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チートで船出する

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今、通信機で聞かされている事だが。
リザード側から南境商都に書状が届いたとのことである。

丸腰のリザード2名が商都近辺に出没し、書状の受け取りを要求した。
流暢ではないにしても、正確に聞き取れるグランバルド語で呼び掛けられた為、見回り兵も基地司令に伝達せざるを得なかった。


《シチョー・チート及び彼の専属絵師を招待させて頂けないだろうか?
傭兵料金が発生するなら支払いの意図があるので、金額を教えて欲しい。》


と、恐ろしく正確なグランバルド語で記されていたようだ。
書状の写しはフッガー少佐が全力騎走で届けてくれるそうである。
今、ブランタジネット議長から伺うに、そういう流れになっている。




「以上があらましだ。
チート伯爵はどうしたい?」


『伯爵?』


「前に叙爵の話をしただろう?
議会で承認取っておいたから。
正式な任命は帝都での叙爵式典が終わってからだが…
キミは遠いし、前倒しで名乗っても良いから。」


『実感がありません。』


「四頭立ての馬車に一日乗っていれば、徐々に理解出来るらしいぞ?
とりあえず前線都市伯という事にしておいたから。
家紋だけ考えておいて?
今、無いって聞いたから。
式典は来春の頭に行う。
来年度の叙爵はキミだけだから
実質的にキミのお披露目式だと思ってくれ。
伯爵ということで、共和議会への議席も付与される。
同じ議員仲間同士宜しくな。」



俺にもレザノフにも、来春俺が生きている構想はない。
俺は標準座標≪√47WS≫に気付かれる前に奇襲を掛けたいし
レザノフにしてもリザードとの条約締結直後の襲撃を計画している。
いずれにせよ、俺が来年を迎える事はないだろう。
仮に生きていたとしたら、今の構想が破綻している事を意味するので、それはそれで喜べない。



『リザード側に行かせて貰っていいんですね?』


「止めても行くだろ?
レナートの警護は必要か?」


『レザノフ卿はこの街に無くてはならない方です。』


「そうか。
なら、仕方ないな。

ああ、それと確認が後手に回って申し訳ないのだが。
…専属絵師とは?」


『私の上司の内縁の奥様です。』


「女性か…
行かせるの?」


『上司も奥様も行きたそうな素振りではあります。』


「報酬はどうすればいい?」


『先方が言っている傭兵料金ですが…
前のミスリルの返礼、とするのが無難でしょう。』


「私が言っているのはキミへの報酬だよ。」


『議会の皆様で、今回の件を密に共有して下さい。
特に標準座標の件は真剣に計測して頂ければ助かります。
私に数学の素養が無いので、座標のイメージが湧きません。
解り次第、情報を頂ければありがたいです。』


「遺言やめてね?
若い人にそういう言い方されると結構傷付くんだ。」


『…。

では、計測の件だけ宜しくお願いします。
私に万が一の事があれば
公事はニコラス・デ・フランコに
私事はラルフ・ラスキンにお尋ね下さい。』



通信が終わった後に、一応レザノフに尋ねておく。


『私は貴方には何を託せば良いですか?』


「嫌だなあw
我々は一連托生じゃないですかw」


殺意がお互い様な事は承知してくれてるか。
まあ俺のレザノフへの殺意の優先順位は低い。
精々2番か3番だから安心してくれよな。


『すぐに帰ります。
数日で話は付きますので。』


「護衛を付けさせて頂けませんか?」


『懇意のリザードが何人かおります。
ヴェーヴォ
コ―ヴィヴィ
ヴォヴォヴィ。
皆、信頼出来る私の友人です。』


「なるほど。
私もイセカイ市長の友人の一人として是非とも貢献したいですな。」


2人で肩を叩き合って笑い合う。
俺を殺す気満々の癖に白々しい男である。


ベスおばが進歩に至上の価値を見出しているように、レザノフは秩序に至上の価値を見出している。
(或いはそれは科学者と諜報部員の職業観に基づくのかも知れないが)
確かに幾ら何でも俺は秩序を乱し過ぎる。
防諜の専門家がなりふり構わず粛正を目論むのも当然だろうな。



俺は工房に戻ると、師匠達と打ち合わせをする。

リザード領に連れて行くのは、似顔絵名人のクレア。
(グランバルド上層部のみならずリザードやオークにまで存在を知られる、今や世界一の有名人である。)
その内縁の夫であるドラン。
この人は師匠の友人なので、俺もあれこれ詮索出来ない。
出来ないのだが、クレアと遊びまわっている場面をたまに見かけるので、このカップルは上手く行っているのだろう。
後、ベスおば。
この女は勝手に付いて来る可能性が高いので、トラブル防止の観点からも最初から連れて行くことにする。




ベスおばがリザード領入りしたのを確認してから、ノエルは妊娠検査を受ける。
もしも懐妊していれば、メリッサ同様にエレノアの力を借りて父のノエと共にこの街から逐電する。
(妊娠がベスおばに知られたら、ヴィルヘルム家からの刺客を差し向けられてしまう危惧から。
このグランバルドでは、平民が貴族と並ぼうとするなら一族の存亡を賭けなくてはならないそうだ。)

ノエル曰く、《恐らくは妊娠しているだろう》とのこと。
きっとこれが今生の別れになるだろう。


「名前。
子供の名前、私にも欲しい。
女が生まれたら、こちらで命名します。
母の名をつけると思う。」


『なあ、ノエル。
俺が日本人だって事は気づいていた?』


「…そうなんだ。

特殊な人だとは思ってた。
…驚きはないかな。」


『球人(キュート)。』


「キュート?」


『チートとキュートを合わせればさ。
地球…  俺の元居た世界の名になるんだ。』


「うん。」


『変な名前かな?』


「チートさんが考えてくれた意味のある名前。
もし女の子が生まれても、キュートって名前にする。」


『そうか。
もしも妊娠が解ったら…
すぐに去るのか?』


「多分私も妊娠してる。
メリッサのお腹に気づけたのも、ずっと意識してたから。

もう前線都市を出て行くよ。
エレノアさんともそういう打ち合わせだしね。
あの人が居ないタイミングはこれで最後かも知れないから。」


『生活費、居るだろ。
このカネ、持って行ってくれ。』


「ありがとう。
でも、50万以上は不要です。」


『50万じゃ、長く生活出来ないだろう。』


「メリッサさんと二人で決めていた事だから。
金額も含めて全部一緒にするって。」


『そうか…。

ちょっと待ってくれな。

…この袋にはさあ。
俺が解体で出した美品魔石を溜めてあるんだ。
そんなに数は無いけど。

貰ってくれよ。
ノエルには何もしてやれなかったからさ。』


「そんなことないよ。
私は楽しかった。」


『そうか。』


その後、ノレさんと別離の挨拶を交わす。
と言っても、実務的な引継ぎが大半だが。


「ゴメンね、チート君。
結局、私は中途半端な仕事しか出来なかった。」


『ノレさん。
44件です。』


「ん?」


『アナタが斡旋してくれた職業紹介ですよ。』


「ああ。」


『空き家入居は19件決めて下さりました。
感謝しているんです。』


「いや、それが私に割り振られた仕事だったから。」


『みんなノレさんに感謝してましたよ。
勿論、私も。
師匠達がいつもノエルを褒めてました。
あそこまで気配りが出来るのは、やはりお父様の薫陶なのだろう、と。
私もそう思います。』


「至らぬ娘だった。
何より父親の私が未熟だった。
そんな我々をキミが受け入れてくれて嬉しかったよ。
私にとって… 人生で最高の時日々だった。」


『こちらこそ、ノレさんに受け入れて貰えて…
嬉しかったです。
短い間ですがありがとうございました。
お義父さん。』


この人からは色々教わった。
大人が社会で生きて行く上の作法や心構えを学ばせて貰った。
その真摯な背中、この人を父と呼ばずして誰を父と呼ぶのだろう。

俺とノレさんは抱き合って泣いた。
この世で俺程恵まれた人間もいないだろう。


ノレ父娘には助けられてばかりだった。
出会いの端緒が俺の軽薄なナンパだった点だけは、未だに申し訳なく思っている。
この後のゴタゴタに巻き込まずに済みそうな点が唯一の救いだ。



俺はドランとクレアを引き連れ、交易ポイントに向かった。
城門脇のこの河原には、今では棚や敷物が並べられ、日の出のうちであれば大抵リザードも人間も誰かが居る。
俺が姿を現すと、座が湧きたち見覚えのあるリザードが手を満面の笑みで振って来る。


「おはようございます。
イセカイ市長!
先日はありがとうございました!」


能吏コ―ヴィヴィ。
優秀な男だとは思っていたが、まさかここまで流暢なグランバルド語をマスターするとは…
ただただ脱帽である。


俺がリザード達と談笑していると、案の定ベスおばが軍団(ゲレル・キティ・田中・柄の悪そうな長身の女2人)を引き連れてズカズカと乗り込んでくる。
俺は連れて行ってやるとは一言も言ってないのだが、この女の中では同行は決定事項らしい。
ベスおばは勝手にリザードの船舶に乗り込むと一人でケラケラ笑っている。
好奇心は人生を最高のモノにする為のスパイスだね。
コーヴィヴィの予定とは異なるようだが、ベスおばが勝手に乗り込んだ船を急遽渡し船とすることになった。
ドランとクレアも船に乗り込む。
このカップルはまるで新婚旅行にでも行くような軽い服装である。


事前の打ち合わせ通り、ノレ父娘は見送りには来ない。
ベスおば側の人間に印象を残さない為である。
最後まで理性的に振舞わせてしまった事が心苦しい。



そして船が、出る。
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