言ったら…
そこで腹を切れ、というニュアンスですね。」


ヌーベルもレザノフも平然としているので、そういうものらしい。
伯爵は荷物置き場と遺書の渡し先をヌーベルに託すと、死装束に着替える為にシャワールームに向かった。


「大佐、介錯はお任せして宜しいでしょうか?
相手は高位の方ですので。」


「謹んで受任致します。」


「では事務周りの処理は私が行いますので
イセカイ市長には検死をお願い致します。
安心して下さい。
切腹を見届けるだけで結構ですので。」


『…いやレザノフ卿が検死をされるのでは?』


「身分的にどうしてもイセカイ市長となってしまいます。
ヴァルダロス家の名誉にも関わってくる話ですので。」


こんな辺境で詰め腹を切らされる時点で名誉も糞もないと思うが、慣習なので従っておく。
帝国人は切腹沙汰に慣れているのか、行政府の中庭に簡素な演台の様な物が組み上げられ、脇差や首桶などが淡々と並べられていく。


白装束で身を包んだヴァルダロス伯爵がやって来て、ヌーベルと切腹の打ち合わせを始める。
少し遅れて正装したニック司祭が登場し、宗教的な宣言を行った後にヴァルダロスが演台に正座した。


「何をしているのです!
早く検死位置に着いて下さい!」


ヌーベルに叱責される。
どうやら検死人は切腹者の正面に陣取り、ちゃんと腹を切ったか、頭部が適切に切断されたかを目視確認しなくてはならないらしい。
これは伯爵以上の上位者にのみ許される名誉ある権限らしいが、流石にこんなモノは要らない。


ヴァルダロスは辞世の句(?)のようなポエムを一句読むと、恨めしそうな目で俺を見ながら腹に脇差を突き立てた。

「痛たたた! 突いた! ちゃんと突いたよ!」

俺を見てヴァルダロスが叫ぶ。
どうやら検死人には切腹行為が本当に遂行されたかを確認し宣言する義務があるらしい。


『ヌーベル大佐!』


こういう情景はよくある事なのだろう。
俺が言い終わる前にヌーベルが太刀を振るった。
転がって来た首が俺を睨み続けている。



軽くPTSDを発症しそうな光景だったが、周囲が厳粛な雰囲気だったので俺も殊勝な表情で黙っている。
その後、色々な書類にサインをさせられて、何度も伯爵の遺骸を検分させられた。

長いグランバルド史では、ありとあらゆる手段で切腹逃れや偽装自決を行われてきたので、それらの抜け道を潰す為にも、切腹には何重もの確認作業が行われるようになったそうだ。


最後にヌーベルから伯爵の生首を突きつけられる。
ホルムルンド氏の時もそうだったが、この首級が伯爵のものである事を宣言せよ、という意味だ。


『ヴァルダロス伯爵の御首に相違ありません!』


こうして伯爵は死んだ。
多少の減俸はあるかも知れないが、御子息の誰かが家督を継ぐことになるらしい。
(但し不手際へのペナルティとして数年は家督継承が承認されない。)



気分が悪かったので俯いていると、レザノフ達が飲みに誘ってくれる。
全然嬉しく無かったが、2杯だけ酒を煽った。
自白剤的な効果のある酒(興奮中枢を刺激して多弁にさせる)をレザノフが親切顔で進めてきたので、苦笑してから帰宅した。

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