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番外編◇丘の上の意地悪
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アーサー国王の治世はほんの半年と短かった。国王の病死によって。
アーサー国王の後にダニエル国王が即位した。アーサー国王はダニエル国王に弑されたとの噂があったが、それに信ぴょう性はなかった。
何しろダニエル国王は車椅子の病弱な体で、そんな大それたことなどできそうにないからだ。
それにいずれ統治権は民衆に移行することが決定している今、国王の座にそれほどの価値はない。
「アミーユ、何を笑っているの?」
アミーユに優しげな黒目が向いている。
そこは、王都の片隅の小さな住宅。アミーユはそこに住んでいる。
アミーユは髪を茶色く染め、外出時には頭巾で顔を隠したため、誰も守護天使だとは気が付かなかった。
アミーユは、国王になって、一度命を狙われた。そのため、ダンはアーサー国王を死んだことにして、ダニエル国王として王位についた。そして、ダニエル国王として病身と偽り続け、一市民としては政府の要員となっている。
ダンからはゴロついたところが鳴りを潜め、今では、朝は定時に王宮に出向いて、定時に帰ってくるという真面目っぷりだ。そして、アミーユは住宅でゆったりとダンを待っている。
二人はそんなささやかな市井の生活を過ごしている。
ダンは住宅のある区画をすべて買い切り、手下を住人に装わせて警護を手厚くしているが、それはアミーユの知るところではなかった。
「ううん、何でもない」
結局、物語はアミーユの知っている筋書き通りになってしまった。アミーユは王位につき、そして、死んだ。
いくら抗おうと抗えなかった。
しかし、生きている。ダンもアミーユも。
そして、アミーユは母親にも姉にも会え、今も交流をしている。
すべて、アミーユにとっては望む以上の結果となった。
これが逆らい続けた運命の行きついた果て。それを思えば自然と笑みがこぼれた。
苦労ばかりを感じてきたが、思えば、それも今の穏やかな日々に至るための道だと思える。
ダンもアミーユを見て笑った。照れたような笑い顔を向けてくる。
その顔にアミーユはますます笑う。目が合っただけで笑い合える恋人同士。幸せな時間が二人に流れている。
♰♰♰
「アミーユ、ここまでおいで」
その日、王都の外れの丘にピクニックに来ていた。サンドイッチを食べて、転寝をして、目が覚めれば、隣にいたはずのダンは、離れたところで手を振っていた。その手にはクッキーの入った籠があった。
「こっちで食べよう。こっちのほうが見晴らしがいい」
見晴らしも何も、ここから十数歩離れただけの場所なのに、ここと変わりはないはずだ。そして、意地の悪いことに、ダンはアミーユの杖を背中に隠している。
アミーユは足を怪我して以来、杖なしではどこにもいかない。歩けるが無様な格好になってしまう。杖があるから気取ることもできるが、杖なしでは人前では歩きたくはない。
辺りには人影はないように見えて、目につかぬところで警護されているのをアミーユはちゃんと知っている。
彼らに俺の格好の悪いさまを見せたいのか。
ここまできたとき、ダンは馬から降りたアミーユの靴を一度も地面につけないように抱いて移動してきたというのに、どうして、今更そんな意地悪をするのだろうか。
アミーユはそっぽを向いた。
ダンは本当に意地悪な奴だ。もう知らない。
ダンはアミーユに近づいてきた。
そっぽを向くアミーユに籠を差し出してくる。
「アミーユの拗ねた顔が俺は好きなんだ」
ダンは上目遣いにアミーユを見てくる。アミーユは少しにらんで、それから籠に手を伸ばした。クッキーは今日の楽しみだ。アミーユの手が籠にかかったところで、ダンはぱっと後ろに飛びのいた。
何だ?
アミーユは腹が立って籠を奪おうと手を伸ばした。接近戦なら負けないぞ。腕力では負けてもスピードではこっちのもんだ。
しかし、ダンも必死ならしく、アミーユから飛びのいては背を向けて走っていく。思わずアミーユは追いかけた。足だって俺の方が速い。
そのとき、まるで怪我のことなど忘れたようにアミーユは走った。そして、ダンにタックルを仕掛ける。
草原にダンが寝転んだ。
「あはははっ、俺の勝ちだ」
久しぶりに地面を蹴って走ってアミーユは爽快だった。ダンは体の向きを変えて仰向けになった。
腹の上に抱えたアミーユを下からじっと見上げている。
「あはははっ、俺より足が速い人なんかどこにもいないさ」
ダンはアミーユをじっと見上げて自分もつられて笑いだした。
「俺はアミーユの笑った顔はもっと好きなんだ」
ダンは嬉しそうに満足そうにしている。
涙が出るほど笑い終えてアミーユは自分の足を見た。膝に金属製のわっかが入っていた。
アミーユは走ったときから自分の足の調子が違うことに気づいていた。
「これは?」
「補助具だよ。これで杖なしでどこにでも行ける」
「ダン……」
意地悪ではなかった。ダンは転寝している間にこっそりとアミーユの足に装着させていたのだ。
いつの間にこんなものを用意していたのだろう。それにしても普通に渡してくれればいいものを、わざと意地悪をするなんて。
こいつはずいぶんひん曲がった奴だ。
「おかげでお前がいなくてもどこにでも行けるな」
アミーユは起き上がるとぱっと立ち上がりダンから逃げるように走った。
「ちょ、ちょっと、アミーユ、それは駄目、駄目だからな! 俺から離れるのは許さねえからな!」
ダンは情けない声を出しながらアミーユを追いかけてきた。しばらく追いかけっこを続けるも、アミーユの足も完全に元通りとはいかず、足をよろめかせると、ダンはすぐにアミーユに追いついてその体を抱き上げた。
「ア、アミーユ、ほ、ほら、俺がいないと困るだろう?」
アミーユはふいと顔を逸らそうとしたが、ダンの眉尻のさがった間の抜けた顔にもう機嫌は治ってしまった。
「ありがとう、ダン」
「ん」
ダンは目をつむって唇を突き出してきた。キスを欲しがっているらしい。やはり間が抜けた顔をしている。
アミーユはダンの頬を包み込んでその唇にキスをした。
(おわり)
♰♰♰♰♰
アーサー国王の後にダニエル国王が即位した。アーサー国王はダニエル国王に弑されたとの噂があったが、それに信ぴょう性はなかった。
何しろダニエル国王は車椅子の病弱な体で、そんな大それたことなどできそうにないからだ。
それにいずれ統治権は民衆に移行することが決定している今、国王の座にそれほどの価値はない。
「アミーユ、何を笑っているの?」
アミーユに優しげな黒目が向いている。
そこは、王都の片隅の小さな住宅。アミーユはそこに住んでいる。
アミーユは髪を茶色く染め、外出時には頭巾で顔を隠したため、誰も守護天使だとは気が付かなかった。
アミーユは、国王になって、一度命を狙われた。そのため、ダンはアーサー国王を死んだことにして、ダニエル国王として王位についた。そして、ダニエル国王として病身と偽り続け、一市民としては政府の要員となっている。
ダンからはゴロついたところが鳴りを潜め、今では、朝は定時に王宮に出向いて、定時に帰ってくるという真面目っぷりだ。そして、アミーユは住宅でゆったりとダンを待っている。
二人はそんなささやかな市井の生活を過ごしている。
ダンは住宅のある区画をすべて買い切り、手下を住人に装わせて警護を手厚くしているが、それはアミーユの知るところではなかった。
「ううん、何でもない」
結局、物語はアミーユの知っている筋書き通りになってしまった。アミーユは王位につき、そして、死んだ。
いくら抗おうと抗えなかった。
しかし、生きている。ダンもアミーユも。
そして、アミーユは母親にも姉にも会え、今も交流をしている。
すべて、アミーユにとっては望む以上の結果となった。
これが逆らい続けた運命の行きついた果て。それを思えば自然と笑みがこぼれた。
苦労ばかりを感じてきたが、思えば、それも今の穏やかな日々に至るための道だと思える。
ダンもアミーユを見て笑った。照れたような笑い顔を向けてくる。
その顔にアミーユはますます笑う。目が合っただけで笑い合える恋人同士。幸せな時間が二人に流れている。
♰♰♰
「アミーユ、ここまでおいで」
その日、王都の外れの丘にピクニックに来ていた。サンドイッチを食べて、転寝をして、目が覚めれば、隣にいたはずのダンは、離れたところで手を振っていた。その手にはクッキーの入った籠があった。
「こっちで食べよう。こっちのほうが見晴らしがいい」
見晴らしも何も、ここから十数歩離れただけの場所なのに、ここと変わりはないはずだ。そして、意地の悪いことに、ダンはアミーユの杖を背中に隠している。
アミーユは足を怪我して以来、杖なしではどこにもいかない。歩けるが無様な格好になってしまう。杖があるから気取ることもできるが、杖なしでは人前では歩きたくはない。
辺りには人影はないように見えて、目につかぬところで警護されているのをアミーユはちゃんと知っている。
彼らに俺の格好の悪いさまを見せたいのか。
ここまできたとき、ダンは馬から降りたアミーユの靴を一度も地面につけないように抱いて移動してきたというのに、どうして、今更そんな意地悪をするのだろうか。
アミーユはそっぽを向いた。
ダンは本当に意地悪な奴だ。もう知らない。
ダンはアミーユに近づいてきた。
そっぽを向くアミーユに籠を差し出してくる。
「アミーユの拗ねた顔が俺は好きなんだ」
ダンは上目遣いにアミーユを見てくる。アミーユは少しにらんで、それから籠に手を伸ばした。クッキーは今日の楽しみだ。アミーユの手が籠にかかったところで、ダンはぱっと後ろに飛びのいた。
何だ?
アミーユは腹が立って籠を奪おうと手を伸ばした。接近戦なら負けないぞ。腕力では負けてもスピードではこっちのもんだ。
しかし、ダンも必死ならしく、アミーユから飛びのいては背を向けて走っていく。思わずアミーユは追いかけた。足だって俺の方が速い。
そのとき、まるで怪我のことなど忘れたようにアミーユは走った。そして、ダンにタックルを仕掛ける。
草原にダンが寝転んだ。
「あはははっ、俺の勝ちだ」
久しぶりに地面を蹴って走ってアミーユは爽快だった。ダンは体の向きを変えて仰向けになった。
腹の上に抱えたアミーユを下からじっと見上げている。
「あはははっ、俺より足が速い人なんかどこにもいないさ」
ダンはアミーユをじっと見上げて自分もつられて笑いだした。
「俺はアミーユの笑った顔はもっと好きなんだ」
ダンは嬉しそうに満足そうにしている。
涙が出るほど笑い終えてアミーユは自分の足を見た。膝に金属製のわっかが入っていた。
アミーユは走ったときから自分の足の調子が違うことに気づいていた。
「これは?」
「補助具だよ。これで杖なしでどこにでも行ける」
「ダン……」
意地悪ではなかった。ダンは転寝している間にこっそりとアミーユの足に装着させていたのだ。
いつの間にこんなものを用意していたのだろう。それにしても普通に渡してくれればいいものを、わざと意地悪をするなんて。
こいつはずいぶんひん曲がった奴だ。
「おかげでお前がいなくてもどこにでも行けるな」
アミーユは起き上がるとぱっと立ち上がりダンから逃げるように走った。
「ちょ、ちょっと、アミーユ、それは駄目、駄目だからな! 俺から離れるのは許さねえからな!」
ダンは情けない声を出しながらアミーユを追いかけてきた。しばらく追いかけっこを続けるも、アミーユの足も完全に元通りとはいかず、足をよろめかせると、ダンはすぐにアミーユに追いついてその体を抱き上げた。
「ア、アミーユ、ほ、ほら、俺がいないと困るだろう?」
アミーユはふいと顔を逸らそうとしたが、ダンの眉尻のさがった間の抜けた顔にもう機嫌は治ってしまった。
「ありがとう、ダン」
「ん」
ダンは目をつむって唇を突き出してきた。キスを欲しがっているらしい。やはり間が抜けた顔をしている。
アミーユはダンの頬を包み込んでその唇にキスをした。
(おわり)
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