玉座の檻

萌於カク

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伯爵暗殺の行方

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 深夜の田園を、アミーユは馬で駆けていた。冷たい風に体の熱が溶けていく。流感は気のせいのようだった。
 ダンの言葉を反芻する。

 ―――父親を殺せ。爵位を奪え。

 父上を殺す………? 
 喉に込み上げる苦しいものがある。父上は俺を殺そうとした。山賊の餌食に仕立てようとした。赤毛が気まぐれを起こさなければアミーユの首も跳んでいたはずだ。
 父上はそこまで俺が憎かったのか。

 当初のショックが収まれば、腹の奥から黒い塊が沸き起こる。

 ただ愛してほしかった。そればかりを考えて生きていた。父上に認められ、母上に抱きしめてもらいたかった。ほんの少し、優しい言葉をかけてもらい、ほんの少し、優しく撫でてほしかった。ただそれだけだった。なのに。

 長年の望みが完全に打ち砕かれ、気持ちは裏返った。今や、父親への憎しみがアミーユの心で燃え盛っている。

 父上を殺すことに何のためらいがいる?
 ダンの指示に従うわけではない。誰が山賊の戯言など構うものか。解放されればこっちのものだ。

 俺は自分の意志で父を殺す。
 アミーユは風の冷たさのためか、それとも親殺しの決意のためか、馬上で震えた。

 王都につけば、空は白み始めていた。
 大通りに馬を残して、伯爵邸の手前で路地に入る。屋根伝いに移動し、伯爵邸の二階のバルコニーに音もたてずに飛び移った。
 伯爵夫妻の寝室の前まで来ると、窓枠に小刀を差し込んだ。ちょうど鳴き始めた鶏の声に合わせて、小刀で窓にひびを入れた。

 父上と母上を殺したのち、ふたたび素知らぬ顔で帰宅するのだ。山賊に襲われて命からがら逃げのびた俺は、帰るなり両親の死に直面する可哀想な息子となる。

 中に侵入すると、いびきが聞こえてきた。重いカーテンの隙間から明けたばかりの陽光が長く差し込む。

 アミーユは伯爵の寝顔を見下ろした。
 そこには老人がいた。かつらを取った伯爵の寝顔はひどくみすぼらしかった。

 それぞれ一撃で仕留めなければならない。騒がれたら、おしまいだ。アミーユは父親の心臓の真上に小刀を構えた。

 室内に長く差し込む陽光、牝鶏の鳴き声、老いた父親に刃を向ける息子。
 え………?

 アミーユは既視感に捕らえられていた。俺はこの光景を見たことがある。作り物めいたこの光景に妙に覚えがある。

 息をひそめて小刀を構えるアミーユの耳に、微かな声が聞こえてきた。

「……ア……」

 伯爵の寝言だ。弱弱しい老人の声。

「アミーユ…………」

 伯爵は呻いた。アミーユは固唾を飲んでそれを聞いていた。

「アミーユ、……元気だったか、よかった……」

 伯爵がはっきりとそう言った。
 アミーユは身じろぎもせずに、伯爵の顔を見下ろしていた。俺の夢を見ているのか……。 
 父上……………。
 父上……………!

 喉に込み上げるものがある。ノルデンに行けと命じられたときも、従者に山に置き去りにするように命じたのが父親だとわかったときも、何とか抑え込んできた嗚咽が、今は抑え込めなかった。

 アミーユは小刀を振り上げる手を下ろしていた。もう振り上げることはできなかった。
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