玉座の檻

萌於カク

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ダンの正体2

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 ヒートが明けた朝、アミーユはダンの寝顔を眺めていた。
 ダンは本当に盗賊団の首魁なのか。いまだ半信半疑だ。
 悪い仲間と手が切れないのは知っていたが、まさかダンが率いているなんて。ずっとそばにいたのに、そばにいるつもりでいたのに、気づかなかったなんて。うかつだ、あまりにもうかつだ。

 飼い犬に手を噛まれたような裏切りを覚えるも、間の抜けた寝顔が愛おしくてしようがない。
 俺が精一杯庇護してやるのに、どうして悪いことをしてしまう……?
 生まれながらに山賊のお前が可哀想でたまらないよ、俺は。

 きちんと使用人として雇って、仕事を与えてやったほうが良かったのだろうか。そうだ、自由にさせたから、悪い道に走るのだ。
 柔らかい赤毛をくしゃくしゃと撫でながら、あれやこれやを反省する。

 とにかく、更生させねばならない。よし、俺も官舎を引き上げて、ダンと一緒にここに住もう。そして、正しく生きる喜びを教えるのだ。本を読ませて、善悪の分別を教えて、計算も教えよう。小さな動物を飼って世話させるのもいい。

 思い悩みながらダンを眺めていると、その目がパチリと開いた。アミーユを視界にとらえるなり、嬉しそうに口元をほころばせる。
 ああ、ダン。可愛いダン、俺がきっとお前を正しい道に導いてやる。

「ダン、盗賊はもうやめろ」
「えっと」

 寝起きの頭は余計に動きが鈍そうだ。

「この家に住め」

 少し呆けた様子で考えたダンは、意外にも目を輝かせた。

「え、いいの?」
 
 アミーユは呆気に取られた。まさかあっさり了承するとも思わなかった。

「その代わり自由にはさせないぞ。俺も一緒に住んで、お前が悪いことをしないように見張るから」

 そう言えば「アミーユも一緒かあ!」と、嬉しそうな顔をする。
 アミーユはついついほだされる。ダンの頭を優しく撫でながら言って聞かせる。

「お前は根は悪い奴じゃない。自分のやっていることがどれだけ悪いかを知れば、きっと変わることができる」
「うん」
「お前にも大切なものがあるだろう?」
「うん、アミーユだ」

 ダンのそんな可愛い口ぶりに、アミーユは厳しい顔をついつい緩める。

「その大切なものがいなくなればどうする?」
「つらい。死ぬほどつらい。アミーユ、俺から離れないでくれ」

 ダンは泣きそうな顔をして、ガバッとアミーユに抱き着いてくる。

「盗んだり殺したりするのは、誰かをつらくさせることだ」
「うん、俺は悪いことをしてる」
「では、もう盗賊はやめるな?」

 しかし、ダンはそれにはうなずかない。眉尻を下げて、しょんぼりするだけだ。
 何度言って聞かせても同じこと。
 アミーユはついに声を荒げ始めた。

「ダン、ダン、どうして、どうしてだ、ダン! どうして盗賊なんかをやってる。しかも自ら進んでやってるんだろう? 首魁ってことは!」

 しかし、ダンはしょんぼりを崩さない。しまいにはアミーユは懇願する。

「金ならある。給料も増えた。贅沢はできないが、飢えさせはしない。頼む、やめろ」

 捕まったら拷問の上に打ち首だ。首魁となったらどんな殺され方をするかもわからない。
 ダンを失いたくない。どれだけ悪人だろうと構わない。俺はもうお前なしでは生きていけないのだ。

 そこでハッとする。もうダンにはアミーユの金に用はないことを。
 貴族から大金を盗んでいるのだから、アミーユの出す小銭にもう興味もないはずだ。

「何で、何で、お前は俺を捨てない……? もう俺に用はないはずだ、どうして俺を捨てない…………」

 いずれダンも俺を捨てる。

 急に声音の変わったアミーユに、ダンの眉尻が上がった。ダンは真剣なまなざしになっている。

「アミーユ、俺について不安を抱くな」
「どうせお前は俺をおいてどこかに行くつもりなんだろう」
「俺はどこにもいかない」
「お前もどこかに行く」
「いかない。俺はアミーユから離れない」
「うそだ………。そんなの、うそだ」
「俺はもうアミーユと家族のつもりでいる」

 ダンの口調も顔つきもいつもの茶化したものではなく、とても真面目なものだった。眉がまっすぐ横に伸びた真剣な顔は、男らしくて端正だ。

「か、ぞく…………?」

 思いもしない言葉にアミーユの声が裏返った。ダンは真面目腐った顔でうなずく。

「俺はお前のもの、お前は俺のもの。最初の夜に確認したはずだ」
「家族…………」

 ダンは俺の家族……………。
 不意にアミーユの目から涙がこぼれてきた。
 ダンは俺の家族。俺たちは利用し合う仲ではない。いつしか家族になっていた。俺はダンを愛している。ダンもまた俺を愛している。

「アミーユ、俺と家族になってくれる?」

 ダンがアミーユの顔を覗き込んで訊いてきた。優しい目と合う。

「うん………」

 アミーユはダンの胸に頬をうずめて額を擦り付けた。
 思えばアミーユはずっと家族に飢えていた。家族だと思っていた人たちには、家族だと思われていなかった。
 ダンは俺の家族………。
 温かい、ダンの胸は温かい………。

「ダン、どこにも行くな。決してどこにも」
「ずっとアミーユのそばにいる」

 アミーユの涙はなかなか止まらなかった。ダンがそんなアミーユの背中を優しく撫でていた。

 ダンは盗賊をやめない。それがダンの生き方なのだ。
 それでも、ダンは俺の家族だ。ダンは家族。
 ダンの言葉が徐々に徐々にアミーユの心に染みていく。俺は愛されている。
 しかし、そうなってみれば、今やダンとは敵同士。アミーユは苦しい立場に追い込まれてしまった。
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