玉座の檻

萌於カク

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ダンの正体

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 レルシュ伯爵邸の『赤の間』―――。
 アミーユはソファに深く腰掛けていた。
 窓越しに月はない。三日月の夜までこの部屋で過ごす。

 アミーユはただじっと待っている。
 いつもは平服のアミーユは、軍服のままだった。ボタン一つ外さないで、身じろぎもせずに待っていた。
 夜半、待ち人は姿を現した。
 いつものようにバルコニーから入ってくる赤毛。

 ダンは姿を見せても、自分に飛びついてこないアミーユに眉をひそめる。
 戸惑った様子で、のしのしと大股で歩いてアミーユのそばに来ると、いきなりの風を斬る音に、反射的に後ろに飛びのいた。

 ダンの前では、剣を抜いたアミーユがにらみつけている。ダンに一歩踏み出すと剣を振る。
 ダンは慌てて後ろへと逃げた。またアミーユが剣を振る。
 ダンは慌てふためきながら逃げつつ、わめいた。

「えっと、なになに?! 俺、なんかやらかしたっけ! 毎日風呂も入ってるし、歯も磨いてるし、人参だってちゃんと食べてる!」

 アミーユは一向に剣を収めることはない。ダンはわめく。

「帰ったら手も洗ってるし、酒はほどほどだし、賭け事だってやってない! コーヒーの砂糖も三杯しか入れてない、うっ……」

 アミーユの剣から逃げていたダンは、突然、バタリと倒れた。腹を抑えて苦しみ始めた。

「ダンッ」

 アミーユは剣を投げ出して、ダンにひざまずく。アミーユは、剣を当ててはいない。怒ってはいるが、ダンを傷つけるつもりは毛頭ない。
 それなのに、ダンは苦しんでいる。

「ダン、ダン、どうした、どこが痛む? 腹か? 腹が痛いのか?」

 アミーユはダンに必死で取りすがる。
 ダンは、そんなアミーユを捕まえた、とばかりに抱え込んできた。
 ダンの顔を見れば、きれいな歯並びを見せて笑っている。照れくさそうに鼻の下をこする。

「へへっ、アミーユ、そんなに俺が心配?」
「えっ」
「へへっ、痛いのは、嘘だよ?」
「ハァッ?」
「ホントは、どこも痛くない」

 アミーユはほっと一息つけば、今度は口もきけないほどの腹立ちが沸いてきた。
 ダンの腕から逃れようともがくも、ダンはそれをさせない。

「アミーユってば、何でそんなに怒ってんの?」

 アミーユは、ため息をついた。しげしげとダンの顔を眺める。眉尻の下がった間の抜けた顔に、怒りがほどける。まったく、こいつときたら……。

「例の『黒の義賊』、いや、盗賊団の首魁のことだが」
「うん?」

 ダンの気のない声。

「捕まえた下っ端は、いずれも首魁について同じことを吐いてきた。黒ヒゲの独眼だと」
「ふうん、いかにも盗賊っぽいね」
「目の色も背の高さもわかっている」
「へえ」

 ダンは興味もなさそうに、アミーユの軍服のボタンを、ニヤついた顔で外し始めている。

「お前のような黒目で、お前のように俺よりも二回りほど大きいらしい」
「ふうん」
「だが髪の色はわからない。黒だとか茶だとか、白だとか、てんで錯綜していた」
「へえ」
「だが、赤毛だけはない。この国は赤毛が多いのに」
「へえ、そうだっけ」
「国王からして赤毛だ」
「今はつるっぱげだよね」

 アミーユは、いやらしくアミーユの尻を揉んでいるダンの手の甲をつねりあげる。
「イテテ」と顔をしかめるダンのシャツの胸倉をつかんで締め上げた。
 首を傾げるダンをねめつける。

「お前は何者だ!」
「えっと」
「何を訊きたいかわかるだろ、答えろ」
「んーっと」
「答えろ!」

 ダンはいたずらがばれたときのように、ごまかし笑いを浮かべる。

「答えたら怒るから、やだ」
「お、お前っ」

 アミーユは言葉を失った。まさか、こいつが………。こいつが本当に?
 アミーユは捕らえた賊に、多くのことを白状させてきた。しかし、吐かせた情報はほとんど役に立たなかった。根城についてもニセ情報ばかりで、何らつかめていない。

 盗賊団はこの国の中枢よりも、よほど情報統制ができている。
 なのに、ダンに情報が流れるのはなぜか。国王暗殺未遂ののち、やっとそれに思い至る。
 体格も目の色もダンに似ている。黒ヒゲと独眼がニセ情報か、あるいは偽装ならば………?

 そのことに思い至ったアミーユが、港町の別邸に出向いてみると、中は空っぽだった。きれいに片づけられて、床には埃が積もっていた。
 ダン………?
 ダンはどこにいるんだ? いったいどこで何をやってるんだ?
 月に一度会うばかりの男の正体を見失う。 
 口もきけないでダンを見るアミーユに、ダンは上目遣いで言う。

「ねえ、そろそろ、キスしていい?」
「ダメだ、ダメだっ」

 アミーユは逃れようとするも、これだけ体が密着しているのだ。アミーユの熱は高まっている。すでに起きていたヒートは激しく高まっていた。
 ダンはいつの間にかアミーユの上着をはぎ取り、シャツを脱がせている。アミーユの胸をなぞれば背中はピクリと跳ねる。

「ねえ、いいでしょ?」

 ダンの甘えるような目。その黒目の奥は赤く燃えている。
 その目を見つめ返すとアミーユも一気に高ぶった。
 ダン…………。どうして……。どうしてこんな奴が好きなんだ、俺は………。

「やめろ、体を離せ」
「いやだ」
「離せバカ」
「いやだ、くっついていたい」

 抵抗もむなしく、アミーユはみずからダンに腕を絡ませて、唇を求めていた。それをダンが嬉しそうに受け止めた。



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