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宿

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 宿はグランからさほど離れておらず、食後の散歩にちょうどいい距離だった。何も考えずに入った宿は一階が食堂で、ちょうど朝飯時だったらしく、とても混んでる。

 入り口近くに設置してある受付には誰もいなかった。食堂の方へと目を向けると、キッチンもホールも慌ただしく動いており、とてもじゃないが声をかけられそうにない。

「どうしましょうか?ギルドからはここがおすすめだと言われたんですが」

「僕は別に待てるからいいけど、お前は一睡もしてないでしょ?もしきついのなら他の場所でも」

 そう言いかけた時、後ろでガチャッという音がした。今さっき僕達が入ってきた扉の方へ視線を向けると、そこには小さな子供がいた。

「子供……?」

「今の朔と同い年ぐらいだと思いますよ」

 この世界で初めて見た子供に少し呆然としてると、わざわざ膝を曲げてまで勇護がいらんことを耳打ちしてきた。

「あれ、お客さん?」

 子供特有の高い声で不思議そうに呟いている。絶妙なバランスで重なっている籠にこんもりと食材が積まれているせいで前が見えないんだろう。

 子供が持てる重さじゃなさそうに見えるけど、まぁ、ここ異世界だし、全体的に力持ちが多いのかもしれない。

「君はここの子供ですか?」

「うん、ちょっと待っててください。おじさーん!」

 子供が大きな声で呼ぶと、奥のキッチンから「あったか?」という野太い声が返ってきた。「ありましたー!お客さん来てるのでこれ置いたら受付しまーす!」そう返事をしながら小走りでキッチンに向かっていく。

 いつ崩すかヒヤヒヤしながら見守っていると、すれ違いざまに見えた横顔に驚いた。

「随分綺麗な子でしたね」

 また耳打ちしてきたけど、僕はそこじゃないと思う。確かに今まで見た人達の中で群を抜いて綺麗だったけど、僕でも持てなさそうな物を、同じくらいの背丈のそれも女の子が持ってたんだから。

 ふと自分の手に視線を落とす。この体は元の僕の体じゃない。もしかしたら異世界仕様になっていて、僕もあれくらい持てたりするのかも。

 そう思い、手を握っては開いてを繰り返してみるが、特に前世に比べて力が強くなった感じはしない。

「あの、なにしてるの?」

「へ」

 手から声の聞こえた方へ目を向けると、不思議そうな顔をした先ほどの子供がいた。いつの間に戻ってきたんだろうと思ったけれど、何故だか目が合わない。

 僕よりも少し下を見ているような?子供の視線を追っていくと僕の手に行き着いた。僕の手は、いまだに開いては閉じてを無意識に繰り返していたようだ。目の前の子供に変なところを見られた。

 なんだか少し恥ずかしい。パッと手を後ろに回した時、視界の端でふるふると震えているやつが見えた。

 なるほど。さっきから時折息の漏れるような音が聞こえる気がしたのは気のせいではなく、勇護が笑い声を抑えている音だった。

 気づいてたんなら教えてくれたっていいだろ、バカ。

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