21 / 81
ダンの正体
しおりを挟む
レルシュ伯爵邸の『赤の間』―――。
アミーユはソファに深く腰掛けていた。
窓越しに月はない。三日月の夜までこの部屋で過ごす。
アミーユはただじっと待っている。
いつもは平服のアミーユは、軍服のままだった。ボタン一つ外さないで、身じろぎもせずに待っていた。
夜半、待ち人は姿を現した。
いつものようにバルコニーから入ってくる赤毛。
ダンは姿を見せても、自分に飛びついてこないアミーユに眉をひそめる。
戸惑った様子で、のしのしと大股で歩いてアミーユのそばに来ると、いきなりの風を斬る音に、反射的に後ろに飛びのいた。
ダンの前では、剣を抜いたアミーユがにらみつけている。ダンに一歩踏み出すと剣を振る。
ダンは慌てて後ろへと逃げた。またアミーユが剣を振る。
ダンは慌てふためきながら逃げつつ、わめいた。
「えっと、なになに?! 俺、なんかやらかしたっけ! 毎日風呂も入ってるし、歯も磨いてるし、人参だってちゃんと食べてる!」
アミーユは一向に剣を収めることはない。ダンはわめく。
「帰ったら手も洗ってるし、酒はほどほどだし、賭け事だってやってない! コーヒーの砂糖も三杯しか入れてない、うっ……」
アミーユの剣から逃げていたダンは、突然、バタリと倒れた。腹を抑えて苦しみ始めた。
「ダンッ」
アミーユは剣を投げ出して、ダンにひざまずく。アミーユは、剣を当ててはいない。怒ってはいるが、ダンを傷つけるつもりは毛頭ない。
それなのに、ダンは苦しんでいる。
「ダン、ダン、どうした、どこが痛む? 腹か? 腹が痛いのか?」
アミーユはダンに必死で取りすがる。
ダンは、そんなアミーユを捕まえた、とばかりに抱え込んできた。
ダンの顔を見れば、きれいな歯並びを見せて笑っている。照れくさそうに鼻の下をこする。
「へへっ、アミーユ、そんなに俺が心配?」
「えっ」
「へへっ、痛いのは、嘘だよ?」
「ハァッ?」
「ホントは、どこも痛くない」
アミーユはほっと一息つけば、今度は口もきけないほどの腹立ちが沸いてきた。
ダンの腕から逃れようともがくも、ダンはそれをさせない。
「アミーユってば、何でそんなに怒ってんの?」
アミーユは、ため息をついた。しげしげとダンの顔を眺める。眉尻の下がった間の抜けた顔に、怒りがほどける。まったく、こいつときたら……。
「例の『黒の義賊』、いや、盗賊団の首魁のことだが」
「うん?」
ダンの気のない声。
「捕まえた下っ端は、いずれも首魁について同じことを吐いてきた。黒ヒゲの独眼だと」
「ふうん、いかにも盗賊っぽいね」
「目の色も背の高さもわかっている」
「へえ」
ダンは興味もなさそうに、アミーユの軍服のボタンを、ニヤついた顔で外し始めている。
「お前のような黒目で、お前のように俺よりも二回りほど大きいらしい」
「ふうん」
「だが髪の色はわからない。黒だとか茶だとか、白だとか、てんで錯綜していた」
「へえ」
「だが、赤毛だけはない。この国は赤毛が多いのに」
「へえ、そうだっけ」
「国王からして赤毛だ」
「今はつるっぱげだよね」
アミーユは、いやらしくアミーユの尻を揉んでいるダンの手の甲をつねりあげる。
「イテテ」と顔をしかめるダンのシャツの胸倉をつかんで締め上げた。
首を傾げるダンをねめつける。
「お前は何者だ!」
「えっと」
「何を訊きたいかわかるだろ、答えろ」
「んーっと」
「答えろ!」
ダンはいたずらがばれたときのように、ごまかし笑いを浮かべる。
「答えたら怒るから、やだ」
「お、お前っ」
アミーユは言葉を失った。まさか、こいつが………。こいつが本当に?
アミーユは捕らえた賊に、多くのことを白状させてきた。しかし、吐かせた情報はほとんど役に立たなかった。根城についてもニセ情報ばかりで、何らつかめていない。
盗賊団はこの国の中枢よりも、よほど情報統制ができている。
なのに、ダンに情報が流れるのはなぜか。国王暗殺未遂ののち、やっとそれに思い至る。
体格も目の色もダンに似ている。黒ヒゲと独眼がニセ情報か、あるいは偽装ならば………?
そのことに思い至ったアミーユが、港町の別邸に出向いてみると、中は空っぽだった。きれいに片づけられて、床には埃が積もっていた。
ダン………?
ダンはどこにいるんだ? いったいどこで何をやってるんだ?
月に一度会うばかりの男の正体を見失う。
口もきけないでダンを見るアミーユに、ダンは上目遣いで言う。
「ねえ、そろそろ、キスしていい?」
「ダメだ、ダメだっ」
アミーユは逃れようとするも、これだけ体が密着しているのだ。アミーユの熱は高まっている。すでに起きていたヒートは激しく高まっていた。
ダンはいつの間にかアミーユの上着をはぎ取り、シャツを脱がせている。アミーユの胸をなぞれば背中はピクリと跳ねる。
「ねえ、いいでしょ?」
ダンの甘えるような目。その黒目の奥は赤く燃えている。
その目を見つめ返すとアミーユも一気に高ぶった。
ダン…………。どうして……。どうしてこんな奴が好きなんだ、俺は………。
「やめろ、体を離せ」
「いやだ」
「離せバカ」
「いやだ、くっついていたい」
抵抗もむなしく、アミーユはみずからダンに腕を絡ませて、唇を求めていた。それをダンが嬉しそうに受け止めた。
アミーユはソファに深く腰掛けていた。
窓越しに月はない。三日月の夜までこの部屋で過ごす。
アミーユはただじっと待っている。
いつもは平服のアミーユは、軍服のままだった。ボタン一つ外さないで、身じろぎもせずに待っていた。
夜半、待ち人は姿を現した。
いつものようにバルコニーから入ってくる赤毛。
ダンは姿を見せても、自分に飛びついてこないアミーユに眉をひそめる。
戸惑った様子で、のしのしと大股で歩いてアミーユのそばに来ると、いきなりの風を斬る音に、反射的に後ろに飛びのいた。
ダンの前では、剣を抜いたアミーユがにらみつけている。ダンに一歩踏み出すと剣を振る。
ダンは慌てて後ろへと逃げた。またアミーユが剣を振る。
ダンは慌てふためきながら逃げつつ、わめいた。
「えっと、なになに?! 俺、なんかやらかしたっけ! 毎日風呂も入ってるし、歯も磨いてるし、人参だってちゃんと食べてる!」
アミーユは一向に剣を収めることはない。ダンはわめく。
「帰ったら手も洗ってるし、酒はほどほどだし、賭け事だってやってない! コーヒーの砂糖も三杯しか入れてない、うっ……」
アミーユの剣から逃げていたダンは、突然、バタリと倒れた。腹を抑えて苦しみ始めた。
「ダンッ」
アミーユは剣を投げ出して、ダンにひざまずく。アミーユは、剣を当ててはいない。怒ってはいるが、ダンを傷つけるつもりは毛頭ない。
それなのに、ダンは苦しんでいる。
「ダン、ダン、どうした、どこが痛む? 腹か? 腹が痛いのか?」
アミーユはダンに必死で取りすがる。
ダンは、そんなアミーユを捕まえた、とばかりに抱え込んできた。
ダンの顔を見れば、きれいな歯並びを見せて笑っている。照れくさそうに鼻の下をこする。
「へへっ、アミーユ、そんなに俺が心配?」
「えっ」
「へへっ、痛いのは、嘘だよ?」
「ハァッ?」
「ホントは、どこも痛くない」
アミーユはほっと一息つけば、今度は口もきけないほどの腹立ちが沸いてきた。
ダンの腕から逃れようともがくも、ダンはそれをさせない。
「アミーユってば、何でそんなに怒ってんの?」
アミーユは、ため息をついた。しげしげとダンの顔を眺める。眉尻の下がった間の抜けた顔に、怒りがほどける。まったく、こいつときたら……。
「例の『黒の義賊』、いや、盗賊団の首魁のことだが」
「うん?」
ダンの気のない声。
「捕まえた下っ端は、いずれも首魁について同じことを吐いてきた。黒ヒゲの独眼だと」
「ふうん、いかにも盗賊っぽいね」
「目の色も背の高さもわかっている」
「へえ」
ダンは興味もなさそうに、アミーユの軍服のボタンを、ニヤついた顔で外し始めている。
「お前のような黒目で、お前のように俺よりも二回りほど大きいらしい」
「ふうん」
「だが髪の色はわからない。黒だとか茶だとか、白だとか、てんで錯綜していた」
「へえ」
「だが、赤毛だけはない。この国は赤毛が多いのに」
「へえ、そうだっけ」
「国王からして赤毛だ」
「今はつるっぱげだよね」
アミーユは、いやらしくアミーユの尻を揉んでいるダンの手の甲をつねりあげる。
「イテテ」と顔をしかめるダンのシャツの胸倉をつかんで締め上げた。
首を傾げるダンをねめつける。
「お前は何者だ!」
「えっと」
「何を訊きたいかわかるだろ、答えろ」
「んーっと」
「答えろ!」
ダンはいたずらがばれたときのように、ごまかし笑いを浮かべる。
「答えたら怒るから、やだ」
「お、お前っ」
アミーユは言葉を失った。まさか、こいつが………。こいつが本当に?
アミーユは捕らえた賊に、多くのことを白状させてきた。しかし、吐かせた情報はほとんど役に立たなかった。根城についてもニセ情報ばかりで、何らつかめていない。
盗賊団はこの国の中枢よりも、よほど情報統制ができている。
なのに、ダンに情報が流れるのはなぜか。国王暗殺未遂ののち、やっとそれに思い至る。
体格も目の色もダンに似ている。黒ヒゲと独眼がニセ情報か、あるいは偽装ならば………?
そのことに思い至ったアミーユが、港町の別邸に出向いてみると、中は空っぽだった。きれいに片づけられて、床には埃が積もっていた。
ダン………?
ダンはどこにいるんだ? いったいどこで何をやってるんだ?
月に一度会うばかりの男の正体を見失う。
口もきけないでダンを見るアミーユに、ダンは上目遣いで言う。
「ねえ、そろそろ、キスしていい?」
「ダメだ、ダメだっ」
アミーユは逃れようとするも、これだけ体が密着しているのだ。アミーユの熱は高まっている。すでに起きていたヒートは激しく高まっていた。
ダンはいつの間にかアミーユの上着をはぎ取り、シャツを脱がせている。アミーユの胸をなぞれば背中はピクリと跳ねる。
「ねえ、いいでしょ?」
ダンの甘えるような目。その黒目の奥は赤く燃えている。
その目を見つめ返すとアミーユも一気に高ぶった。
ダン…………。どうして……。どうしてこんな奴が好きなんだ、俺は………。
「やめろ、体を離せ」
「いやだ」
「離せバカ」
「いやだ、くっついていたい」
抵抗もむなしく、アミーユはみずからダンに腕を絡ませて、唇を求めていた。それをダンが嬉しそうに受け止めた。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる